第206話 赤子 3


 先行した俊君を追いながら、私達は目的地……というか目的の人物の元までたどり着いた。

 渋谷さんとあの婦警さんは地面に腰を下ろし、俊君が目の前の“なりかけ”に拳を構えている。

 そして彼らの周辺には、まるで壁の様に見える程“雑魚”集まっているという事態。

 さらには……。


 「どういう状況ですかね、コレ」


 上島君も困り顔を浮かべているが、気持ちは分かる。

 対峙している敵が居て、“雑魚”が集まっている。

 ここまではいい、いつもの事だ。

 しかしアレはなんだ?

 彼らの上で、呑気にこちらに向かって手を振っているブギーマン。

 またお前かよ、また居るのかよ。

 なんて事を思っている内に、ブギーマンは無散するように薄くなっていく。


 『バイバイ、またネ』


 何故か友達の様な挨拶をされた瞬間、クラッと体の芯がぶれる。

 まただ、アレの声を聞くと意識が遠のく。

 というか、単純に睡魔が襲ってくる。

 私以外は問題ない様なので、“耳”の異能が原因みたいだが……まぁそれはいい。

 結構訳のわからない状況だったが、目の前の事を片付けるのが先だ。


 「俊君、目の前の怪異を押し返してください! 依頼人の安全を第一に!  環さんと三月さんは依頼人と渋谷さんの回収。私と、上島君。そして俊君で場を納めますよ!」


 そう叫びながら音叉を抜き放ち、軽く叩けば目の前の“黒い霧”の壁は無散した。

 その間に俊君が“大きな黒い霧の塊”に拳を放ち、続けざまに上島君が札を投げつけ追撃する。

 大丈夫、苦戦するほどの相手じゃない。

 全員がミスなく動けば、数分で片付けられる相手――


 『マ、マ――』


 目の前の怪異が、苦しそうな声を上げた。

 迷うな、アレは敵だ。

 倒すしかない歪な存在なのだ。

 そう思いながら、音叉のトリガーをある程度の処まで引き絞る。


 「すみませんが、祓わせてもらいます。これが私達の仕事なので」


 そう言って、手近にあった地蔵を使い音叉を叩く。

 ――キィィンと高い音が鳴り響き、私はゆっくりと怪異に近づいた。

 相手にとっては予想外の出来事だったのだろう。

 劈く様な悲鳴を上げ、助けを乞う様に腕を伸ばしてきた。

 その手を取るものは誰も居ない……筈だった。


 「止めて!」


 渋谷さんの近くに居た婦警さんが、喉を裂く様な悲鳴を上げる。

 急に走って来た彼女に抱き着かれるようにして、無理矢理音叉の音を止められてしまった。

 音が止めば、当然“カレら”は動き出す。

 だというのに、この人は一体何を……。


 「さっきの声、間違いなく私の子供の声だったの! だから止めて!」


 泣き縋る様に抱き着く彼女を見ながら、ただただ困惑した。

 相手は怪異だ、今更何をしたところで生き返る訳では無い。

 でも彼女は言ったのだ、“私の子供だ”と。

 ここは“水子”神社、本来自分の子供の声など分かる筈がない。


 「お願い! 話をさせて! 殺さないで!」


 必死で懇願する彼女。

 まさか“憑かれて”いる?

 いやでも、彼女の回りに取りついた怪異の姿はない。

 だとしたら、正常な状態であの“怪異”を庇っている事になる。


 「しかし! アレは――」


 「お願い! 少しの間だけでいいから、話をさせて欲しいの!」


 コレが母親と言うモノなんだろうか?

