第222話 姉からのお叱り


 草加君の家の駐車場で鰻パーティ! 程度の話だったはずなのだが。

 何故こうなってしまったのやら。

 周囲は人で溢れ、今ではバーベキューセットまで設置されている。

 しかも一つじゃない、四つだ。

 どこから出て来た。

 それらと七輪を使って、皆思い思いの食材を調理している。

 そこまで大きなアパート言う訳じゃないから、恐らくほとんどの住人が参加している事になるのだろう。

 それくらいに人数が多い、というか大家さんまで居るし。

 よってアパート住民から苦情が出る事はほぼ無い……と思うのだが、ちょっと心配。

 まあ大声を出したり暴れたりしている訳では無いので、あまり気にし過ぎても仕方ないのかもしれないが。

 ちなみに周囲の民家に挨拶に行ったら、ほとんどが御老人ばかりだった。

 「元気があっていいねぇ、気にしないから大丈夫だよぉ」なんて、あっさりと許可を頂いてしまい、流石に申し訳ないので鰻の御裾分けを持って行ったら大層喜ばれた訳だが。

 黒早コンビを車で拾った後に鰻追加購入しておいて本当に良かった。

 最初の分だけだったら草加君の分だけで終わっちゃったよ。

 こう言っちゃなんだが……周りに何もないからこそ、このアパートの家賃は安いのだろう。

 駅も遠いしコンビニにさえ車を使わないと面倒くさい距離、さらにスーパーなんて聞いた事ない名前の自営業店舗があるだけだ。

 とはいえ、悪い事ばかりではない。

 私もこっちに引っ越そうかな、草加君は居るし住民はノリ良いし。

 何より静かだし。

 なんてため息を吐いていると、早瀬さんが首を傾げながらおつまみになりそうな料理を持って来てくれた。


 「椿先生、どうかしました? あとコレ、松茸頂いちゃったのでホイル焼きにしてみました。食べてみて下さい」


 「ありがと。ていうか松茸って……さっきから差し入れが気前良すぎない?」


 「今年のはどうだって感想を求める実家から送られてきた物、らしいです……良いんですかね? 私達が食べちゃって」


 困った様に笑う早瀬さんから料理を受け取って見れば、これまた良い香りが。

 さっきから肉やらお酒やら、更には海の幸やら。

 住民が色んなモノを持ってくるのだが、どうなっているんだろう。

 遠慮しようにも、持ってきた本人も食べるからという理由で断る事も出来ず。

 たまに買い出しに行く住民が見えるのは気のせいだろうか? 皆良く食べるねぇ。

 そして早瀬さん、貴女が料理上手なのは知っていたけど鰻も捌けるんだね。

 凄く美味しかったです。


 「なんて言うか、皆楽しんでるよねぇ」


 「ですよね。アパートってもっと他人行儀なものだと思ってましたけど、こんなにも集まるモノだとは……草加先生、好かれてるんですね。ウチのアパートじゃ絶対こうならないですよ」


 早瀬さん、それは絶対勘違いしちゃいけない所だよ。

 普通はもっと隣人と関り薄いからね? こんなお祭り騒ぎ起きないからね?

 事実草加君がアパート住民と話している所見た事ないでしょ?

 普通そんなもんだからね?


 「まぁ、それはともかくとして。当の本人はどこへ行ったんですかね、何も言わず家屋を伝って走り去っていきましたけど」


 色々と突っ込みたい台詞を吐きながら、ムスッとした顔で松茸をモグモグする黒家さんが声を上げた。

 そう、困った事に……アイツ急に逃亡したのだ。

 電話を受けたと思ったら、止める間もなくパルクール。

 野生の猿かと言いたくなる程の身軽さで、民家を伝ってすぐさま姿を眩ましてしまった。

 投げ捨てる様にして家の鍵は預かったけど……家主が居ないのに部屋に泊っていいものなのだろうか。

 なんて事を考えながら松茸をモグモグしていれば、黒家さんが大きなため息を吐いてから、改めてこちらに向き直った。


 「まあ、ある意味好都合です。ちょっと“向こう側”関連でトラブルが起きました。さっき弟から連絡があったんですけど、その件に関してコンちゃんの意見が欲しいのと、今後の方針として椿先生に話しておかなければいけない事が起こりました」


 黒家さんがそんな言葉を投げかけてくるが……正直嫌な予感しかしない。

 “向こう側”関連って言うと、怪異の話だよね?

