第45話 廃病院


 「まぁウチの活動内容を見るなら、現場が一番ですよね」


 などという黒家の発言の元、挨拶もそこそこに俺たちは部室を後にした。

 椿辺りは不満をタラタラと洩らしていたが、夜に再集合という言葉を聞いて妙に上機嫌なご様子。

 こいつも心霊現象とかそういうの好きな口か……?

 あまり理解は出来ないが、俺だけ反対した所で多分無駄だろう。

 新入部員候補も何だかんだ参加することになっちゃったし、本当なんでいつもこうなるのだろうか……思わずため息だって溢してしまうというものだ。


 「なーに暗い顔してんの草加君、もしかして怖い?」


 現在、夜です。ええ夜ですとも。

 あれから自由に動ける数時間、ダラダラしていたらもうこんな時間ですよ。

 今はいつも通り心霊スポットに向かって車を走らせていた。

 ただ普段の活動と比べて、だいぶ違うのが人口密度。

 俺の車は最大五人乗れるのだが、まさか満員になる日が来るとは思わなかった。

 そして助手席に座る椿が変に絡んでくるため、非常に鬱陶しい。

 なんか居酒屋のノリみたいになってるけど、まさか酒飲んできたんじゃないだろうな?

 とはいえ彼女の態度によってもたらす影響は、俺の精神的面だけでは収まらないらしい。

 さっきから何か、後ろに座っている部員たちがとてつもなく不機嫌なのである。

 いつもなら皆で適当な話でもしながら車を走らせていたのだが、本日のお二人様はジトッとした眼差しでただただ俺の事を睨んでいる。

 こちらには聞こえない程度の音量で、椿が連れてきた子とは話しているみたいだが……何とも居心地が悪い。

 おいこら副顧問、お前何とかしろよ女同士だろ。

 思わずそんな事を言いたくなるが、元はと言えばコイツが原因みたいなもんだ。

 多分状況が悪化するだけだろう。


 「もういい……椿お前少し静かにしてろよ……」


 「なんでさ、せっかくの部活動なんだから楽しくやろうよ。肝試しとか何年ぶりかなぁ」


 やけにイキイキとした様子で、まるでピクニックにでも向かう様なテンションだ。

 お前、そんな事ばっか言ってるとすぐに……。


 「チッ」


 ほらぁ……後ろから舌打ちが飛んでくる。

 バックミラーに映り込む黒家の不機嫌そうな顔、そして早瀬のジトッとした眼差し。

 その間に挟まれて、小動物の様にアタフタと困り果てている新入部員候補。

 こんなにも居心地の悪い部活動は初めてだ。

 いつも面倒だとか、かったるいなんて思っていたが、今思えば普段の活動が天国のように思えてくる。

 あぁもう、部活とかいいから早く帰りたい……。

 気疲れで既に体力を削られ始めている俺に対し、隣の副顧問様は相変わらず上機嫌のまま会話を続けた。

 結局彼女のテンションが落ち着いたのは、本日の現場に到着してからの事だったという……。


 ————


 今日の部活動、肝試し。

 現場、噂の廃病院~! ワーパチパチー!

 まるで何かに取り憑かれているのではないかというテンションで、先生が手を叩きながら車を飛び出して行った。

 まあ車内があの空気だったので、分からないでもないが。

 慌てたように彼を追いかけて車外に飛び出していく夏美と椿先生。

 結果車内には私と鶴弥さんだけが残る形となり、隣に座る小さな少女は判断を仰ぐように私と飛び出していった人たちを交互に見ている。


 「えっと、いつもこうなんですか……?」


 未だ警戒心が強い様子で、小さな声で私に尋ねてくる少女。

 部活初日にこんな光景を見せられれば、誰だって不安になるだろう。

 もしも私が逆の立場だったらすぐにでも歩いて帰る状況だ。

 こんな訳の分からない事になっているというのに、まだこの場に残っているだけでも凄いと思う。


 「いえ……普段はもっと静かというか、マシというか。まぁ今日はどこかの女教師のせいで疲れ切ってしまったみたいなので、勘弁してあげてください」


 「は、はぁ……」


 未だ不安そうな眼差しを向けられるが、今はこれ以上何を説明した所で多分フォローしきれない。

 それこそ今日は彼女の為にこの場所を選んだのだ、あまり他の事に気をまわしてばかりいないで、鶴弥さんの事を調べるべきだろう。

 

 「とにかく、私達も行きましょうか。置いていかれる事はないと思いますが、今の先生は何するかわかりませんので」


 「それって、車で回り始めたりしますか……?」


 車で回る、とは一体どういう事なんだろう。

 先生なら素手で車”を”逆さまに回すくらいなら出来そうだが。

 流石にそれは言い過ぎだろうか?