 その身が無くなっても、例え魂だけになっても。

 我が子に慈愛を送り続ける存在。

 生憎と私の家庭はそうではなかったので、理解に苦しむ行動ではあるのだが……。

 そんな彼女は私が黙っているのを肯定と取ったのか、ゆっくりと体を離し“なりかけ”の方へと体を向けた。


 「……ゴメンね、ちゃんと生んであげられなくて」


 彼女は目の前に這いよって来る“黒い霧”に語り掛ける。

 しかし、大きな黒い霧は進行をやめなかった。

 まるで這いずる様に、両手足を使ってこちらに近づいてくる。


 「部長!」


 上島君が投げた数枚のお札が、霧の表面で燃え上がる。

 その一瞬動きは止まり、身もだえる様に蠢く“黒い霧”。

 そして、“カレ”の発する声はこの耳にしっかりと届いていた。


 『イタイ、イタイヨ。助ケテ。モウヤダ、ママ、ママ……』


 ひたすらに助けと母親を求めながら、大きな黒い霧はこちらに手を伸ばしてくる。

 ただただ救いを求める腕。

 他の怪異と同じように悪意に侵されながらも、それでも母親を求めるその手。


 「ゴメンね……辛かったね。もう大丈夫、お母さんが一緒に居てあげるから。もう……大丈夫だから」


 冬華さんがそう呟きながら、黒い霧を掴もうとした瞬間。

 “なりかけ”の体の中で、何かが蠢いた。

 黒より暗い、もっと邪悪なモノが赤子の体を蝕んでいる。

 まるで血管が這うように、ソレは“黒い霧”全体に浸食していった。


 「冬華さん離れて! アレはもう“違うモノ”なんだってば!」


 渋谷さんの制止も聞かず、彼女は赤子に向かって手を伸ばし続ける。

 やがて“ソレ”は霧の中から姿を現した。

 真っ赤に充血して、半分以上も飛び出した眼球。

 ぶよぶよに膨らんだ手足、目の前の母親を飲み込もうとする大きな口。

 そして胸にめり込んだアレは、あの石は。


 「こんな“想い”ですら、食いものにするんですね。あのクソヤロウは……」


 間違いなく、あの“黒い石”。

 今回利用されたのは、この冬華さんとその子供。

 水子神社に居るという事は、多分生まれてさえ来られなかったのであろう。

 そんな悲痛な人生さえ、己の祈願の為に利用とするあの男。

 そもそも呪いを振り撒こうとする狂人を理解しようとするのが間違いなのだろうが、この光景には吐き気さえ覚えた。


 「部長! アレ“上位種”になろうとしてませんか!? 姿が見えるんですけど!」


 焦った声を上げる上島君が札を投げるが、その行く手を集まってくる“雑魚”達が遮る。

 彼の言う通り赤子の霊は変化を続け、今では私達にでさえ視認できる姿に変わっていた。

 あまりにも異質、そして異常。

 だというのに怪異からも、生者からも幸せそうな声が聞こえてくる。

 あの手を取り合えば、間違いなくあの婦警さんには不幸が訪れる。

 わかっている、わかっているからこそ。

 一刻も早く祓わなければいけないのに、早くしないと生者である冬華さんまで巻き込まれてしまうのに。

 そう思いながら、私は音叉を振り下ろす事が出来ずにいた。

 私には……人から恨まれる覚悟が足りないんだ。

 このままあの赤子を祓えば、多分私は“恨み”を買う事になるだろう。

 それが、たまらなく怖かった。

 亡者の恨みは音叉で祓えるが、生者の恨みは“呪い”と化す。

 私は、これからこの人に恨まれ続けて生きていくのか。

 だけど……やるしかない。


 「っ!」


 振り上げた音叉を、隣から伸びて来た腕に掴まれてしまった。


 「いいですよ鶴弥さん、後は僕が引き受けます」


 その一言を残し、黒い影が飛び立った。

 まるで翼でも生えているのではないかという程軽やかに、そしてしなやかに。


 「多分先生なら迷わない。それに、あの人だって」


 そう言って彼は空中で何度も回転しながら、その遠心力を踵に乗せて怪異に降り下ろした。

 まさに容赦のない一手。

 まるで思い人が手を取り合うであろうその瞬間に、片方を亡き者にするかの如く悪役の所業。

 それを、彼は甘んじて受け入れたのだ。

