第191話 上位種
「さて、さっきも説明した“忌み子”。厄災を呼び寄せる様な者や力が無駄に強い者を指す蔑称だ。そして忌み子が後々厄介になるって話に戻るよ」
そういって、奏さんは再び説明を始めた。
手元のノートもどんどんと埋まり、次から次へとページを捲る。
親切にページをめくるまで説明を待ってくれているあたり、人当たりは強いが親切だ。
何となく教師っぽい雰囲気だし。
「前者の厄災を呼び寄せるってのは、そこに居る小娘が実例だね。強い呪術によって力を得たり、元から“そういう能力”をもって生まれて来たり。つまり周りにとって迷惑になる存在だ。だからこそこんな呼び方をされる訳だよ」
「そりゃすみませんでしたね」
「嫌味を言った訳じゃないよ。実際に自らそういうやり方で力を付けようとする馬鹿も居るって事さ。元からの能力だったり、他人から呪いを受けた場合はどうしようもないからね」
「……続きをどうぞ」
黒家さんのぶっきらぼうな言い方に奏さんはため息を溢すが、気にした風もなく再び口を開いた。
「そうならない程度に“呪詛”を使って力を付ける巫女なんかもいるが……まぁこれはアンタらには関係ないね。次に力が無駄に強い存在……いや、規格外に強すぎる存在と言った方が良いのかね? つまりアンタらの教師がソレだ。まだ分からないが、あの男は不味い方に転がると“烏天狗”以上の化け物になるよ」
「えぇっと“烏天狗”を倒している時点で、既にそう感じますけど……言いたい事はそう言う事じゃないんですよね?」
僕の言葉に、彼女は静かに頷く。
草加先生が化け物、というのは色々な所で思う事だが。
彼女が言っている“化け物”とは、文字通りの意味なのだろう。
「あーあの人化け物みたいにヤバイわー」とか言ってられる今の状態の事ではなくて。
「少し話が戻っちまうが、“異能持ち”ってのは死後“上位種”になる確率が高いんだよ。他の人間に比べて、圧倒的にね」
「……え?」
この人は今、何といった?
「今まで色んな“上位種”を見て来ただろう? その半分以上は、多分異能持ちだろうよ。本人の能力が強かろうが弱かろうが、ソコまで行きつけるのは“異能持ち”が殆どだ。例え本人が自覚できない様な弱い力だったとしても、その切符を手にしちまう訳さ。そして力の強い者が悪霊になれば、それだけ強い“上位種”が生れる。“烏天狗”だって、生前はあの男と同じ“腕”の異能を持った人間だったんだろう?」
待ってくれ、本当に待ってくれ。
“上位種”は元異能持ち?
奏さんの言い方では全てという訳ではないらしいが、それでも多くの個体は僕達と同じだったと言っているのだ。
つまり、生前僕達と同じ悩みを抱え苦しんで生きたであろう人達を、僕らは祓っていたのか?
そして僕達も、死んでしまえば“アレ”の仲間入りをはたすのか?
ゾッと背筋に冷たい物が走った。
「もう一度言っておくが全員がって訳じゃない。この世に残らず成仏する魂だって当然あるさ。だが人間思い残し一つも無しに死んでいく奴なんて、そう多くはない。だからこそ想いは残り、霊となる。そして強い力や知識を持った“忌み子”は、悪霊になれば被害が増える。だからこそ忌み嫌われるって訳だ、それこそこの世に絶望したり憎しみを抱いて死んだ場合は特に厄介だよ」
そう言いながら彼女は頭を横に振った。
強い“異能”。
それは僕達、生きている側にとって有利になる。
しかし命を落とした場合、今度はその力が狂気となって僕達に襲い掛かる可能性も秘めている、という訳だ。
ゾッとするどころじゃない。
もしもこの場の全員が死に、悪霊と化した場合。
一体どれ程の被害が出るのか……そして草加先生が死んだ場合、一体どれ程の脅威となって周囲に被害を及ぼすのか。
もはや“鬼の様に”ではなく、本当の“鬼”に成り代わるのが容易に想像できてしまう。
「大丈夫ですよ、先生は」
「だね、絶対に人を襲う“上位種”になる訳じゃないなら草加先生は平気かな」
隣に居る二人が、落ち着いた声を響かせた。
黒家さんと早瀬さん。
二人共自信たっぷりというか、優しい笑顔浮かべながら口元をほころばせている。
「例え“上位種”になっても、きっと先生はあのままです。誰かを守る為にしか、拳を振るわない人ですから」
「周りの怪異を端から潰して周りそうだよね。むしろ、コンちゃんみたいに誰かに手を貸すかも」
そう言って、二人でクスクスと笑い合っている。
今までと全く違う雰囲気の二人に思わず周囲がポカンと眺めてしまうが、奏さんの咳払いで我に返った。
「ま、それならそれでいいさ、私にゃどうしようもない事だしね。但し楽観的に考え過ぎないで注意しておくことだ。まさかコイツが? って奴だって、とんだ化け物に変わる事だってあるんだからね。さて、これでだいたい“忌み子”については分かったかい? それじゃ次は“上位種”、妖怪についてだ。アンタ達、妖怪と言われてパッと思い浮かぶのは何だい?」
そんな事を言われて、僕たちは首を傾げた。
妖怪と言えば、昔から伝わるモノから現代の想像の産物まで幅広く存在する。
中でも代表的なモノ……じゃなかった、思いつくものか。
そう言われてしまうと中々迷うが。
「ヤマタノオロチ、とかですかね?」
すみません、適当です。
「私はあのクソヤロウ……じゃなかった、烏天狗ですね」
「えーなんだろう? 子泣き爺とか色々聞くけど、やっぱり九尾の狐?」
『……そんな珍妙なモノと一緒にするでない』
「私はこの前聞いた話でもあって、口裂け女が出てきましたね」
各々思いついた答えを出すと、奏さんがうんうんと頷いておられる。
なんか実際居たのから、フィクションっぽいモノまで混じっていますけどいいんですかね?
