第35話 こっくりさん 2
「これはまた……困ったことになりましたね」
ため息交じりに、そう漏らすしかなかった。
早瀬さんがまるで思い出したかのように呟いた一言、それによって始まってしまった降霊術。
本来なら先生と連絡が取れるのをしっかり確認してから始めたかったのだが……これはもう今更どうしようもない。
今や無慈悲に映る、通話終了の文字。
なんだろう、最近の幽霊はまず電波ジャックでもしてから相手を呪うんだろうかと本気で考えてしまう。
なんて嘆いた所で事態は変わらない。
今さら目の前の彼女を責めた所で、事態は好転しないのだから。
「とにかく、このまま進めましょう。先生の事です、一人ファミレスでいつまでも居座っていられるほど肝は据わっていません、その内帰ってくるはずです」
運が悪い上、間の悪いあの人の事だ。
きっとその内「店内での通話は御遠慮下さい」なんて注意されて、居ずらくなって帰ってくるはずだ。
多分そうだ、そう願いたい。
「それで、あの……この先どうすればいいの?」
涙目で訴える早瀬さんを横目に、必死で脳みそをフル回転させる。
まずい、予想以上に『雑魚』の動きが早い。
今ままで散らしていた分、前回より集まりは遅いが……それにしたって異常だ。
やはりこの仮面があるからなのだろうか?
なんて思いながら、どっかのビッチ先生に託されたお面に視界を向ける。
サイドテーブルに置かれた白い仮面。
金の模様も別段変わりなく見えるが、今だけは憎たらしく瞳に映る。
「とにかく”普通のこっくりさん”を続けてみましょう。私達だけでは対抗手段がありませんが、ただ儀式をするだけなら特に大きな問題という程ではありません。ここは先生が到着するまで時間を稼ぎましょう。彼が帰ってくれば、それだけで終わる儀式ですし」
わかった! なんて力強く頷く早瀬さんを見ながら、ふと思った。
あれ? 普通のこっくりさんって何をするんだ?
いや、わかる。わかるよ?
なんか恋の悩みとか、相談事を持ち掛ければ答えてくれるっていう、そういうアレだ。
でも考えてみて欲しい、私達には答えているであろう相手が見えてしまうのだ。
早瀬さん程ではないにしろ、何か部屋に勝手に入ってきて、ソイツが我がもの顔で目の前の十円玉を動かすのが見えてしまうのだ。
はっきり言ってしまえば、見ず知らずの誰かが勝手に話に割り込んで、さらに答えを出そうとしているのだ。
何故そんな不毛な問答が続けられるだろうか?
言っていいのなら、お前誰だよ? お前の個人的意見なんぞ知るかって言っていいレベルのお遊びである。
それがこの降霊術、こっくりさんなのだから……正直笑えない。
時には恋に迷える女子高生を、独身男性の幽霊が導いてしまうのだから、結果は目に見えるというものである。
ともかく私達はその状況に居る。
徐々に集まってくるカレらと共に、このくだらない儀式の真っ最中なのである。
とにかく、カレらの注意を引かない様に行動しないと……。
なんて考えている内に、早瀬さんが急に叫び出した。
「こっくりさんこっくりさん! 草加先生の好みを教えてください!」
などと叫びやがりましたよ。
お前は見ず知らずの他人に、彼の好みを訪ねるのかと心底呆れてしまった。
貴女なら見えているだろうに、周りに集まった他人という見ず知らずの顔ぶれに。
思わずため息を溢してしまうが、彼女の眼差しは真剣そのもの。
そんな中、黒い霧が一本机に向かって伸びてきた。
恐らく集まってきた『雑魚』の一人が手を伸ばしたのだろう。
「動かし……じゃなかった、動きましたね」
「え、あ、そっか。うん、そういう感じになるのか」
呆気に取られて口を開けたまま唖然としている早瀬さん。
その瞳には、全く知らない赤の他人が自身のお悩み相談を我が物顔で答えようとしている姿が映っているはずだ。
もしかしてこうなるとは予想していなかったのだろうか?
不思議な力で硬貨は動き、周りのカレらはただ集まり見ているだけだとか、そんな風に考えていたのかもしれない。
残念ながら、タネも仕掛けもあるのが降霊術だ。
『見える人』からすれば、ただの茶番なのである。
そんな事を考えている間にも硬貨は動き、いくつかの文字の上で動きを止める。
そして導き出された答えは。
「ちち、しり、ふともも……」
「なんともまぁ容赦の無いお返事ですこと。早瀬さん、ドンマイです」
意外と的を射ている答えでびっくりだ。
これは予想外に面白い結果になるかもしれない。
今硬貨に触れている『雑魚』が勝手に性癖をバラしただけなのかもしれないが、他の質問をしたらどう出るのだろう。
どうせ先生が来るまではこっくりさんを続けるしかないのだ、なら少しくらい気がまぎれる質問を繰り返してみようではないか。
「では次は私が。こっくりさんこっくりさん、早瀬さんの今日の下着の色を教えてください」
「なんでそんな事聞いてるのかな巡は!? 別に女の子同士なんだから、わざわざこっくりさんに聞くくらいなら教えるよ!? お願いだから変な事しないで!」
彼女が不満を爆発させている内に、周りの『雑魚』が動きを見せる。
さっきまで部屋の隅や、廊下に居たものまでも机の周りに集まってきた。
なんだろう、これは不味い質問でもしてしまったのだろうか。
「あ、あのさ巡」
「はい、何でしょう」
少しだけ震えながら、早瀬さんが何かを目で訴えている。
きっとカレらに関する事で口に出来ないのだろう。
最初はただ増えて来たカレらに怯えているのかとも思ったのだが……どうやら違うらしい、しきりに視線を机の下にチラチラと向けている。
「?」
彼女の視線を追って、机の下をわざとらしくない程度に覗き込む……すると。
「う、うわぁ……」
何かいた、いやもちろんカレらなのだが。
机の下で黒いモヤモヤが、早瀬さんの足元に集まっている。
え、あいつ等何してんの?