 俊君の踵落しが炸裂した瞬間、“赤子”は悲鳴を上げた。

 首元にめり込んだ踵はそのまま首の肉を両断し、着地と同時に身体を回転させながら振るわれた拳は“黒い石”を粉々に砕く。


 『イダイ痛いイタイ!』


 痛みを訴え、絶望を叫び、そして泣き叫んでいた赤子の体が徐々に薄れていく。

 救いを求める様に伸ばされたその腕が冬華さんの眼の前まで伸び、そして朽ちた。

 その光景を目の前で見ていた“母親”は、いったいどんな気持ちだったのだろうか。

 なんて、聞くまでもなく彼女の表情が物語っていた。


 「……なんで」


 視線で人を殺せるなら、多分俊君は死んでいただろう。

 それくらいの眼差しが、彼の事を捕らえていた。

 そんな視線を向ける彼女にさえも、彼は微笑みを返していたが。


 「よくも……よくも私の子供を!」


 「もう、死んでいました。貴女が見たのは亡霊です、決して戻って来ない存在なんです」


 「それでもあの子は助けを求めていた! 私を求めていたんだ! それなのに!」


 「それは否定しませんが、貴女に何が出来るんですか? その身を子供に差し出す事ですか? それでは、他の誰かも犠牲になります。警察官なんでしょう? だと言うのにさっきの状況を肯定するんですか? だとするなら、貴女は警察官として“正義”を振りかざす事すらおこがましいと思いますが」


 とても冷たい視線で笑う俊君を前に、私達は何も言葉を発する事が出来なかった。

 今までの経験から彼の“正義”とは、他の部員よりもずっと重いモノなのだろう。

 “普通”の人からすれば、彼の“正義”に賛同できるかと言われれば多分手を上げる者は少ない。

 目の前の彼女がそうであるように、“正義”なんてものは諸刃の剣でしかないのだ。

 見方が変われば、考え方が変われば、それら全ては“悪”に変わる。

 そして彼女の眼にはきっと、今の俊君が死神の様に見えている事だろう。


 「恨んでください、僕を。貴女の子供を殺したのは“貴女”じゃない、僕だ。だからこそ、殺してやりたいと思うくらいに憎んでください。僕を殺すまで、貴女が死にたいと思わなくなるくらいに」


 そう言って、彼は歪な笑顔を彼女に向けた。

 泣いているんだか、笑っているんだか分かったもんじゃない。

 それでも、精一杯の悪役を演じているのだろう。

 赤い瞳の悪役は、随分と下手な笑みを浮かべていた。


 「絶対に許さない! 私の子供の最後の時を奪った貴方を! 絶対に許さない!」


 彼女も冷静ではないのだろう。

 まるで獣の様に牙を向き出しにした冬華さんが唸る。

 ちゃんと状況を理解出来る時が来れば、まったくの的外れな言葉だと気づくだろう。

 悪いのは彼ではない、そして“産めなかった”彼女でもない。

 彼女の、そして赤子の“想い”を利用した相手なのだと気づくはずだ。

 そして、ソレに踊らされた自分自身の心なのだと。

 だとしても、今は諭すべきではない。

 コレが俊君の望んだシナリオであり、そして彼女を救う手段でもあるのだから。

 本当に申し訳ない、というか悲しくなってくる。

 こういうのは部長の私がやるべきであって、本来彼がやるべきではないのだから。


 「恨んでも、憎んでもいい。だから周りを巻き込むのはもう止めてください」


 「何を偉そうに! 人殺しが!」


 「いい加減自分の中で決着を付けろと言っているんです。後悔と綺麗事だけでは、“この世”は生き残っていけませんよ?」


 そう言いながら彼は背を向け、来た道を引き返していく。


 「何を……勝手な……貴方には関係ない」


 離れていく彼の背に向かって、そう呟く彼女に対して私は思わず口を開いてしまった。


 「勝手なのは誰しも一緒ですよ。今回の件だって、渋谷さんを貴女の都合に巻き込んだ。アレは貴女の子供だったのでしょう? ならば、渋谷さんには関係ありません。その罪を、まずは受け止めるべきです。そして……恨める相手がいるだけ、まだマシなのかもしれませんよ? 人によっては、個人ではどうしようもない相手だったり、失った物すら穢される場合だってあるんですから」


