第221話 ウチの顧問は絶対におかしい


 先輩達から、散々“腕”の異能について話は聞いていた。

 何度かこの眼で怪異を殴り飛ばす姿も目にして来た。

 それは“神様”さえも恐れる異能。

 それは“化け物”さえも殺す力。

 しかしそれを有する人物は怪異を信じず、そして“見える人”でありながら最上位の“上位種”しか見る事ができない。

 でも、彼は絶対に助けに来る。

 絶対に見捨てたり、諦めたりしない。

 ある人物は彼の事を“ヒーロー”と呼んだ。

 更に違う人物は、彼の事を“鬼”と呼んだ。

 そんな馬鹿な話、あるわけがない。

 あまりにも歪で、余りにもご都合主義過ぎる。

 ピンチの時に現れて、怪異さえ恐れる存在?

 流石に話を盛り過ぎだ。

 しかも本人は怪異を欠片も信じていないとか、訳が分からない。

 余りにも不安定で、扱いに困る人物。

 でも先輩達はみんな口を揃えて、こう言うんだ。

 “先生が居れば大丈夫だ”、と。

 全く持って理解出来なかった。

 今までだって草加先生が深く考えず行動する事から、上手く利用する事ばかり考えていた。

 確かに彼の“異能”は強力だ、他のモノとは比べ物にならないくらいに。

 でも、それでもどこか信じ切れていなかったのだ。

 だというのに、“コレ”はなんだ?


 「環、待たせたな。助けてってのはこの烏か? 野生動物に襲われてたのかよお前ら……いや流石にコレくらいなら泣きそうな声出すな……マジで何事かと思ったわ。いいか? 烏ってのはなぁ?」


 「く、くさかせんせぇ……」


 相変わらず気の抜けた発言を繰り返す草加先生に対して、一花ちゃんは震える声を返す。

 隣の日向ちゃんも、完全に気の抜けた様な安堵の表情を浮かべている。

 それもそのはずだ。

 彼が来た瞬間、“空気”が変わった。

 今までの切迫していた状況、そして張り詰めた空気。

 そう言ったものが、見事に霧散していた。

 これが先輩達の言っていた、“先生が居れば大丈夫”ってヤツなのだろうか。

 悔しいけど、納得してしまった。

 というより、“腕の異能”というモノを完全にナメていた。

 そして何より、草加先生が登場ついでに撃退した“八咫烏”。

 今さっきまで部長の首元を狙っていたソイツが、今では力なく彼の手に収まっている。

 死んだのだろうか?

 いや、過去の報告でも蘇ったという話は聞いている。

 もしかしたら別の個体で、数体存在する神様なのかもしれないが……油断は出来ないだろう。

 なんて、思ったその時。


 「浬先生、その烏。まだ生きているかもしれません」


 「ん? 一応シメておくか?」


 部長も警戒しての発言だろう。

 その言葉を投げかけた瞬間、草加先生は地面に向かってスパンッ! っと、烏を叩きつけた。


 「……蛙とかで、動画では見たことある光景ですね」


 「大体こうすれば大人しくなるぞ? 血抜きや捌く前にはやっておけよ?」


 「烏は食べないです」


 部長と草加先生が会話する中、信じられないモノを見る顔をしていたのは僕だけではなかったに違いない。

 だって、普通はあんな事出来ない。

 というか神様相手にやる行為ではないはずだ。

 普通の動物などを“シメる”為に行う動作で、いとも呆気なく“神様”を殺す。

 普通じゃない、普通な訳がない。

 しかも彼には“上位種”しか見えないという、“見える人”にはありない条件が付いている。

 更に言えば“腕の異能”なんて呼ばれているが、とてもじゃないけど僕達と同じ括りにしていい存在には思えない。

 言うなれば“上位種”を殲滅する為だけの存在。

 話によれば“上位種”も“神様”に片足を突っ込んだ存在というか、概念としては同じモノらしい。

 だとすれば、ソレを殺す為だけに“異能”を持つ彼という存在は。


 「神殺し……じゃないの? それって」


 そんな、厨二病満載の言葉が出て来た。

 でも他に言いようが無いのだ。

 ピンチになったら“偶然”現れる主人公体質、“たまたま”手に入った信じられないくらい強力な異能。

 そんな風だったなら、まだチート野郎なんて罵れたかもしれない。

 しかし彼は一花ちゃんのヘルプコールを受け、自身の身体能力を持ってこの場に短時間で登場した。

 そして“触れる異能”があったとしても、そもそも触れなければ効果が無い。

 眼で追う事すら難しい“八咫烏”を素手で、しかもこの場に訪れてすぐさま捕まえたのは単純に彼の身体能力によるものだろう。

 え、本当に何? ウチの顧問、どっかおかしくない?

