第46話 廃病院 2


 真っ暗な病院の待合室を抜け、受付の横を素通りして、私達は階段を少しずつ上っていく。

 どこを見ても暗闇が広がる中、巡の手に持ったライトだけが唯一の光源。

 しかも院内は随分と荒されており、足元には数多くの瓦礫やゴミが散乱している。

 その為私と鶴弥さんは、必死で巡の通った場所を付いていくしかなかった。

 今回は部活の後輩が出来るかも! なんて浮かれた気分だった為、自分用の懐中電灯を忘れてきてしまったのだ。

 巡の持っている物のように強い光を出せる物は持っていないが、それでももう一つ有る無しでは雲泥の差。

 決めた、今度ちょっとお高いライトを買おう。

 何か軍用モデルがいいとか巡から聞いたが、多分お高めでカッコイイヤツを買えば大丈夫だろう。

 なんて事を思っている内に、病院の2階部分に到達した。

 見る限り入院患者が滞在するスペースだったのか、階段を上がってすぐ受付がある以外は、特に特徴のない同じような扉が並んでいる。


 「二人とも大丈夫ですか? 疲れたとか、足が痛いとかあったらすぐ言ってくださいね?」


 振り返った巡が優しい笑顔で問いかけてくる。

 おかしい、私の時にはこんな事言ってくれなかったのに。


 「だ、大丈夫です。早瀬先輩に言われた通り、ブーツ履いてきて正解でした」


 まだ少しオドオドしている様子の鶴弥さんが、今日履いてきた茶色のブーツを見せる様に片足を上げた。

 実は部室での顔合わせが終わった後、彼女の事を追いかけて色々とアドバイスしておいたのだ。

 以前巡に言われた事の受け売りでしかなかったが、それでも知らずにこんな所に来るより良いだろうと思ったんだけど……今考えると、いきなり先輩風を吹かせたようで少し恥ずかしい。