 そう言いながら、音叉をホルスターに仕舞った。

 今回の活動はこれにて終了。

 後味が悪いし、コレといって達成感がある訳でもない。

 それでも、今回の件はコレで終わりなのだろう。

 一応調べはするが、多分これ以上のモノは出てこない。

 なんたって、パトカーの中で見た“育った個体”がさっきの“なりかけ”だったのだ。

 アレ以上の隠し玉が居るとは思えない。

 私の耳には、さっきの個体以上の“声”は届いて来ないのだから。


 「依頼は完了しました。貴女の子供の霊を“祓う”、間違いなく終了です。それでは、我々は失礼致します」


 呆然とする彼女と渋谷さんを残し、私達はその場を後にした。

 あとは、彼女次第だ。

 どう向き合うかを決める精神的フォローは、仕事の内には入っていない。

 冷たいようだが、そこまで手を回していれば人員が足りない。

 というか、専門家でもなんでもないのだ。

 私達に出来る事は、“祓う”事だけ。

 今回は、俊君に重荷を背負わせてしまった形になるが。


 「まだまだですね……」


 呟きを漏らせば、皆聞こえないふりをしてくれた。

 全く、私は弱い。

 だからこそ、今回の様に部員に負担を強いてしまうのだ。

 俊君にも謝っておかないと。

 あのままでは流石に可哀そうだ。

 すべての悪役を引き受けてもらう形になってしまったのだから。


 「ほんと、どうしようもないです……」


 ため息交じりにそんな台詞を呟きながら、私の大きなため息を溢したのであった。


 ――――


 「何なんだアイツは……っ!」


 らしくもなく、思わず悪態をついた。

 もう少しで“椿”の人間を手に入れられると思ったのに、とんだ邪魔が入った。

 よりにもよって、あの“化け物”である。

 アレを見つけたのは本当にたまたまだった。

 駅前で何故か腕相撲をしているという、全く理解の及ばぬ事態であったが。

 見た瞬間に分かった。

 ――アレはダメだ。

 どう見ても神降ろしをしているとしか思えない凶悪な力。

 アレの前では、並大抵の怪異や呪いでは歯が立たないだろう。

 それくらいに、強く“滅ぼす”力が見えた。

 ソレを証明するかの如く、彼の攻撃を受けた“呪われた天狗の仮面”が、見るも無残に砕けたのである。

 金槌で叩いても壊れなかった仮面が、アレに触れられただけで弾け飛んだのだ。

 異常としか言いようがない。

 コレばかりは誤算だった。

 追撃が来る前に道具で姿を隠し、撤退した訳だが……逃げようとする私に、彼は間抜けな台詞を投げかけたのだ。

 もはや舐めているとしか思えない。

 お前の様な小物など眼中に無いと、嘲笑われているかのような気分だ。


 「あぁぁぁ! くそがぁぁぁ!」


 全力疾走で逃げ帰り、体力が尽き果てた私には周辺の木々を蹴りつける事くらいしかできない。

 幼稚な八つ当たり、小物の所業。

 それが、より一層惨めにさせた。

 丹精込めて作って来た呪いは、椿の人間に矮小だと罵られた。

 過去の資料を読み漁り、やっとの思いで作り上げたほぼ“完成体”だというのに。

 彼女は微塵も恐れていなかった。

 “呪い”そのものが彼女にとって大した意味も持たないかのように、笑って見せたのだ。

 そしてあの“化け物”。

 あの男には、みすみす見逃される始末。

 間違いなくアレは逃げられたのではない、見逃されたのだ。

 何だアイツは、何故ここに居る。

 思いだすだけで、腸が煮えくり返る思いだ。

 これほどまでの屈辱があろうか。

 無能ばかりの下らない社会で見下されてきた私だからこそ、“こっち側”に手を伸ばしたと言うのに。

 その先でもあんな眼を向けられるのか?

 許せない、絶対に許せない。

 あの二人だけは絶対に殺してやる。

 そんな想いを胸に、荒ぶった息を整えていく。


 「は、はは、ハハハハハ! 全部殺してやる! 全部壊しやる! 欲をかいて“椿”を手中に収めようとしたのがいけなかったのだ、手札は既に揃っている! 人の想いとは常に醜いモノだとお前らにも教えてやる! 私は神を降ろし、そして滅ぼしてやるぞ! 死ね! 死んでしまえ! どいつもこいつも、最後の瞬間になって後悔と懺悔を唱えようと、虫けらの様に踏みつぶしてやる!」


 狂ったように笑う。

 自分でも理解している、私は正常じゃない。

 だから、どうした?

 社会に適合出来ない人間は皆犯罪者か?

 法を犯していなくても、私の様な人間は全て異常者か?

