第31話 旧校舎の不思議な自販機


 「はいはい、では話がまとまった所で今日の部活の話をしましょう」


 そう言って手を叩き、二人の注目を集める。

 今日の活動内容……元々は今日もまた心霊スポットにでも行って、集まった雑魚を散らそうと考えていたが、それよりも試してみたいことが出来てしまった。


 「とりあえず先生は飲み物買ってきてもらっていいですか? 丁度切らしちゃってて」


 「えっ、何で急にパシリ?」


 本人は不満を漏らすが、普段は私が茶葉やら何やら用意しているのだ。

 それを考えれば、たまには奢って貰ってもいいじゃないか。

 先生もそれは分かっているのか、渋々ながら了承して立ち上がる。


 「私は先生が最初に見つけた自販機の、上の段の右から二番目で」


 「うわ、何そのめんどくさい注文」


 どうせなら遊び要素くらい混ぜたほうが面白い。

 何が来るかはその時まで分からない、たまには普通の刺激が欲しいというものだ。

 普通じゃない刺激は普段から困っていないので、そっちは御免被るが。


 「あ、それじゃ私は同じ自販機の下の段。左から三番目で!」


 早瀬さんも空気を読んだらしく、先生は面倒臭そうに「うえっ」なんて声を漏らしている。


 「お前ら……何が来ても文句言うなよ?」


 そう言って素直に部室を後にする先生。

 普段より随分素直に従ってくれたが、昨日奢った焼肉が効いているんだろうか?

 まぁ、今はそんな事どうでもいいか。

 それよりもコレだ、狐の仮面。

 当然先生を退室させたのには、ちゃんと理由がある。


 「さて、早瀬さん。分かっているとは思いますが、どう思いますか」


 「そうだね、椿先生は要注意人物だね」


 「おバカ。そっちじゃありません、コレですよコレ」


 先生がいない所ですらボケをかます彼女の額にチョップを叩きこんでから、狐のお面をつつく。

 私の『感覚』では、少しばかり何かが憑いてるようにも感じられるが……しかし普段と違って嫌な感じがしないのだ。

 『上位種』のような雰囲気も感じないし、今の所黒い霧も見えていない。

 だとすれば何だというのだろう?

