第201話 縁
渋谷と部長の二人が休みの連絡を入れて来てから、はや半日。
現在は昼休み。
ボケッとした顔で天井を見上げながら、焼きそばパンを齧る。
何か焼きそばがボロボロ零れている気がするが、今はそれを確認する気力も湧いてこない。
「徹先輩、ソレは流石に汚いです。介護が必要なレベルじゃないですか」
そんな言葉が聞こえて来たと同時に、口元にハンカチを押し当てられた。
視線だけそちらに向ければ、呆れた顔の日向ちゃんが。
「あ、あぁ。すみません、考え事をしていました」
「不安なのはわかりますが、しっかりしてください。この場では一番年上なんですから」
そう言ってハンカチをポケットにしまい、ムスッとした顔のままメロンパンにかじりつく彼女。
なんだろう、ハムスターみたいで可愛い。
とか言ったら多分怒られるんだろうが。
「しかし、心配なのは分かります。今の所次の連絡も来ていませんしね」
テーブルの向かいに座る俊君が、自作の弁当を箸で突きながら暗い顔で呟く。
本日不穏な連絡があった事もあり、僕たちは昼休みに部室に集まっていた。
作戦会議兼お昼ご飯、なんて言ったはいいものの誰しも落ち着かない様子で昼食を胃袋に押しこんでいる。
「でも、本当に何があったんでしょうね。もしこれに“怪異”が関わっているとするなら、物凄く急展開というか。ただの事故ならまだしも、“こっち側”の話だったら相当不味いですよね? なんたって人に実害が出ちゃってますし」
俊君の隣に座った一花ちゃんが、不安そうな顔でホットドックを齧っている。
どうでもいいが、このメンツの中で一番女子力高いのが俊君っていうのはどうなんだろう。
本当にどうでもいいが。
「とにかく部長と渋谷の連絡を待つ他ありませんね。何も連絡がなかった場合、放課後は昨日に引き続き例の怪異の殲滅を――」
言いかけた所で、ポンッと間抜けな音を立てながら連絡が入った。
全員が一斉にスマホを手に取り、その内容を確かめると……
『“例の男”を見つけたかもしれません、また何か分かったら随時連絡します』
部長から、そんなメッセージが届いていた。
いや、え? は?
あのおかしな衣装の男をその姿で見つけた……という訳では無いだろう。
平日の昼間だ、流石に相手も普通の恰好をしていると思われる。
その状態で見つけたというのは確かに凄いが、おい待て。
ロリっ子部長、貴女病院に居るんじゃないんですか?
お見舞いに行ったんじゃないんですか?
なんかこの文章だと、まるで。
その男の近くに居る上に、尾行か調査かしているように思えるんですけど。
「行きます、とりあえず病院に。その間に現在地を聞き出しておいてください」
残りの弁当を掻き込んだ俊君が立ち上がる。
それに合わせて日向ちゃんと一花ちゃんも立ち上がったが、俊君に掌を向けられてしまった。
「“獣憑き”で屋上伝いに行きますので、僕一人の方が動きやすいです。午後の授業をサボる事になりますので、お二人は教員の方々に連絡をお願いします。黒家は風邪で帰りましたとか何とか」
「いや、黒家君風邪ひきそうな見た目してないんだけど……」
「先生達も風邪って言ったら信じないよね。怪我とか……だと余計大事になっちゃうか……」
おかしいな、さっきまでの深刻な雰囲気はどこにいったのだろう。
女子二人は真剣な顔をして別の事を悩み始めてしまった。
いや、うん分かるけどさ。
俊君ガタイ良いもんね。
適当な理由だと余計突っ込まれちゃいそうなのは凄く分かる。
しかしまぁ、これは残った僕達が考えればいい事な訳で。
「とにかく俊君、お願いします。部長はまた一人で危険な事に首を突っ込んでいるでしょうから、助け出してください」
「承知しました」
真剣な顔で僕達は頷き合い、その後は言葉はいらないとばかりに部室から駆け出し――は、しなかった。
「ハッハッハ、どこへ行こうと言うのかね」
俊君は、顔面を掴まれて停止してしまった。
ドアの向こうに居たムス〇……ではなく、草加先生によって。
おいおいおい、待ってくれ。
このタイミング草加先生って、色々とおかしいだろうに。
何故彼がここに居る、僕達が集まっている事すら知らなかったはずだ。
そんな疑問を薙ぎ払うように、掴んだ俊君を部室の中にペイッと放り投げる先生。
おかしいな、ウチの部で一番の肉体派がまるで子供の様な扱いだ。
「サボるだ何だって聞こえた気がするが、そういうのはコソッとやるもんだ。教師に見つかった時点でゲームオーバーだと知れ。やれやれ……椿に言われて来てみたが、正解だったみてぇだな」
なんて事を言いながら、草加先生は空いている席にドカッと音を立てて腰を下ろす。
良くない、非常に良くないぞこの状況。
草加先生に怪異がどうとか、“例の男”がどうとか説明しても信じてくれないだろう。
であればどうする?