普段は見られない行動に少しだけ戸惑いを覚えたが、その疑問もすぐに解決することになった。
「み ず い ろ、……っておい!」
「あぁ、そういう事……」
動き出した硬貨は、間違いなく彼女の下着の色を言い当てたらしい。
カンニングである。
それは不思議な力でも何でもなく、普通にスカートを覗き込んで出した結果だというのがとてつもなく間抜けだが。
なんだこれ。私もこっくりさんなんて初めてだが、こんな間抜けな儀式だったのか?
なんだよ幽霊が女子高生のスカート覗き込むって。
お前ら先生が来たら絶対逃がす前に殴って貰うからな? まあ覗かれたのは私じゃないけど。
「ネェ、ミエルノ?」
うるさいよ、このタイミングで見える見えない言うんじゃないよ。
むしろがっつり覗き込んだのはアンタらでしょうが。
なんて思わずツッコミたくなったが、ここは我慢だ。
早瀬さんも同じ様に思ったらしく、拳をプルプルさせながら耐えているご様子。
予想外の事態だったが、これは悪い事をしてしまった。
「こうなったら巡のパンツの色も聞くしか……ってアレ? ぴ ん く」
「早い早い早い、答えるの早いですよホント」
こいつら、絶対さっきこっちも覗いたろ。
人の下着をついでみたいな感覚で覗いただろこいつ等。
こんなにコミカルな『雑魚』初めて見たよ、何なんだよお前ら。
「なんというか……下らない事してますね、私達」
「ね、ホント……何かもうどうでも良くなってきちゃった……」
二人してため息を溢し、次は何を聞こうかと頭を悩めせていた所で、微かな音が耳に届いた。
リィィン、リィィンと良く響く鈴のような音色。
微かに聞こえたソレに、思わず二人して顔を上げる。
カレらが口々に「ミエテルノ?」なんて呟いている為、聞き逃しそうにはなるが。
でも確かに聞こえる鈴のような音。
当然部屋の中には、そんな音を出す物はない。
だからといって、カレらが集まっている部屋の中を見回すのも気が引けるが……。
「ん?」
何かに気づいたのか、早瀬さんが部屋の一角に視線を向けたまま固まっている。
あまり褒められた行動ではないが、何か見つけたんだろうか?
「早瀬さん、あまりよそ見は……」
分かっているとは思うが、一応小声で注意する。
小声にした所で、カレらに効果があるのかはわからないが。
「……うん、分かってる。ちなみに『感覚』だと、どう?」
やはり普通ではない何かを捉えたのだろうか? 彼女も小声で応じてくる。
何を見たのかまでは分からないが、おそらく『上位種』の事を聞いているんだろう。
でなければ目の間にカレらがいるのに『雑魚』の情報が知りたいなんておかしな話だ。
「いませんよ、何も。何か”捉えました”か?」
周りにカレらがうじゃうじゃしているので、こういう時の言葉選びは中々大変である。
若干アウトかな? なんて思う言葉もあったりするのだが、今の所周囲のカレらに変化はない。
「なんか、小動物が居た……気がする。草加先生ペットとか飼ってないよね?」
「そういう類は居ませんけど……小動物?」
「うん、なんか子犬とか猫みたいな? 机の下から物陰に、スッて移った気がしたんだけど」
あの辺に……なんて言いながら、彼女は人差し指を向ける。
見た所何も居ない。訳ではないが、特に彼女の言うような小動物は見受けられない。
なんだろう? 動物霊?
先生はペットなんて飼ってないし、もしも何かが居たとするなら”カレら”に近い物なんだろう。
とはいえ動物霊かぁ……私は見た事が無いんだが。
むしろ居たとしても黒い霧にしか見えないので判断がつかないだけかもしれないが。
動物霊って、言葉とか通じるんだろうか?
「とにかくこっくりさんを続けましょう。これ以上は下手に周りを刺激しないようにしながら」
「まぁ気にしても仕方ないか……というよりどうしようもないか。さて、じゃあ次何聞こうか?」
そう言って彼女は再び人差し指を十円玉の上に乗せた。
ん?
