第34話 こっくりさん


 薄暗い部屋の中、二人の指が十円玉に触れる。

 硬貨の下には大きな紙が敷かれ、五十音とその他もろもろが書かれている。

 これを見れば今から何をしようとしているのかは……まぁ言うまでもないだろう。

 あまり……というか全く気乗りしないが、もう既に指を置いてしまった以上、どこにも逃げ場は無さそうだ。

 

 「さて、はじめましょうか。”こっくりさん”を」


 向かいに座る彼女は、事も無げに笑いながら告げる。

 あぁ、今日の活動は”コレ”だったのか。

 何かやらかすとは思っていたが、よりにもよって降霊術なんて。

 今までだったらすぐ止めるように怒鳴り散らしていたかもしれないが、今回は私も加害者側だ。

 もはや何も言うまい……なんて、割り切れたらどれだけ良かっただろう。

 まだ始まってさえいないだろうというのに、少しだけ気温が下がったように感じる程だ。

 準備を整えただけでも、雰囲気的に気味が悪い。


 「あのさ、何で降霊術? あのお面を調べるんじゃなかったの?」


 少し離れた所に置いてある狐の面に目を向ける。

 本日の主役の筈だったが、何故か別の机に放置されている。


 「えぇもちろん調べますよ。だからこうして準備したんじゃないですか」


 今更何を、なんて雰囲気で巡は肩を落とした。

 いつも思うんだが、この子は事前に説明するという事を知らないんだろうか。

 その時になって何故、何? と色々聞いたのでは些か戸惑いが大きいと思うんだけど、実際こうして事態を始めちゃってる訳だし。


 「うん、そっか。それで? こっくりさんとそのお面が、どう関係あるの?」


 とはいえ聞かない訳にもいかず、結局こうなる訳だが。

 そして今回も先生は近くには居ない。

 何かあった時駆けつけて貰う為、通話は繋いだままにはしてあるが。


 「まぁ色々理由はあるんですけどね。もしもこの仮面に何か隠れているのなら、”炙り出す”にはこういうのが一番早いと思いまして。それに雑魚が散らばっている今なら、こんな事をしても大したものは近寄ってきません。上位種の気配もありませんから、やるなら今しかないんです」


 なんて、草加先生に聞こえない様に小声で説明を付け足してくる。

 なるほど……つまりは周りに大したものが居ない状況なら、こんな降霊術をやった所で『雑魚』数人くらいで済むだろう、という訳だ。

 とは言え私達にとってはその『雑魚』でさえ死活問題になってしまうので、油断なんて出来たものじゃないが。


 「前回もこんな感じだったの? 草加先生を部屋から追い出して」


 確かにあの人が居たら、そもそもヤツらが近寄ってこない。

 なら前回やったという「ひとりかくれんぼ」も、この部屋で巡が一人で行ったのだろうか。

 その度胸は凄いと思うが、正直あまり褒められた事ではない。

 実際『上位種』を呼び寄せてしまった訳だし。


 「いえ、前回は先生にお願いしましたね。むしろ私がお留守番でした」


 「は?」


 予想外だ。

 てっきり前回も今と同じ状況を整えたのだとばかり思っていたから、少しは安心していたのだが……前は草加先生が一人で降霊術を試して『上位種』を呼び寄せた?

 確かに思い出してみれば「先生にひとりかくれんぼやってねって言って、ヤバめなモノ引いちゃいました」みたいな事言ってた気がするが。

 え、アレって協力してもらったとかそういうモノではなく、事実草加先生一人にやらせていたのか。

 だとするともしも『上位種』が居た場合は、例え草加先生が居た所で寄ってきてしまうという事になる。

 それはこの状況で言えば、とんでもなく絶望的な意味合いになるのではないだろうか?


 「ちょ、ちょっと巡。こっちに……」


 通話中のスマホから出来るだけ距離を離してから、小声で言葉を続ける。

 とはいえ指が十円玉に固定されているので、机の反対側くらいにしか移動できないが。


 「それって本当に大丈夫? 草加先生が居ても『上位種』来ちゃったんでしょ? 私達だけじゃ前回と同じ結果になったら不味くない?」


 「大丈夫ですよ、前回は『上位種』がこの街に居るのは『感覚』で捉えてました。でもまさか、遠く離れた位置からこちらに来るとは思ってませんでしたけど。そしてさっきも言いましたが、今回はそもそもその気配がない、つまりは『雑魚』しかいないんです。だから恐らくは集めてしまっても、コレと言って問題は起きないかと」


 私がわかる範囲なので、多分ですけど。

 なんてフラグとしか思えない台詞を残しながら、説明が終わった。

 あぁ、もう。

 とにかくすぐに彼に救援を呼べるだけマシだと思うしかなさそうだ。


 「あぁうん、もういいや。とてつもなく不安だけど、やるしかないもんね。え~っと、なんだっけ? こっくりさんこっくりさん、お越しください。とか言うんだっけ」


 諦め半分にそんな言葉を口にした瞬間、ゾワッと背筋が冷たくなったのを感じた。

 なんだ? 周囲にカレらの姿はまだ見えない。

 だと言うのに、まるであの時みたいに……迷界に迷い込んだ時のような嫌な気配を体中で感じる。


 「あーはい、勝手に始めるのはいいですが……あまり適当にやるのは感心しませんよ? 前回もそのせいでおかしな事が起こった訳ですし」

 

 そういうのは先に言ってほしかった。

 私自身は巡に確認する程度で放った言葉だったのだが、それが原因でどうにも”始まってしまった”らしい。

 これは参った、流石に予想外だ。

 降霊術ってこういうものなのだろうか? こんな些細な言葉一つで始まったり終わったりするほど、簡単に変化が起きてしまう代物なのだろうか?

 今まで経験がないから、詳しい事までは分からないが。


 「これって……えーっと、もう始まっちゃってる? もうこの指、離したら不味い感じ?」


 「えぇ、不味いですね。そりゃもう見事に術式は整ってます。これ以降は何が起きても指を離したり、不用意に”周り”を刺激するような発言は控えてくださいね? 早瀬さん」


 そういって巡は笑う、とても清々しい笑顔で。

 それこそ同性でも見惚れてしまいそうな美しい笑顔。

 だと言うのに……。


 「あの……そういう台詞は冷や汗を止めてから言ってもらっていいかな?」


 彼女の顔には間違いなく、好ましくない汗が流れている。

 もはやこれがどういう状況か、聞くまでもないだろう。

 多分、予想外の事態が起きたのである。


 「えっとですね、少し前から……早瀬さんがこの儀式を始めてしまう少し前、ですかね? 先生との連絡が途絶えました。これは不味いです、予想外です。それから、えっと……凄い勢いで散らばったカレらが集まってきてます」


 確かに机の脇に置かれていたスマホには、通話終了の文字が見える。

 え? は? どうするのこれ?

 なんて焦燥感に駆られて、向かいの彼女に視線を送った所で……。


 「あはは、どうしましょう」

 

 なんて表情が返って来る。

 いや、ほんと、マジでどうするのコレ。

 今に始まった事ではない。

 確かに今この時に始まった奇行ではないが……。


 「草加先生えぇぇ!」


 助けを呼ばずにはいられなかったのは、多分私のせいではないと思いたい。

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