 とはいえ言った通り底の厚いブーツや、肌をあまり露出しない格好で来てくれた彼女にはとても好感が持てる。

 しかもそれが役立ったと実感できたのだから、ほっこりした気分でニヤけてしまうのも仕方ない事だろう。

 場所が場所だけに、手放しに喜んでばかりいられないのが残念な所だが。


 「さて、先生とは随分離れましたし、そろそろいいでしょう」


 そう一言置いてから、巡はたまに見せる冷たい笑顔で笑う。

 ヒッ! と隣から短い悲鳴が聞こえた。

 正直に言えば、巡のこの顔はあまり好きではない。

 とはいえ彼女にも色々事情があるのだろう。

 詳しく聞こうとは思わないが、私の様な”異能持ち”を集めている節がある。

 それは私が初めてオカ研の部室を訪ねた時に思った事だ。

 何故そんな事をしているのか、集めた私達をどう使おうとしているのか。

 それは分からない。わからない、けど……。


 「そぉい!」


 「ふぎゃっ!」


 思わず巡の額にチョップを叩き込んだ。

 何か目的があるのは薄々分かっている、彼女の事情を知っている訳ではない私が口出しするべきじゃない事も分かる。

 でも友達にあんな”悲しい笑顔”はして欲しくなかった。


 「鶴弥さんが怖がってるから、その顔止めな? 巡」


 なるべく自然に、いつも通りに笑顔を作る。

 別に取り繕おうとは思わない、彼女にとって特別な存在になろうだなんて思ってない。

 でも、巡にはその顔で笑ってほしくないんだ。


 「……そういう早瀬さんこそ、その作り笑い不自然ですよ」


 「……」


 「夏美」


 「あいあい」


 「……ふんっ!」


 不機嫌そうに顔を反らされてしまったが、多分大丈夫だろう。

 その横顔は、普段見ている巡と変わりないように感じた。


 「とりあえず、鶴弥さんに説明が先かな。私達の事について」


 「……分かってますよ、これからそうするつもりでした」


 不貞腐れた様な顔で、巡は私の方へと振り返った。

 話から置いてきぼりを喰らってしまった鶴弥さんには申し訳なく思うが、さっきの状態の彼女より今の巡のほうがずっと聞きやすいだろう。

 普段の様子に戻った彼女なら、多分大丈夫だ。

 やれやれと肩を落としながら、隣の鶴弥さんに笑いかける。

 いつからだろうか、私にもこんな癖が出来たのは。

 ため息をついたり、あからさまに肩を落としたり。

 大袈裟とも言えるその表現は、巡や草加先生がよくやる行動であり、私にとっては生活の一部になっていた。

 いつの間にかその癖が移ってしまったのだろうか? 別に、悪い気はしないけど。


 「さて、それじゃ改めてお話しましょうか。私達と、貴女の事について」


 そう言って微笑を溢す巡は、なんとも言えない不安感を誘う紛れも無いいつも通りの彼女だった。


 ————



 しばらくの間、黒家先輩の話を聞きながら足を進めた。

 その内容はとてもじゃないが信じられる物ではなく、関心のない人間……というか”カレら”と関わりを持たない人だったら笑い飛ばすような内容だった。


 「えっとつまり、黒家先輩は『感覚』で早瀬先輩は『眼』っていう……その、異能? を持っているってことですかね?」


 はっきり言って厨二病も良い所だ。

 いちいち言葉を置き換える辺り、どうしてもワザとらしいというか、不信感が募っていく。


 「まぁすぐすぐ信じなくても構いません。ちなみにいちいち単語に直したりしているのは、その方が分かりやすいだからであって特別意味はありませんよ? そのままを説明しようとすると、私なんて特に曖昧ですから。よく分からないんですけど、色々分かっちゃうんですーって言っても、馬鹿っぽいでしょ?」


 「確かに、巡がアホの子みたいに見える」


 「うっさいですよ、狐耳」


 「そう言う事言うかな!?」


 黒家先輩が冗談めかしに笑って見せれば、早瀬先輩も笑顔になる。

 狐耳に関しては良く分からないが、何となく……こういう関係は羨ましいなって素直に思える。

 厨二病云々は置いておいたとしても、こういう人間関係は凄く羨ましい。

 私には親友と呼べる友人は居ないし、ましてや友達だってかなり少ない。

 そんな私の目には、先輩二人の関係だけはとても好ましく映った。

 どんなに馬鹿な事をしても、一緒に笑ってくれる友人がいる。

 いくら道を踏み間違えても、引っ叩いてでも連れ戻してくれる親友がいる。

 そんな交友関係に、少なからず嫉妬を覚えてしまう程だ。


 「それじゃぁ、その……『上位種』っていうのは、どうやって対処するんですか? 聞いた限りだと、二人とも対抗策は無さそうですけど」


 今まで聞いた話では、少なくと一度はその『上位種』に接近していることになる。

 人を簡単に死に至らしめるような”ソレ”に出会いながら、先輩方はこうして無事に日常を送っている。

 あまりにも矛盾があるのではないか? どうしてもそう思ってしまう。

 だって聞いた限りでは、カレらをどうにかする手段が彼女達にはないのだから。


 「その辺りはこの後分かるとして、まずは鶴弥さんの話を聞かせていただけませんか?」


 一番気になる所な気がするが、勿体ぶったように黒家先輩は笑う。

 早瀬先輩も困ったように笑っている所から、何かしらの手段はあるのだろうが……まあ後でちゃんと教えてくれるならいいか。

 二人ばかり情報を提示して、私の事は秘密にするというのは確かにフェアじゃない。


 「……わかりました、でも後でその除霊? 方法もちゃんと教えてくださいね?」


 縋るような気持ちで紡いだ言葉に、二人は力強く頷いてくれた。

 とりあえずは安心……していいのかは分からないが、とにかく私の目的は果たせそうだ。

 そんな思いを胸に抱き、再び階段を上がろうとする先輩たちに対して私は昔話を始めたのであった。

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