第192話 余分な一言


 「すまんな、お前ら。マジで助かった、今年度ベスト感謝大賞とかあれば間違いなくお前らだわ」


 車の後部座席で、サンドやらマフィンやらを頬張る二人に声を掛けた。

 お昼がまだだったらしいので、俺が「献上」して食べて頂いている。

 彼女達は俺にとっての救世主と言っても過言ではないのだ。

 ならば昼飯の一つや二つ奢らないとバチが当たるってモンだろう。


 「ゴチです。でも大した事した訳でもないのに、ちょっと頂きすぎな気がしますけど」


 「だよね。飲み物だけじゃ無くてご飯までご馳走になって、その上駅まで送って貰っちゃってるし」


 お二方が本日は駅前でお買い物だと仰られるので、現在俺が送迎をさせて頂いているのだ。

 まぁ送迎と言っても、迎えには行かんが。


 「いやぁ、最近の若い子はすげぇなぁ……」


 親父、さっきからソレしか言ってない。

 最近の若い連中は……とかぶつくさ言われるよりマシだが、コレはこれで気持ち悪い。

 しかも助手席でお持ち帰りのお洒落コーフィー達を大量に膝に乗せた状態というのが、これまたキモイ。


 「あの、草加先生? それでこちらの方は……」


 三月がおずおずと言った調子で顔を覗かせて来た。

 そう言えば紹介がまだだったか、というかその状況で良く今まで馴染んでたね君ら。


 「こいつは草加源治くさかげんじ。俺の親父だ」


 「あ、どうも源治です。息子がお世話になっております。というか俺もお世話になりました」


 「あ、草加先生のお父さんだったんですね。先生にはいつもお世話になっております、三月日向と申します」


 こちとら運転中だというのに、席の前後でペコペコし始める両者。

 止めろ、隣でデカい図体が揺れていて鬱陶しい。


 「ふぇんふぇぇのおほぉおさん!?」


 「環、飲み込んでから喋れ」


 ごっくんとなんだかでっかい音が聞こえた後、救世主の片割れが喋り始めた。


 「どうも、環一花って言います。いつも草加先生にはお世話になってます! 特に前回とか……あぁーいや、はい。いつもお世話になっております」


 やめて? なんか凄く気を使った感じで挨拶するの止めて?

 前回とか言ってるけど、前回俺壁に穴開けた上窓ガラスブチ破っただけだから。

 あれで怒られなかったんだから奇跡だよ、リフォームの話ってマジだったんだな。


 「こちらこそ、愚息がお世話になっております。毎度皆さんに迷惑ばかり掛けておられるんでしょう? 大変だとは思いますが、どうか見捨てずにいてやってください」


 おいコラ、余計な事のオンパレードだわ。

 誰が迷惑かけてるって? これでも顧問としても教師としてもちゃんとやってお給料もらっとるわ。


 「い、いえいえ! こちらこそご迷惑ばかりおかけして! 前も先生に助けてもらいましたし! それに学校の先生で誰を頼るかとか、相談するかって言われたらやっぱり草加先生ですから……椿先生の次に」


 泣きそう、椿に負けた。

 そうだね、アイツしっかりしてるし同性だもんね。

 というか前に助けたってなんだ?

 この二人に関しては、あんまり記憶にないんだが。


 「一花……一言余計だって。でも草加先生は本当に頼りになる先生ですよ。むしろ私達が見捨てられない様に頑張らないと」


 天使が居た。

 ヤバイ、こんな事言ってくれる部員……というか生徒なんて他に居なかっただろう。

 教師万歳。

 俺、この職に就いていて本当に良かった。


 「でも言われて見れば、本当にお二人共よく似ていますね。雰囲気とか、体格とか」


 「「はっはっは、こんな脂肪(もやし)と一緒にしないでくれよ(頂きたい)」」


 「……あれ?」


 環の一言で、車内の空気が変わった。


 「あ? もやしだなんだと馬鹿にするが、お前俺に一本でも入れられたのかよ? 図体ばかりデカくても、攻撃が当たんなきゃ意味がねぇぞ? 知ってるか? そういうのウドの大木って言うんだ」