 何かが居るのは分かるが、はっきりと感じられない。

 以前迷界を彷徨った時にもそう感じたことがあるので、嫌な感じがしないからと言って安心は出来ないが。

 だからこそ、早瀬さんの『眼』にどう映っているのか気になる所。


 「いつまでのたうち回ってるんですか、さっさと見てください」


 私の隣で額を抑えながら蹲る彼女は、いつまで経っても起き上がる気配がない。

 全く、時間も限られている以上真面目にやってほしいものだ。 

 やれやれと首を振りながら、ため息を溢す私を早瀬さんはキッと睨みつけて来た。


 「いたい」


 「はい?」


 「ふっつーに痛かったんですけど、力加減間違えてない? ねぇ間違えてない?」


 あぁ、なるほど。

 いつも先生に突っ込みを入れる感覚でやったら、彼女にはダメ―ジが大きすぎるのか。

 ふむふむ、これは悪いことをした。


 「いや、なんか一人で納得してるけどさ! 違うよね!? こういう時の反応は普通もっと違うよね!?」


 捲し立てる様に叫びながら、額を抑えた早瀬さんが勢いよく立ち上がる。

 若干涙目になっている事から、結構痛かったのだろう。

 ごめんごめん。


 「これは失礼しました。早瀬さんは先生と違って柔らかお肉さんでしたね、今度から気を付けます」


 「言い方! 太ってるみたいなその言い方ぁ!」


 「大丈夫ですよ早瀬さん、貴女はもう少し肉を付けた方がいいんじゃないかと心配になるくらいスリムです」


 「おい今どこ見て言った」


 まぁいいけどさぁ……なんてぶつくさ呟きながら、胸を両手で隠した彼女は狐のお面と向き合う。

 周り、というかクラスメイトと比べればそこまで気にする事も無い大きさだと思うんだが、やはり気にする人は気にするんだろう。


 「うん、そろそろ真面目に戻ろうか。視線がガッツリ胸に固定されてるよ?」


 南無。


 「手を合わせるな祈るな拝むな。私も怒るよ?」


 些かからかいすぎたらしい。

 反省反省。


 「はぁぁ……まぁいいや、それじゃ改めてっと」


 気を取り直した彼女は、件のお面を手に取りジッと覗き込む。

 表情は真剣そのもの。

 傍から見れば彼女が今何か見えているのかなんて分からない……と、最近まで思っていたのだが。

 なんだろう、彼女の瞳に普段にはない色が見える気がする。

 もしかしたら気のせいかもしれないが、赤や緑、そういった色が瞳の中で揺れ動いているように見える。

 これが彼女の『眼』が何かを捉えているという現れなのか、その真相は分からないが。


 「うーん……よくわかんない」


 どうやら私の考えすぎだったらしい。

 ため息を溢しながら彼女はお面を箱に戻した。


 「わからないというと? 見える見えないではなく」


 私も似たような感想を持ったのであまり人の事は言えないが、彼女の場合はどういう事なのだろう。

 彼女の『眼』で言えば私の『感覚』とは違い、見えるか見えないかの二択な気がするのだが、早瀬さんは「わからない」と言った。

 このお面は、その瞳にはどう映っているのだろう。


 「んとさ、巡にはこのお面どう見える? なんていうかな、どういう表情してると思う? って言えばいいかな」


 「表情……ですか?」


 改めて覗き込むが、別段先ほどと変わった様子はない。

 白いお面、金の模様、コレと言ってどんな顔という印象は持てないが……あえて言うなら狐ですね、としか。


 「私は狐の顔にしか見えませんけど……というか狐の表情とかわかるんですか?」


 笑ったり怒ったり、とか?

 当然描かれた物なのだから、描き方によってはそれっぽく見えるかもしれないが。

 とはいえこのお面に関しては、そう言ったモノは伝わってこない気がする。


 「いや私もはっきり分かる訳ではないけどさ。でもなんだろう、ずっと見てるとたまに表情が変わってる気がするんだよね。最初は角度によって見え方が違うトリックアートみたいな物かなぁって思ったんだけど」


 確かにそういう物はある。

 見上げたり、見下ろしたりすることで表情が変わるだまし絵。

 詳しい訳ではないので、コレがそうなのかと言われれば分からないが。

 実際にお面を手に取り、様々な角度から覗き込んでみるが。


 「これといって表情が変わっているようには感じませんね……」


 「だよね。たまに笑ったりしてるように見えて、アレ? って思うと普通の顔に戻ってる気がして……気のせいかな? でも他には何も見えないよ? あの黒い霧も出てないし、他に何かが居るって訳でもないし」


 ふむ、と手を顎に押し当てながら考える。

 私も早瀬さんもコレがどういうものか分からない、そして先ほどは先生もお面に触れていた。

 もしかしたら先生の『腕』の影響で、憑いていたものが逃げてしまったのかとも考えたが。

 多分違う、もしもそうなら私の『感覚』に引っかかる違和感の説明がつかない。

 それに早瀬さんが見たという微妙な表情の変化。

 いくら覗き込んでも、私にはその変化が見て取れないので、おそらくは彼女の『眼』だからこそ見えたと考えるべきだろう。

 だとしたら……これは一体何だ?


 「う~ん……こんな良く分からない物は初めてですね。実は本当に幸運のお守りだったりするんでしょうか」


 手紙に書いてあったような「守り神」とやらがこのお面に憑いていて、それはヤツらとは違うから私達には認識できない、とか?

 いや、そもそも神様なんて本当にいるんだろうか?

 はっきり言って胡散臭い。

 私達の能力を全て欺く怪異が憑いている、なんて言われた方がまだ納得できるというものだ。

 まぁその場合手の打ちようが無くなってしまう訳だが。


 「お守りとか信じる方じゃないんだけどなぁ……今までも全然効果なかったし。とはいえ今の所嫌な感じもしないんだよねぇ」


 早瀬さんも同意見なようで、二人して首を傾げてしまう。

 本当に、なんなんだこれ?


———


 なんて事をやっている内に、部室の扉が開いた。


 「ういー戻ったぞー」


 やる気のない声と共に、先生が顔を出す。

 そしてその手には……なんだろうあれ。

 妙に毒々しい見た目の缶が二つ。


 「おかえりなさい……それで、なんですかソレ?」


 ん、お前らの。

 なんて言いながら差し出してくる缶をそれぞれ受け取るが……とてもじゃないが飲み物という見た目をしていない。

 飲んで平気な物なのだろうか?