 しかも“九尾の狐”に意見を求めるほどの事情。

 さらには私も関わって居るとなると、“オカ研”に直結する内容と思っていいのだろう。


 「ちなみにそれ、また“呪い”関係?」


 正直、そうであってほしくはない。

 というかその場合、絶対“東坂縁”が関わってくる気がする。

 ただでさえ面倒くさい相手なのだ、コレ以上問題を増やしたくないのだが……。


 「まだ分かりません、ただ……こちらの戦力が一気に削れたと考えられる事態です。もしも例の男と関係しているのなら、少々どころか非常に不味い事態です」


 関りの有無に関係なく、非常によろしくない事が起こったという事実だけは理解した。

 結局面倒事には変わりないらしい。

 ということは、いつまでもこうして飲み食いしている訳にはいかなくなった訳だ。


 「はぁ……もう次から次へと。本当に退屈しないわね、この部活は」


 「そう言えちゃう当たり、椿先生も相当染まってきましたよねぇ」


 ため息を溢す私に対して、早瀬さんが乾いた笑いを漏らしているが……君も当事者だからね? 他人の事言えないからね?


 「ま、とりあえずお開きにしますか。時間も時間ですし、そろそろ弟も来ると思うので」


 「俊君がこっちにくるの?」


 宴会に終わりを告げようとする黒家さんに対して、早瀬さんがいち早く反応した。

 ちょっと戸惑っている様だけど、どうかしたのかな?


 「えぇ、作戦会議には不可欠な人物ですし。それに一晩共に過ごした仲でしょう? 今更顔を合わせるくらいで何を焦っているんですか」


 「誤解を招く言い方しない!」


 何やら、聞き逃せない単語が出て来た気がするんだが。

 これは後で根掘り葉掘り聞きださないと……。


 「姉さん!」


 駐車場入り口から、そんな大声が響いた。

 思わず私達を含め、宴会して居た人達の視線まで集まってしまうその先に。

 汗だくの俊君が息を切らして立っていた。

 なんというか、凄く珍しい。

 君も息を切らす事ってあったんだ、草加君と同じ種類の生物だと思っていたのに。


 「さて、役者も揃いましたので。とっとと部屋に戻りましょう」


 パンパンっと手を叩いた黒家さんは皆の注目を集め、宴の終わりを宣言する。

 アパート住民はテキパキと片づけを始め、私達もそれに倣って片づけを始めた訳だが……。


 「姉さん、ゴメン。俺……」


 「話は後です、早く片付けて先生の部屋に行きますよ」


 「……うん」


 なにやら一か所だけ空気が重いんですが。

 ほんと、何があったの?


 ――――


 救急車ってヤツに、初めて乗ってしまった。

 中は意外と狭いんだね、なんて事を思ったりしていた訳だが、あまり悠長にしている時間はない。

 なんたって、問題は山積みなのだ。


 「鶴弥ちゃん、もしも問題になる様なら全部俺のせいにしていいからね……対処はこっちでやるから」


 「いや、流石にそれはちょっと。そもそもなんて説明するんですか、周り巻き込んで盛大に人身事故? そっちの方が不味い事態になりますよね」


 「大人しくして下さい! 貴方背中を強打したんですよね!? 検査するまで油断しないで! 大人しく寝ていてください!」


 「あ、あとバイクの件なんだけど……」


 「浬先生に任せておけば大丈夫じゃないですか?」


 「いい加減にして下さい! 大人しくして! おいまだ病院に着かないのか!?」


 救急隊に取り押さえられながらも、ブツブツと声を上げる天童先輩。

 うん、なんか大丈夫そうだ。

 病院に付いたら、とりあえず皆に連絡しよう。

 状況が分かっていない浬先生に関しては、とりあえず壊れたバイクの後処理をしてもらう事にした。

 「俺も付きそう」と言って聞かなかったのだが、ついて来たところで役に立たないと事細かに説明したら大人しくなってくれた。

 ちょっと強く言い過ぎたかな?

