第149話 新入部員 3


 「う~~ん……」


 翌日の放課後、私は昨日の夜の事を思い出しながらひたすら唸っていた。

 教室に残ったクラスメイト達は、どこの部活へ入るか話し合ったり、はたまた友人たちと遊びにいく予定を立てていたり。

 そんな他愛ない会話を繰り広げている、実に平和だ。

 そしてその平和な空間の中、私一人が腕を組みながらゆらゆらと頭を揺らしていた。


 「環さんどうしたの? 部活行こうよ」


 声を掛けて来たのは昨日も一緒だった三月さん。

 彼女の方は“あの部活”にこれと言って問題も感じていない様で、もはや今日もすぐ部室に行く気満々だ。

 私だって行きたくない訳ではない、ないのだが……。


 「昨日の事を思い出しててさぁ……私なんも役に立たなかったなぁと。それで今後どうするべきか、ちょっと悩んでいたりする訳ですよ」


 私は“見える人”ではない。

 でも流石に、私の他にも一人二人はそういう人が居て、尚且つ心霊スポットみたいな場所に行っても、お経を唱えたりして幽霊を相手にするものだとばかり思っていた。

 だが蓋を開けてみればどうだ?

 私以外は皆何かしら力……異能って言うんだっけ? ソレがあって、しかもまるで見えないのは私だけと来たもんだ。

 椿先生と渋谷先輩は、ちょっと今の所分からないが……部内の雰囲気からして絶対何かしら持ってるよね。

 しかも想像していた“そういう”活動とだいぶ違っていたのだ。

 もうね、ある意味運動部だよあそこ。

 めっちゃ走るし、殴るし。

 見えない私からすると、これ本当に幽霊退治してるの? てな光景になってしまう訳だ。

 困った、これは困った。

 私はいったいあの部活で、何をすればいいのだろう?


 「……辞めちゃうの?」


 不安そうな声を上げながら、三月さんが私を覗き込んできた。

 そんな彼女に慌てて首を横に振って答える。


 「違う違う! ただどうすれば皆の役に立てるかなって、悩んじゃっただけだってば。今の所辞める事は考えてないよ」


 私の言葉に三月さんは安堵した様なため息をもらし、ふにゃっと表情が柔らかくなった。

 この子も普段からこういう顔すればいいのに、なんて関係ない事を思いながら改めて腕を組んで首を傾げる。


 「三月さんは“未来視”だっけ? アレがあるから昨日も活躍してたけど、私には何にも無いどころか、見えてすらいないからさぁ……どうしたものかなぁって」


 私だって幽霊をあえて見たいかと聞かれれば、答えはNOになる訳だが。

 それでも今のままでは役に立たないどころか、足手まといにしかならない。

 どうにかして微力でも協力できればと思う訳なのだが……今の所何も思いつかない。


 「うーん、私としては環さんが居てくれるだけでも心強いんだけど……そうだねぇ、あの人たちの役に立つ、というか最初の目的としては黒家君の力になりたいから入部したんだもんね」


 以前の中学校であった幽霊騒動。

 その時初めて、私は幽霊というモノを見た。

 “黒い霧”が渦巻いて、友達が別人みたいに変わってしまった嫌な出来事。

 その時に助けてくれたのが黒家君だった。

 どうにか彼に恩返しをしようと、学校も部活も一緒にしてしまった訳だが……その先でまた問題が起きようとは。

 困った、実に困った。

 というかあの時は一応“見えた”のに、それ以外では見えないのだ。

 どんな違いがあるんだろう?


 「というかちょっと待った。私が居ると心強いってどゆこと? 私なんも役に立たないけど」


 普通に聞き流しそうになってしまったが、確かに彼女はそう言った。

 昨日だって隣走ってただけだし、何もしてないし。

 見えないけど、怖い雰囲気がガンガン迫ってくるのを感じて震えていただけだし。


 「そんな事ないよ? ずっと隣に居てくれたから安心したよ、私は。ホラ、こう……皆役割がきっちり決まってる雰囲気の中、私達はその中に急に飛び込むわけじゃない? “異能”が上手く使えるかも分からないし、幽霊だって怖いし。そんな中同じ新入生の筈の黒家君は、もう先輩達と馴染んでるし……だから、私一人だったらもっとビクビクしてたと思うんだよね。私そもそも人付き合い苦手なので……」


 あはは、と眉を下げながら困ったように笑う三月さん。

 ふむ、なるほど。

 一応私は、彼女の中和剤? 的な意味では役に立っていたと考えていいのかな?

