第190話 呪文


 「はい、お待たせしましたー」


 早瀬さんが戻ってくると同時に話し合いが再開された。

 では、と声を上げて筆記用具を広げる。

 どんな話が出てくるのか分からない以上、全てを覚えきれるか不安だった為用意したのだが……。


 「男の子なのに、真面目だねぇ」


 なんて、伊吹さんに感心され色々と恥ずかしい雰囲気になってしまった。

 まあそれはいい、早い所始めてしまおう。


 「僕が聞きたい事は大まかに四つです。“忌み子”とは何か、“異能”とは何か。そして“上位種”とはどういう存在なのか。最後に……“異能を消す事”が出来るのか、です」


 「へぇ……今までの経験からして、分かった気になってるモノだとばかり思っていたよ」


 奏さんは意味有り気にニヤッと口元を吊り上げる。

 何というか、周りで何故こうも悪い顔で笑う女性が多いのか。

 疑問ではあるのだが、今は置いておこう。


 「それじゃまず一つ目の忌み子、と言うか二つ目の異能にも関わる事だけどね。私達の様な人間が呼ぶ“忌み子”ってのは、簡単に言うと異能持ちの事さ。とはいえ今じゃ全員が全員そう呼ばれる訳じゃない。災いを呼ぶ者や力の強すぎる者、そういった後々“処理に困りそう”な奴らを呼ぶ時に使われる言葉だ」


 「処理に困る……とは?」


 一発目から不穏な言葉が飛び出してきて、思わず聞き返してしまった。

 少なくとも草加先生と黒家先輩はそう呼ばれていたはず。

 よく言われる“望まれなかった子供や双子”の呼び方ではないとは予想していたが、この答えは少しばかり予想外だった。


 「それが三つ目の、アンタ達が上位種って呼んでいるモノにも関わってくるのさ」


 「んん?」


 ちょっと僕のあげた議題がポンポン次に移ってしまって、内容を把握しきれない。

 もう少し所々で突っこんだ方がいいのだろうか?

 なんて事を思いながら眉を寄せていると、奏さんは一口飲み物で喉を湿らせてからため息を溢した。


 「結論を急ぐんじゃないよ、ちゃんと説明してやるから。とはいえ時間も限られているから細かい所は省くがね」


 「あ、はい。すみません」


 内心を見透かされていた様で、大人しく頭を下げる。


 「まぁいいさ、とりあえず異能に関してだ。単純に力を持っている人間の場合には“異能”、私みたいに祓う事を仕事にしている巫女やらの場合は“神術”なんて呼ばれたりもするが」


 「結局貴女も同類って訳じゃないですか。わざわざ言い方を変えて自分達を特別扱いとか……厨二病なんですかね」


 「話の腰を折るんじゃないよ小娘」


 「これは失礼」


 流石に今回は非を認めるのか、黒家さんが大人しく頭を下げた。

 しかし、同じモノでも名称が違うのか。

 異能に限った話ではないけど、こう言った目に見えないモノでそれをやられてしまうと正直判断に困るな。

 ここからここまでが異能で、その先が神術。

 その枠を外れたのが忌み子、みたいな明確なカテゴリー分けが出来ればいいのだが。

 とりあえず続きを聞いて、詳しい話が無ければ後で聞いてみよう。


 「まあ“異能”と“神術”。そして“忌み子”ってのが何で言い分けられているかと言うとだね」


 この講師、有能であった。


 「まず“異能”。これは一般人、つまりアンタ達の様な連中を指す。能力が強かろうが弱かろうが個人の範疇である以上は“異能持ち”だ。これが神社やら退魔師やらに弟子入りでもして、修行し認められれば“神術”に変わる訳だ。要は仕事としてやっているか、専門知識があるかの違いって訳だ。当然“神術使い”になれば横の繋がりも出来る。同じ立場の人間や、この道具屋みたいなね」


 なるほど、難しく考え過ぎていた訳か。

 要は素人とプロを区別する名称でしかない、と。


 「しかしその場合、貴女が使っていた“圧”とやら何だったんですか? 他にもあるような事も言っていましたし」


 黒家さんが今度は普通に質問している。

 あ、そういえば……みたいな顔で早瀬さんが呆けているのは見なかったことにしよう。


 「“圧”なんて分かりやすく名前にしているけどね、簡単に言えば私の元々持っていた力を“そう言う風”に使っているだけだよ。一つの力でも使い方を変えればいくつもの活用方法がある。そしてこれも“神術”に格上げされる事に必要なんだが、他の“術”も覚えさせられるのさ」


 「“術”って、具体的にどういう事ですか? “異能”とはまた別の、という事でしょうか?」


 思わず口に出た。

 異能以外の術、なんて言われても余りイメージが湧かないのだが。

 それこそ映画やアニメの陰陽師みたいな感じで、不思議な力でもあるのだろうか?