 「はぁ? 体がデカけりゃ力も強ぇ、常識だろうが。いつまで経っても細っこい筋肉しやがって、お前みたいなのはゴボウって言うんだよ。羽虫みたいにうろちょろしてないで、力比べの一つでもしてみろってんだ」


 ビキリと、両者の額に青筋が立った。


 「あ、あちゃー……これは余計な一言だったかも?」


 「だから言ったじゃない……いやコレは回避出来なかった気がしないでもないけど」


 丁度駅前に到着し、車を止める。

 そして無言のまま車を降り、近くにあった机を拝借する。

 何か「アンケートにご協力おねがいしまーす」みたいな声と同時に、「ヒィッ!?」って声が聞こえたが、今はどうでもいい。

 ちょっとお借りしますね、お姉ちゃん方。


 「なら、白黒つけようじゃねぇか。ゴボウってのは固ぇ上に、料理次第じゃ絶品なんだぜ?」


 「はっ、いいだろう。脂肪分と筋肉のバランスの大切さをお前に叩き込んでやる。極寒地域に行った時は、脂肪が多い方が生き残る可能性が高いんだぞ?」


 両者机を挟んで、掌を重ねる。

 睨み合い、そして試合前からビキビキと腕の筋肉が叫び声を上げている。

 心の何処かで、「コイツを倒せ」と轟き叫んでおられるのだ。


 「草加先生はゴボウとか言えないレベルにマッチョだし、お父さんの方は脂肪がどうとか言えないレベルにゴリマッチョなんだよなぁ……」


 何やら呆れた声が隣から聞こえてくる上、ガヤガヤと周りがうるさくなった気がするが……今はいい、コイツを倒す事だけに集中しよう。


 「おい環、レフェリーを頼む」


 「あ、はい。超恥ずかしいですけど頑張ります」


 さっきから三月が静かな気がするが、引っ込み思案なアイツにこんな事を頼むのも悪い。

 ならば一層ノリノリでやってくれそうな環に頼んだ方が、両者にとって得になるというものだろう。


 「ではお二方、合意と見てよろしいですな!?」


 「おう!」


 「こいや!」


 親父と重ねた掌の上に、環の柔らかい掌が重なる。

 そして……。


 「えぇっと、いいのかなぁ……あまり目立ちすぎると、警察とか来そう……」


 三月の声が聞こえた瞬間。

 環が両手を振り上げ、大声を上げた。


 「レディィ……ファイ!」


 掛け声と共に、俺と親父は全力で右腕に力を入れた。


 「しねぇぇぇぇ!」


 「若造がぁぁぁ!」


 おっさん二人の戦いが、今幕を上げた。


 ――――


 『神と呼ばれる存在は、人によって作られたモノじゃ』


 “九尾の狐”の言葉に、皆が息を呑む。

 少し混乱気味の上島君に変わって、私が話を続けた訳だが……これまた酷い答えが返って来たもんだ。

 全く、さっきまで新しい音叉に浮かれていたというのに。

 その高揚感も台無しだ。


 『先程椿の娘が言っていたように……あぁスマン、奏と呼んだ方が分かりやすいな。奏が言っていたように、想いや願いといった感情は力を持つ。称える、恨む、憎む、求める。そう言った感情は特に、じゃな。コレがどういうモノか分かるか?』


 いつもみたいに偉そうな態度を取らず、コンちゃんは悲しそうに瞼を伏せている。

 この瞬間だけ見れば凄く美人なのがちょっと納得いかないが、それを気にしていたら話が進まない。

 今だけは無視しよう、そして後でイジってやろう。


 「分かりやすい例であれば宗教ですかね。一つのモノを神と称え、教えを疑わずに信じる。無宗教の私としては些か不気味に感じる事もありますが、そういうモノは総じて何かしら救いを求めているモノですから」


 『神社の娘がそれを言うか?』


 ククッと乾いた笑いを漏らしながら、九尾の狐はこちらを向き直った。


 『しかしそれが我という存在が生れた原因じゃ。信じ、祀られ、称えられ。いつの間にか我は“生まれて”おった。信者たちが掲げた姿に沿って、我はこの狐の姿を得たのだ』


 神様の誕生。

 言葉にすれば凄そうな響きだが、それには矛盾ばかりが交じり合う。

 神様とは人間が称え、人々の上位に位置する存在。

 いざという時に助けを求める為に皆願いを捧げ、祈るのだ。

 だというのに、これでは順番が逆になってしまう。

 “九尾の狐”という神様は、人間の手によって作られたと言っているのだから。


 『先程も言った通り、“願い”や“祈り”は力を持つ。我の場合は人々が狐の像を祀り、具体的なイメージを持たせ、皆貢物を捧げた。その願いは爛れたモノが随分と混じっておったがな』


