第148話 今のオカ研
なんやかんやあったが、本日もまた私たちは“現場”へ向かった。
とはいえ昨日の様な大物が待っている訳ではない。
『怪談ボックス』に入っていた“とあるダムに幽霊が出る”、なんて他愛ないお手紙を頂いたので実際来てみたという訳である。
まぁ出なければ良かったねで終わるわけだし、出たとしたら片付けておけば今後も安心という安易な考えだったりするのだが。
とはいえ今日は新入部員がいるのだ。
活動を知ってもらう為にも二人にはついて来てもらったが、新人が居る以上私達も気が抜けなくなったのは確かだ。
そして新しい子が、どういう“モノ”を持っているのかも確かめておきたい。
一応その後の自己紹介で色々聞いてはいるが、実際見てみないと何とも言えないだろう。
「とまぁ来てみたわけですけど、いいんですか? ここって結構有名なスポットですよ? 軍隊の幽霊が行進してるとか、ダムの底に誘う幽霊が出るとか」
隣に立つ上島君が、やれやれと首を振っているのが見える。
言われなくても分かっている。
私だって最初はもっと優しいスポットというか、少ない所の方がいいかなって思ったよ。
でも今これしか案件なかったし、仕方ないじゃん。
「そんな与太話はいいです。実際、過去に死者の記事はどれくらいありましたか?」
いつも通り彼に情報収集をお願いして、私は新入部員二人に注意事項やら何やら説明していたわけだが。
新しい子の片方は“普通”の人って事なので、次回からは先生たちと車でお留守番になる可能性が高いが……それも本人の意思次第だ。
なんて事を考えている内に、ちょっと渋い顔をした上島君が眼鏡を押し上げた。
「こんなに静かなダムですが、少なくとも過去十年以内に10人程度、それも記事になっているだけで、です。これだけ広い場所ですからね、未だ“見つかって居ない人”だって居るでしょう。どうですか、部長の“耳”なら、何か聞こえません?」
「えぇ、嫌って程聞こえますよ。何人いるんですか、ここには」
もしかしたらこの場所で亡くなった人以外にも、大勢集まっているのかもしれない。
だとしても、これは結構多い。
さっきからガヤガヤと煩いくらいに聞こえてくる声の数々。
だというのに彼は静かなダム、なんて表現をした。
つまりは私以外には聞こえていないのだろう。
全く、ここまで煩い心霊スポットも珍しいというものだ。
これだけ多いと、下手すれば“なりかけ”だって生まれる可能性があるのではないか?
「ぶちょー……大丈夫?」
心配そうにのぞき込んでくる渋谷さんに、なんとか笑顔を向けてから首を縦に振った。
いまいち納得していない表情だったが、彼女は頷き返してから椿先生の車へと戻っていく。
おそらく、“準備”を始めたのだろう。
「さて、それでは行きますよ。お二人も準備は良いですか?」
私の後ろにいるはずの新入部員に向かって振り返れば、そこには恐怖で真っ青になっている二つの顔があった。
おいおい……本当に大丈夫だろうか?
「だだだ大丈夫です!」
「えっと、はい。大丈夫だと……思います」
なんともまぁ頼もしいお言葉だ。
とはいえ初の“活動”ともなればこんな物だろう。
以前は私だって似たような状態だったと思うし。
「俊君、いいですね?」
「はい、問題ありません」
彼の言葉を聞くと同時に、インカムから渋谷さんの声も聞こえてきた。
そして足元には真っ黒の猫が一匹すり寄ってくる。
準備は整った。
さて、始めようか……今夜のオカルト研究部の活動を。
「なぁ鶴弥、始める前にトイレ行ってきていい? あ、それからお前ら何か飲む? まだ四月だしダムだし、結構冷えるだろう?」
いつの間にか車から降りて来たらしい浬先生が、近くに設置された公衆トイレを指さしながら場違いの言葉をかけて来た。
頼むから、空気を読んでくれ……そう思ってしまうのは、もはや何度目の事だろうか。
――――
その後すぐ、私たちはダムの上を歩いていた。
冷たい風が体に容赦なく叩きつけられ、ただ歩いているだけでも震え上がる程だ。
とはいえ、その“寒さ”がどこまで自然現象によるものかは分からないが。
『今の所何も見えないよ、ぶちょー大丈夫? 平気?』
気の抜けた様な声がインカムから響くが、その声は隠せていない気遣いがにじみ出ていた。
足元を見れば黒猫がしきりにこちらを見上げている。
