二部 三章
第185話 止まった時間
「今年も来たよー。久しぶり、元気にしてた? ……って聞き方はおかしいか」
一人そんな言葉を紡ぎながら、小さな地蔵の前にお菓子をお供えする。
何が好きなのかとか分からないから、私が好きなモノを持ってきた。
気に入ってくれるといいのだけれど。
「今綺麗にしてあげるからね、ちょっと待ってて」
一つ一つ言葉にしながら、私は小さなお地蔵様を掃除した。
サイズがサイズなので、ほとんど手間でも何でもない。
すぐに掃除は終わり、綺麗な状態になった。
「最近ねぇ、お姉ちゃんいっぱい頑張ってるんだよ? 部活がちょっと忙しいんだけど、それがまたおかしな所でさ。この前なんか――」
ただの独り言。
そんな事は分かり切っていても、私は毎年こんな事を繰り返した。
相手が聞いてくれていると信じて、これまでにあった事を語る。
こんな事を、あと何年続けるのだろうか?
わからないけど、ここに足を運べる距離に住んでいる限り自然と訪れてしまうのだろう。
視線を横にずらせば、同じ形の小さな地蔵。
その反対側も、その更に隣にも。
視界に映る限り、山の斜面を覆うように数多くの地蔵が並んでいた。
ここは、水子を供養する為の場所。
視界を埋め着くすほど並ぶ地蔵。
ここにはコレだけの数の子供たちが、静かに眠って居るのだ。
「それじゃ、お姉ちゃんはそろそろ行くよ。また来るね、いい子にしててよ? あんまり悪戯が過ぎるとウチの部活に目を付けられちゃうんだからね?」
そんな事を言いながら、私は立ち上がった。
眩しい日差しが容赦なく照り付け、じっとりと汗が滲む。
ここは、あまり風が吹かない。
良く分からないけど、場所の問題らしい。
だというのに、地蔵の前に飾られた風車はクルクルと軽快に回っている。
「大丈夫、また来るよ」
そう呟けば、私の前の風車はピタッと動きを止めた。
これも一応、怪奇現象なのだろうか?
よくある事だって言うし、あまり気にしたことは無いが。
むしろ私としては、弟が答えてくれたみたいで嬉しく感じる事があるくらいだ。
「それじゃあね、いい子で待ってるんだよ?」
そう言って、私は地蔵の並んだ山を下っていくのであった。
――――
「あれ? もしかして優愛ちゃん?」
帰りのバスを待っていると、懐かしい顔に会った。
ピシッとしたスーツで、もみあげだけ伸ばしたショートカット。
私の良く知った顔が、驚きの表情を浮かべていた。
「お久しぶりです。冬華さん」
短い挨拶を交わしながら静かに頭を下げた。
彼女は
今さっき私が立ち寄っていた場所に、彼女も毎年訪れる。
偶然……という訳でもないか。
同じ日に大事なモノを失った者同士、たまに顔を合わせる事があるのだ。
「弟君に会いに行ってきたの? 今帰り?」
「はい、さっきまでお話してきました。これから帰るんですけど、やっぱりこっちはバスが少ないですね」
だよね、なんて言いながら彼女も静かに口元を緩めた。
こう言っては失礼かもしれないが、名前と違って本当に夏が似合う女性だと思う。
爽やかなショートカット、笑った時に少しだけ見える八重歯。
スーツとかじゃなくて、もっと夏らしい恰好の方がずっと似合うと思う。
「こう暑いと待ってるのも大変だろうし、一緒に乗って行かない? どうせ家も近いんだしさ。送っていくよ? バスじゃ帰るのにも相当時間かかるでしょ」
そう言いながら、彼女はチャリッと車のキーを顔の横まで持ち上げた。
大変ありがたい申し出だ。
正直、あと三十分近くこの猛暑に耐えるのはキツイ。
「ありがとうございます、お世話になります。でも、パトカーじゃないですよね?」
「あったりまえでしょ。今日は非番よ」
冗談めかしに笑って見せれば、彼女もまた微笑んだ。
冬華さんは、婦警さんだ。
――――
「はぁぁ、生き返ります」
車内の全開の冷房を浴びながら、助手席で冷たいシェイクを啜る。
バスで地元に帰って居たら、こうは行かなかっただろう。
そんな私の様子を見ながら、クックックと楽しそうに笑う冬華さん。
「変わったわね、優愛ちゃん。昔はあんなに大人しかったのに。学校で何かあった?」
車を運転しながらなので流石にこっちは向いていないが、にやにやと口元は緩く歪んでいる。
その顔を見て、思わずムスッと頬を膨らませた。
「私だってもう高校生ですから。いつまでも暗い顔ばっかりしてると、友達の一人も出来ませんよ。あ、でも最近はずっと部活の皆と一緒に居ますかね」
「そりゃ良かった、明るくなった様で何よりだよ。どんな部活に入ってるの?」