「え? あれ? 早瀬さん?」
「ん? なに?」
不思議そうに首を傾げる彼女。
その反応はいつも通りで、むしろ私の見間違いだったのではと思える程だったが。
「貴女今……指離してませんでした?」
「へ? 指って……あっ」
言葉にした瞬間、ゾワッとした寒気が襲ってきた。
先ほどよりも幾分か周りの霧が濃くなっている気がする。
これは、やらかしてしまったのでは?
「あ、あの……巡? これってさ、指離しちゃった場合ってどうなるのかな? 絶対離しちゃダメとは聞いたことあるんだけど……」
まさにその通りだ。
”こっくりさん”において、儀式の途中で硬貨から指を離すのは厳禁。
本来なら”こっくりさん”とやらが帰るまで、ひたすらこの問答を続けなければならない。
いつでも素直にお帰り頂ければ気軽なお遊びとして出来るのだろうが、時折まるで帰ってくれない”こっくりさん”も居るので、いつまで経ってもこの儀式を終わらせる事が出来ないなんて話を聞いたことがある。
さて、この場合はどうなるのやら……。
「途中で指を離すと呪われる、なんてのは聞いたことありますけど。実際どうなんでしょうね……私も初めてですから良く知りません」
内心冷や汗をかきながら、無理やり口元を釣り上げる。
目の前の彼女は顔面蒼白でプルプルしているが、はっきり言ってそれどころではないのだ。
無理やり引きつった笑いでも浮かべながら、周りのカレらのご機嫌を伺わなければいけない。
だって……ねぇ?
「あ、あのさ……巡、ごめん」
「それ以上言わなくていいので早く続きをしましょうそうしましょう? だってホラ呪いとかそういうの、こっくりさんに至っては迷信だって可能性もありますから」
彼女の言葉を遮って、早口で事態の変化を促す。
だって……こいつ等めっちゃ近づいて来てるんですもの。
今や顔のすぐ隣、足元、背後など。
満員電車にでも乗っているのかという程、カレらの密度が濃い。
何故か、私だけ。
なんでだ。指を放した筈の早瀬さんの方には来ないのに、私の方に集まってきたカレら。
一緒に降霊術を行なっている以上、呪われる対象というのは全員が含まれるのだろうか?
早瀬さんの方に行けとは言わないが、これはあまりにも理不尽だろう。
「えぇっと、次は私の番でしたっけ? あーそうですね、何を聞きましょうか。そうですね、えっと、あー……明日の天気とかですかね? いや、そんな事聞いてもどうしようもないですね。えっと、そうですね……」
笑顔を張り付けたままどうにかこうにか内容を考えようとするのだが、事態に頭が付いてこない。
周りから「ミエルノ?」とか「ハナシタ」とか、口々に呟いているのだ。
一つ一つの声はそこまで大きくないと言っても、この状況では流石にうるさいし焦る。
これはもはや先生に助けを求める状況だろう。
笑顔のまま冷や汗を流し、必死に自由な左手でスマホを弄りまわす。
だというのに、無情にも”圏外”の文字は消えてくれない。
本当にコレ、どうしようか。
「えっと、そうだ! こっくりさんこっくりさん、今草加先生はどこに居ますかぁ!」
やけくそ気味に叫んだ早瀬さんの問いに答えようとしているのか、指を置いた硬貨が動き出した。
だが、私達には見えていたのだ。
動き出した十円玉に触れる指の数が、明らかに増えている事に。
さっきまでは一人か二人程度だったはず、だと言うのに今では黒い霧に隠れて硬貨が見えないほどに集まってきている。
そして動いた先にある文字を、早瀬さんが読み上げていった。
「し ね って、え? 何言ってるの? 私が聞いたのは——」
戸惑う私達を無視して、硬貨は動き続ける。
たった二文字の上をひたすら往復し続け、移動する速度も徐々に早くなる。
——シネシネシネシネシネシネ。
あぁ、これはちょっと……いや、結構ヤバイかもしれません。先生助けに来るなら今しかないですよ?
なんて他人事みたいに思った瞬間、部屋中を埋め尽くす様に黒い霧が充満した。
もはや一刻の猶予もくれないらしい。
”カレら”は私達を獲物として認識した。
それがどういう事なのか、どんな結末を迎えるのか。
私には予想もつかない。
『雑魚』だなんて名称を付けたカレらでさえ、私達には対処しようのない強敵なのだから。
「逃げます! 走りますよ!」
そう言って真っ黒な霧を掻き分けるように、早瀬さんの手を掴んだ。
もはや私達ではどうしようもない。
出来る事があるのなら、それは先生が近くまで来ている事を祈るのみだ。
「ご、ごめん! 本当にごめん!」
今にも泣きそうになっている彼女の手を強引に引っ張り、どうにかリビングまで脱出する。
本来ならこの扉を開ければキッチンが見える筈だが……目の前には黒い霧で埋め尽くされている光景だけが映った。
「いいですから、玄関まで走ります!」
言いながら真っ暗な霧の中を走り出した。
大丈夫だ、先生の家の間取りくらい頭に入っている。
例え真っ暗だったとしても、玄関に辿りつく事は容易なはず。
そう思って走り出した私達の耳に、リィィンと再び鈴の音が響いたのであった。
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