第203話 緊急依頼


 夕日の映える廊下を、早足で歩いていく。

 わざわざアパートに戻って制服に着替えるという余計な行動を取っていたせいで、だいぶ出遅れてしまった。

 なんて事を考えながら眉を顰める私の後ろを、椿先生が付いてくる。


 「鶴弥ちゃん、草加君の方は大丈夫。合宿許可も取れたみたいだし、本人もすぐこっちに来るって」


 スマホを耳に当てながら、彼女は険しい顔でそう伝えてくる。

 一番の懸念材料は消えた、後は私達がどう動くかだけだ。

 頷きを一つ返してから、部室の扉を勢いのまま開け放った。


 「連絡した通り、緊急の“依頼”が入りました! 全員準備は出来ていますか!?」


 声を上げながら部室に入れば、目の前の光景に思わずため息をもらす。

 もはや確認するまでもなかったと、安堵の息ではあったが。


 「問題ありません、いつでも行けます」


 グッとゴツイグローブを嵌める俊君が、静かに頷く。

 その両サイドに居る環さんと三月さんも、大きなリュックを背負ってから頷いた。


 「言われた通り、渋谷には先行しすぎるなとは伝えましたが……些か依頼人の方が事を急いでいるらしくて。早く合流しましょう」


 眼鏡を直す上島君が、険しい顔のまま服の下に隠したホルスターを点検している。

 もはや、全員が全員すぐにでも出られる態勢の様だ。

 そして冬華さんがすぐ神社に向かいたがっていると聞いた段階で、ある程度予想はしていたが……精神的に相当追い詰められている様だ。

 この場合、魅入られていると言った方が正しいのかもしれないが。


 「わかりました。ミーティングをする時間もないので、最終確認だけ済ませて出発します。今回の相手は“赤子”。というより“水子”、生まれてさえ来られなかった子供たちが相手です。皆相手しづらいとは思いますが、人的被害が出ている以上手心は加える事は出来ません。しかし、ソレがかえって問題です」


 淡々と説明し始める私に、上島君がスッと手を上げる。

 彼に掌を向けて、発言を許可。

 どんどん行こう、時間が無いのだ。


 「その問題とは? 部員のメンタル的な意味で言えば、後でフォローする形にして、そちらの話は省いて頂いて結構ですよ。皆覚悟は出来ています」


 その言葉に、部員全員が頷いてみせた。

 なんともまあ頼もしい事だ、散々ウジウジしていた私が恥ずかしくなるくらいに。

 とはいえ、問題はそこではない。


 「そこも確かに心配ですが、問題はもっと根本的なモノです。相手は“赤子”、そしてあの男と“呪術”が関わっています。なので、想定はしたくはありませんが見るに堪えない“上位種”が生れている可能性もあるということです。そしてその場合、今回は“腕”の異能が使えない可能性があります」


 私が言い放てば、ハッとした顔を向けてくる部員達。

 そう、今回の私達は最悪の場合に陥ったとしても、最大戦力である浬先生を頼る訳には行かないのだ。


 「浬先生は相手を“生きている人間”だと認識しているからこそ戦えますが、今回の相手はそう認識しても決して拳を振るう対象になり得ないんです。なので、私達だけで解決する必要があります。そうなった場合は私、俊君、上島君が最前衛。三月さんは私達の近くで予知、環さんは現場に居るであろう渋谷さんのフォロー。椿先生には浬先生の誘導をお願いします」


 覚悟を決めろ、私達だけで殲滅する覚悟で居ないとすぐにでも飲み込まれてしまうのだから。

 こんな状況なら浬先生を連れて行かない方が楽に動ける様な気もして来るが……それだけは絶対にダメだ。

 本当に手に負えなくなった場合、その時の“保険”がない。

 そう言った場合には状況が理解できずとも、例え相手が拳を振るう事に躊躇する相手だったとしても。

 彼には前線に立ってもらう必要があるのだから。


 「これから行く場所は私も行ったことが無い場所なので、今細かい指示までは出せませんが現地を確認しながらその都度指示を出します。荷物の方は大丈夫ですか?」


 そう言いながら視線を送れば、一年生女子2人組は強く頷いた。


 「とりあえず徹先輩の札はより細かく種類ごとに分けて、ホルスターに分けておきました。水子を祓う……っていうより、安らかに眠れーみたいな札も新しく用意してあります!」