 まあいいや、とにかく今は彼らの後に続こう。


 「大丈夫ですよ。車で回る事も、車を回す事もしないですから。多分」


 「多分!?」


 小動物のようにプルプルする鶴弥さんの姿にほっこりしてから、彼女の手を引いて車の外へと連れ出した。

 外へ出た瞬間、森の湿った空気が体に纏わり付く。

 山の上に建てられた、今では使われていない廃病院。

 それは光の無い暗闇の中でさえ、自らの存在を示すかのように私達の視界にはっきりと映り込む。

 以前は封鎖されていたであろう正門はなぎ倒され、至る所にゴミが散乱している。

 ガラスは砕かれ、壁には良く分からない落書きの数々。

 まさに定番の心霊スポット、といった面持ちだ。


 「あ、あのさ黒家さん? ……本当にここに入るの?」


 先生の後を追いかけたものだとばかり思っていた椿先生は、意外な事に車のすぐ脇で待機していた。

 ちなみに走り出した張本人はと言えば、病院入り口のすぐ前で夏美に腰を掴まれ、彼女を引きずるように少しずつ前進していた。

 何をいちゃ付いているのだろうかアイツ等は。


 「草加先生駄目だって! 一人で突っ込んだら危ないってば! それに今日の先生は最初お留守番だって巡が言ってたでしょ!?」


 「離せー! たのむ早瀬! 俺を一人にしてくれー!」


 本当に何やってんだあの人達……というか、普段乗り気でない二人が今日に限っては率先して活動しようとしている。

 どちらも非常に珍しい光景だ。

 とはいえこのまま放っておくわけにもいかず、鶴弥さんを連れて二人の元まで向かう。

 慌てた様子で椿先生もついてきたが、なんだか顔色がよくない。

 早速何かあったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 『感覚』でも彼女の周りには何も居ない事が確認出来たし、ただビビってるだけだろう。


 「ほら、いつまでも遊んでないで、そろそろ始めますよ?」


 いい加減限界が来たらしい夏美は、引きずられるどころか先生の腕にぶら下がった状態でこっちを振り返った。


 「め、巡……草加先生が止まらない」


 「あーもう」


 ため息を溢しながら先生の前に回ると、その顔面にスマホを押し付けた。

 いきなり顔面に異物を押し当てられた先生は、「ゔっ」と鈍い声を漏らしながら首を引いて画面を覗き込んだ。

 そしてその画面に映っていたのは……

 『開店10周年記念! 本日限定お寿司食べ放題プラン! さらに+1000円で飲み放題!』

 なんていう文字がでかでかと表示されている。


 「ちゃんと言う通りに動いてくれるなら、帰りにここでご飯食べていきましょう。もちろん奢りです、椿先生の」


 「はあ!?」


 ちょっと遠い所から異論の声が聞こえたが、そんなもの無視だ無視。

 どうせ今日何の役にも立たない事が決定しているのだから、これくらいは大目に見て頂かないと。

 もちろん異能持ちでないからとか、そんな心の狭い理由で言っている訳ではない。

 例えそう言ったモノが無かった所で、私達と共に活動出来るのならそれは立派に行動を共にしたと言えるだろう。

 だが本日の椿先生の服装は、なんというかこう……何考えてるの? って聞きたくなるレベルなのだ。

 明らかにデートに行くような化粧に、肩や首元が多々露出しているような淡い色のインナー。

 その上からグレーのロングカーディガンを羽織り、下はピシッとしたタイトスカートに薄いデニールのタイツ。

 そして……何故かヒールを履いている。

 ほんと、この人何しにここに来たんだろう。


 「本当だな……本当に寿司食えるんだな」


 欲望に忠実な中年さんは、あっさり条件を飲み込んだらしくピタリとその動きを止めた。

 彼の背後ではもう一人の教師から未だ何か叫び声が聞こえるが、もはや気にしなくていいだろう。

 後々になってごねる様なら私が支払えばいい。


 「約束します。なので最初に説明した通り、先生はまず待機。すぐに私達の元へ来られる様に準備していてください。あと後ろの煩いのは車にでも放り込んで、絶対に中には入れないようにしてくださいね? あの格好では怪我しますから」


 諸々の注意事項を伝えてから、先生の背中に引っ付いていた夏美を引き剥がす。

 さて、これでやっと準備が整ったというものだ。

 なんというか、この時点で普段より倍以上疲れたのは気のせいだろうか。


 「さて、それじゃ行きますよ? 夏美も鶴屋さんも準備はいいですね?」


 「あいあーい」


 「準備、出来てます」


 二人が頷くのを確認してから、私達は改めて病院内に視線を向ける。

 明かりの無い室内は真っ暗で、ライトなんかを使わなければ数メートル先さえ確認できない。

 その暗闇の中から、時季外れな冷たい空気が押し寄せてくる。

 間違いなく、カレらが居る。


 「さて、ではお手並み拝見といきますか」


 誰の、とは言わないが。

 それでも伝わったらしく、隣の小さな少女が力強く頷いているのが視線の端に映ったのであった。

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