「大丈夫ですよ、ここまで暗いと“黒い霧”さえ見えませんが。貴女の目にも映らないとなると、まだ近くには居ないんでしょう。“耳”では捉えていますから、居ることに間違いは無いですが」
その言葉を聞いた黒猫が、再び周囲を見回すようにキョロキョロと視線を動かし始めた。
これも彼女の“異能”。
全員にインカムを渡してあるので、私だけ猫と会話しているおかしな子とは見られない筈だ。
「猫と会話している部長を見ていると和みますね、心霊スポットで見られる唯一の癒しです」
どっかの馬鹿眼鏡が、おかしな事を言い始める。
お前はこの中で一番状況が分かっているだろうに、いちいち茶化す様な事を言うんじゃないよ。
「いやぁでも、分かっていても不思議な光景ですね。確かに鶴弥さんが猫と喋っている様に見えてきます。和むっていうのも、ちょっとわかる気がします」
やめて俊君、君まで毒されないで。
私が話しかけているのは渋谷さんであって、猫ではないのよ。
頼むから、お願いだから私をメルヘンな子に仕立て上げないでくれ。
「確かに和む、そして部長がちょっと羨ましい。私も猫と喋りたい、どうしたらいいだろう」
「うーんと……笑えばいいと思うよ?」
おいこら新入部員、まだそのネタ引っ張てるのか。
止めろ、もうこれ以上私を見るな。
これそういう活動じゃないから。
そんな声を上げようとした瞬間、足元にいた猫が毛を逆立てた。
『ぶちょー! くるよ、周りからいっぱい! 数は……ちょっとわかんない!』
やはり猫の目というのは、夜目が効くのだろう。
手すりの隙間から顔だした黒猫が、シャー! と水辺に向かって威嚇している。
そしてそれと同時に、私の“耳”もカレらの声が近づいてくるのを感じ取った。
「走ります! こんな所に居ては全方向から襲われる可能性がありますので。ダムの端まで行きますよ! 上島君は“お札”の準備を、俊君は“八咫烏”を。ただし戦闘行為は極力控えて、邪魔になる“雑魚”だけ殲滅してください! 三月さんと環さんは、とにかく私から離れないように!」
各員に指示を出し、私達は走り始めた。
足元を当然の様に共に走る黒猫を除けば、全員が全員周囲に視線を投げかけている。
注意散漫、前方不注意もいい所だ。
致し方ない事だとは思うが、これでは当然速度が出ない。
ダムの端まで行くのに、一体どれほど掛かる事か……なんて思ったところで、新入部員の一人が声を上げた。
「幽霊に襲われる瞬間であれば、私が“見えます”! ですから皆さん真っすぐ走ってください!」
三月日向。
“未来視”とも言える彼女の“異能”は、意外にもすぐさま能力を測ることができそうだ。
彼女の能力がどこまで“見えている”のか、どれほど正確なものなのか。
未来という不確定要素がある上では、多少危険でもいつかは試しておかなければいけない項目だろう。
「部長の右前方、10秒後! ……5、4、3」
そのカウントが終わると同時に、ダムの手すりをよじ登るようにして、黒い影が現れた。
現れた瞬間、俊君の右ストレートが炸裂した訳だが。
これは……結構いいかもしれない。
「次、上島先輩の横! 今度は地面からです! 10、9……あ、あれ? すみません、私と環さんも不味いです。後ろから襲われます」
振り返れば、どうしましょう? とばかりに困った顔を浮かべる三月さんと青い顔の環さんが。
あぁもう、次から次へと。
「上島君! 二人の背後の『雑魚』を優先しなさい! 貴方を狙う方は私が何とかします!」
「了解! 頼みますよ部長!」
そんな声を上げながら、一気に減速した上島君が数枚のお札を構えて後ろの二人と並ぶ。
恐らく、オカルト研究部において一番“お祓いしている感”が強いのは彼だろう。
なんたって、彼の使う道具は呪具と同様であり、そして目に見えて陰陽師っぽいのだから。
「お二方はそのまま走ってくださいね……ふっ!」
そう言いながら後方へ投げた数枚のお札。
そのいくつかが黒く染まり、紫色の炎を上げて燃え上がっていく。
これが彼の異能、“指”と名付けられた能力だった。
例え大した効果のない札だったとしても、彼が“書き直せば”それなりの効果を得る。
とはいえ全く無意味な札なんかは当然効果はなく、本当に効くお札やちょっと効くだろうというくらいのお札の力を増加させる……といったらいいのだろうか?