 「こっちも色々と用意してあります。いつものライト、インカム等々の他に、部室に残っていた備品の閃光弾? とか藁人形みたいなのも突っ込んでおきました」


 何か最後に不穏な言葉聞こえた気がしたが、兎に角準備は万全の様だ。

 軽く調べて見た限りは、今回向かう場所は相当広い土地を有する。

 その地に眠る水子の数は数万という驚異的な数なのだ。

 もしもその全てが私達に牙をむいた場合、とてもじゃないがどれだけ装備があろうと十分だと慢心は出来ないだろう。

 そして今回は“呪術”まで絡んできているのだ。

 その他の怪異が寄って来ても不思議じゃない。


 「よし、では行きますよ。渋谷さん達は既に現場に向かっている様ですから、私達も急いで向かいます。くれぐれも用心して、尚且つ迅速に済ませますよ。今回の依頼主は被害者兼原因の関係者です。合流した後は、休む暇など無いと思ってください」


 「「「了解!」」」


 さぁ、始めよう。

 もしかしたら、現地で“あの男”とだって遭遇するかもしれない。

 こっちは今日だけで進展が多いのだ。

 相手の名前も所属する会社も、顔だって知っている。

 そして何より、相手の“声”を私は覚えた。

 いつまでも先手を取れると思わない事だ、今度はこちらが食らいついてやる。

 ニィっと口元を歪めながら、私達は歩を進めたのであった。


 ――――


 「着いた、けど……」


 私は助手席から降りると同時に周囲を見回した。

 年に必ず一回は訪れる場所。

 見慣れたとも言えるその場所の筈なのに、異常に空気が“重い”。

 なんだこれ、日が落ちたからとかそういう問題ではない。

 いつもなら“子供たち”が眠る場所なんだと認識していた筈なのに、今だけは異常な圧迫感を感じる。

 一般的に言うなら普通の場所が、心霊スポットに変わったというか。

 私達の様な存在で言うのであれば、常に誰かに見られている様な。

 “普通”ではない場所の匂いがする。


 「探さないと……とにかく、あの子の所へ」


 フラフラと運転席から歩み出す冬華さんは、どこか正気を失っている様にも見える。

 きっと体調と精神的な負担もあり、相当参っているのだろう。

 この状態のまま彼女を行かせるのは危険だ。

 “カレら”は心の隙間に入り込み、悪い感情を膨らませるのだから。


 「冬華さん、一度深呼吸しましょう。あまりこういう場所で“乱れた感情”を持っていると、憑かれやすくなります」


 そう言いながら駆け寄れば、彼女は大人しく指示に従ってくれる。

 良かった、ここで半狂乱にでもなって走り出されたりすれば、私には対処出来なくなる。

 私自身も息を大きく吸ってから、周囲に視線を向けた。

 何か、何か居ないか?

 チチチッと舌を鳴らす様にして、周囲の存在に呼びかける。

 私の異能は“共感”。

 乗り移る対象が居なければ、まるで役に立たないのだ。

 そして、冬華さんが落ち着くころに姿を現したのは……。


 「た、狸……」


 「狸ね……田舎だから仕方ないけど」


 私達の前には、一匹の狸が座っていた。

 あの、狸はアリなんでしょうか?

 猫は幽霊が見えているとか言うけど、狸は?

 ちゃんと見えるのかな? というか、“共感”を使える対象になるんだろうか?