などと考えていると、真剣な顔で奏さんは僕達を見回した。
「それらは全て存在しないが、誕生する可能性がある化物だ。そう言ったらどう考える?」
はて、と再び首を傾げてしまった。
それは皆同じだったようで、難しい顔をしながら各々色んな方向を見つめて考えている。
まるで謎かけだ。
今は無いけどこれから出来るかもしれない物ってなーんだ、みたいな。
そんな質問であれば、答えは無限に広がってしまう。
数年前には想像さえ出来なかった技術や代物、その手の類は毎年の様に生まれてくるのだから。
「アンタ達が経験した話に沿って説明した方が分かりやすいかね? 今聞いた話の中で、アンタらが最初に倒した妖怪、というか“上位種”はなんだったかね?」
「死刑囚の霊でしたね」
先程の説明では、黒家さんと早瀬さんが初めて“迷界”に入った時の話から始まった。
そこ居た名前もない幽霊。
“上位種”まで上り詰めた殺人犯のお話。
「もしもソイツに名前を付けるとしたら、アンタ達は何と呼ぶ?」
これまた良く分からない質問が飛んできた。
死刑囚の幽霊とか、殺人鬼の霊とかじゃ駄目なんだろうか?
名前って言ってるし、ちゃんと考えろという事なのだろうか。
「妖怪、包丁ワカメ男とかですかね?」
おい待て、なんだそれは。
黒家さんが真面目腐った顔でおかしな事言い始めたんだけど。
「うーん、パッと思い浮かばないけど……あっ、海外であったよね。刃物持ってる殺人鬼の話。ジェイソン……は違うか。アレだ、切り裂きジャック!」
早瀬さんが「思い出した!」とばかりに嬉しそうに指を立てる。
しかし何故チョイスが海外モノなのか。
もしかして日本ホラーより、海外ホラーの方が得意なのかな?
「最初のは色々アレだけど……まぁいい。次に海で出会った“上位種”とその後山で出会った“上位種”は?」
「人魚とクソヤロウですね」
「おい、真面目に」
「……烏天狗です」
貴女達本当は仲いいでしょう絶対。
段々奏さんも突っ込みに慣れてきているじゃないか。
「それじゃあもう一つ。ここ最近アンタ達が遭遇しながらも、取り逃がしている“上位種”はなんだったかね?」
彼女の視線が、僕と部長の方へと流れてくる。
「ブギーマン、そう呼んでいた……だけだったんですが。正式名称になってしまったみたいです」
静かにしていた部長が、どこか悔しそうな顔で視線を逸らした。
僕は直接目にした訳ではないが、ブギーマンはもう三度も姿を現した。
そして前回、部長に対してしっかり「自分はブギーマンだ」と宣言したらしい。
話の流れからするに、僕達が名付けてしまったようなモノだが。
「さて、ここまで話して何か気づかないかい? 死刑囚の霊、人魚に烏天狗、ブギーマン。その他にも、名前が付けられないような見た目をしたヤツだって居ただろうね。でも、アンタ達はそれら全てを“上位種”と括っている。先に言っておくが、それは間違いじゃない。しかし、見落としもある。アンタ達は名前持ちと名無し、どうやって判断したんだい?」
どうやって、と言われても。
僕らにとって、一線を超す化け物みたいなのは“上位種”だ。
もっと言えば“雑魚”、“なりかけ”、“上位種”の順だと考えている。
それは先輩達からそう教えられたから、なんだろうけど……何か間違いがあるのだろうか?
いや、今は“上位種”の名前を付けたモノと、名前の付かない物の話か。
もうそれは見た目がそれっぽかったと言うしかないんだけど。
ん? “それっぽかった”?
