第32話 乙女心と降霊術
そしてその夜。
『どうしてこうなった』
不満を漏らす草加先生の声が、電話越しに響く。
現在彼は近くのファミレスでお留守番中。
そして私達二人はというと……
「ここが……草加先生の部屋」
「人の部屋をジロジロ見るのは趣味が悪いですよ」
草加先生の借りているアパートの一室に、巡と二人で居座っていた。
本当に、どうしてこうなった。
いや、私的には役得なのだが。
「これは、アレかな。やっぱりエッチな本とか探した方がいいのかな!」
やはり定番中の定番はこなしておいたほうが良いのではないだろうか。
こちとら草加先生の趣味とか好みとか、色々と知りたい事が山積みなのだ。
巡の制止も聞かず、ベッドの下とか覗き込んでみる。
何かあった! と思った瞬間手を伸ばしてみたが、引っ張り出した物は期待していたものとは違っていた。
ぺったんこのト〇ロのぬいぐるみ、何故こんなものがベッドの下に……。
「早瀬さん、そんな所探してもエッチな本なんて出てきませんよ?」
『おい何でお前が知ったような口きいてんだ。とはいえまぁその通りだ、教職員たるものエロ本なんざ持ってね——』
「——時代はデジタルです。パソコンのDドラを開いてみてください、そこに答えがあります」
『おっま! マジでふざけんなよ!?』
「草加先生! PC起動していいですか!?」
『駄目に決まってんだろ!!』
せっかく目の前にお宝があると言うのに……ぐぬぬ。
なんてやっている内に「ていっ!」なんて声と共に巡がパソコンを起動した。
よくやった。じゃなくて、駄目でしょそれは。
「ちょっと、巡駄目だって……」
「そういうわりには随分と小声ですね。別にいいんですよ? 起動にはパスが必要ですし。乗り気がしないというなら、このままシャットダウンしましょう」
ニヤニヤと笑いながら巡は小声でこちらの様子を伺っている。
いいんだろうか、こんな事をしたら間違いなく草加先生に怒られてしまう。
でも見たい……ひじょ~に気になる。
などと葛藤を繰り返している内に、電話越しに訝しむような声が響いてきた。
『おいお前ら何やってる? なんか静かになったけど、まさかPCつけてないよな? 止めろよ? 本当に止めろよ?』
バレてらっしゃる。
しかも結構焦ってる雰囲気。
「大丈夫ですよ先生。早瀬さんの暴走は私が止めてますので」
「え!? ちょっと! 私何もしてないよ!?」
こいつ、さっそく人の事を売りやがりましたよ。
自分は地雷を撒くだけ撒いて、その中に人を放り込みやがりますか。
「ところで先生」
『あん?』
「パスワードは先生の誕生日の0404からお変わりないでしょうか?」
『ブフッ!!』
「不用心ですね、変更をおすすめしますよ?」
何か叫んでいる先生を無視して、巡は当然のようにパスワードを突破した。
草加先生の誕生日って四月四日なのか、これは覚えておかなくては。
というかなんで巡はこんな事まで知っているんだろう。
二人の関係が気になった事はこれまで何度もあったけど……なんていうか、仲良すぎじゃないだろうか?
ただの顧問と生徒の関係にしてはやけに親密な雰囲気だし、オマケに彼の秘密……隠してるであろうエッチなソレや、PCのパスワードまで知っている関係なんて普通ではないだろう。
むしろ平気で顧問の先生の部屋に上がり込んでいる辺り、妙に近い距離感を感じる。
もしかしてもう既に付き合ってたり……。
「さぁさぁ早瀬さん、ここからが問題の代物ですよ」
『やめ、やめろぉぉぉ!』
「——ねぇ、あのさ」
漫才のようなやり取りを続けている二人に対し、低い声で制止を掛ける。
草加先生は『どした早瀬! 何か見ちまったのか!?』なんて声を荒げているが、巡の方はキョトンとした顔で、何か? と次の言葉を待っている。
そんな二人(一人とスマホ)を前に、今後の為にも聞いておいた方がいいだろうと覚悟決めた。
「二人は、その……付き合ってたり、するの?」
結構勇気を振り絞ったつもりだった。
最後は尻すぼみになってしまった気がするが。
それでも、これだけは聞いておかなければ。
実は……なんて返ってきた日には、明日から部活に顔を出せる気がしない。
そんな事になったら、私はただの邪魔者になってしまうのだから。
まさに恐る恐るといった感じで、巡の目を見る。
その瞳には……呆れと同情が映っていた。
「『 は? それはないわ 』」
あ、あれ?
綺麗に二人して同じ返答を頂いたわけだが、あれ? 本当に?
「そもそも教師と生徒ですよ? あるはずないでしょう」
やれやれ、と言った雰囲気で肩を竦める巡。
『いや、俺まだ捕まりたくはないんだけど』
どちらかというと世間体を気にする草加先生。
あれ? これは本当に?
傍から見ればどう見てもそういう関係にしか見えない二人だが、これはもしかして、もしかしたりするんだろうか。
「えっと、そっか。そうだよね、ごめんごめん! ホラっ部活始めよ? 草加先生のパソコンは後回しにして、ね?」
無理やりだったかもしれないけど、私は無理にでも明るく振る舞った。
口元がにやけるのを防ぐ為に。
「はあ……まぁいいですけど。それじゃ準備しますか」
そういって前回同様大きなバッグから色々と取り出す巡。
彼女は別段普段と変わりない様に見える。
つまりだ、私が見る限りだと彼女は間違いなく草加先生に好意を寄せている。
でも今の反応を見ると、それを本人が気づいていない可能性があったり……しそうだな、巡の場合。
普段は冷静な癖に、妙に抜けてる所があるし。
以前のお弁当やら夕飯作りなんかも、何となく草加先生を取られちゃうの嫌だなぁなんて、ちょっとした嫉妬心から起こした行動だったとしたら?
これはまだ、私にもチャンスがあるのではないだろうか?
「そ、そうだね! はやくやっちゃおう! 草加先生もいつまでも外に居る訳にもいかないし」
ちょっとずるいのかもしれない。
でも、私だって本気なのだ。
純粋な好意かと聞かれれば、彼の『腕』の力があるからという打算があるというのも否定はしない。
しかし、好きだという気持ち自体に嘘はない。
巡を急かす様に手伝って、次から次へと今日の準備が整っていく。
着々と何かを始める”場”が完成していくのだが、私の頭の中はそれどころではなかった。
——負けないんだから。
ただそれだけを思いながら、私は指示に従って描かれた鳥居の上に十円玉を乗せ、その上に人差し指を置いた。
置いてしまった。
……あれ? 私今何をやらされている?
今更過ぎる疑問に、目の前に座る巡は満面の笑みで答えた。
「さて、はじめましょうか。”こっくりさん”を」
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