第186話 大切な物は、いつだって必要な時に故障する


 「あつい……、とても暑い」


 おかしいだろ、この暑さ。

 まだ夏本番という訳ではないのだ。

 まぁもう少ししたらそういう時期にはなるが。

 とにかく、天気が良すぎるのだ。

 プールでも行って泳いでこようかな?


 「草加先生、いつまでも転がってないで手伝ってくださいよ。今日お義母さんくるんでしょ?」


 そんな事言いながら、涼しそうなワンピースを着た早瀬がせっせと掃除していた。

 なんかお袋の事呼ぶとき、微妙なニュアンスが響いていたのは気のせいか?

 俺のお袋だから「お母さん」と呼んでいただけだよね?

 まぁいいや、気にしても仕方ない。


 「先生、邪魔です。掃除機掛けますから退いてください」


 何やら横からガンガンと掃除機をぶつけてくる黒家も、随分と涼しそう。

 偉く短いホットパンツに、緩いTシャツ。

 いいよね、女の子は。

 男がこんな短くて涼しそうな恰好していたら、即座に通報モノだ。

 もしくは芸人の類だろう。

 流石にワンピースを着たいとは思わないが、黒家の恰好くらいなら涼しそうだなぁって思う。

 あれ? でも聞いた話では、スカート系って結構熱気が溜まるんだっけ?

 あと黒家みたいな恰好も、肌にピッチリくっ付いているから結構蒸れるとかなんとか。

 そういう意味で、男はいいよねぇみたいな話を聞いた事がある気がする。

 まぁあれか、お互い無い物ねだりか。

 女は女で、男は男の悩みがあるって事だ。

 世知辛いねぇ……。


 「悟った顔してないで、さっさと退いてください。掃除が進みません」


 ちょっと不機嫌になった黒家が、人の腹に掃除機を押し当てる。

 ブボォボボボオ! なんておかしな音を立てる掃除機が、俺のTシャツを吸い込んでおられる。

 おいやめろ、ばっちいだろ。

 はてさて、何故こんな事になっているのか。

 というか、二人が何故俺の部屋を掃除しているのかというと。

 数日前のメールが原因だった。


 『今週末アンタの部屋にお邪魔するから。鶴弥さん呼んでおいて? あと、前にも言ったけどお客様もいらっしゃるから、ちゃんと片付けておく事。いいね?』


 なんそれ、わけわかんねぇ。

 ウチにいきなり来るのは百歩譲っていいとしよう。

 しかし何で鶴弥? そしてお客様って言ってもアレだろ?

 ウチは観光名所でもなんでもねぇぞ。

 はーい、こちらが三十路独身男のお部屋になりまーす。皆さんはこうならないように気を付けましょうねぇ? ってか?

 笑えねぇわ、歓迎するつもりなんぞ無いぞ。

 まぁそれは置いておいて、少し前に電話で話した時に似たような事言われていたから、そこまで焦る事ではなかったはずだったのだが。

 単純に俺が忘れてたんだ、なので忙しく二人が大掃除しておられる。


 「あぁもう! 先生邪魔! 床に転がっているくらいなら、アイスでも買ってきてください! ただでさえ暑いんですから」


 額の汗を拭いながら、黒家が俺の顔面に掃除機を当てる。

 おいやめろ、何かめっちゃ吸われるだろ。

 目ん玉とか鼻とか吸い込まれたらどうする気だ。


 「分かった、分かったから止めろ! 悪かったって! っていうか冷房弱いな……こんな時期に節電意識してたら、マジで死んじまうって」


 そう言いなら掃除機を払いのけ、冷房のリモコンを手に取ると……おかしいな、既に結構温度低いんだが。

 ん? どういうことだ?


 「あーもうあっつ……草加先生、この後シャワー貸してもらっていいですか? 着替えも持ってきてるんで」


 あぁもう是非とも使ってくれたまえ。

 ワンピースの胸元をパタパタしているけども、君結構汗のせいで透けてるからね?