せめてこの場に渋谷がいれば、部長の状況だけでも確認できたかもしれないのに。
「先生、行かせてください。鶴弥さんが危ないかもしれないんです」
ある意味包み隠さず、真剣な表情で訴える俊君。
なるほど、そういう展開なら草加先生も許してくれるかもしれない。
この人、無駄に熱いとこあるし。
なんて、思った時期が僕にもありました。
「ブワァァカ、こっちにも連絡来てるんだよ。ガキどもだけでコソコソ出来ると思うなよ? とっくに知ってるわ、鶴弥が交番に居る事くらい。今椿が行ったから、お前らは大人しく午後の授業受けろ。お前が行った所で面倒が増えるだけだっつの」
え? あれ、今何て言った。
部長交番に居るの? 何でそうなった?
「さっき交番から学校に連絡が入ったんだよ、鶴弥って生徒はウチの学校に居るかー? ってな。んで鶴弥は知人の事故が原因で、その見舞いに行く為に休んでるって伝えたんだと、担任が。そしたらビックリ、交番でゴネてるから迎えに来いって言われちゃってよ。この後授業も入ってねぇし、部活の副顧問でもある椿が向かったって訳だ。だから安心しろ、大した事にはなんねぇよ」
そう言いながら、草加先生はビニール袋からパンを取り出して齧っている。
まさか学校側に連絡が入っているとは思わなかった。
椿先生が向かえたのは、不幸中の幸いだったと言えよう。
これで他の先生だったら、間違いなく問題視されていた所だ。
多分あの人なら、学校側にも上手い事言ってくれるだろうし。
とはいえ、不安の種が消えた訳ではないが。
そして何故か、草加先生の機嫌が悪い。
明らかにムスッとしている。
「草加先生、それ以外に何か警察が言って来た事はありませんでしたか? 例えば誰かと一緒だとか、何を言っていたかとか」
部長の事だ、流石に怪異の事をいきなり喋ったりはしないだろうが。
しかしそうなると“例の男”が何故登場する?
相手が警察官だと言うなら話は繋がるが、もしそうだった場合素直に学校に連絡など入れるだろうか?
なんたって“アイツ”は、自分の事を“見る眼がある”なんて自慢気に言っていたのだ。
部長を見た瞬間、彼女の異能に気づいてもおかしくはない。
「俺も直接聞いた訳じゃねぇからなぁ……学校側としても、面倒な事にはしたくねぇって事で、普通に迎えに行きますって答えただけだしよ。ホラ、アイツ一人暮らしじゃん? しかも名前しか言ってないみたいで、家族の連絡先とかはわからんみたいだな。とりあえず近くの学校に連絡したーみたいな? 鶴弥の名前しか出てなかったら、他の誰かと一緒に居るって事はないと思うがなぁ……」
はて? と首を傾げながら食事を続ける草加先生。
今の所部長が“例の男”に攫われていたり、警察官がその本人だという線は薄そうだ。
じゃぁその場でバッタリ会った、とか?
しかしそれでは、確信に至る事など出来ないだろう。
あのおかしな恰好をしていれば別だが、流石にソレで警察署に居るとは考えにくい。
だとすればなんだ?
その場に居合わせただけで、部長なら気づける何か。
それは……。
「“耳”で何か聞こえたのか……?」
ボソッと口の中だけで言葉を溢した。
奏さんの様に、生者にも影響を与える程に異能が強くなっていたとしたら?
彼女は“圧”と表現したが、ソレは生きている人間に対して効果が表れる程だという。
それと同様に部長の“耳”が昔より異能としての進化を遂げ、生きた人間の“何か”を聞き取れる程になっていたのだとしたら?