とにかく彼が“トレス”したお札は、しっかりと怪異に影響を及ぼすのだ。
「どうやら問題ないようですね。ホラ、早く戻ってこないと置いていきますよ? 俊君も一人でバトッてないで帰って来て下さい」
そういいながら音叉を鳴らし、今しがた本来上島君が居たであろう場所に現れた『雑魚』の動きを止める。
“未来視”……うん、便利だ。
なんて事を思っていた私に、三月さんが再び叫ぶ。
「目の前です! 私たちの目の前! とにかくいっぱい居ます! すみません、数が多すぎて正確には……」
ほう、そういう欠点もあるのか。
かなり有能な異能だが、複数相手だと情報が多すぎて処理しきれないとかだろうか。
もしくはまだ本人が慣れていないだけって可能性もあるが……まぁ今はいいか。
「俊君、抜けますよ。皆さんは私の周りに」
今さっき置いてきた人間に声を掛ける私に、背後から「え?」と疑問の声が上がるが。
その疑問に答えるように、彼女達の更に後ろから人影が追い抜いてきた。
「お待たせしました、了解です」
ひと声かけると同時に彼は私を追い越して、一番前を走り始める。
やっぱり凄いね、“獣憑き”ってのは。
呼びかければこうもすぐにやってきてくれるのだから。
後ろのお三方は言葉を失っている様子だが、まぁその内慣れるだろう。
『ぶちょー! 目の前、めっちゃ集まって来た! 30人くらい? いるよ!』
間延びした声がインカムから響き、全員の表情が強張った。
暗すぎて分かりづらいが、それでも私たちの行く先に黒い霧が集まっているのが確認できる。
全て『雑魚』だという事は分かっているが、ここまで多いと流石に背筋も冷えるというものだ。
「皆私の周りに、俊君は通れる分だけで構わないので“雑魚”の殲滅を。行きますよ!」
掛け声と共に“音叉”を鳴らし、皆を包むような形で“結界”を作り上げる。
祓う程強いモノは作っていないが、これでカレらの方から入ってこようとはしないはずだ。
そんな中一人だけ範囲外に出ている俊君が、前方の“黒い霧”に向かって拳を振るう。
私から見れば、それこそ霧を殴っている様にしか見えない。
一見拳を振り回しているだけの様に見えるが、それでもしっかりと彼の拳は“怪異”を捉え着実に数を減らしている。
ちょっと忘れていたが環さん、彼女から見たら今の光景ってどう見えるんだろう。
後でちょっと聞いてみたい。
「あ、あの部長。そろそろ通過しそうですが、この後はどうするんですか? 向こう側に行っても、逃げ道なんて無いですよね?」
不安そうな声が後ろから響いてくる。
振り返ってみれば真っ青な顔の三月さんと、事態が掴めていないらしい環さん。
そして余裕の笑みで一番後ろから付いてくる上島君が見えた。
おいそこの眼鏡、“雑魚”の時だけ余裕ぶっこいてんじゃないよ。
「大丈夫ですよ、全て片付ける裏技がありますから」
そう言いながらポケットからスマホを取り出した私に、後ろの二人は首を傾げた。
そんな二人の反応に微笑みを溢している内に、私たちはダムを渡り切った。
目の前にあるのは立ち入り禁止と書かれた階段と、制御室と思われる建物が一つ。
それ以外に道は繋がっていないし、他にあるとすれば観光用の展望台くらいか。
普通に考えれば絶体絶命、みたいな状況が出来上がってしまった。
「ど、どうするんですか!? 後ろ! 後ろから来てます! 大体3分後? くらいには皆襲ってきますよ!? 部長!」
偉く慌てた様子の三月さんを横目に、私はとある人物に通話を繋ぐ。
離れてからそう時間が経った訳ではないので、寝てる心配はないと思うが……。
『おう』
「あ、浬先生? ちょっとこっちに走ってきてくれませんか? もちろん全力で」
『え、なんで?』
「ちょっとした検証ですよ。ホラ走った走った」
それだけ言って電話を切ると、新入部員二人からガックガックと激しく肩を揺らされてしまった。
「ちょっと部長!? 今のが裏技ですが!? いやいやおかしいでしょ! 先生呼んだだけじゃないですか! もうアイツらが襲ってくるまで2分くらいしかありませんよ!?」
三月さんが泣きそうな顔で私とダムの方を交互に見て、再び揺らす。
頼むからあんまりガックンガックンしないでくれると助かる、君たちの方が身長高いんだから、軽い気持ちだったとしても私の方は結構揺さぶられるのだ。
「状況はよく分からないけど……なんか目の前から迫って来てますよね!? 圧迫感っていうか、気配が尋常じゃないんですけど!」
見えないにしろ、何やら感じているらしい環さんも冷静ではないご様子。
