第187話 オカ研と老人会


 「草加くーん? 皆到着したよー?」


 そう言いながら、玄関を開くと。


 「……美希、説明しなさい」


 お祖母ちゃんが、口元をひくひくさせながら呟いた。

 やめて、怒らないで。

 コレは私のせいじゃない。


 「あの馬鹿は……」


 伊吹さんも頭を押さえながら首を振っておられる。

 まぁそれも仕方のない事だろう。

 扉を開けた瞬間ムワッと立ち込める熱気、そして玄関の先には壁の様に立ちふさがるシーツ。

 ナニコレ、どういう事?

 壁掛けフックにロープが固定され、まるで部屋干し状態だ。

 ただ問題なのが、垂れ幕の様に下までシーツが降りているせいで玄関がクソ暑い事。

 きっちり室内を分離しているのか、向こうの様子が全く見えないのだ。

 とてもじゃないが、他人様をお迎えする状態ではない。


 「く、草加くーん!? じょ、状況説明をー!」


 玄関で汗を流しながら叫ぶと、シーツを掻き分けて黒家さんが涼し気な顔でご登場なされた。

 いや、ホント何してる君たち。

 冗談が通じない相手も混じっているんだから、こう言う事本当に止めてくれるかな?

 私後で殺されちゃう。


 「お待ちしておりました。お久しぶりです、お義母様にお義父様。それから……チッ。お暑いでしょうから、さぁ中へ。椿先生もお疲れ様です、冷たい物をすぐ用意しますね」


 すげぇ、今の段階で義理の両親扱いしてるこの子。

 しかもウチのお祖母ちゃんにだけ今思いっきり舌打ちした。

 ある意味凄い、遥かに年上相手に対して平然と嫌悪感を露わにしてるよ。

 お祖母ちゃん黒家さんに何したの?

 彼女がここまで嫌うって珍しいよ、本当に何をしたの。

 しかも尋常じゃない様子で顔顰めたよ。


 「随分と嫌われたもんだね。老人は敬うモノだよ、小娘」


 ハッと嘲笑う様に、ウチの鬼婆が黒家さんを煽る。

 さっきまで暑かったのに、玄関が氷点下だよ。

 止めなさいよ、貴女いい大人でしょうに。


 「私を問答無用で廃人に変えようとした方に対して、どうして好意を持ってもらえると思ったんですか? 馬鹿なんですか? 脳内は御花畑ですか? 今からでももう一回勝負します? 今度は私も道具使いますけど」


 やけに冷たい笑顔のまま、黒家さんの手にはいつの間にかスタンガンと、いつか見たお手製閃光手榴弾が握られていた。

 対する祖母の手にはいつもの鉄扇が。

 やめて、お願いだから止めて。

 何があったのか後でちゃんと聞くから、本当に止めて。

 ていうか廃人って、お祖母ちゃん本当に何したの。


 「巡ちゃん、久しぶりだね。元気にやってるかい?」


 「お嬢ちゃん、スタンガンを使うなら持ち方がよくねぇな。後で教えてやるから、おっちゃんにちょっと付き合いな」


 お二人はもう少し空気を読んでくださいまし。

 明らかにちょっとでも刺激したら戦闘が始まりそうな二人の間で、何呑気な事言ってるんですか。


 「はい、おかげさまで。本日はわざわざ遠い所ご側路頂いて……さぁどうぞ、皆待っていますので。お義父様もありがとうございます、是非ご教授の程よろしくお願いします」


 私の心配など無用の産物だったらしく、黒家さんは草加君のご両親と嬉しそうに話し始める。

 凄い切り替えの早さだ。

 さっきまでの殺気とも呼べる気配が微塵も感じない。

 何が怖いって、武装しながらも満面の笑みで二人を迎えているのが怖い。

 台詞と行動が合ってないってヤツだ。

 彼女の場合持ち物が、だが。


 「自分達でどうにかなったみたいだね。てっきりもう死んだものとばかり思っていたけど」


 フンッと鼻を鳴らしながら、お祖母ちゃんが再び黒家さんに言葉を投げかけた。

 もう止めて、私の胃が持たない。

 両者とも苦手意識あるなら無理に話さなくていいから。

 むしろ静かに過ごしてくれた方が周りに被害無いから。


 「当然です、有名な退魔師様など頼らなくても私達には“先生”が居ますから。むしろそっちのほうが安心して任せられます」


 刺々しい言葉が飛び交い、どうしたものかと視線を右往左往していると。


 「おーい、黒家ー? お袋たち来たかー?」


 部屋の中から、呑気な声が聞こえて来た。

 空気を読んで欲しい。

 こっちは一触即発の事態だというのに、アイツは……。


 「ふんっ、草加なんて名前は多いからまさかとは思ったけど、アンタ等の息子だとは。あの“忌み子”も……相変わらずみたいだ。アレだけぶっ壊れた存在なら地元じゃ隠したくもなるだろうね」


 ため息を溢しながら鉄扇を下ろすお祖母ちゃん。

 とらえず難は去った、と思っていたのに。


 「次、息子をそう呼んだらただじゃ置かないよ? いくら椿のご当主様と言えどね」


 「貴女も似たようなモノでしょう? 自分だけが特別だと思わない事です」


 伊吹さんがお祖母ちゃんの物と良く似た鉄扇を、黒家さんがスタンガンをお祖母ちゃんの首元に当てていた。

 もう嫌だ、この環境コワイ。

 既に胃がキリキリしているというのに、これ以上問題を増やさないで欲しい。

 なんなの? 皆殺し屋か何かなの?

