第204話 赤子は育つ
回る風車に従って、私達は随分と奥地までやって来た。
この墓地……というか水子神社には、出入口が前後の二つしかない。
片方は私達が入って来た正門、と言っていいのか。
こちらは神社のすぐ近くにあり、お参りに来る人達の為に自販機とか色々な物が設置されている。
普通の神社であればこういったものは置いていないのだろうが、流石に山の斜面を丸々地蔵で埋めている様な大規模な場所なのだ。
多少なり利便性が無いと不味いのだろう、お祭りの会場とかにも使われるし。
そしてもう一つは完全に地元民用というか、人が通れるくらいのトンネルが一つあるだけなのだ。
そちらは今やほとんど使う人間は居ないらしい。
私達は今、そのトンネルへ向かって歩かされている。
「あの……さ、優愛ちゃんは怖くないの?」
私の少し後ろを歩く冬華さんが不安そうな声を上げてきた。
彼女にとっては初めての心霊現象なのだろう、怖いのは当然だ。
今は気遣ってゆっくり歩いてあげる事とか出来そうにないけど。
「怖く無い訳ないじゃないですか、この場所をこんなに嫌だと感じた事ないですよ。ウチは“異能”を使わなければ冬華さんと全く変わらないですから」
「……えっと?」
冬華さんもここまで関わっているのだ、余り隠し事をしても意味はない……というか何も手が無いと思わせてしまったら不安になる一方だろう。
後で部長にまた怒られるかな?
まぁいいや、冬華さんになら多分大丈夫だろうし。
「私達オカ研メンバーは、ほとんどの人が“幽霊”に対して何かしら対抗できる特技みたいなものがあるんですよ。その特技とは別に“見る”事が出来る範囲の違い……って言ったら良いんですかね? そういうのがあって、私は能力を使わないと全く見えないって事です」
「ちょっと信じられないというか、何言っているのか分からないけど」
ですよね。
こんなの普通に聞いたら妄想のオンパレードだ。
しかし冬華さんは少しだけ視線を下げながら、小さくため息を吐いた。
「でも、今の状況や事故の前に見た“あの子”の事を考えると、あながち嘘だとは言い切れないのよね……もう何が何だか……」
そう言って頭を振る彼女。
常識の範囲外の者達がいきなり登場したのだ。
混乱するのは当然の事だろう。
「まぁ、なんというか、気持ちは分かります。ウチも最初意味分からなかったですもん」
「あと優愛ちゃんの“ウチ”ってのも慣れない」
「そこは慣れてください」
ちょっとは緊張感が解れたのか、少しだけ顔色が良くなって来た気がする。
二人して呆れた様な笑みを溢しながら、未だ誘う様に回り続ける風車に沿って歩き続けると。
やはり行きつくのは小さなトンネル。
この先には扉があり、その向こうは敷地外に繋がっているだけ……のはずなのだが。
明らかにそういう雰囲気ではない。
こんな状況で、更に夜だからこそそう感じるだけなのかもしれないが。
「えっと……この先に行くの? 私このトンネル通った事ないんだけど」
「ウチもですよ。ただちょっと待ってくださいね」
それだけ言ってから瞼を下ろし、今まで使っていた狸を呼び寄せる。
本来ならベッドなんかで全身を楽な状態にした方が感覚を全て相手に移せるのだが……今は致し方ない。
こんな場所でいきなり寝そべる訳にもいかないし。
「お願いね、少し中を見てきて」
声を掛ければ、眼の前の狸は真っ暗なトンネルへと駆け込んでいった。
狸って夜目効くのかな? なんて今更な疑問が浮かんだが、さっきからちゃんと見えていた事を思いだしてそのまま“共感”を使った。
そもそも夜行性だし、問題ないのだろう。
「あの……優愛ちゃん?」
「静かに、本当に集中しなきゃいけないんで」
不安の声を上げた冬華さんの言葉を遮って、私は先程の狸へと“視界”を移した。
見えてくるのは古ぼけたトンネル。
手入れされているかと聞かれれば、間違いなくNOと答えるだろう。
見た目は完全にお化け屋敷な空気を放っていた。
とはいえ作り自体はしっかりしているようで、汚れていたり砂埃は溜まっているが崩れそうな様子は微塵も感じられない。
そんな真っ暗な通路を何メートル走っただろうか?
急に眼の前が真っ暗になった。
「……ん?」
光が少なすぎて夜目が効かなくなったのだろうか?