 なのでまあ、そっちはとりあえず放置で良いと思うのだが……後日適当にでっち上げた内容を説明する必要はあるだろう。

 活動停止処分とかにならなければいいなぁ……花火でもしてた事にしようか。

 そして他のメンバーだって多少なり怪我をしているはずだ。

 明日までに体に異常が出れば、彼らも病院に強制連行しなければならないだろう。

 ちなみに今回の“事故”、警察は呼んでいなかったりする。

 そんな事をしてしまえばバイクの保険は使えないし、金銭的なデメリットは多いのだが……実際に事故を起こした訳ではないので余計面倒くさい事態になってしまうのは確かだ。

 外傷に刃物による刺し傷切り傷なんかがないから、病院側から警察に連絡が行く事もないと思うのだが……本当にどうしたものか。


 「もう病院着きますからね! 大人しくしていてください!」


 「あ、あと後輩達にはバイクの事気にするなって言っておいて? もう乗り換えようと思ってた所だったし――」


 「寝ていて下さい! ホラ、もう病院ですよ!」


 やけに騒がしい救急車の中、私は改めてため息を溢した。

 どうしようかな、本当に。

 事情説明とか、その他諸々は何とかなるとして。

 彼の体の具合と、本格的にぶっ壊れたバイクは痛い所だ。

 後輩達に気にするなって言っても無駄だろうし、足が無くては夜の見回りにも影響する。

 ま、それはともかくとして。


 「まずは検査。それが早く終わればこちらも動けます。あんまり駄々をこねる様なら、一週間は口をきいてあげません」


 「……はい」


 「ホラ、妹さんもこう言ってますよ!」


 「「妹じゃないです!」」


 救急隊員に二人して突っ込みを入れた頃、私達は病院に到着し天童先輩は無事? ドナドナされていった。

 隅々まで見てもらうといいよ、ただでさえやせ我慢する人なんだから。

 なんて事を思いながらスマホを耳に当て、病院の外へと歩き出した。


 「もしもし上島君? 今病院に到着しました。それで、そっちの状況は?」


 『あーえっと、こっちは特に問題ありません。しかし、やっぱりというか……八咫烏と茜さんの姿は確認できませんでした』


 「そうですか……」


 『やはり、復活したと考えるべきですかね?』


 「正直、判断に困っています。“腕”により消失した、という事ならいいんですけど。まさか神殺しの現場に立ち会った人間なんて、そうそう居ませんからね。確かめ様がありません」


 これまた、面倒くさい事のオンパレードだ。

 俊君には悪いが、私情のみで言うなら“八咫烏”には死んでいて欲しい。

 というかアレで生きているとしたら、どうすれば死ぬんだあの烏は。

 とかなんとか思ったあたりで、今更過ぎる疑問にたどり着いた。

 今、俊君は無事なのだろうか?


 ――――


 少し前の出来事。

 “八咫烏”が急に喋り始めたかと思えば、ため息を溢して飛び去ってしまった。

 そんな出来事があってから、もうどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 混乱している内に姿は見えなくなり、僕自身も“獣憑き”でなくなった事を今更ながらに理解した。

 こんなにも呆気なく、“つまらない”という理由だけで僕は見限られたらしい。


 「は、はは……何なんだ。一体」


 乾いた笑い声を上げながら、僕はどことも知れないビルの屋上で空を見上げていた。

 空っぽだ、また昔の空っぽな僕に戻ってしまった。

 そんな事ばかり考え、しばらく夜空を見つめていたが……結局頭が追い付くより、心が追い付く方が早かった。


 「今までが特別だったんだ、僕自身が劇的に強くなった訳じゃない」


 言葉に出せば、すんなりと頭の中に入ってくる。

 “八咫烏”と初めてあった頃を思い出せば、茜姉さんが言っていたじゃないか。

 『ちゃんと頑張らないと、今回限りだ』と。

 つまり、そう言う事なのだろう。

 いつしか僕は慢心を覚え、今と言う現実に満足していたのだろう。

 怪異を叩き潰す力がある、皆を守るために戦える。

 その現状に満足し、努力を怠った。

 だから、“今”という結果がある。

 “八咫烏”という神様の本質と向きあわず、現状維持に務めた結果が……コレだ。


 「こんなの、皆に笑われちゃうな。どうやって顔向けすればいいんだよ」


 両方の瞼に掌を当てて、真っ暗な空間の中深呼吸を繰り返す。

 僕には“異能”がない、“見える人”でもない。

 だからこそ、“八咫烏”で全てを補っていた。

 でも今は、それすらもこの手には残っていない。

 空っぽだ。

 この空っぽな僕に、何が出来る?