 まぁ、やってみるけどさ。


 「冬華さん、ちょっとだけお願いします」


 「え?」


 それだけ言って、“共感”を発動させる。

 全身から力が抜ける様な感覚と同時に、目の前の動物に意識が乗り移っていく。

 どうやら、一応成功したらしい。


 「優愛ちゃん!? どうしたの!? ちょっと!」


 “眼の前”で、脱力した私を抱える冬華さんの姿が見える。

 うんうん、視界も良好。

 では、いつまでも“こっち”に居る訳にも行かないのでサクッと済ませてしまおう。


 『お願い、私たちの周囲を監視して。危険な物や幽霊の類、そして“誰か”見つけた場合には教えてね』


 それだけ指示を残し、私は私自身に意識を戻す。

 これで、ある程度は防波堤を張れたはずだ。


 「すみません、お待たせしました。行きましょうか」


 急に起き上がった私に驚いたのか、冬華さんは目を見開いてこちらを眺めている。

 普通だったらまぁ、こういう反応になるよね。

 改めて“異能”は他者に理解されないモノなのだと認識して、思わず苦笑いを浮かべてしまったが。


 「ちょっとそこの狸さんにお願いをしただけですから、深く考えずに行きましょう」


 「え、えぇ……?」


 どこか納得のいかない表情を浮かべた冬華さんに微笑みを返しながら、私達は暗い道のりを歩き始めた。

 私の“共感”という能力。

 それは相手に乗り移り、視界や聴覚を貸してもらう事に始まり、認識を私と“共感”することに終わる。

 正確には共有? って言った方がいいのかな?

 とまあ、自分ではそう認識している。

 前者は単純に探索系の能力だろう、私が彼等動物に宿り“その場の状況”をすぐさま認識できる能力。

 そして、後者。

 こちらは私と繋がった動物が、多少の時間でも私の感覚を残しているというモノ。

 説明しづらいが、私が“コレは敵だから監視しなければならない”と感じてソレを伝えておけば、ある程度の時間彼らはソレを監視してくれる。

 また行動に至っても同じ事が起こるのだ。

 例えば、この場を次に誰かが通りかかった場合に鳴き声を上げてくれ。

 そうお願いしてから“共感”を切れば、長時間放置した場合を除いて動物たちはその様に行動してくる。

 詰まる話、私の“常識”や“認識”。

 そして“願い”がしばらくの間、彼等の中には残るのだ。

 猫以外で試したことがないので、ちょっと今回は不安が残るが。


 「一応、付いて来てくれているから……大丈夫そう、かな?」


 私達の後ろをちょこちょこと歩いてくる狸。

 ビジュアル的には非常に可愛らしいが、君ちゃんと“見え”てる?


