第150話 新入部員 4
「今日の部活ですか? あーはい、えっと特にコレと言ってありませんね。“怪談ボックス”に手紙も入っていませんでしたし……ってなんでそんなに肩を落としているんですか、やりたいんですか? 心霊スポット巡り」
「い、いえ。滅相もございません」
「一花が張り切っていた所だったんで、ちょっと肩透かしを食らっただけです……」
「ちょっとぉ!」
相変わらず仲がよろしい事で。
部員の中では最後に訪れた一年生二人が、何やらガックリしながら二人で言い合っている。
やる気がある事は全然かまわないが、この部においては“こういう時間”を作るために活動している訳なので正直喜んでいいのか分からない。
とはいえどうしたものか、何かこのままでは二人が可哀そうだし。
もしだったら今日もどこかへ行ってみるのも……。
「二人の為に“活動”しようとしているなら、それこそ本末転倒ですから止めてくださいね? 部長。我々の目的がズレてしまいますから。あと真面目な顔して視線を逸らしながらゲームしないでください。傍から見てると結構異常ですから」
近くに座っている上島君からお小言をもらってしまった。
言っている事も正論なので、言い返すわけにもいかないが……。
「最初くらいはそれっぽく、と思っただけです。あと今やってるゲームは敵の配置まで覚えているので、特に視線を外しても問題ありません」
「だからそれが異常だと……っていうか、そういうならまずソファーから起きてください。寝転がったまま後輩を迎える部長がどこにいるんですか」
ここに居ます、すみません。
ていうか何だ、お前は私の母親か何かか。
とりあえずコントローラーを放り出し、頭まで被っていたブランケットからもぞもぞ這い出てから、よいしょっとばかりにソファーに座りな直す。
「ぶちょーってホント、普段はだらしないよねぇ……せっかく可愛いのに勿体ない」
「お世辞を言われた所で出せるのはゲームのスコアくらいですから。いいんです、私はまったり生きたいんです」
それこそ初めの頃は「部長になったんだから、私がしっかりしないと!」みたいな気持ちで居たが、常にダレている浬先生を見ていたら……まぁちょっとくらいいいかなって。
よく考えたらホラ、前部長もソファーでダレてたりとかしたし。
あの人浬先生の家とか行くと、勝手にベッドで寝始めたりするし、ね?
「それで、環さんが張り切っていたとの事ですが……どうしました? 何かありましたか?」
仕切り直しとばかりに、先程何やら気になる事を言っていた二人に目を向けた。
二人ともやはりまだ居心地が悪いのか、席にも座らず立ったまま私たちの話を聞いている。
「どうぞお二人とも、今日の所はお茶でも飲みながらゆっくり語りましょう。どうやら本日は、『鶴弥ちゃんは語りたい』日らしいですから」
「おいこら、いちいちネタを挟まなくていいです」
アニメやら漫画好きの人にしか伝わらない様なネタをぶっこみながら、上島君が二人を席に促してお茶を入れる。
こういう所は有能なんだけどなぁ……性格がなぁ……。
「今とても失礼な事考えましたね部長?」
「こういう所は有能なんだけどなぁ……性格がなぁ……」
「わざわざ言葉にしてくれたんですね、お褒めに預かり光栄です」
「そういう所だぞ」
また話が逸れてしまった。
もういい、コイツは放っておこう。
ごほんっとわざとらしい咳を一つ溢し、改めて二人と向き合うと環さんの方がちょっと申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「えぇっと、私はその……皆さんと違って全然“見えないし”、特別な力……みたいなのも無い訳でして。なのでこう、他の面でお力になれたらなぁと。それから、先輩方ともっと仲良くなりたいなぁ、なんて……思ったりしまして」
え、何この子。
オカ研史上最もいい子じゃん。
「ぶちょー、顔に出てるよぉ」
いけないいけない、威厳が無くなる。
というか渋谷さんにまで突っ込まれてしまった。
そんなに分かりやすい程顔に出ているのか私は? だとしたらちょっと嫌だな、浬先生みたいになってしまう。
「えっと……私の方も、“未来視”がもっと見えるようにならないかなぁって。ちゃんとお役に立てるのか、とか色々考えてしまいまして。その、何かアドバイスとかあったら教えてほしいなって」
おずおずと三月さんの方も手を上げる。
凄いな、今年の1年生。
みんな真面目だ、ちょっと見習いなさいよ今の2年生。
「言わんとしてる事は何となくわかりますが、半分は部長の影響ですからね? あとはOBの方々の影響です」
「わかる。最初の方とかスッゴイ頑張ろう! とか思ってたのに、皆逆に休め休めって感じだったし」
止めろ、私が何か言う前に畳みかけてくるのを今すぐ止めろ。
皆して私を虐めるんじゃない、そして半分は私の影響ってなんだ。
ちょっと涙目になりそうだったがどうにか堪え、再び咳払いを一つ。
「その咳払いして場の空気を戻そうとするの、多分前部長の真似なんでしょうけど……あんまり威厳とかありませんよ? 可愛いだけですよ?」
「めぐねぇさんも、なんかうやむやにしたい時とかにやってたよね。髪型だけじゃなく、そういう所まで真似するとか、ぶちょーも健気だねぇ」
おい本当にやめろ、泣くぞ? 帰ってふて寝するぞ?