不味いかもしれない。
アイツの言葉を鵜呑みにするなら、そして僕の仮説が正しいなら。
あの男が、“鶴弥麗子”という一線を越えた相手を見逃すとは思えない。
「草加先生! やっぱり行かせてください! こればっかりは不味いです! 部長が危ないかもしれません!」
叫んだ所で、事態は変わらない。
草加先生は呆れた顔で腕をバッテンに交差し、首を横に振っている。
くそっ、こういう事態になるならもう全て話してしまおうか。
話した所で信じてくれるとは思えないし、“そういう存在”を信じていないからこそ、これまでの草加先生の活躍があったのだろうが。
それでも今の状況を共有できないというのは、この上なくもどかしい。
「でもっ、あの!」
「うっせぇ、問題を余計大事にすんな。椿と鶴弥を信じろや。椿なら上手くやる、鶴弥は理由もなく馬鹿な事したりはしねぇ。だったら大丈夫だろうが。学校側でも連絡があったってだけで、クレームだの通報だのって扱いにはなってねぇ。だったら事をデカくするな、お前は鶴弥の今後の学校生活を壊してぇのか?」
今まで見たこともない鋭い視線を向けられ、思わず黙ってしまった。
怪異云々を抜きにすれば、確かに先生の言う通りだ。
ここで僕達が出向いたところで、事は余計大事になる。
そうなってしまえば、原因となった部長には何かしらの罰が与えられるだろう。
表面上ではなくとも、間違いなく。
それだけは、絶対に避けなければいけない。
僕達は、“普通”に生活するために活動しているのだから。
「んな心配そうな顔してんじゃねぇよ。別に捕まった訳じゃねぇし、サボって補導された訳でもねぇ。アイツはちゃんと理由があって学校を休んで、ソレ関係を警察から聞こうとしてるとかだろ? 問題を起こした訳でもねぇんだから、どうにでもなるってもんだよ」
皆が暗い顔をする中、草加先生だけは呆れた様に笑いながら残ったパンを口に放り込んだ。
「それよりも……車、どうすっかなぁ……」
「え? 車?」
草加先生はまた別の悩みを抱いていらっしゃる様だった。
――――
連絡を受けた交番に到着した時、ポンッという電子音が車の中に響く。
スマホを覗き込んでみれば、そこには上島君のメッセージが。
『草加先生から聞きました、椿先生交番に向かっていますよね? もう到着してしまいましたか?』
何かあったのだろうか? まだ駐車場に着いただけなので、返事できるのは幸いだが。
到着してしまったか? という質問が、非常に嫌な感じがする。
『今着いた所よ、何かあった?』
返事を返せば、数秒と立たずに再び彼からメッセージが飛んできた。
『以前会った仮面の男がいるかもしれません。警察の前でおかしな行動は取らないとは思いますが、十分にご注意を。可能ならどんな人間なのか多少でも探ってもらえると助かります』
マジかよ。
ただ鶴弥さんを迎えに来たのに、何でそんなのがいるの?
ここまで来るともはやストーカーじゃないか。
ちょっとヤバイかも……なんて冷や汗が流れるが、上島君の言う通りここは交番だ。
ならば相手も下手に手を出すことは出来ないだろう。
目立たない“呪い”でも使われない限りは。
とはいえ私の体内には“巫女の血”が流れており、鶴弥さんに至っては“結界”を作る音叉を持っている。
例え何かしら手を出そうとしても、私達なら即効性の強烈な呪いでも食らわない限り大丈夫だろう。
偶然にも、適任者二人が揃ってしまった訳だ。
「よしっ! ビビるな私。生徒が居るんだ、迎えに行かなきゃ」
気合を入れ直してから車を降り、交番の入り口を開ける。
視界に飛び込んでくるのは男性3人が話し合う様に机を囲んでいる光景と、端の方に設置されたパイプ椅子に座って俯いている鶴弥さん。
その全員が私の登場に気づいたらしく、一斉にこちらに視線を向けて来た。
「お邪魔致します、生徒を迎えに参りました。教師の美希と申します」
そう言って頭を下げると、男性陣が立ち上がってお辞儀を返してきた。
鶴弥さんが何か言いたげな表情でこちらを見て来たが、皆が頭を下げている内に人差し指を唇に当てて見せる。
こちらに自身の持っている情報を伝えようとしているのか、それとも私の自己紹介が色々突っ込みどころ満載だったのが気になったのか。
そのどちらかは分からないが、今彼女に“呼ばれては”不味い。
3人の内の誰かが“あの男”の可能性がある以上、容易に高校の名前を出す訳にも、下手な情報を漏らす訳にもいかないのだから。
「お待ちしておりました先生。お預かりしている生徒さんはあちらに――」