 「言われた通り、最初に見つけた自販機で買ってきたぞ。何かは……わからん。多分飲めるだろ、売ってたんだし」


 そういう本人は極めて普通のお茶を飲もうとしている、と思ったがよく見ると「せんぶり茶」と書いてある。

 あぁなるほど、普段使わないから忘れていた。

 ここから一番近くの自販機、ソレは旧校舎を出てすぐの所にある。

 それは「旧校舎の罰ゲーム自販機」なんて呼ばれている程、とにかく意味の分からない商品を取り揃えた、ある意味この学校の七不思議に入りそうな代物なのだ。

 当然そのラインナップに普通の商品など置いてあるはずもなく。


 「——ぶふぅっ!! に、にが! なんだこれ」


 大体はこうなる。

 むしろちゃんと「せんぶり茶」と書いてあるだけ良心的だろう。


 「う、うわぁ……こっちは”抹茶メロンソーダ、ゴーヤ風味”だって。もはやどんな味がするか想像できないよ……」


 早瀬さんもとんでもない品を引いてしまったらしく、缶を眺めたまま苦笑いしている。

 もはや試しに飲んでみる、なんて選択肢はないに等しい。


 「と、とにかく今日の活動の話をしましょう。このお面を調べるという方針でですね……」


 「おいおい、せっかく買ってきたんだから試しに飲んでみようぜ」


 話を変えようとしているのに、居ましたよ飲んでみる選択しちゃった人が。

 ホラホラと捲し立てられ、早瀬さんなんて缶開けちゃったし。

 本当に飲む気なんだろうか、アレ。

 などと思っている内に、彼女はギュッと目を閉じたまま口を付けた。

 そして。


 「——ぶっ! ゴホツ! にっが! 青臭い上にドロッとしてて、後からシュワシュワする……ぶえぇ」


 もはやジュースを飲んだ時の感想ではない。

 だから止めておけば良かったのに……。

 呆れ顔でため息を溢していると、二人が揃ってこっちを見ていた。

 嫌な予感がして、少しだけ口元が歪む。


 「巡、何一人だけ助かろうとしてるのかな? せっかく買ってきてもらったんだし、まさか飲むよね?」


 ニヤニヤ笑いながら被害を拡大させよう近づいてくる早瀬さん。

 来るな、妙に青臭い香りを漂わせながら近寄ってくるな。


 「ホラホラ、お前はどんなのだったんだ? 一口でいいからさ、な? 試しに」


 じりじりと近寄ってくる中年。

 捉え方によってはセクハラに近い何かな雰囲気を醸し出して、こっちもこっちでニヤニヤと笑っておられる。

 通報するべきだろうか。


 「非常に気持ち悪い表情で二人して近寄ってこないでください。ホラ、私のはこれでしたので、飲みたければどうぞ」


 そういて机の上に缶を立てる。

 その表面には「謎の媚薬”初恋フレーバー”甘酸っぱくもほろ苦い、もはや忘れたい味」と長いタイトルが書いてある。

 はっきり言って意味が分からない。

 そもそも何故媚薬なんぞが学校の自販機に売ってるんだ、問題だろうに。

 更に媚薬なのに初恋なんたらってなんだ、忘れたい味だというなら商品化しないでほしいものだ。


 「全く味が想像できねぇ……ていうか飲んでも平気なのかコレ?」


 「いや、流石に媚薬って言っても本物な訳ないし……大丈夫じゃないですかね? じゃあ飲んでみようか、はい巡」


 プシュッといい音を立ててプルタブを開ける早瀬さん。

 それだけならまだしも、口の開いたソレを私の手に戻しやがりましたよこの子。


 「あの、マジですか?」


 「「マジです」」


 二人して力強く頷きながら、興味深そうに私の行動を見守っている。

 これは一口くらい飲まないと終わらなそうだ。

 別に害がある訳でもないだろうし、であれば少しだけ口に含むくらい——


 「ぶふっ!」


 口の中にソレを入れた瞬間、体がソレを異物と認識したらしく盛大に拒否した。

 なんだこれ……最初は蜂蜜か何かかと思う程甘ったるく、後味は酸っぱいともしょっぱいとも感じられる。

 それを無理やり飲み込んだら、今度は胃の奥の方から苦いとも感じられそうな異臭が戻ってくる。

 そしてなにより、強炭酸だこいつ。


 「どうだった? 初恋の味は?」


 「媚薬らしいぞ? ムラムラしたりするか?」


 二人して興味津々のご様子だが、とてもじゃないが答えられる状態ではなかった。

 口元を手で押さえながら、涙目で睨む。


 「……吐きそう」


 「ちょっ!? マジか!」


 「え、えっと! 口直しにコレいる!? 抹茶メロン!」


 いらんわ! マジで吐くわ!

 こうしてこの日の部活動は、夜に持ち越しとなった。

 まぁ夜の活動といえばいつも通りではあるのだが、本日はそれまでに体調を戻さないといけないというオマケつきになってしまった訳だ。

 最後の異物混入でうやむやになってしまったものの、本日の内容は狐のお面を調べる事。

 見ても触っても分からないので、結局いつも通りの方法を取るしか無さそうだ……なんて考えながら帰路についた。

 訳の分からない物だけに、警戒は怠らないつもりだが……果たしてどうなる事か。

 大事にならない事を祈りながら、私は一人黙々と今夜の為に準備するものを考え始めるのであった。

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