いいのか? 今日の部活強制終了だぞ?
そんな想いで2年生二人にジトっとした視線を向けていると、二人とも降参とばかりに両手を上げて口を噤んだ。
そのまま黙って居なさい、特にメガネは永久に。
「えっと、前の部長さんですか。どんな方だったんですか?」
「一見美人で行動力派、スタイル抜群の完璧超人ですが、色々と残念な人です。特にある人の前では、そりゃもうとても残念な人です。多分“活動”を続けていれば、その内会いますよ」
「は、はぁ……」
あの人今頃なにやってるんだろう、何て思った所でスマホが振動した気がしたが今は無視しよう。
きっと気のせいだ、数日前に件の彼女からのメールを返し忘れた事を未だ根に持っているとか、そんな事はないはずだ。
「まぁそれはいいとして、お二人の話に戻りましょうか。順番は変わりますがまずは三月さんから」
「は、はい!」
未だに緊張気味なのか、上ずった声を上げた彼女がピンと背筋を伸ばした。
とはいえ私は相手の緊張を解すなんて対人技術は持ち合わせていないので、思った事をそのまま喋るしかできないのだが。
「結果から言えば、貴女の“未来視”はとても役に立ちます。ただ今現状ではどれだけ使うと負担になるのか、どこまで使っていい“異能”なのか。それがまだ分かりません、圧倒的に情報不足です。しかしその“異能”は私達にはないモノですから、どうこうした方がいい、とはこれからも正確に言えない可能性の方が高いです。ただ今言えるとすれば、かなり“責任”が伴う異能だという事は理解してください」
「はい……」
まだ一度しか見ていない彼女の“異能”。
正直に言えば、かなり有能だ。
昨日見ただけでもそう感じたのは確か。
だがしかし、ここで褒めちぎって彼女が調子に乗ったりでもすれば、それはかなり厄介な事になるだろう。
自分自身の失敗で己の身が危険に晒されるなら、まだ彼女も納得できる筈だ。
しかし、もしも他の誰かだったら?
彼女の“未来視”が外れる、または見逃してしまって誰かを危険な状況に追い込んでしまったら?
その場合彼女を一番許せないのは、おそらく彼女自身だろう。
慣れて来た頃が一番怖いなんて言うが、実際に我が身で経験してしまっている以上、あまり適当な事は言わない方が彼女の為だろう。
「かなりリスキーな“異能”ですから、気軽に試そうとは思わない方が無難だという事です。ただし、有効な能力でもある。使い方を覚えるのも、その力を使いこなそうとするのもとても良い事だとは思いますよ。ですが無理をしないで下さい、まずは焦らない事。“異能”という力は、未だ私達にだって分からない事が多すぎますから」
あくまで釘を刺すつもりで言葉を紡いだ訳だが、これでは使えと言っているのか使うなといっているのか、判断に困るような言葉になってしまったかもしれないな。
こういう時はどこかの誰かみたいな語彙力があれば、なんて思うんだが……無い物ねだりをしても仕方あるまい。
「でも、なんというか。今のままだと全然役に立っている気がしないというか、先輩達の足を引っ張っている気がして。その、不安なんです……」
俯いたままグッと唇に力を入れて、三月さんが小さな声を溢す。
彼女の“未来視”でいえば、今のままでも十分役に立てるとは思うが……とはいえ彼女の気持ちも分かる。
後衛を務める身としては、やはり誰しもそう思ってしまうのかもしれない。
特にウチの前衛人は派手だから、色々と。
「少し昔の話をしましょうか」
「え?」
急におかしな事を言い出した私に驚いたのか、彼女はしっかりとこちらに視線を向けてくれた。
なるべく柔らかい表情を意識しながら、彼女に笑いかける。
「ちょっとだけ昔の話です。そこには幽霊を退治して回る、変な部活がありました。その人たちは皆強くて、格好良くて、そしてそれぞれ特別な力を持っていました。『感覚』、『眼』、『腕』という三つの能力。そんな人たちに『耳』を持った弱虫が、ある日助けを求めたんです」
「あの……それって」
口を開こうとした三月さんに、上島君が黙って首を横に振った。
「『耳』を持った弱虫は彼女達に助けられて、仲間に加えてもらいました。でも、いつまで経っても弱いまま。いくら頑張っても、『耳』は聞くことしか出来ない。その後加わった『声』の能力を持つ仲間にだって嫉妬してしまうくらい、醜い感情の持ち主だったんです」
参考になるかは分からないが、私の失敗談でも聞けば少しは気が楽になるだろう。
そんな風に思って話し始めたというのに……。
「そんな『耳』の持ち主は、『声』を持つ彼と恋仲に……」
「メガネをぶっ殺す事が決定しましたとさ」
どっかの馬鹿がまたおかしなタイミングで口を挟んできた。
昔話終了のお知らせと同時に、近くに居た上島君の肩に拳を叩き込んだのだが……ポスンと情けない音しか立たず、何となく恥ずかしさだけが残る。
ほんっと、本当にコイツはいつも話の腰を折るのが好きな奴だな。
あれか? いちいちネタを挟まないと急死する呪いにでもかかっているのか?