「少しは分かって来たみたいだね、説明を続けるよ? アンタ達が明確に名前で呼ぶ妖怪、それは伝承にある“ソレ”であっても、“本物”ではない。むしろ、本物なんていないのさ。最初の一体を本物と呼べば別だけどね」
聞けば聞くほど、嫌な感じがして来る。
もしも想像通りだったとするなら、それは最悪の未来だ。
「さっき言っていた死刑囚の男。例えば噂を流して、その男を都市伝説として“名前”を広げたとしよう。その男はいつまでも追ってくる、手には刃物を持って。捕まれば切り裂かれ、逃げまわっても最後には首を吊られる。その名は……ワカメなんだっけ? あぁもう、切り裂きジャックでいいか。そんな話を作ったとしよう」
「包丁ワカメ男……」
「もうそれでいいよ……とにかく、その話が広がり誰もが恐れたとしよう。つまりはその都市伝説が“定着”したわけだ。するとどうなるか、分かるかい? また“出る”んだよ、同じ妖怪が。但し、アンタらが見た姿とは違っているだろうけどね」
待て、本当に待ってくれ。
今の話をまとめよう。
異能持ちは“上位種”になりやすく、僕たちの見て来たモノは歴史に残る妖怪であっても本物ではない。
形が似ていて、僕達がそう認識していただけ。
しかし昔から伝わる伝承や、新たに出来たお話も含め、姿は違えど“その化け物”が生れる。
と、言う事でいいんだよな?
それってつまり……。
「異能持ちは“上位種”になりやすいって、そもそも“そっち側”に近い存在であると同時に、そういう知識もある。そんな人物が霊となって、更に力を付けた時、自身をイメージする化け物に変異する……なんて事あったりしますか?」
「大体合ってるよ。人の想いや願いってのは、死後の世界で人を人で無くすのさ。そして“恐怖の対象”ってヤツは伝染し、それに見合った姿に変わればそれだけ力を付ける。最初からその片道切符を手にしているのが、私達“異能持ち”だ。更にその特急券を持っているのが“忌み子”って訳だ」
最悪じゃないか。
詰まる話、僕たちは戦うたびに戦術の幅を広げ、相手を知り。
そして知識を蓄え、更に大きな障害へと向かう事が出来るようになる。
しかしそうして強くなった僕たちは、“上位種”へと変化した後手の付けられない化け物に変わる訳だ。
戦い方も知っていて、“異能”に対する知識もあって。
尚且つ自身が“何に変わってしまった”のかも理解できる。
当然、弱点と言える伝承だって知っていれば、それを補う戦い方だって出来るだろう。
それはつまり、次から次へと強い個体が生れるという事。
そんな相手が目の前に現れた時、果たして僕たちは立ち向かえるのか?
むしろその立場に自分が立った時、生きた相手を平然と殺す化け物なった時。
それは果たして、僕自身だと言えるのだろうか?
「逆に今のままの姿で相手に復讐したい、もしくはどうなりたいという願いも無く生前の姿で現れる個体や、死んでからの姿で現れる奴もいる。だからこそ難しく考えるだけ無駄だ。奴らは等しく化け物であり、この世の者の敵だって事だけ覚えておけばいい。アンタ達が気にするべきは、死んだ後他人様に迷惑をかけない様にする事だけだ。怨霊なんぞにならない様に、幸せに死ぬことだね。その為には可能な限り関わるな……なんて言っても、コレばかりは無駄なんだろうねぇ」
ちょっと思う所が多すぎて頭が痛い。
僕たちは結局コレからどうすればいい?
強くなればなる分だけ、後で厄介な存在に変わる。
それを考えると、僕らはこれ以上関わらない方が良いんじゃないかという感想さえ浮かんでくる。
そして相手も同じように苦しんだ上、そのまま命を落とした“人”な訳で。
僕たちの行動は、果たして正しいモノと割り切っていいのだろうか?
「あの、私からも少し質問していいですか?」
グルグルと絡まる思考で混乱していると、隣で部長が小さく手を上げた。
僕が見る限り、彼女にブレた様子は見受けられない。
その眼差しは強く、覚悟を決めている様に思える程。
「大変勉強になりました、今まで分からない事に答えが出たので多少スッキリしました。ありがとうございます。でもぶっちゃけ死んだ相手がどうとか、私自身が死んだらとかどうでもいいです。その時はその時で対処してくれる人がして下さいって事で。そもそも私達は、関わりたくて関わって居るのではなく。関わらずに“普通”に暮らす為に関与しているに過ぎません」
あ、違う。
この人後先考えてないだけだ。
「そして先程、想いや願いが姿を変えさせるって言っていましたよね? それってもしかして“九尾の狐”や“八咫烏”とも関係ありますか? 神様と呼ばれる存在って、実際の所何なのかなって。あと最初に椿先生に対して“受け継がれていた”と言っていましたよね? それって子孫に力を残すって事ですよね? もしかしてその辺り、上島君の言っていた“異能を消す”って事に繋がったりします?」
「へぇ……でも、そういうのは当人の口から聞いた方が、説得力があるんじゃないかい?」
そういって、奏さんは視線を移した。
そして、その先に居るのは。
『ふん、我とて全てを知っている訳ではないぞ』
“九尾の狐”が、つまらなそうに視線を逸らしたのであった。
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