 って、今はそれどころじゃない。


 「先生、本気でアイスお願いします。冷房入れてあるのにこの熱気って……流石にヤバいですよ。夏に入る前に熱中症になっちゃいます」


 暑さに耐えかねたのか、黒家もTシャツをまくって熱を逃がしている。

 日焼けしてないお腹がこんにちはしているが、今はそれどころではないパート2。

 そっとエアコンの送風口に手をやる。

 ビックリするぐらいに、何の感触も得られない。

 冷たくもないし、温かくもない。

 むしろ、風が出てない。

 おかしいな、電源ランプはついているんだけど。


 「先生? どうしました? 早く温度下げてください」


 「草加先生? 出来れば皆が来る前に室内冷やしておいて下さいね?」


 二人の視線が俺に集まるが、すまんソレは無理になった。

 なんともまぁタイミングが悪い。

 ゆっくりと振り返りながら、満面の笑みを返す。


 「エアコン、壊れちゃった」


 「「……」」


 痛い、二人からの視線がとても痛い。

 でも仕方ないじゃないか、こればかりは俺のせいじゃない。

 めちゃくちゃな猛暑だと思っていたら、単純にエアコンがぶっ壊れていたなんて誰が想像する。

 そりゃそうだよ、締め切った室内で三人動き回っていれば当然熱いよ。

 うんごめん、俺寝転がってただけだね。

 というか試しに窓開けたらびっくりするくらい涼しい風が吹き込んでくるし。

 まぁ涼しいのなんて最初だけな上、少しすると熱風にしか感じないけどさ。

 そんなこんなで、窓から吹きすさぶ風に女子二人は髪の毛揺らしながら、とても冷たい眼差しを俺に向けている。

 やめて、見ないで、涼しくなっちゃう。


 「で、どうしましょうか」


 早瀬が普段とは違う冷たい声を上げる。

 手に持った雑巾に命があれば、絶対に絶命しているレベルで握りしめながら。


 「コレは……どこか店を取った方が落ち着て話せるかもしれませんね。この状態では流石に……」


 そう言いながら、黒家が掃除機を再びこちらに向けてくる。

 まてお前ら、俺が悪い訳じゃない。

 タイミングが悪かっただけだ。

 まさかこのタイミングでエアコンがぶっ壊れるなんて思わないだろうに。

 というか今まで気づかなかったのが奇跡だよ。

 二人共動き回っていたから体温が上がるのは仕方ないとか、そういうアレだったのかもしれないが。

 ……って事は、俺が最初に気づくべき事例だったって事かな?