まるで目の前に真っ暗な壁があるかのように、とある場所から先が全く確認できない。
なんだろうコレ。
なんて思いながら、目の前の“黒い壁”に触れるように指示を出した。
そっと前足を伸ばして、“ソレ”に触れたと思った瞬間。
狸の前足は“黒い壁”を突き抜けた。
「……まずっ」
全身から嫌な汗が吹き出し、すぐさま狸に全力撤退を命じると。
『マ、マ……マ』
トンネルを埋め尽くす程大きな赤ん坊、しかも歪な形をしたソレが。
こちらに向かって視線を向けていた。
――――
「皆行きますよ」
現場に到着した私達は、すぐさま車から降りて歩き出した。
今回お留守番は浬先生と椿先生のみ。
いつもお留守番だった環さんは、渋谷さんと合流した後、彼女を任せる為に本日はこっち側。
本人も異能を使っている間の渋谷さんを背負ってでも移動すると意気込んでいたのだが。
「何ココ……こっわ……」
早くも三月さんの後ろに隠れている。
あの調子で大丈夫だろうか?
まぁ見えてさえいなければ、普通の肝試しと変わらないのだ。
“上位種”が出ない限りは、彼女が怪異をその目で見る事はないだろう。
とはいえ。
「部長、どう聞えますか?」
歩きながら上島君が話しかけて来た。
その歩調はいつもより早く、そして険しい顔をしている。
渋谷さんの事が心配なのは分かるが、ついて行くのが結構大変。
歩幅を考えて頂きたい。
「少しおかしいですね、子供の声がちゃんと“聞こえます”。今までは想いとして伝わって来ている様な感じでしたが、今ははっきりと喋っていますよ」
「やっぱりそうですか……」
彼も何かしらの違和感を感じ取ったのだろうか?
クイッと眼鏡を押し上げると、周囲に軽く視線を投げた。
「僕には“いつも通り”に聞えるんですよ。そこかしこから、見えてるの? って声が聞えます」
“耳”の能力が無い場合、カレらの声は極端にレパートリーが少ないらしい。
ミエテルノ? コッチニオイデ、などなど。
聞こえる私からすれば、何故そんな風に聞こえてしまうのか不思議でならないが……もしかしたらカレらの感情の一部を声として受け取っているのかもしれない。
相手の声を聞いていると言うよりかは、本質的に求めている心が音として聞こえる。みたいな?
答えを知っている人が居ないので、仮説に過ぎない訳だが。
「詰まる話ここに居る赤子は、普段の“雑魚”と同じような事になっているという事でいいんですかね」
「多分そうなんだと思います。赤子と思われる他の怪異と遭遇した時は、こんな声聞こえて来ませんでしたから」
私の耳に届くのは、子供の楽しそうな声の数々。
ここは水子神社だ。
だというのに、皆普通に喋っている。
霊体になった後に育つのか? なんて疑問もあるが、今はそこが重要な訳じゃない。
この子達は、私達生者を求めている。
取り込もうとしている、仲間にしようと誘ってきている。
要は、完全に私達の“敵”になったわけだ。
『遊ぼウ? 一緒に』
『こっちにキて、皆一緒ダヨ』
『楽しいヨ、お姉ちゃんもコッチに来て』
私の足を、“黒い霧”がよじ登ってくる。
大きさからすれば、多分姿は赤子のままなのだろう。
とても小さく、中には掌に収まってしまいそうな霧だってある。
でもコレは、生者を蝕もうとしている“敵”なのだ。
「部長! 足元!」
上島君が叫べば、みんな一斉に身構えた。
本人は札をホルスターから引き抜き、俊君の瞳は赤く染まる。
今回は“未来視”が発動しなかったのか、三月さんも驚いた顔を浮かべ、環さんは状況が分からないのだろう。
え? え? と困惑気味に私の足元辺りに視線を投げている。
「大丈夫ですよ、覚悟は決めてあります。というか、その必要も無くなりましたが」
コォォォン、と低く鳴り響く音叉。
次の瞬間には周囲に集まっていた“黒い霧”も、離れた場所に身を潜めていたカレらも霧散していく。
「この場に居る怪異は育っています、しっかりと敵意を持っている。悪意を持って、私達を取り込もうとしてきている。なら、“いつも通り”です。情けを掛けるつもりはありません」
元より、もはやそんな情けを掛けるつもりなど微塵もないが。
それでも、“やりやすくなった”というものだ。
――――
車を止めてから、あまりにも暇になった。
いつ連絡が来るか分からない状況だから、こんな事を言っていたら不謹慎かもしれないが。
それでも暇なのだ。
いつもなら渋谷さんと環さんが居るけど、本日はそうではない。
こんな場所でファミリーカーでお留守番というのはかなり寂しい物がある。
しかし、今日は何と草加君が隣に座っているのだ。
何でも数日前に、路駐している所を後ろから追突されたと悶絶していたが……あの車、買ってから二年くらいしか経ってないよね。
指摘したらもっと嘆きそうだから、話題には出さないけど。
「ねぇねぇ草加君、最近何か面白いネットゲームってないの? 皆がやってない様なヤツ」
「どうした急に、お前ゲームとか普段しないだろ」
朴念仁は助手席の座席を倒し、ダラーとスマホを眺めていた。
あのさ、一応これでもモテる方だと思うんだ私。
学生諸君からラブレターもらったり、同じ職場の人からお誘いが結構あったり。
はたまた女友達から「この前写真見せたらどうしても紹介しろってうるさくて」みたいな事を言われたりと、普通だったら結構羨ましがられる思いをしている訳ですよ。
まぁ全部断っているから未だに結婚してないんですけどね。
だというのにコイツの反応はどうだろうか。
結構遅い時間に、人気のない場所で車に二人っきりですよ。
だというのに完全にリラックスモードに入っているんだが、殴っていいかな?
