第33話 こっくりさんとお肉様


 「おーい、もしもーし。聞こえてるかー?」


 テーブルの上に置いたスマホに対して何度か問いかけてみたものの、返事は一向に返って来ない。

 まさか俺のPCからヤバイ物でも見つけてしまったのだろうか、なんていう不安も拭いきれないが……さっきまで降霊術の準備をしていたみたいだし、多分大丈夫だろう。

 流石は早瀬。ヤバそうなときに咄嗟に違う話題を振り、黒家の矛先を反らしてくれた様だ。

 これはもう褒めてやる以外の選択肢はないだろう。

 ちょっとその話題が話題だったが。

 黒家と付き合っているかどうか、だと?

 馬鹿を言うな、法律というものを知らんのか。


 「如何せん、アレはないよなぁ……いくらお年頃だからっつても……」


 そんな事を一人ぼやきながら、ステーキを頬張る。

 いかんな、腹が減っていたとは言えファミレスでこんなものを頼むべきでは無かった。

 あと数百円足せば専門店で食える品物だったろうに、何故俺はステーキなんぞ頼んでしまったのか。

 専門店に比べれば薄く、素朴な味しかしないソレを口に運びながらちょっとだけ後悔する。


 「これがセットで千円以上するんだもんなぁ……」


 そんな呟きを漏らして、部員二人でも作れそうな肉を頬張る。

 いや、待て。

 そうだ、そうじゃないか。

 あいつら二人とも料理出来るじゃん。

 ならこんな所で飯食ってないで、あいつ等に頼めばよかったんじゃないか?

 今日ちょっとステーキ食いたいんだけど、作ってくれない? もちろん材料代は出すから、なんならスーパーとか一緒に行こうぜ!

 そう誘えばもっと安く、もっと旨いステーキが食えたんじゃないか?

 俺は馬鹿だ、何故もっと早く気づかなかった。

 むしろこんな所で安っぽくてうっすいステーキを頬張っている意味が分からない。

 頭を抱えて塞ぎ込んでしまいたくなる衝動を抑えながら、相変わらず単調な味の肉を飲み込んだ。

 その時。


 『さて……はじ——ょうか。——っくりさ……を』


 「ん? なんて?」


 机に置いてあるスマホから、ノイズ交じりの声が聞こえた。

 多分黒家の声だったと思うが、なんつった?

 丁度筋張った肉が喉を通った瞬間で、肝心な内容を聞き逃してしまったようだ。


 「おーい、黒家。今何てった? すまん聞き逃したんだが……おーい?」


 何度声を掛けようと、返事は返って来なかった。

 バッテリー切れた? なんて思ったが、通話は繋がったままだ。

 これは向うのスマホがぶっ壊れたか? もしそうだったとしても、その内早瀬から連絡が来るだろうから心配するだけ無駄か。

 なんて事を思いながらステーキを口に放り込んでいると、すぐ近くに若い女の子の店員さんが立っている事に気づいた。


 「お客様」


 「あっ、はい」


 なんだろう、可愛い顔をしているのに妙に表情が怖い。

 口元とかちょっとピクピクしちゃってるし。


 「店内での通話は御遠慮下さい。それから、あまり未成年に手を出すのは感心しませんが」


 「——ぶふっ!!」


 思わずむせ込んで、食べ掛けのお肉様が反対側の席まで吹っ飛んで行ってしまった。

 放物線を描きながら向かいの席に着地するステーキを視線で追いながら、勿体ない事をしたと後悔の念が襲う。

 空を舞った彼(?)は一体いくら分の割合を占めるお肉だったのだろうか。

 なんて下らない事を思いながら、店員さんに苦笑いを返す。

 返ってくるのはどこまでも冷たい微笑みだったが。

 この人、どこから聞いていたんだろう。

 明らかに表情が、面倒事を起こす前に帰れって顔してる。


 「あー、えっと。別に手を出してるとかそういうアレでは……」


 「店内での通話は他のお客様の——」


 「すいません、切ります」


 通話終了ボタンをポチッてから、急いで残りの肉を口に放り込む。

 もはやこの場に居る事が辛い。

 ほとんど味のしない肉片を飲み込んでから、そそくさとレジに向かう。

 会計の間もジトッとした視線を感じ続けたのは、どうか錯覚であってほしいと願うばかりだ。


 「とはいえ、やっぱファミレスって高いよなぁ……」


 レシートを見ながら車に乗り込み、ため息を溢す中年独身男性が一人。

 我ながら、惨めだ……。


 「決めた、今回部屋貸してやったんだから旨い肉を料理してもらおう。あいつらに」


 とてつもない身勝手な決意と共に、おっさんは車のエンジンをかける。

 未だ部屋に戻っていいという連絡は貰ってないが、別にいいだろう。

 そもそも俺の借りているアパートだ、決定権は俺にある。

 自分に言い聞かせながら、アクセルを踏み込んだ。

 自身の部屋で何が行われているかも知らず、今日もまた予期せぬ厄介ごとに首を突っ込むのであった。

 

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