 ハッと嫌悪感を露わにしながら、コンちゃんは眉を顰めた。

 彼女が当時どんな想いを寄せられていたのかは知らない、当時の事が記された書物を読めば少しは理解できるかもしれないが。

 だが彼女の今の表情を見れば、少しも“知りたい”とは思わなかった。


 『愚痴を漏らして悪かった、話を戻そうかの。我ら“神”なんぞと言われる存在は、結局人によって作られた物じゃ。幾億もの人が願い、想像した姿。それが“神”じゃ。この神様はこういった役割、こっちの神様はこうであってほしい。そういう願いの質や量、そして方向性の違いから我らの強さは異なってくる』


 「ちょ、ちょっと待ってください。ステイ、ステイですよコンちゃん」


 『待ってやるから一度音叉をしまわんか?』


 おかしいな、私の勘違いか?

 人の願いによって生まれる存在、それが神。

 それだけ聞けば大層ファンタジーな訳だが、そもそも幽霊その物が胡散臭い存在なのだ。

 だからこそ一々突っ込んだりしないが、今さっき聞いた話で酷く似たような存在が居た気がする。


 「聞き方を変えましょう。貴女達“神様”と、上位種と呼んでいる“化け物”の違い。それは、一体なんですか?」


 恨みや憎しみを胸に抱き、そして“化け物”に変異する上位種。

 助けを求められ、それを元に生まれる“神様”。

 言葉にすれば分別は出来る。

 でも、人の想いとやらにそこまでの違いがあるのだろうか?

 綺麗だの汚いだのは、見る側によって変わってしまう。

 それが人の感情。

 だとすると根本的な違いとは何なのだろうか?

 想いの数? 自身の想いか他人の想いかの違い?


 『我や八咫烏は人の願いから、つまり零から生まれた存在。そう言えば少しは違ってくるのかもしれんが……“神様”と“妖怪”の違いとなると、正直答えられん。しいて言えば人に害をなすかどうか、であろうが。結局は同じモノだ』


 あまり聞きたくない答えが返って来てしまった。

 考えなかった訳じゃない。

 でも、別のモノであって欲しかった。

 茜さんの力を借りている時点で今更かもしれないが、私達は“上位種”という妖怪を殺す為に、“上位種”と同じモノの力を借りているという事になる。

 これはまた、本末転倒もいい所だ。

 教えとしてはそういうのもあるし、荒魂と和魂という言葉だって聞いた事がある。

 つまり考え方を変えれば、私達が“敵”と認識している側にだって“神様”が生れる可能性があるという事。

 というか九尾の狐と互角以上に立ち回った“烏天狗”は、もしかしたらその域に達していたのかもしれない。

 しかしそうなるとまた疑問も。


 「烏天狗がコンちゃん達の事を、神がどうのこうのと言っていたアレは?」


 『それはアヤツに取って神とは何かと問いかけてみんとわからんな。大方、昔から存在していて、尚且つ力の強い存在を神と呼んでいたのであろうよ。そんなモノは個人の主観じゃ、九尾の狐を知らないモノからすれば我なんぞ狐の化け物じゃ。逆に我の様な存在でも神と称えるモノは存在する』


 「コンちゃんが神と称える存在……ちなみにソレは?」


 『いやぁホラ、最近のゲームは良く出来ておるからのぉ。まさに神! って思わず思う事くらい……い、いや世界的に影響を及ぼす現代の人々は凄いのぉと思っているだけじゃ、音叉をしまえ』


 「……」


 真面目な話を10分以上すると死ぬ病気にでも掛かっているのだろうか、この馬鹿狐は。


 『ご、ごほん。とにかくそれくらいに、人の想いとは強い。そして人の祈りや恨み、言葉にすればまるで違うモノだったとしても、結局は“想い”なのだ。強い想いは力となり、時に我らの様な存在まで作り上げる。人はそれを、“呪い”と呼ぶのじゃ』


 思わず皆押し黙ってしまった。

 話の内容もそうだが、急にふざけたり真面目になったりするコンちゃんに……というのは置いておこう。

 人の想いは時に呪いに変わり、狂気となる。

 呪術を目の当たりにしている私達なら、そこを疑う者はいないだろう。

 想えば強くなる! 神様だって作れちゃう!