もう少し意識しろよ、お前黒家さん達の影響で女の子に慣れすぎだよ。
もしかして女として見られてない? いやいや、海に行った時の事を思いだせ。
コイツはちゃんと私を女として見てくれている……筈だ。
あんまりこんな事ばっかり考えていると面倒くさい女とか言われそうだから、直接は言わないけどさ。
「結構前だけど、皆でゲームしてたって言ってたじゃない? 何か私だけ除け者感あって寂しいなぁって、だから今度一緒にやりたいなって思ったんですけど。 ダメですか、ねぇ駄目ですか」
グリグリと草加君の頬を指で突けば、呆れたようなため息を溢されしまった。
おいコラ、お前スキンシップにも慣れ過ぎだぞ。
普段どれだけあの二人にくっ付かれているんだ。
「別にそれは構わねぇけどよ。除け者って事はねぇだろ、今のメンツなんて特に。お前に頼ってばっかじゃねぇか、最近俺には予定も教えてくれねぇぞアイツら」
そう言ってそっぽを向いてスマホゲームを始める草加君。
お? なにこれ。
もしかして拗ねてる? 拗ねちゃってるの?
あららー可愛い所あるじゃない。
もっと頼られたかったのかな? 昔は皆草加君の所にくっ付いて回ってたもんねぇ。
あの子達がそれだけ強くなったと思って、温かい目で見てあげればいいじゃないの。
なんて事を思いながら口元に手を当てて笑いを堪えていると、ジロッと口元をもごもごさせた草君に睨まれた。
「べ、別に拗ねてる訳じゃねぇぞ? ただアイツら最近俺を足替わりに使ってる気がして納得いかねぇだけだ。ここ行きます、終わりましたの報告だけじゃ何やってるかもわからねぇじゃねぇか!」
「うんうん、鶴弥さんにはもうちょっと情報共有する様に言っておくねぇ。ジュース奢ってあげるから、機嫌直しなぁ?」
「だから別に拗ねてねぇよ」
なんだろうね、男の人って年取っても根っこの部分は変わらないのかな。
まるで子供みたいな言い訳をする彼が、非常に微笑ましい。
そうだねぇ、黒家さんの時はもっと色々話してくれてたもんねぇ。
性格の違いなのか、それとも慣れなのか分からないが、鶴弥さんはとても淡泊だ。
特に学校では。
今日はココに行きます、内容はいつも通りです。
みたいな。
皆慕ってくれてはいるのだが、草加君に怪異の事を話すまいと、どこかで一線を引いているのだろう。
昔は黒家さんと早瀬さんがずっとくっ付いて来てたからね、そりゃ寂しく感じるよね。
あーもう、あーもう。
なんでコイツはいつまで経っても子供みたいなんだろう。
頭ワシャワシャしたい、したら怒られるだろうけど。
「何飲みたい? たしか自販機あったよね?」
「……コーヒーで」
「あいよー」
ニヤニヤしっぱなしのまま、車を飛び降りる様に外へ出る。
扉を閉めた時の草加君は、非常に苦い顔をしていたが。
ニヤッと笑みを一つ浮かべ車から離れると、車内から何か叫び声が上がっていた気がする。
「今まで散々頼られていた人も、ぱったり無くなると寂しいんだねぇ~」
これはもう、飲みにでも誘って色々聞かせてもらった方が面白いかもしれない。
もうね、根掘り葉掘り聞いてやろう。
なんて事を思いながら自販機に硬貨を突っ込んでいく。
コーヒーって言ったけど、いつも通りのブラックでいいのかな?
たまには甘いの飲めばいいのに。
両方買っていって、その場で選ばせればいっか。
ウキウキしながら自販機のボタンを押していた私は、多分気が抜けていたのだろう。
“異能”を持った皆を中心に物語が進み、私は脇役なのだとどこかで思っていたのだ。
「こんばんは、良い夜ですね」
すぐ後ろから声が響くまで、その存在に気づかなかった。
聞いた事のある男性の声。
そして、今この場では最も聞きたくなかった声が響き渡った。
「あの少女と繋がりがあった時点で色々と予想はしていましたが……そうでしたか、貴女が彼女達を率いていたんですね。椿美希先生。椿の家の後継者さん?」
そこには、天狗の仮面を被った男が立っていた。
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