何やら色々と喋ってくる初老の警察官。
彼は違う、明らかにあの時聞いた声じゃない。
それに向こうは私の顔を知っているのだ。
忘れていなければという前提になるが、何かしらリアクションがあるだろう。
だとすると、残りは2人。
「お手数おかけしました。さぁ、いらっしゃい」
そう言って鶴弥さんに笑顔を向ければ、彼女は無言のまま私の横に並ぶ。
ありがたい、こちらの意図をちゃんとくみ取ってくれているらしい。
「一応事の顛末を教えていただけますか? 生徒からなら後々事情が聴けますが、こちらのお話も伺っておかないと」
あくまでも笑顔を崩さない様にしながら問いかければ、警察官の方が率先して色々と話してくれた。
鶴弥さんは事故車両のパトカーに落し物をしたと言って、どうにか車を調べようとしていた様だ。
本当に忘れ物があったというなら、こんなにも彼女が食い下がったりはしないだろう。
後で返してもらえばいいだけの話だ。
だとすると彼女の探し物は“目に見えないモノ”。
もしくは何かしらの手がかりがあると確信しているのだろう。
そこに2人の男性が到着。
見た所整備士と保険屋……だろうか?
つなぎとスーツと事故車とくれば、間違いなさそうだ。
「なるほど、事情は大体把握致しました。では彼女の落し物が見つかった場合はこちらの番号へ連絡して頂いてもよろしいですか? お手数ですが、よろしくお願い致します。あ、あと一応名刺を頂戴しても?」
生憎と教師なんてやっていると、普段名刺など持ち歩かない。
なのでメモ用紙に電話番号を書いて渡す事に形になるが……むしろ都合がいい。
私はあえて名前も書かずに、二人にメモ用紙を差し出した。
今さっき名乗ったばかりだ、「名前が書いてないです」なんて言ってくる人はなかなか居ないだろう。
草加君くらい図太い性格だったら「おたく名前なんだっけ?」とか普通に聞いてきそうだが。
とまぁそんな心配は無用だったらしく、そのお返しと言わんばかりに二人から名刺が差し出される。
これで全てが私の見当違いだったら、社会人として相当恥ずかしい事をしているのだが。
「いやぁこんな美人さんの連絡先を頂けるとはねぇ、うれしい限りですわ! 車で何かあったら、是非ウチに持ってきてくださいな!」
はっはっはと軽快に笑うツナギの男性。
多分、こっちは違う。
完璧にあの時の声を覚えている訳では無いが、“空気”が違う気がする。
名刺をありがたく受け取り、笑顔だけ返しておいた。
そして――
「先程ざっと確認致しましたが、それらしいものは見つかりませんでした。また何か見つけられましたらご連絡致します」
もう一人のスーツの男性は、そう言いながら名刺を渡してきた。
名刺に視線を落としながら、わざとらしく首を傾げる。
「
ニコリとほほ笑みながら、内心は冷や汗ものだ。
多分キャバクラとかで働いている人たちは、皆こういう思いをしているのだろう。
なにかしら褒める所を見つけて、笑顔を作って会話を繋げる。
うん、私には絶対無理。
何だよ名前の響きが格好いいって、むしろ独特な名前の人周りにいっぱい居るわ。
「ハハハ、珍しい名前だとは言われますよ。古臭い名前なんで、今の時代では目立ってしまいますからね。先生こそ素敵なお名前だと思いますけど、美希さんだなんてとても女性らしいお名前じゃないですか」
笑いながら彼は狐に細い目を更に細くする。
瞼の奥の瞳は、まるで楽しそうな色は浮かべていなかったが。
思いっ切り営業トーク、心にもない会話。
オホホ、アハハみたいに二人して笑いながら適当な所で切り上げた。
「それでは私達は失礼します、また何かありましたらご連絡下さい。ホラ、貴女もご挨拶して」
「お、お世話になりました……」
見送る三人に対して頭を下げてから、車に戻る。
鶴弥さんが何か言いたげな表情だが、今はそれどころではない。
急いでその場を離れ、近くのコンビニに停車させた。
「鶴弥さん、お疲れ様。あのスーツの男、でいいのよね?」
開口一番にそんな事を言えば、彼女は驚いた表情でこちらに振り返ってきた。
「椿先生にも分かったんですか? てっきり私が“耳”を持っているから分かったのかと思っていましたが……」
「あ、それは多分鶴弥さん限定の判別方法だわ。私は上島君から連絡を受けて、ちょっと注意深く見てたくらいだし」
へ? と首を傾げる鶴弥さん。
この子の事だからとっくに気づいているのかと思っていたが、どうやら本調子じゃないらしい。
やはり“例の男”とのご対面というだけあって、流石に緊張していたのだろうか?