 みたいに言われるとちょっと胡散臭いが、そもそも怪異と呼んでいる“あり得ない存在”自体が、人の想いの残滓から生まれると考えているのだ。

 だとすれば、あり得ないと断言は出来ないだろう。

 問題はどういった場面で、どのようなきっかけで“ソレら”が生れるのか。

 明確な判断基準があるなら分かりやすいが、コンちゃんですらあやふやなご様子なのだ。

 コレばかりは“不思議な事”として頭に入れて置くくらいしか出来ないだろう。

 とはいえ話の規模がデカくなり過ぎだ。

 人の想像が神様を作り、それが力を得ると具現化する。

 そして一個人でも強い“願い”さえあれば、“上位種”へと変体する事もある。

 想像力は力、とばかりに脅威の無限連鎖だ。

 しかしそこまで力を付けられるのは一握りなんだろうし、ここまで来ると警戒する方が馬鹿らしく感じられてくるが……って、あれ?


 「もしかして、上島君達が出会ったっていう“例の男”が言っていた『厄災と呼べる呪い』って」


 『かもしれんな。“烏天狗”の使っていた小道具を集めている様でもあったし、もしかしたら“神”に近い何かを生み出そうとしているのかもしれん』


 警戒するのが馬鹿らしいって言ったヤツ誰だ。

 めちゃくちゃ関わっているじゃないか、やべぇよ。

 “呪術は怨霊を集める手段、呪いは良く分からないパゥワーであり、あんまり力を付けられたら不味い。だから関わって居そうな事件を虱潰しにしていけば、相手の計画は失敗するかも“。

 なんて考えていた訳だが、もしも根本的に間違っていたとしたら?

 強く願う感情が必要なだけで、今まで解決した件は既に相手にとって用済みだとしたら?

 さっきコンちゃんが言っていたじゃないか、願いの中には随分と不純物が混じっていたと。

 詰まる話全員が全員同じ願いを捧げなくても、“ナニカ”を生み出す事は出来る。

 相手が求めているモノは、呪いに至る為の呪具や悪霊を集める事ではなく、被害者たちの強い感情だとしたら?

 だとすると、私達が戦ってきたのは残りカス。

 もとい副産物に過ぎない。

 つまり今までやって来た事に対して、相手は何ら痛手を負っていない事になるではないか?


 「うわぁ……」


 『今考えても仕方あるまい、相手の尻尾さえ掴んでおらんのだからな』


 「そっすね……」


 確かにコンちゃんの言う通りなのだが、ちょっとコレは不味いなぁ。

 相手が誰かを勧誘している所を抑えるか、もしくは術式が完成する前に根本を止めないといけない訳だもんね。

 つまり“問題になる前に問題を解決せよ”と。

 うん、無理。

 そんな事出来るのなら最初からやっとるわ、私達は探偵でも何でもないんだから。


 『さて、話を続けるぞ。とは言っても後は“異能は消せるか”だったか、これはそっちでも説明できるであろう?』


 「えぇ問題ありませんよ、お狐様」


 げっそりしている私達を横目に、コンちゃんと奏さんが勝手に話を進めていく。

 というか奏さん、コンちゃんに対しては低姿勢なのね。


 「さて、それじゃまた私から説明させてもらうよ。ホラ、いつまでも呆けてないでシャキっとしな」


 テーブルを二、三度指で叩きながら厳しい目を向けられてしまった。

 確かに彼女の言う通り呆けている場合でもないか。

 なんたって今現状私達に出来る事なんてないし。

 若干投げやりな思考になって来た気がするが、今は考えても仕方ないのは事実。

 であれば、今は目の前の事に集中しよう。

 あぁもう……浬先生が知らぬところであっさり相手に大打撃とか与えてくれないかな、流石に無理か。

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