「部長があんまり自分の事を卑下して話すからですよ。OBメンツ大好きなのは分かりますけど、自身を落して話し過ぎなんですよ」
「うるさいよ! 色々あったんだよ! 大変だったんだよ!」
ベシベシと情けない攻撃を続ける中、私達を見ている渋谷さんはゲラゲラ笑ってるし、新入部員二人は困り果てたようにオロオロするカオスな空間が出来上がってしまった。
あぁもう、何を話そうとしてたか忘れたじゃないか。
「とにかく! えっと……私も当時は貴女と同じように悩んだりした訳です。力になりたいって焦って、その『声』の人と一緒に二人だけで先行したりもしました。正直それも無駄にはなりませんでした、ですが」
「ですが?」
「私達の慢心と油断の結果、目の前で死人を出すギリギリの所までいきました。しかも小学生くらいの子供です。関わらなければ知らずに済んだ、しかし関わったからこそ助ける責任が生まれた。そして当時の私と『声』の人には、助けるだけの力が足りなかったんです」
淡々と言い放てば、その場の空気が凍り付いてしまった。
新入部員だけではなく、2年生コンビも含めて。
こればかりは二人にも話したことはない。
私としてもトラウマになっているので、ベラベラ喋ろうとは思ってないから当たり前なのだが。
「前の部長から言われました。私たち“異能持ち”は、一人ではどこまでも無力なのだと。だからこそ、集まって行動するんです。ですから、貴女一人が抱え込む必要はない。むしろ焦った分だけ、失敗した時のリスクが大きくなると覚えておいて下さい」
黙ったままブンブンと首を縦に振る三月さん。
彼女に関しては、ここまで言えば多分無茶はしないだろう。
とはいえ、どうしよ……この微妙な空気。
「ちなみにぶちょー……その子はどうなったの?」
いつもとは違ってしおらしい雰囲気の渋谷さんが、小さく手を上げる。
あぁそういえば、結末まで話していなかったか。
確かに今の話し方だと、殺しちゃったみたいに聞こえるよね。
あれ? でもギリギリの所まで行ったってちゃんと言ったような? まぁいいか。
「助かりましたよ? その子が飛び降り自殺寸前……というかもう落ちている最中だったんですけど。当時中学生だった俊君が、とんでもない身体能力を発揮してキャッチしてくれました。思えば初めて会ったのはその時でしたね」
「何それ男でも恋しちゃいそうなシチュエーション」
黙れ眼鏡。
とはいえ当時はまぁ……うん。
色々思う所もあった訳だが。
なんて事を思って顔を逸らすと、上島君が無駄に反応しながらニヤニヤし始めた。
「え、あれ? もしかして、もしかしたりします? 部長当時は黒家君に恋しちゃってたりしました」
彼がそんなセリフを吐いた瞬間、なんだか冷たい視線を前方から感じるんだが、気のせいだろうか?
おかしいな、1年生コンビが凄い顔でこっちを睨んでる。
今は当の本人がいないからいいが、居たら俊君まで気まずい雰囲気を醸し出していた事だろう。
「まぁ色々ありましたが、三月さんに関してはそういう事です。気負ったりせず、徐々に慣れていけば問題ありません。はい、おしまい!」
多少無理やり感があるが、手を叩いて話を一区切りさせる。
これ以上話していると無駄にボロを出したり、恥ずかしい思いをしそうな予感がしてならない。
さて次は環さんのお話か、なんて思った所でスマホが振動し始めた。
「電話ですかね? どうぞ、お先に上がってしまって問題ありませんよ。環さんのお話は僕の方で聞いておきますので」
別に緊急の用件でもない限り別に後でも……なんて思ってスマホを覗き込むと、よく連絡の来る人の名前が表示されている。
緊急ではなさそうだが……まぁ、うんいいか。
後の事は皆に任せて、私はお言葉に甘えよう。
「すみません、急用が入ったので私は失礼します。環さんの方は、上島君の方が上手く答えられると思うので、色々と相談してみて下さい。それでは」
これ以上この空間に居ると、またとんでもない方向からイジりが飛んできそうなので、早々にと退散させていただこう。
後日環さんから話を聞いて、上島君が変な事を言っていたら改めて私が相談に乗ればいいや。
彼の事だから、多分大丈夫だとは思うが……大丈夫かな?
一抹の不安を覚えながら部室を退散しようとしていた私の背中に、不安の種が声を掛けて来た。
「天童先輩によろしくお伝えください。デート楽しんでくださいねぇー」
ほんっと、お前は……お前は!
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