「いや、まさか私もここまで簡単に釣れるとは思わなかったというか。むしろわざとって気がして来るけど……」
「あの、どういう事です?」
警察官が鶴弥さんの情報ペラペラ漏らしたりしていなければ、先程の会話では学校も私達の情報もほとんど漏らしていない。
バレているのは、私個人の電話番号くらいだ。
最重要な相手に情報を与えないという意味では、それなりに上手くやったのではないだろうか。
「あの人最後に、ミキなんて女性らしい名前だって言ったわよね? 普通、苗字に対してそんな褒め方するかしら?」
「は? だって先生の苗字は椿……あ」
「そ、私はミキですって名乗ったの。普通なら苗字を名乗るわよね、ああいう場所では。ミキなんて苗字、漢字を変えればいくらでもあるでしょう? でもあの人は、苗字じゃなくてちゃんと名前だと認識してた。それはつまり、私の苗字を知っていたって事にならない?」
もしかしたら見当違いで、相手は苗字を褒めたのかも。
なんて線も捨てきれないが、営業マンなら多分そんな褒め方はしない。
もしも旦那が居たら? その話を父親に話したら?
営業先の男性陣に対して、女性みたいな苗字ですねと言っているのと同じだ。
本当に些細なことだが、苗字でそういう褒め方をする営業は見たことが無い。
やるとしたら、後先考えないタイプの人だろう。
「“例の男”がいるかもって警告されて、声が似てるかもって思ったからこそ吹っかけたんだけど。鶴弥さんも同意見なら間違いなさそうね……アイツが“呪い”を振り撒いている張本人よ」
しかもこっちは相手の名刺までゲットしたのだ。
名前から電話番号、更には職場まで分かってしまった。
分かったところで私達は探偵でも警察でもないから、コレと言って何が出来る訳でもないかもしれないが……それでも大きな一歩だ。
訳の分からない仮面の男から、東坂縁という一個人まで特定できたのだから。
流石に仕事としてあの場に居たのなら、偽名という事は無いだろうし。
なんて事を考えていると、鶴弥さんが呆けた顔でこちらを眺めている事に気づく。
どうしたんだろう、やはり体調が悪かったりするのだろうか?
「椿先生って、意外と頭の回り早かったんですね……」
おいコラ、今なんつった。
「鶴弥ちゃーん? これでも一応教師ですよー? 私を何だと思っていたのかなぁ?」
「すみません、浬先生ばかり見ていると色々と認識がバグってしまって」
ごめん、そればっかりは否定できません。
アイツ本当に良く教員試験受かったよな、そして就職できたよね。
今更すぎる疑問にぶち当たり、「確かに……」と思わず神妙な顔で頷いてしまった。
とにかく、今は草加君の謎よりこっちが優先だ。
「ま、とりあえず帰りますか。どうする? 学校行く? それとも病院?」
「部室に行って皆に報告をしたい所ですが……思いっきり私服ですからねぇ……」
「んじゃ、一旦鶴弥さんの家に行きますか」
「お手数おかけします」
そんな会話をしながら、私は車を発進させた。
とりあえず社会的な意味でも違う意味でも、無事鶴弥さんを連れ出せたのだ。
今はそれで良しとしよう。
なんたって相手の情報もつかめた訳だし、学校に帰ったら皆私の事を褒め称えてくれていいんだよ?
なんて事を考えながら、鶴弥さんの家に向かって車を走らせる。
この時までは、上手く行っていた気がしてたんだ。
学校に戻って、皆にただいまって言って。
今日の報告をして、明日からまた頑張ろうって終わる。
そんな風に、甘く考えていたのだ。
しかし、事態は予想以上に早く動いた。
コレが偶然なのか相手の思惑なのかはわからないが。
兎にも角にも、忙しい事態は鶴弥さんのスマホが震えた瞬間から動き始めたのだった。
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