第18話 迷界
もう、どれくらいの間走り続けただろうか?
突き当りを曲がったり、部屋を突き抜け、階段を上ったり下りたり。
ただひたすら『感覚』に従って走り続けた。
とはいえ私の感覚も、あっちが少し少ないとか、こっちは多い程度にしか分からなくなって来て、正直あまり使い物にならない。
いくらなんでも多すぎるのだ。
これでは感覚が麻痺するどころか、ちゃんと確認する事だって出来ない。
どれだけ走り続けても、そこら中にカレらが居る。
少ない方へと走っているはずなのに、その数は一向に減らなかった。
「ね、ねぇ……黒家さん」
苦しそうな呼吸をしながら、手を引かれる彼女が言葉を発する。
今にも限界が訪れてしまいそうな雰囲気だが、それでも懸命に足を進めていた。
「この、廃墟って……こんなに、広かった、っけ?」
息も絶え絶えになり、喋る事さえ辛そうだ。
「それは、私も思っていました、けどっ。早瀬さん……一つお願いが、あります!」
いざ喋ってみると、自分も似たような状態だった。
いくら言葉を繋げようとしても途切れてしまい、乾いた喉から擦れたような声が絞り出される。
「後ろ、私達のうしろ。追ってきてますか? アイツら。さっきから、『感覚』だと位置が変わらない上に、一向に減らないんです、けどっ!」
周りには確かに居る、そしてこれから行こうとしている方向にも。
だがその全てが、動いているようには一切感じられない。
ただただそこに居るだけの様な……まるで障害物の様に立っているだけに思えてくるのだ。
しかし私では正確に見えない。
だからこそ早瀬さんにお願いするしかないのだが、こんな状況だ……もはや目を開けているのだって辛いだろう。
「い、いないよ! あ、いや居るけど! 追い掛けて来たりは、してないっ!」
彼女の台詞を聞くと同時に、なるべくカレらが遠くに居る場所で足を止めた。
急停止と言ってもいい勢いで。
「では、急いで水分補給しましょう。これ以上は無理です、周りを確認しながら飲んでください」
急いで荷物の中から飲み物を取り出し、彼女に手渡した。
こういう時こそ、スポーツドリンク。
いつもなら先生専用だが、今回ばかりは悠長に水筒を出している訳にもいかない。
二人して勢いよく蓋を開け、普段なら想像出来ないような速さで飲み干していく。
「ぷはっ! もう無理! 何この状況!」
空になったペットボトルを口から剥がすと同時に、早瀬さんは叫んだ。
気持ちは分かる、こんな状況普通に生活していればまず在りえない。
いつの間にか室内には薄暗い赤い照明が灯り、とても現実とは思えない光景だ。
お化け屋敷以外でこんな明かりを使う人間が居るとするなら、とてつもない悪趣味な思考の持ち主だろう。
「ぷはっ! 本来……というか今までは無かった事ですが、もしかしたら『異能』とも言える『感覚』と『眼』を持った私達が、カレらにはとんでもない御馳走にでも見えているんですかね」
少し遅れてペットボトルを空にした私は、この状況を推測する。
決してあり得ない話ではないのだ、今までは先生が一緒だったからカレらも大人しかったが……感じる事の出来る私と、見る事のできる早瀬さん。
どちらも抵抗する手段は持ち合わせていないと判断した上で、この状況に誘い込まれたと考えるちょっと厄介……というか絶望的だ。
「そもそもココって本当にさっきの廃墟? とてもじゃないけど、そうは見えないんだけど……」
彼女の言う通り、先ほどまで私達が踏み込んだ廃墟とは構造も様子も違う。
洋風をイメージした豪邸……という感じだったはずのソレが、今ではまるで昔の刑務所というか、やけに物々しい雰囲気を放っていた。
通路の一区切り出来そうな場所に設置された鉄格子、ひび割れながらも頑丈そうなコンクリートで固められた壁や床。
これがゲームなら、怪異ではなくゾンビとか化け物とかが出てきそうな雰囲気だった。
いくらなんでもあの豪邸の下に牢獄が作られていて、そこに迷い込んだ。
なんていうのは、非現実的過ぎるだろう。
だとすれば、これは多分。
「早瀬さんは、冥界ってご存知ですか?」
「は? 冥界? えっと、あの世……みたいな?」
何を言い出すんだとばかりに、困惑した表情を浮かべる彼女。
まぁいきなりこんな話をすれば仕方のない事だとは思うが。
「場所……というか教えによって異なりますが、『冥界』とは死者が成仏するまでの期間、幽霊として滞在する場所の事を言うそうです。そしてソレは『迷界』とも呼ばれ、神隠しの原因はソコに連れて行かれてしまう事……らしいですよ?」
「えっ、つまり……私達は『迷界』って奴に迷い込んで、今はその神隠し状態……みたいな?」
「かも、しれませんね」
正直そうあって欲しくはない。
でも今の状況からココは、『迷界』……もしくはソレに近い場所なんじゃないかと思えて仕方がない。
「嘘だと言って……私まだ死にたくない。というか初めてのオカ研野外活動でご臨終って、割と洒落にならないというか、呪うレベルだよ?」
「安心してください、何かあった場合は私も多分生きてはいません。呪う相手は先生しか居ないので、その時は安心して二人で先生に憑りつきましょう」
「安心できるかぁぁぁ!」
彼女の激しいツッコミに、まだ走れそうだと確信を持つ。
ここで諦めるなら簡単だが、生き残りたいのであればまだまだ足掻く必要がある。
当然私はこんな所で諦めるつもりはないし、彼女も今の様子なら大丈夫そうだ。
なら、やるべき事はただ一つ。
ここから脱出して、先生と合流する事だ。
彼さえいれば、多分この状況だってどうにか出来てしまうのだから。
「我ながら、ちょっと先生に依存し過ぎですね……」
そんな言葉を小さく呟いた私の隣で、早瀬さんが急に悲鳴を上げた。
「ちょ、嘘っ!? 来てる! 黒家さん来てるよ、アイツらめっちゃ来てる! 急に押し流されるくらいな勢いで追いかけてきてる!」
「あぁもう! 少しくらい休ませてくれても、罰は当たらないと思うんですけどね!」
私にも見えた。
正確なカレらの姿が、ではないが。
まるで押し流される水のような勢いで、津波が迫ってきたのではないかと思える程の黒い霧が私達目掛けて迫ってきたのだ。
「とにかく走ります! 今は逃げる他ありません!」
再び彼女の手を握り、懸命に両足を動かした。
こんな事なら、もう少し動きやすい服を着てくるんだった。
今更過ぎる後悔と共に、私達は駆け抜けていく。
背後から迫る、波のようなカレらから。
今走っているその先に、何があるとも知らずに。
ただただ、走り続けたのだった。
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