 しばらく考えても結局答えは出ない。

 だからこそ、今の現状を報告しようとスマホを取り出した。

 いや、もしかしたら助けを求めたのかもしれない。

 今後どうしたらいいのか、僕は何をすれば良かったのか。

 その答え合わせを、無意識の内に姉さんにお願いしてしまったのかもしれない。


 『もしもし? 俊、どうしました?』


 相変わらず、家の外では敬語だ。

 まあ、今更だけど。


 「姉さん、ちょっと伝えておきたい事があって……」


 『なんですか?』


 あくまでも業務的な問答。

 でも、今はその方が助かるのかもしれない。


 「“八咫烏”、逃げちゃった。もう飽きたんだってさ。僕、何も出来ない“無能力者”に戻っちゃった」


 言葉にしてから、自身の無能さに嫌気がさす。

 そして、悔しさに歯を食いしばった。

 僕がもっと強ければ、もっと真剣に“今”と向きあっていれば。

 こんな事態にはならなかったのかもしれない、もっと良い未来があったのかもしれない。

 今はオカ研にとっても忙しい時期なのだ。

 “呪術師”との対決を控え、戦力を整えたいという所で“獣憑き”の脱落。

 こんな事態、恥ずかしくて報告できたもんじゃない。


 『俊、よく聞きなさい。詳しい話は後で聞いてあげますから』


 姉さんは、落ち着いた声で会話を続けた。

 僕なんかと違って、やはり場慣れしているのだろう。

 だからこそ、今後のアドバイスなどを貰えれば……なんて考えていたのに。


 『烏に逃げられた程度で何をメソメソしてるの? 今は逃げ出したペットが他人様に迷惑を掛けないか心配する方が先だよね? 今どこ? どうせまたどっかの屋上でしょ、風の音がうるさいし。さっさと降りて、こっちに来なさい。そしたら、作戦会議。丁度皆も居るから』


 普段家で話すような口調で、姉さんはそんな事を言い放った。

 “獣憑き”では無くなったと言うのに、“神様”と呼ばれる存在を逃がしたという一大事にもかかわらず。


 『それに何も出来ない“無能力者”? 何を馬鹿言ってるの。俊は元から、素の状態で“上位種”を足止めする様な、どっかの誰かさんみたいなおかしな実績を残してるんでしょ? だったら、自信を持ちなさい。俊は強いよ、私なんかと違って』


 姉の言葉は、他の何よりも心強かった。

 助けになりたい、守りたいと思っていた相手からの信頼。

 頼ってもらえるという安心感。

 そしてなにより、目指している人と同列に並べられた高揚感。

 “認められた”と、そう思っていいのだろう。

 その事実は現状を差し置いても、自信を持てる言葉に違いなかった。


 「すぐに行く、先生の所だよね? 20分……いや、10分で行く」


 『はいはい、待ってるね? でも、無茶はしない様に。怪我したら怒るからね?』


 それだけ言って、通話は切れた。

 もう、馬鹿みたいにいじけて居る場合ではない。

 確かにショックだし、今後どうしたらいいのかも分からない。

 でもこうしてウジウジしていた所で、何かが変わるなんて事はあり得ないだろう。

 そんな事は、昔から知っていた筈だ。


 「“八咫烏”、僕から離れた事を後悔させてやるからな」


 アイツが飛び去った方向へを一睨みしてから、僕は駆け出した。

 隣接した建物はそれなりに遠い。

 遠いが……“飛べないことは無い”。


 「先生なら、コレくらいやってのける。それに僕だって、この程度は出来る様に鍛えられてきたんだ!」


 過去の練習を思いだし、“獣憑き”との感覚をすり合わせながら。

 僕は夜の街を駆け巡った。

 建物から建物へ、非常階段や壁をも利用しながら目的地に向かって走る。

 あぁ、なんだ。

 “八咫烏”に頼らなくても、街を一直線に移動するくらいは僕にでも出来るじゃないか。

 とはいえやはり、目的地に到着する頃には汗だくになって息切れを起こす程に疲弊していた。


 「さて、役者も揃いましたので。とっとと部屋に戻りましょう」


 それだけ言って、姉さんは微笑みを浮かべるのであった。

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