 「いいや、一緒だよ。アンタ達は“異能とは一人に一つ”みたいに考えている様だけど、そりゃ間違いだ。それぞれの得意不得意があるだけで、自分に合ったモノであれば別物と思っていた力だって使えるのさ」


 「……は?」


 「アンタは“指”だったかね? 札を書く時に力を発揮すると言っていたが、道具屋の様に何か武器を作った時はどうなる? もしもその道具に祓う力が付けば、アンタの異能は“手”とかになるんじゃないかい? 考え方を変えればさっきの音叉をお前さんが使った場合、調整には手間取るかもしれないけど効力どうなる? そこの小娘より強い“結界”が生れるんじゃないかい?」


 「そ、それは考えた事なかったです」


 本当に出来るかどうかは別として、確かに言われている通りだ。

 僕たちは名前に捕らわれ過ぎていたのか。

 というかそもそもの勘違いだった、という事でいいんだろう。

 僕の異能は“指”ではなく、“指という使い方”として受け止め方をした方が正しいみたいだ。

 だからこそ奏さんの言った“圧”は、力ではなく使い方という言い回しなのか。


 「まぁ“神術”をもっと分かりやすく言えば、そこの“耳”の嬢ちゃんみたいに道具を使って手を増やしたり、そっちの小娘の様に“呪術的”な方法で新しく力を得たりと色々だ。そうやって戦術を増やし、抗う力を強くしたのが私達の様な存在って訳だ」


 「その割には先生に負けてましたけどねぇ……」


 「ボソッと嫌な事思い出させるじゃないよ、あんな化けも……じゃなかった。あの男は例外中の例外さね」


 途中で伊吹さんに睨まれ、草加先生の呼び方を修正した。

 というか、いがみ合っている割に黒家さんと奏さんさっきから仲いいな。

 本人たちに言ったら絶対怒られるけど。


 「そして異能とは何かって原点に戻るとね、はっきり言って正確な事はわからないよ。昔からたまに宿る特別な力、としか。色んな所で色々な解釈がされているからね、どれかを信じるならソレでいいんじゃないかい? そして、次は“忌み子”と妖怪……じゃなかった“上位種”って言っているんだっけ? その話をするが、今までで質問はあるかい?」


 「いえ、分からない事は多々ありますが後で質問します。もしかしたらこの後の話で答えが出るかもしれませんので」


 「随分とまぁ細かくメモまで取って、優秀だねぇ……ウチの孫娘と違って」


 「うぐっ……」


 椿先生が、鈍い声を上げながら奏さんを隣から睨んでいた。


 ――――


 戦慄、という言葉が思わず浮かぶ場面というのはどういう状況だろう。

 もちろん意味は分かる、コレでも教師だ。

 やべぇって感じで、体が震えるくらいの恐怖を覚える事だ、多分。

 何故そんな事を改めて思い返したかと言えば、目の前に異世界の民がおられるからだ。


 「ショートソイオールミルクアドリストレットショットノンシロップチョコレートソースアドホイップフルリーフチャイラテ。あ、これ二つ下さい。それから――」


 「ショートソイオールミルクアドリストレットショットノンシロップチョコレートソースアドホイップフルリーフチャイラテ御二つですね、かしこまりました」


 なんて?


 「トールバニラソイアドショットチョコレートソースノンホイップダークモカチップクリームフラペチーノ」


 だからなんて?