 ていうかまぁ、俺の部屋だし。

 寝てただけだし、気付けよ俺。

 ――ピンポーン。

 この雰囲気を覆す奇跡の音色が、玄関から鳴り響く。

 急いで出迎えるべく室内を走り、扉を開けるとそこには。


 「うわっ、何か部屋の熱気凄いですよ? 暖房と冷房間違えてません?」


 顔を思いっきり顰めた鶴弥が玄関先に立っていた。

 うん、ごめんね。

 色々と事情があるんだ。


 「先生、今すぐどこか個室の予約を……」


 「草加先生……もうシャワー借りますね。ダメだこれ、冷房効かないってわかった瞬間汗が噴き出す」


 そんな事を言いながらフラフラしている二人の姿が。

 色々動き回って、汗びっしょりになっているもんね。

 正直、すまんかった。


 「えっと、冷水を浴びておいで。冷蔵庫にスポーツドリンクもあるから、飲むの忘れない様にな?」


 「早瀬先輩は色々スケスケな上、黒家先輩は色々ラインが出てますよ? 一体何をやっていたんですか……あ、すみません。聞くのは無粋でしたか」


 「掃除してただけじゃボケェ!」


 鶴弥のボケに思わず突っ込んでしまったが、後ろの二人からは批判の眼差しが飛んできた。

 ごめんなさい、俺は掃除してませんでした。


 「先生は何もしていませんけどね」


 「草加先生は転がっていただけですね」


 「早くお風呂入ってきなさい!」


 おぼつかない足取りで風呂場へと消える二人。

 あ、二人一緒に入るんだ。

 それはそれで何か……。


 「邪念を感じます」


 「気のせいダヨ」


 見事に釘を刺された俺は、大人しく鶴弥を部屋へと招き入れた。

 入れたのだが……。


 「うん、無理」


 靴を脱ぐ前に、鶴弥に入室を断られてしまった。

 ですよね、暑いもんね。

 とは言ってもエアコンが壊れている以上打つ手が……。


 「まてよ……? いけるかもしれん」


 「浬先生?」


 鶴弥の呟きを置き去りにし、俺は物置……といったら違うか。

 普段開けない押し入れへと走り、例のブツをいくつか取り出した。

 大丈夫だ、これだけあればなんとかなる。

 クックックと悪い笑みを浮かべながら、俺はソレらを箱から取り出したのであった。


 ――――


 「で、緊急案がコレですか先生」


 「よくこれだけの数がありましたね。しかも新品って」


 「わーれーわーれーはー」


 客間に座る三人。

 そして、贅沢にも一人につき一個設置されている扇風機。

 ちなみに俺は窓際に座っていて、扇風機はなし。

 暑い。

 ていうか早瀬、それ良く知ってるな。

 扇風機に向かって喋るヤツ。

 今どきの若い子、絶対やらないと思ったんだけど。


 「これで解決だな。端から福引、ポイント還元、二つある事を忘れて去年買った扇風機だ」


 「馬鹿ですね」


 「馬鹿なんですか?」


 「草加先生、無駄遣いはよくないですよ?」


 生徒達がとても冷たい。

 お前らちゃんと風浴びてるんだからいいだろうが。

 ついでに黒家と早瀬が風呂入っている間に、近くのコンビニまでダッシュでアイス買ってきたのに。

 みんなソレを齧りながら涼んでいると言うのに。

 なんだよ、もう少し感謝してもいいじゃないか。

 そして自分の分のアイスを買い忘れるという、もう嫌だ。

 ――ピンポーン。


 「あ、上島くんですかね? 私出ますよ」


 そういって立ち上がった鶴弥。

 すぐさま扇風機を奪って涼み始めると、残った二人から微妙な視線を向けられてしまった。

 いいじゃないか、三台ともウチの扇風機だぞ。

 なんて事を思っている内に、新たな来客が姿を現した。


 「草加先生、なんですかこの熱気。まさかダイエットでも始めた訳じゃないですよね? 普通に熱中症になりますよ?」


 やけに真面目腐った台詞を吐きながら、汗で滑る眼鏡を持ち上げて彼は登場した。

 その手に大量の飲み物とアイスの入った袋をぶら下げて。


 「アイス、よく来たな! 上島買って来てくれたのか!」


 「はい、お邪魔しますアイスです。買って来た上島は冷凍庫で冷やしておきますから好きに食べてくださいね」


 「上島君……この馬鹿に付き合わないで下さい……」


 そんな会話をしながら、待ちの面子は揃った。

 というか上島は何で来たんだろう?

 鶴弥から参加するとは聞いていたけど、この会合に参加してなんか得があるのか?

 まぁ気にしても仕方ないか、本人も来たいって言ってたんだし。

 あとは椿が連れてくるウチの親&お客様を迎えるだけなのだが……。


 「なぁ、この部屋あと四人くらい入って大丈夫かな?」


 既に熱気がムンムンと立ち込めている室内で、揃った四人が一斉に首を横に振った。

 やっぱ、今からでも店予約しないと駄目かなぁ……他に何か手は無いものか。

 そんな事を考えながら上島が買って来てくれたアイスを、早くも冷凍庫から拝借する。

 ん? 待てよ?

 別にエアコンだけなら客間以外にもあるよね?

 流石にキッチンとかに全員集合させるわけにはいかんが、やりようはあるんじゃないか?


 ――――


 車を持つと、電車やバスといった交通機関に疎くなる。

 なんて事を聞いたのはいつの事だったろうか。

 アレは本当だったようだ。

 久しぶりに駅構内に入って、微妙に迷った。

 首都に比べればずっと狭い駅構内。

 だというのに元々使用頻度も低かった為か、久々に駅に入ったら「うわぁ……人多いなぁ」ってなってしまった。

 多分草加君に送迎お願いされなかったら、あと数年は立ち寄らなかった気がする。


 「この辺りで待ってれば大丈夫だと思うんだけど……」


 祖母に待ち合わせの場所をメールで伝え、良く分からない形の銅像に背を預けて人込みを眺める。

 立ち込める熱気、行き交う人々。

 今日が休日という事もあってか、スーツの人より私服の人たちの方が多く見える。

 皆楽しそうに、早めの夏ファッションで意気揚々だ。

 まぁ、暑いしねぇ……なんて思っていると、隣から肩を叩かれた。

 ありゃ? 気づかなかったけど、もう到着したのかな?

 なんて事を思いながら振り返ると、そこには――


 「お姉さん今一人? それとも友達と待ち合わせ? もし暇だったらさ、この後遊びに行かない?」


 ちょっと焼きました、みたいな男三人がニヤニヤスマイルでこちらを見ていた。

 おぉっと……これはちょっと予想外だ。

 まさかこの歳になってナンパ受けるんですか?