 まぁ確かにあの雰囲気の中一人で入部したと考えると、私だって怖い。

 そういう意味では元からの友達がいるというのは、結構心強いものがある。

 とはいえ私達以外のもう一人は既に馴染みまくっているみたいだが……。


 「だからさ、まずは先輩達と仲良くなるっていうのも有りなんじゃないかな? 向こうとしても、私たちにどこまで任せていいのか、頼んでも嫌がられないか判断に困ると思うし。まずは皆と仲良くなって、気軽にお願いされるくらいになれば、色々役割も増えてくるかなって」


 なるほど、と思わず力強く頷いてしまった。

 というか普通に考えれば彼女の言う通りだ。

 どんな部活に入ったところで、最初から先輩達と上手くやれると決まっている訳ではないし、そもそも何かしらの役割をくれるとも限らない。

 “幽霊”や“異能”といった、特殊なモノがある環境だからこそ余計な事ばかり考えてしまっていた自分に今更気づく。

 まずは人間関係から、そんな当たり前の答えを今の今まで忘れていた自分がちょっと恥ずかしい。


 「しっかし、三月さんが対人苦手ってのが未だに信じられないよ。色々考えながら行動するし、私には普通に接してくれるのに」


 「そりゃ環さんは“アレ”以来よく一緒に居るから慣れてるけど、他の人はそうもいかないよ。むしろ部活に慣れるまでは私が環さんに頼りっきりになるかも……」


 「それくらいは全然頼りなさいな。仲介でも相談でも、どんとこいですよ」


 むしろそれくらいしか出来なそうだから、どんどん頼ってくれ。

 そこまで言ってしまうと卑屈っぽく聞こえてしまうだろうから言わないが。

 なんて思った所で、ふと気づく。


 「ねぇねぇ、私達って結構仲いいよね?」


 「う、うん? どうしの急に。私はそう思ってるけど……」


 再び不安そうな様子になってしまう三月さん。

 聞き方が不味かったか、私はこういう言葉選びが下手でいけない。


 「よしよし、お互いの認識も確認した所で。まずは身近な処からやってみようかと」


 「というと?」


 「名前で呼び合おうか。いつまでも苗字だと他人行儀じゃない?」


 ドヤァとばかりに自信満々で言い放った私と対照的に、三月さんは急にアワアワと落ち着きが無くなった。

 普段同級生にだって敬語を使う彼女だ、ちょっとハードルが高かったかもしれないが……まぁ思いついたが吉日って言うし。


 「ホレホレ、呼んでみなさいな」


 「わ、私からなの!?」


 「別にこっちからでもいいけど、日向」


 「っ!」


 見事に真っ赤になった。

 別に女の子同士なんだから、そこまで恥ずかしがる事ではないと思うのだが。

 なんて事を思いながらしばらく彼女を眺めていると、慌てふためいていた彼女が徐々に大人しくなり、諦めた様に口を開いた。


 「……い、一花」


 「うむうむ、よろしい」


 にっしっし、といやらしい笑みを浮かべていると日向はプイッとそっぽを向いてしまった。

 が、逸らした視線の先に何かを見つけたらしく、その目が見開かれる。


 「時間! 部活!」


 彼女が指さす先にあった時計は、ホームルームが終わってから随分と過ぎている事を示していた。

 話し込んでいる間に、随分と時間が経ってしまった様だ。

 慌てて立ち上がった私達は、急いで旧校舎へと走る。


 「もう、たま……い、一花が変な事ばっかり言ってるから遅れちゃったじゃん!」


 未だ赤い顔で叫ぶ日向は、文句を言いながらも私の名前を呼んでくれる。


 「ごめんってば日向! 新入部員なのに一番最後とか……うわぁ、冷たい目で見られそう」


 「そうなったらさっきの相談バラすからね!」


 「それは止めて!」


 散々叫びあいながらも、私たちは笑っていた。

 なんとなく分かった気がする、私に出来る事が。

 日向に相談していなければ、彼女が昨日私を必要としてくれていた事にさえ気づけなかった。

 彼女の話を聞かなければ、名前で呼び合おうなんて発想は出てこなかったかもしれない。

 こんな程度だ、それくらいなのだ、私に出来る事なんて。

 私が皆と仲良くなって、それで皆とももっと仲良くなってもらおう。

 “オカ研”の力にはなれないかもしれない、でもあの部に居る皆の力にはなろう。

 後は雑用の一つでも任せてもらえれば、十分じゃないか。

 まず私がやるべき仕事は私と日向の二人、あの部活の先輩達全員と仲良くなる事。

 これで決まりだ。

 いいじゃんいいじゃん、高校生っぽいよ。


 「なんかニヤニヤしてる……変な事考えてないよね?」


 「さぁて、どうかなぁ?」


 若干呆れた様な眼差しを向ける日向に、いたずらっ子の様な笑みを返しながら私たちは走った。

 さて、今日はどんな事が起こるのか。

 きっとこの先退屈はしないはずだ。

 なんたって私たちが所属しているのは、いろいろぶっ飛んだ“オカルト研究部”なのだから。

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