 俺のスマホ片手に環が呪文を唱え、店員さんは笑顔で同じ呪文で対抗している。

 見えない所で魔法でも飛び交っていて、きっと同じ魔法で対抗しているに違いない。

 俺も親父もポカンと口を開けたまま、その攻防戦を見守っていた。

 いつの間にか俺達は異世界に迷い込んでしまったのだろう。

 一つの品にこんな名前が付くなんて絶対おかしい。

 俺が今までで一番長く唱えた呪文なんて「ヤサイマシマシカタメアブラスクナメニンニクマシマシ」くらいなものだ。

 しかもつっかえながら、グダグダに唱えただけだった記憶がある。

 魔法は発動しなかったので、多分失敗したのだろう。

 品物は来たけど。


 「コレ……やけに長い名前の注文をあえて選んでる様なチョイスですね、というか数が多い。これって誰が選んだんですか?」


 環と一緒にスマホを覗き込んでいる三月が、苦笑いを浮かべながらこちらを振り向いた。

 以前髪を切ってから随分と明るくなった様に思える彼女。

 さぞかしこういうお洒落なカフェにはお世話になっているのだろう。

 随分と慣れている雰囲気が伝わってくる。


 「好きな物選べって言っておいたけど、多分黒家が適当に選んだ」


 学生組は好きな物を選んだ可能性はあるが、大人連中はこういうのに慣れていないのが明白だ。

 だから多分アイツが適当に選んだのだろう。

 三月が言う限り長い呪文をあえて選んでいるらしいし、その辺り黒家っぽい。

 後で説教しちゃる。


 「あーうん、なんか大体察しました」


 おい黒家、お前の意地悪さが離れた後輩にも伝わってしまったぞ。

 いいのかソレで。


 「草加先生ー? とりあえずリストのは注文しましたけど、先生達の分は入ってます?」


 攻防戦が終わったらしい環が振り返り、そんな事を聞いて来た。

 言われて気付いたが、俺らの分って選んでくれたのだろうか?


 「分からん、品物いくつあった? 全部で九人分あればいいんだけど」


 「なんというか、先生の所はいつも大人数ですね……ちなみに七個しか注文してません」


 「自分で選べって事か……すまん、何か適当に頼んでもらっていいか? お勧めで」


 「甘いの平気ですか? 草加先生も、そちらの男性も」


 「「問題ない」」


 むしろこの親父、甘い物大好きだし。

 俺に至っては普段あまり甘い物を食べないというだけで、別に嫌いな訳じゃない。

 なのでここは素直にお任せした方が身のためだろう。

 むしろ俺は魔法の呪文が唱えられないので邪魔になる、パーティのお荷物だ。


 「あ、それからお前たちの分も注文しろよ? ここまでやってもらった礼だ」


 「やたー!」


 「わ、私何にもしてないんですけど良いんでしょうか……というかこの状況ならスマホ画面を見せて“コレください”で良かったのでは……」


 それぞれ声を上げてから、メニュー表とにらめっこを始めた教え子たち。

 今はレジに人も並んでいないし、少しくらい時間をとっても大丈夫だろう。

 女子高生二人に、おっさん二人の組み合わせのせいで周囲からの視線はえらい事になっているが。

 いいさ、もう慣れた。


 「なぁ浬。こう言う呪文ってのは、学校で教えてんのか? 最近若い子はすげぇなぁ……」


 教えてる訳ねぇだろ馬鹿親父。

 そんな事しているなら俺でも注文できるわ。

 呆然とした表情でアホな事を言い始める親父は「すげぇなぁ……」ともう一度呟いてから黙ってしまった。


 「あ、草加先生。何かご飯頼んでもいいですか? まだお昼食べてなくて」


 「ちょっと一花、流石にソレは……」


 ウキウキ顔の女子高生に、申し訳なさそうにオロオロと狼狽する女子高生。

 うん、両方とも個性があって実によろしい。

 そんな二人におっさんが出来る事と言えば、それは一つだけだ。


 「好きな物を頼め、いっぱい食え。むしろ食べてくださいお願いします」


 グッと親指を立てて、満面の笑みを向けてやった。


 「流石先生! 大好き!」


 「えぇっと、良いんですかね……」


 「食べておしまい、食べ盛りの若人達よ」


 そんなこんなで、再び呪文合戦が始まった訳だが。

 まあ手伝ってくれた二人にもお礼が出来たようなので良しとしよう。

 多分もう俺は一人でこの店に来ることは無いだろう、そんな心境で二人の呪文を聞いていたのであった。

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