 お願いだから一瞬で状況を殺伐としたものに変えないで?


 「ホラそんなに殺気立ってないで、二人共止めろ。このクソ暑い中ピリピリする必要もないだろうに」


 我らがホープ、草加家男性陣。

 草加君のお父さんが、二人の武器をムンズッと掴んで距離を置かせた。

 仮に持っているのがナイフとかだったとしても、この人なら同じ対応しそうだ。

 すげぇよ、草加家男性陣マジ強いよ。


 「はぁ……道具屋はまだしも、そっちの若いのは未だに危なっかしいね。“忌み子”じゃ無くなったってのに、かわりゃしない」


 涼しい顔をしながら、少しだけ冷や汗を流しているお祖母ちゃん。

 焦るくらいなら余計な事言わなければいいのに。


 「今日はその辺り、きっちり話してもらいますから」


 そう言いながら、黒家さんもスタンガンをしまった。

 ここが日本で良かった。

 この子海外の生まれだったら、絶対この歳で銃の一つや二つ所持してたよね。

 めっちゃ怖い。

 この暑さの中冷や汗を流していると、垂れ下がったシーツの向こうから草加君が顔を出した。


 「なにやってんの? いつまでも玄関で……暑くねぇの?」


 呆れかえったその表情が、今だけは物凄く癪に障った。


 ――――


 無事? 皆様をお迎えした後、垂れ下がったシーツを潜り客間へ通す。

 客間の冷房が逝ってしまった為、キッチンの冷房を付けて扇風機で冷気をそちらに送っているという酷い状態になっている訳だが。

 当然ながら3台連なる様に並ぶ扇風機を見た時は、皆凄い顔をしていた。

 そりゃそうだろう、普通こんな光景見られないからね。

 キッチンに一台、廊下に一台。

 そして開け放たれた客間の前に一台。

 おかしいだろう、こんな光景。

 何の儀式だよって言いたくなる。

 まぁ緊急措置だから、仕方ないんだけどさ。


 「皆さまいらっしゃいましたよ」


 「お待ちしてましたー、どうぞどうぞ」


 部屋に入って早々、テーブルの向こうの座布団にどかっと座る先生。

 そして隣には正座している上島君と、皆の飲み物を用意している夏美。ソレを手伝っている鶴弥さんの姿。

 なんだろうね、もう慣れたけどさ。


 「おいバカ息子。教え子を召使いみたいに使ってんじゃねぇぞ。てめぇが動けてめぇが、悪いとは思わんのか」


 お義父様が、我慢ならんとばかりに突っ込みを入れた。

 そうだよね、そういう反応が普通だよね。


 「親父……逆に聞いてやろう」


 「なんだバカ息子」


 ニヤッと口元を吊り上げる先生が、静かに口を開いた。


 「俺が適当に入れたお茶と、こういう事が得意な早瀬のお茶。どっちが飲みたい?」


 「……後者だ」


 「つまりそう言う事だ」


 「……くっ!」


 くっ! じゃないよ。

 本当に親子ですね貴方達。

 なんか先生が二人いる様に思えて来たよ。


 「ほら、バカやってないで座んな。ただでさえデカい体してるんだから、いつまでも入り口に立ってるんじゃないよ」


 容赦のない言葉をかけるお義母様が、後ろからゲシゲシと蹴っ飛ばしながら室内に侵入する。

 というか父母と呼んだ時に、二人共自然に受け入れてくれた。

 コレは勝ったと思っていいのだろうか、色んな意味で。


 「ホラ、嬢ちゃんもさっさと入んな。別に背中を見せたからって襲い掛かったりしないから、そう警戒すんじゃないよ」


 更に後ろから付いて来た退魔師が、呆れた視線をこちらに送ってくる。

 彼女の視線にジロリと鋭い視線を返してから、私は小声で答えた。


 「この部屋でおかしな真似をしたら……無事に帰れると思わないでくださいね? さっき以上の道具も用意してある上、“九尾”だって居ますから。あんな適当な性格ですが、かなり今の環境を気に入ってますよ。あの狐」