 化け物としか思えない身体能力、そしてヒーローと謳われてもおかしくない偉業。

 そしてこのタイミングの良さと、全てをひっくり返す彼の実力。

 怪異からしてみれば、そりゃ鬼の様に恐ろしい存在だろうよ。


 「なんなんだよ……もう。草加先生だけでいいじゃんか」


 「徹?」


 ボソッと独り言を呟いたつもりだったが、すぐ近くにいた渋谷には聞こえていたらしい。

 そんな彼女はクスクスと笑いながら、僕の頭に手を載せる。


 「皆で頑張ったからこそ、センセーも間に合ったんじゃない? 誰か一人でも欠けてたら、数秒でも遅くなってたら、この結果にはならなかった。ウチはそう思うよ?」


 そんな風に言われると、どこか納得してしまうのが悔しい。

 最初から草加先生を送り込めば、先生が戦っていれば。

 様々な妄想も膨らむが、それが可能な“顧問の先生”は僕達には居ないのだ。

 僕達の先生は何だかんだビビリで、幽霊を信じていなくて。

 それでも生徒のピンチには駆けつける、暑苦しくておかしな人物なのだ。

 だからこそ、オカ研の“最終兵器”なのだろう。


 「天童!? どうした!? 助けてってお前の事か!」


 なんて物思いに耽っている間に、草加先生が掴んでいた獲物を投げ捨てながら大声を上げる。

 忘れていた訳じゃない、あまりにも先生の存在が異常過ぎて思考が止まっていただけだ。

 なんて言い訳をしながらも、今更ながら天童さんの事を思い出した。

 彼は“八咫烏”の攻撃により、間違いなく一番の重症を負っている。

 先程見た限りでは、血を吐いている様にも見えた。

 だとすれば、事態は一刻を争うだろう。


 「おい天童、しっかりしろ! 喋れるか!? 痛む所はあるか!?」


 もしかしたら、部長を受け止めた事によって肋骨が折れているのかも。

 血を吐いた所を見るに、その骨が肺を傷つけている可能性だってある。

 間違いなく最悪の事態。

 僕達の不手際で、先輩を一人死なせてしまう事になるかもしれない。

 そう考えると、色んな意味でゾッと背筋が冷えていくのが分かった。


 「草加ッち、来てくれたんだ。大丈夫だよ、ちょっと事故っちゃって」


 「そりゃあのバイク見れば分かるが……どこか痛む所はあるか?」


 こんな状況でも、怪異の事を知らせない様に徹底しているのだろう。

 天童先輩は苦しそうに眉を顰めながらも、無理して笑みを浮かべている。

 そして――


 「事故る瞬間、思いっきり奥歯を噛み締めちゃったみたいで……多分割れた。めっちゃ痛い、あと背中ぶつけたから息苦しいんだよね」


 そう言って、天童先輩は口を開いて草加先生に見せている。

 ……は?


 「あぁ~確かに割れてんな、見事にパックリ逝ってる。こりゃ抜歯だ。でもよかったな、一番奥の歯だからあんまり目立たないぞ。ただ結構出血してんなぁ……大丈夫か?」


 先輩の口に手を突っ込んで、スマホのライトを当てる先生がニカッと笑いながら言い放つ。


 「痛っ!? 草加ッち下手に触んないで、めっちゃ痛いんだから」


 「すまんスマン、確かに感染症とか色々あるからな。救急車はもう呼んだか? 呼んでないなら今から呼ぶぞ? 背中も打ったんだろ? とりあえず大人しくしとけ」


 なんて普通の会話をしながら天童先輩から離れると、道端に転がっていた天童さんのバイクを片手で引きづってくる草加先生の姿が。

 もう、何て言うか……どこから突っ込めばいい?