 おそらくそうなのだろう。

 でも、それを捌けない法律が悪い。

 私を追いだせない社会が悪い。

 だから私を咎められないし、止める事も出来ない。

 だったら、好きにやらせてもらおうではないか。

 手札は揃った。

 人の“想い”、しかも憎悪だけではない。

 様々な感情を揃え、どれも良質と言える程強い“想い”。

 神々もコレだけ強い思いがあれば、眼を止めずには居られないだろう。

 なんたってこの想いは、彼女達が文字通り“死ぬ気”で溜めてくれた“感情”なのだから。

 最初の少女はとにかく馬鹿で良かった。

 全ての憎しみを、その想いを杭に向かってぶつけてくれた。

 まるで世界から嫌われているかのように思い込んだ彼女は、非常にやりやすかった。

 その想いを必死に石に溜めていたが、結局は“自己顕示欲”。

 こういう人物ほど扱いやすいモノはない。

 二人目、というか兼三人目と言った方がいいのだろうか?

 白子の双子という事もあり、非常に効率的だった。

 彼女達は互いに互いを思いやる、その想いが私の糧となるとも知らずに。

 しかも彼女達の両親も、必死で毎日祈りを捧げていたのだ。

 その行為が、娘二人を蝕んでいるというのに。

 コレばかりは本当に傑作だ、しかも近くの怨霊まで釣れた。

 想像以上に“想い”は溜まり、形代を使ってみれば必要分以上も集めてくれた。

 その後どうなったのかは知らないが、“出がらし”とはいえあそこまで欲望に染まった呪具を怨霊が見逃すとは思えない。

 今頃一家揃って首を吊っている事だろう。

 そして、今回の水子。

 不純物を持たぬ生まれる前の赤子だったからこそ、予想以上の成果を見せた。

 やはり7つまでの子供は神に近しい存在、というのは本当だったのだろう。

 ほかの何よりも純粋な願いを浮かべてくれる。

 その“想い”は強烈で、もはや現代人から“想い”を集めるのが馬鹿らしくなるくらいだ。

 母親の“想い”と、赤子の“願い”。

 どちらも回収出来て、尚且つ赤子は化け物へと進化した。

 これほど有意義な実験はあるだろうか。

 私の実験過程でも、怨霊は成長する。

 より強靭に、そして凶悪になる。

 きっと赤子に食い殺される母親は、死体も残らないのであろう。

 なんたって、赤子は“欲張り”なのだから。

 その全てを自分の糧とし、今もあの霊園を彷徨っているに違いない。

 愉快、なんとも愉快。

 それ以外の人々からも“石”を使い、様々な感情を集めている。

 先程述べた者達に比べれば微々たるモノではあるが、それでも十分に役に立ってくれている。

 終わりは近い、もうあとは“時”を待つだけだ。

 私を生きたまま逃がした事を後悔するといい。

 私はこれからお前たちの予想も付かない呪術を使い、神を降ろす。

 しかもただの神降ろしではない。

 誰もなしえなかった、神の具現化。

 この身を捧げ、完全なる神を降ろす。

 逸話はいくつも残されているが、どれも鼻で笑ってしまう様な物語ばかり。

 その身に神を降ろした所で、結局は人間を捨てきれない偽物ばかり。

 だからこそ、私が成り代わるのだ。

 本当の“神”に。

 その暁には、全てを屠る。

 覚悟するがいい、先程の“化け物”め。

 まがい物の強者を、私は真っ先に殺してやろうぞ!


 「ふ、ふふ。フハハハハハハハ!」


 自身の思い描いていた手札……贄が揃い、すぐ目の前に強者が現れた。

 ならば急がねば、早くあの“鬼”を殺してやらねばとより一層の決意を固める。

 コレが私の最期の仕事。

 世界を変えるほどの呪術を行使する。

 未完成だと言われている呪法だが、私ならやり遂げられると自信を持って言える。

 何たって、この世界には“神”が居るのだから。

 これだけの供物を用意すれば、間違いなく成功する。


 「鬼も、椿も、その他も。皆死んでしまえ!」


 人気のない森の中でゲラゲラと笑いながら、私は欲望のままに叫ぶのであった。

 それこそ、何かに憑りつかれた様に。

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