「オカルト研究部です」
「はい?」
「オカルト研究部です」
「う、うん。あんまり変な事しないようにね?」
まぁ、そういう反応になりますよね。
分かってはいたが、やはりこういう反応をされると苦笑いを浮かべてしまう。
でも私としては、下手にごまかしたり秘密にしたりするのは嫌だった。
あの部活は、私にとって恥でもなんでもないのだから。
「想像しているのとはちょっと違うと思います。皆良い人ばっかりですし、内容も本格的です」
「本格的って……それはそれで心配になるわね……」
ですよね。
まぁ理解されるとは思っていないので、大して気にならないけど。
「ちゃんと人の為になる活動ですよ? ウチだってちゃんと役に立ってるんですよ? この前なんか神社に行って、色々事情を聴いた上に問題解決の第一歩を踏み出したんですから!」
色々とすっ飛ばした説明だったが、冬華さんは「頑張ってるんだねぇ」なんて言いながら優しい微笑みを浮かべていた。
しかし。
「あれ? 優愛ちゃんって自分の事“ウチ”とか言ったっけ? 前にあった時は普通に“私”って言ってた気がするけど」
あんまり触れてほしくない所に、スパッと切り込まれてしまった。
流石は婦警、侮れぬ。
「えぇっと……何といいますか。学校では結構ギャルを演じてまして……」
なんてモジモジしながら言い放てば、運転中だというのに冬華さんは声を上げて笑い始めた。
酷い、そんなに笑う事ないのに。
ちょっとだけ不貞腐れてそっぽに視線を送れば、彼女は未だ笑いながら謝罪の言葉を口にした。
「ごめんごめん。いやまさか優愛ちゃんがギャルとは……ぷっ、ククク。今の恰好もそうだけど、清楚なお嬢様にしか見えないしねぇ。ちょっとイメージできないというか」
「う、ウチだって気合い入れてお化粧したり、着崩したりすれば立派なギャルなんですからね! 皆からはちゃんとギャルって認識貰ってますから!」
「所々に丁寧な言葉が入っている辺り、凄く無理してる感じがあるんだけど。まぁそれで優愛ちゃんが楽しめているならいいや。で、なんで急にギャルになろうとしたのよ?」
未だ笑いが収まらない冬華さんが、プルプルしながら話を続けてくる。
くそう、今日もギャル系ファッションで来るべきだったか……まあ、今更言っても仕方がないが。
ちょっとだけ後悔しながら、白いワンピースの裾を掴んだ。
「えっと、幼馴染から言われたんです。いつまでも泣いてないで、もっと明るくなれって。だから、高校生になったら気持ちを切り替えようって。それで……」
「色々振り切ってギャルやってみた、と。凄いね君も」
「笑わないで下さい! やりすぎた事は分かってますけど、高校デビューをソレでやっちゃった以上、後戻り出来ないんです!」
「ぶははは!」
ひたすら笑われた。
わかっているさ、無理してる事くらい。
でも流れと言うか、雰囲気と言うか。
もう1年以上もこのキャラでやっている以上、後戻り出来なくなってしまったのだ。
一応それなりに友達も出来たし、部活の皆は受け入れてくれたし。
間違った選択ではなかったと思いたいのだが……。
「やっぱり、私なんかが変ですかね?」
ちょっとだけ項垂れながら、そんな言葉を吐いた。
無理に明るく振る舞って、クラスメイトと話を合わせて。
それがちょっとだけ疲れるなって、思った事が無い訳ではない。
やっぱり、私には無理があったのだろうか?
なんて思っていると、ポンッと頭に手が乗せられた。
「あんまり無理をするのは良くないけど、それだけ笑える様になったのならいいんじゃない? とはいえ、部活の皆だってギャルだから仲良くなれた訳じゃないんでしょ? えーっと、そんな名前の部活だし。だったら、少しくらい素を見せても嫌われないと思うよ?」
まるで子供や妹をあやす様に、そんな言葉を投げかけられてしまった。
確かに冬華さんの言う通り、素の私の方があの部活には合っているのだろう。
とはいえ、今更態度を変えるのは些か恥ずかしいモノがあるが。
「ちなみに、その幼馴染の反応は?」
「ギャルは苦手だって言われました……」
「ウケる」
「ウケないでください!」
そんな会話をしながら、車は進んでいく。
私たちの普段過ごす街に向かって。
昔はあの場所に行くだけで泣いていた。
冬華さんだって、昔はずっと暗い顔を浮かべていた。
だというのに、今はこうして笑って過ごせているのだ。
これもまた、“成長”というモノなのだろうか?
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