 「……肝に銘じておくよ。それこそ九尾を敵に回すつもりは無いさ」


 その答えを聞いてから私は室内に入り、先生の隣に腰をおろした。

 一瞬夏美から鋭い視線を感じたが、きっと気のせいだろう。

 何故か上島君が一人分横にズレたのは、今は気にしないでおこう。


 「えっと、お久しぶりです。みなさん!」


 「この度はわざわざありがとうございます。すみません、急にお呼びたてしてしまって」


 「えと、初めまして! 上島徹と申します!」


 各々挨拶を済ませ、皆が席に着いた。

 何というか、親戚人が集まった席みたいだ。

 皆どこか気まずそうに視線を動かし、空気がピリピリしている。

 まぁ今のままではお話も進まないので、私が先生にちょっとしたお使いを頼む手筈になっている訳だが……。


 「浬、エアコンがぶっ壊れたのかい? あっついねぇ、田舎とは違って嫌な暑さだ」


 お義母様が、開口一番にそんな事をいい始めた。


 「そればっかりはすまん。今日の朝壊れちまってな、タイミングが悪かった。どっか店にでも移るか? 多分そっちの方が涼しいぞ」


 申し訳なさそうに、全員分のうちわを用意する先生。

 やはり自身の母親相手だと強く出られないのか、ちょっといつもより反応が大人しい。

 というか、なぜそんなにうちわがある?


 「いやまぁ話をするくらいなら問題ないだろうよ。とはいえこうも暑いとね……悪いんだけど冷たい物を買って来てくれないかね? ホラ、何か難しい注文をするコーヒーショップがあっただろう? アレが飲んでみたくてねぇ……田舎には店がないから」


 「スター〇ックスか……あの呪文を唱える店か」


 今回もまた、お義母様が空気を読んでくれたらしい。

 この人、本当にヤバい。

 脳内が読めるんじゃないかってくらいに、思い通りに状況を動かしてくれる。

 私もこの人の様になれたら、どれほど“活動”が楽になる事か。

 何てことを思っていれば。


 「俺も一緒に行く。この人数だ、浬一人じゃ持ち帰るのも大変だろうよ」


 そう言って、お義父様が立ち上がった。

 決まった、この状況では先生は絶対断れない。

 なんだこのコンボ、凄く憧れるんだが。

 信頼感が凄いとか、意思疎通どころじゃない。

 自然と、当然の様に二人で断りづらい空気をつくってしまった。

 ちょっと背筋がぞわぞわするくらいに息が合っている。

 いいないいな、こんな関係になりたいな。

 チラッと先生の横顔を覗き込んでみたが、当の本人はこちらの視線なんぞ気づかずに呆れ顔だ。


 「あーうん。まぁいいけど、俺も良く分かんねぇぞ? 黒家、早瀬。ネットで全員の飲みたいもん調べてやってくれ、そんで俺の携帯に送ってくれ。あそこの注文は俺にゃ難易度が高い」


 そう言って、先生も立ち上がった。

 私と夏美は無言で頷き、先生達は部屋を出ていく。

 残ったメンバーは言わずもがな、“そういう話”なのだと理解している様子でこちらに視線を向けて来た。


 「先生には適当に注文させますが、よろしいですか? 希望があれば今の内に」


 さっさと話し合いを始めよう、そういう意味を含めていくらか低い声で言い放てば全員が異論なしとばかりに肯定してくれた。

 では少しでも先生が帰ってくるのが遅くなるように、長い名前のモノを頼んでおこう。

 存分にレジ前で苦しめばいいさ、ふふふふふ。


 「さて、それじゃ始めようかね。悪いね皆、三人もいっぺんに来ちまって」


 薄く笑うお義母様の隣で、退魔師も笑う。


 「歓迎されない事は分かっていたけど、ここまでとはねぇ。とはいえ一人、随分と熱心にこっちを見てるのが居るね。上島って言ったかい? ふむ……悪くないね」


 「あ、ありがとうございます!」


 そんな主語のない会話が繰り広げられる。

 とはいえ、こんな会話ばかりでは時間がいくらあっても足りないだろう。

 早い所始めなくては。


 「では、始めましょうか。椿の退魔師を呼びつけたのは上島君でしたね、そちらの話からいきますか?」


 クソ暑いと言える陽気の中、私達は集まった。

 オカルト研究部旧部長の私と、現部長の鶴弥さん。

 そして過去最大の“狐憑き”と同レベルで力を引き出している“獣憑き”の夏美。

 更に現在オカ研で一番情報整理に向いていると言われている上島君。

 対するは草加先生のお母様、草加伊吹。

 以前私そのものを祓おうとした退魔師、椿奏。

 そしてその隣でプルプルしておられる椿先生。

 最後の人はどっちかと言うとこっち側な気がするんだが、今更席を移動する事出来ないらしく、青い顔で座っている。

 後で胃に優しい物でも作ってもらおう、夏美に。


 「いんや、麗子ちゃんもそわそわしてるみたいだから、まずはこっちの用事から済ませてもらうよ? この為に、私たちは今日ここに来たんだからね。ホレ、ご依頼の品物だ」


 そう言って彼女は一つの箱を、テーブルの上に置いたのであった。

 桐で作られた、縦長の綺麗な箱。


 「驚きな、褒め称えな。それが、道具屋に取っちゃ最高の報酬だよ」


 それだけ言って、彼女はその蓋を取り去ったのであった。

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