 え、まだ私って結構若く見える? ちょっと嬉しいじゃないかこの野郎。

 って、そうじゃない。

 これから来るメンツを考えたら、こんな所でニヤケ面なんて晒していて良いはずがない。


 「えぇっと、ごめんね? 待ち合わせの最中だから他を当たってくれるかしら。私みたいなオバサン引っかけなくても、君たちならもっと可愛い子見つけられるでしょ?」


 見た目的に年下であろう彼らに、適当な愛想笑いを振り撒きながらそう答えると。


 「いやいや、お姉さんめっちゃ美人じゃないですか! なんで自分の事オバサンとか卑下しちゃうんですか!?」


 「そーっすよ! めっちゃ綺麗です! ちょっとだけでいいんで、俺らとお茶でもしません?」


 「俺……年上好きなんですよ! どうか、どうかちょっとだけでも!」


 なんか、猛攻撃が来た。

 うん、まぁ言われている事はうれしいよ?

 半分以上が御世辞だとは思うけど、ましてや年下から言われれば。

 でもさ、君ら近くない?

 ジェットストリーム……なんだっけ?

 前に草加君が言っていたアレみたいだ。

 ロボット三体で攻めてくるやつ。

 それくらいに勢いが凄い、そして暑苦しい。


 「あーうん、ありがとね? でもごめんなさい、今日私が待っている人って言うのは友達とかじゃなくて……」


 「まさか恋人ですか!? くぅぅ、こんな美人独占出来るとか羨ましい!」


 「彼氏さんって俺らよりイケメンっすかね? ちょっと他の男と遊ぶくらい良いじゃないですかぁ」


 「ちょっとだけ! ホント時間取らせないんで!」


 あぁもう、凄いな勢いが。

 でもほんとコレどうしようか。

 最悪草加君に迎えを……なんて思った所で、彼らの背後から“草加さん”が登場した。


 「おいガキども、ウチの息子の嫁候補に何か用か?」


 でっかいお手てが、彼らの頭をガシッと掴む。

 若人二人の後ろには、なんちゃってマッチョでは絶対到達できないであろう巨体が、何故かアロハシャツを着ながら怖い顔を浮かべていた。

 まぁうん、暑いですもんね。

 というか嫁候補って認識されてるのか、やったぜ。


 「な、なんだコイツ!?」


 幸い頭を捕まれなかった最後の一人が威勢の良い声を上げるが、残る二人は声にならない悲鳴を漏らしながらバタバタ暴れておられる。

 多分、すっごく痛いのだろう。

 目が飛び出しちゃうんじゃないの? ってくらいに瞼を開けながら、口をパクパクしてるし。


 「てめぇジジィ! 急に現れて何を――」


 「これだけ人様が集まってる所で騒ぐんじゃないよ、義務教育を受けていないのかい?」


 やけに冷めた声が突如として横から聞こえ、手に持った扇子で残った一人の頬を引っ叩いた。

 普通ならスパンッ! とか音がしそうなのに、ゴッ! って言ったよ。

 よく見たらいつも持っている鉄扇だし。

 これだから鬼婆は……というかこのクソ暑いのに着物である。

 マジで妖怪だなコイツ。


 「作ってやった道具をそうブンブン振り回すんじゃないよ、そんなだから鬼婆とか暴力婆とかいわれるんだろうに。それからアンタ、いい加減放してやんな。そんなもやしみたいな小僧、下手すりゃ頭が潰れちまうよ」


 そんな事を言いながら、もう一人がケラケラ笑いながらご登場なされた。

 こちらも相変わらずのご様子、軽い感じのテンションで旦那さんと御揃いのアロハ姿。

 相変わらず夫婦仲がよろしい様で、羨ましい限りです。

 そして手が離れた瞬間逃げて行く若人三人衆。

 何かごめんね、と心の中で謝ってから皆様の方へと改めて振り返った。


 「えっと、お久しぶりです」


 「おう、待たせたな。嬢ちゃん」


 「悪いね、お待たせ」


 「ふん、しばらくこっちが待たされるだろうと思ってたけど。アンタも少しは成長してるんだね」


 草加君のご両親と、ウチのお祖母ちゃんが揃っていた。

 各々好きに口を開くが、周囲からは凄く視線が集まっているのを感じる。

 皆キャラ濃い上に、さっきの騒動だから無理はないと思うけど……もう少し普通に登場してくれませんかね?

 いや、まぁ助けてもらっているのであまり大きな口は叩けないんだけども。


 「と、とにかく行きましょうか! 車、すぐそこなんで!」


 皆を誘導しながら、私達はそそくさとその場離れるのであった。

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