 「歯が割れたんですか?」


 何から口に出そうかと迷っている間に、今まで口を開かなかった部長が低い声を上げる。

 角度とか色々あるが、こちらからは部長の顔色が一切伺えない。

 でも、声からして非常に怒っている事だけは分かった。


 「血を吐いたのも、吐血とかそういうアレじゃなくて、歯からの出血って事ですか?」


 「あぁうん、見てよ鶴弥ちゃん。咳は止まったけど、今でも口から出血が止まらない。めっちゃ痛いんだよ?」


 部長の様子に気づいているのかいないのか、天童さんは困った様な笑顔で口を開いてみせている。

 ダメです天童さん、今の部長は何をするかわかりません。

 もしかしたら口の中に手を突っ込まれるかもしれませんよ。

 なんて心配しながら視線を向けていたが……結果から言おう。

 そうにはならなかった。

 ならなかったが、危なかった。


 「本当に、心配したんですかね? 死んじゃうんじゃないかって、本当に怖かったんですからね?」


 普段からは想像できない弱々しい涙声を上げながら、部長は天童さんの額に自分の額をくっ付けた。

 いかん、コレは僕らが見ちゃいけない奴だ。

 そう思って渋谷の目を塞ぐが、滅茶苦茶抵抗された。


 「血を吐くし、心拍だって凄く早くなるし……何より天童先輩が凄く苦しそうにしてました」


 「えっと……ごめん。背中打ったから呼吸が上手く出来なくてね? それで誤解させちゃったかな。本当にゴメンね? 本当に大丈夫だから、ちゃんと歯医者に行くから」


 必死で部長を慰めようとしている天童さんの姿が見えるが、多分ソレは逆効果な気が。

 僕の考えを証明するかのように、真っ赤な顔の部長は目に涙を溜めながらプルプルと震えて額を放した。

 あぁ駄目です部長、一応相手は負傷者です。

 そんな心の声が届くはずもなく。


 「いっぺん死ね! この馬鹿!」


 「だぁぁ! 止めろ鶴弥! 事故った後の奴に追い打ち掛けるんじゃねぇ!」


 「放してください浬先生! ソイツ殺せない!」


 「殺すな殺すな、マジで止めろ!」


 部長の怒りの鉄拳を受け止めながら、ドウドウと天童さんから部長を引き剥がす草加先生。

 部長の心情を考えると強くは言えない気がするが、でも流石に不味い。

 色んな意味で、草加先生が間に合ってくれてよかった……なんて事を思っている内に遠くからサイレンが聞こえ始める。

 取りあえず、今日は終わりだ。

 なんともしまらない終わり方になってしまったが、それでも“神様と上位種”相手に全員無事に生き残れたのだ。

 コレ以上の成果はないだろう。


 「とりあえず、皆さんお疲れさまでした。話は後にして、今日はもう休みましょう」


 コレでいいはずだ。

 僕たちは“普通”を生きる為に“活動”を続けている。

 だからこそ、一仕事終えた後にはゆっくり休むべきだ。

 そんな風に考えていた時期が、僕にもありました。


 「徹先輩……あの、“八咫烏”に破られた札が結構散らばってまして。両親が帰ってくる前に片付けないと……」


 ゴメン、忘れていた。

 中途半端に“捕食”された札とか、いっぺんに投げつけた時に効果が出なかった余分な札がそこら中に散らばっている。

 はい、すぐに片付けます。


 「上島君、まさかこのまま“めでたしめでたし”で終わるとか思っていませんよね? きっちり説明してもらいますよ?」


 ヤバイ、部長の矛先がこちらに向いた。

 今までの事情を話すだけじゃ絶対終わらない雰囲気だ。

 顔が怖い、いつも以上に目が座ってる。


 「あの……徹。いい加減放してもらえると嬉しいんだけど」


 安全確保の為と先程目を塞ごうとしていた為、結果的に手を繋いでいた状態になっている渋谷が何やら赤い顔でそんな声を上げる。

 今はそんな状況じゃないんだ、察してくれ。

 いやまあ放しますけど。


 「えぇっと……あっ、私お札回収してきますね!」


 一花ちゃん、君という奴は。

 僕も一緒に回収するから、出来れば見捨てないで欲しかった。


 「おい天童、バイクどうするよ? 直すか? だったら行きつけの店に持って行くが……こりゃちょっとキツイかもな」


 「だよね……後で状態を見て判断するから、一旦預けても良い? ごめん、草加ッち」


 「いや、構わねぇよ。店の方に電話すりゃ回収に来てくれるだろうから」


 貴方達はもう少し会話に参加しましょう!?

 こっちは何か、完全に一種即発の状態になっているんですけど!?

 なんやかんや話している内に救急車が到着し、事態はうやむやになってしまった。

 残った問題としては天童さんの体とバイクの破損具合。

 そして草加先生への事態説明と、部長への報告。

 更に今回は関わっていなかった様だが、“東坂縁”に対しての今後の方針と作戦、といった所だろうか。

 思わずため息が零れる。

 零れる、が。

 サボる訳にはいかないだろう。

 なんて事を意気込んでいた内はまだ良かったのだが、最後に重要な事に気付いてしまった。


 「私が救急車に同乗しますね? 話は後……って上島君、どうしました?」


 部長が他の皆に声を掛けている中、僕は一人で背筋を冷やす事になる。


 「八咫烏と茜さんの姿がありません。単純に消えたのなら良いですが……今までの話から考えると」


 どうやら、今回だけで事件は終わってくれないらしい。

 あぁもう、本当に面倒事ばかりだ。


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