止めろ止めろ、その無駄に育った乳を頭に当てるな。
とは流石に言えないので、ここは大人しくしておこう。
ムスッと口を噤んで、二人からの攻撃にひたすら耐える。
「大丈夫ですよ二人とも。まだ2分もあるんです、先生ならすぐですから」
「黒家君の言う通りです。もう終わりますから、少し落ち着いて……」
やけに落ち着いた男子二人の意見に、女子二人は口調を荒立てながら反論した。
相も変わらず私を揺さぶりながら。
「何言ってるんですか! ホラ、前! 前!」
「背中がゾクゾクッって来てるんですけど、圧が凄いんですけど!」
『ぶちょー、せんせー行ったよー』
最後の最後で気の抜けた声が聞こえ、二人ともその場で停止する。
まぁ取り乱すのも分かるが、せめて私を揺らすのは勘弁してほしかった。
頭がシェイクされ過ぎて、ちょっと気持ち悪い……。
「うぇ……っと、そろそろですかね。二人とも見ておくといいですよ、とはいえ環さんには見えないかもしれませんが」
その言葉が終わると共に、目の前の“雑魚”達が騒がしくなる。
怖い、怖いと呟きながらこちらに向かって逃げるように進んでくるカレら。
だが目の間には私の張った“結界”があり、一定以上の距離を詰められないご様子。
もうしばらくすれば音叉の音も弱まり、なだれ込んできそうな雰囲気だが……残念ながら、うちの顧問の足の方が速かったらしい。
「アレが“腕”の異能、ウチの部活にはこんな隠し玉が居るんですよ。驚きました?」
私達が通過した事により重なり合う程集まった黒い霧、ソレを端から消し飛ばしながら彼は私たちの目の前に登場した。
その光景はさながら交通事故。
彼は目の前の“怪異”全てをひき殺す大型トラックみたいなモノだ。
私には黒い霧が端から消えていく様にしか見えないが、彼らが見える“眼”の一つでも持っていれば、えらい光景になっているだろう。
こういう時だけは、本当に“耳”で良かったと思える。
「おう、来たぞ鶴弥。それで結局何だったんだ? 検証って」
何でもない顔で、私たちに声を掛けるその人は息切れ一つ起こしていない。
とんでもない体力お化け、そして“腕”の異能の持ち主。
これが“オカルト研究部”顧問の、草加浬という対怪異最終決戦兵器だ。
「実はこのダムの上を1分以内に往復すると、異性から無駄にモテるという伝説がありまして。通称ハーレムダムと呼ばれています」
「そういう事は早く言えよ! あと半分あるじゃねぇか!」
もちろん嘘なのだが、彼はものすごい勢いで今来た道を戻っていった。
地味に残った数体の“怪異”を殲滅しながら、彼の背中が遠ざかっていく。
本気で往復一分切るんじゃないのか? これ。
などと下らない事を考えていれば、両サイドの二人が唖然とした表情のまま口を開いた。
「なんですか、今の」
「よくわかんないけど、圧迫感みたいなのが全然なくなった……っていうか速!? 走るの速!?」
サプライズ……とか思っていた訳ではないが、随分と驚いてもらっているようで何よりだ。
これで二人にも、今の“オカ研”にいる人の事を少しは知ってもらえただろう。
そういう意味では、今回の活動は大成功と言っていい。
明日以降どうするかは彼女達次第だが、まぁやれることはやったと思う。
抗うか、それとも関わらない様にするか、どう決断するかは分からないが……だけどまぁ今日の所は。
「帰りますか、走ったら疲れました」
「ですね、そうしましょう」
『こっちで待ってまーす』
慣れ親しんだ面子の返事を聞いてから、私たちは歩き出した。
俊君は苦笑いを浮かべ、残る二人は未だに納得いかない表情を浮かべて付いてくる。
今の“オカ研”の活動は、普段からこんな調子だ。
昔の様にやたら忙しく、無駄に危ないって程じゃぁない。
それでも私たちは抗い、“普通”を求めて活動を続けている。
ちょっと卑屈に聞こえるかもしれないが、私にはこれくらいで丁度いいと思うんだ。
過去の様に大物ばかりでは私も対処できないし、部員の皆だって今以上の脅威に晒したくはない。
だからこそ、これでいい。
平和……といったら語弊があるかもしれないが、前に比べれば平穏に生きている。
私に出来る事なんて、たかが知れているのだから。
そんな自虐的な考えに乾いた笑い声を溢しながら、今日も活動は終了した。
明日から何をしようか。
なんて普通の学生みたいな事を思いながら、私たちは今日も無事生き残ったのであった。
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