 「もう訳が分かんない……優愛ちゃんどんな事に首突っ込んでるの? あのちっちゃい部長さんと言い、理解が追い付かないんだけど……」


 疲れた様なため息を吐きながら坂道を登る冬華さん。

 彼女に対し曖昧な笑みを浮かべながら会話を繋いでいる内、目的の場所に辿り着いた。

 目の前にあるのは、一体の小さな地蔵。

 いくつも並んでいるソレと変わらない見た目で、静かに佇んでいた。

 地蔵の前には風車や子供の玩具が供えられ、彩られている。

 日が落ちた後では不気味とも思えるソレだが、似たような経験をした人間にとっては胸が苦しくなる思いだ。


 「こんな時間にゴメンね? 変わったことは無かった?」


 冬華さんが地蔵に向かって、囁くように声を掛ける。

 この光景だけを見れば、私もそう変わらないだろう。

 返ってこない相手の言葉を望んで、私達は声を掛け続ける。

 もしかしたら、部長なら何か聞こえるかもしれない。

 ソレが、幸せな事かどうかは分からないが。


 「冬華さん、周囲を調べよう。アイツが何かしたのなら、何か残ってるかも」


 そういって周囲に視線を向ければ、先程の狸がフンスッと荒い鼻息を荒げながら走り出した。

 多分、周囲の探索に向かってくれたのだろう。


 「そうね……ここはいつも通りみたいだし、少し捜して……あれ?」


 私の言葉に同意して立ち上がろうとした冬華さんの眼の前で、風車がカラカラと音を立てて回り始めた。


 「……誘ってる」


 思わず呟いてしまったのは仕方のない事だと思う。

 目的の地蔵の風車が周り始め、次には右隣りの風車が。

 その流れを繰り返し、どんどんと風車が音を立て始めた。

 こっちへ来いと言わんばかりに、道筋に沿って。

 この風車は、神社の人が用意し設置してくれたもの。

 全ての地蔵の前に設置され、昼に見れば子供らしい雰囲気を醸し出させてくれるのだが……。


 「こうも露骨に誘われると、気持ち悪いですね」


 「あの……優愛ちゃん、これって?」


 風もないのに明らかに意図的に回り続ける風車に対し、冬華さんは青い顔を浮かべていた。

 それもそのはず、眼の前の通路以外の風車はピクリとも動かないのだ。

 まるで道筋を示す様に、私達の前のモノだけがカラカラと音を立てる。

 こっちへ来い。

 ありありとその言葉が聞こえてくるかのような光景だった。


 「多分この先に答えがあります。でも、明らかに罠……」


 はぁ……とため息を溢した後に、先程の狸に対して“共感”を使う。

 見えてくるのは、地蔵の裏に隠れる様にしながらこちらを眺める小さな“影”。

 そのいくつかが、何かに急き立てられる様に這い出してきた光景が見える。

 “黒い霧”は、私達の後ろから迫って来ていた。


 「行こう、冬華さん。部長達を待ってるっていう選択肢を選びたかったんだけど、そう上手く行かないみたいです」


 “共感”を切って、チラリと後ろに視線を投げるが……私には何も見えない。

 先程までの視界であれば、すぐ後ろまで“迫っていた”筈なのだが。

 その違いに、思わず苦笑いを浮かべた。

 私は所詮この程度なのだ。

 何かの手を借りないと、何も出来ないし“理解”する事も出来ない。

 でも、今回は私が守らなくちゃいけない存在が居る。

 だからこそ、私の“全部”を使おう。


 「おいで、ウチらを守って。“ブギーマン”」


 言葉を紡ぐと同時に、何処からか“黒い霧”が集まり私の前にソレは姿を現した。

 真っ黒いローブに、認識できない顔。

 そして前回草加先生に“持って行かれた”右腕。

 私の知る“ソレ”が、目の前に現れた。


 「こんなの、ぶちょーに見られたらすぐさま祓われちゃうかな……」


 ふっと笑みを浮かべながら、私は“カレ”の頬を撫でた。


 「よろしくね、今回も私に力を貸して?」


 言葉が通じているのかどうなのか、私には分からない。

 “この子”の声が、私には聞こえないのだ。

 だからこそ不安要素もあり、未だに皆には話していない。

 でも、間違いなく私を守ってくれる存在なのだと理解出来る。

 私が“共感”で、唯一乗り移れる“怪異”なのだから。


 「行きましょう、冬華さん。多分、もう後戻りはできないです」


 私達はもう、相手の掌の上に居る。

 この状況を見るに、無理矢理後戻りした所で私達の望む結果は訪れない。

 そして、それは相手も同じなのだろう。

 “ブギーマン”を恐れる様に周りの怪異が一定距離を取っているが、間違いなく私達を見ているのが分かる。

 私達が間違った道筋を行けば、迷いなく襲い掛かってくるであろう気配をそこら中から感じるのだ。

 詰まる話、誘導された通りに進むしかない。


 「あの子が……この先にいるの?」


 不安そうな声を上げながら、冬華さんは風車で誘導された道を睨む。

 明かりが設置されている訳では無いので、ほとんど先が見えない状況ではあるが。


 「恐らくは、ですけどね。でも覚悟はしておいてください」


 「覚悟って……どういう意味で?」


 不安そうな顔のまま首を傾げる冬華さんに、無理矢理にでも冷静な顔を作った。

 この場には私しか居ないのだ、私が伝えるしかないのだ。


 「もしかしたら“人間”の姿をしていないかもしれません。今まで何人も見てきましたが、綺麗なままの姿で居てくれるとは思わない事です。そして私達が死者に対して出来るのは、“眠ってもらう”事だけです。なので酷いモノを見る覚悟と、もう一度お別れする覚悟をしておいてください」


 私の言葉をどう受け取ったのか。

 冬華さんは真っ青な顔のまま、静かに首を縦に振ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る