第17話 廃墟探索 3


 「とまあ、そんな感じですかね」


 「なんていうか……思った以上に語ってくれたね黒家さん。一言二言で終わるのかと思ってたよ」


 自分でも思った以上に熱弁してしまったようで、早瀬さんが若干疲れた顔をしている。

 いつまでも休憩している訳にもいかないのは分かっているのだが、話し出したら止まらくなってしまった。

 今まで同年代とこんなに喋った事がなかったので、ちょっと新鮮な感じ。


 「でもま、やっぱ昔から草加先生はそのままだったんだねぇ。登場が飛び蹴りの辺りとか特に」


 確かに……その後高校に入学してから再会した時だって、「あっ、飛び蹴りの人」なんて口に出してしまったくらいだ。


 「でもさ、今の話だと黒家さんにもアイツらがちゃんと見えたってことだよね? 昔の方が見えてたとか、今に至るまでに見えなくなっていったりしたの?」


 不思議そうに首を傾げている。

 まあ部室で話した内容と、今聞いた話だけなら疑問に思ってもおかしくはないだろう。


 「いえ、今も昔も変わりませんよ? 多分誰しも『見える瞬間』というか、特定の条件で見えたり見えなかったりするんじゃないですかね。その時だけは弟にも見えていましたし、それ以外の人だってそういう瞬間が無いのなら、心霊体験や怖い話なんてここまで広がっていないと思いますけど」


 それもそうかとばかりに、彼女は頷いた。

 実際あの時は腕が千切れるのではないかと思うくらい痛みを感じたが、その後カレらから触れられたり、逆にこちらから触れるという事も出来ないのは実証済みだ。

 流石に『上位種』で試そうとは思えないが、『雑魚』でなら何度か試した事がある。

 それも先生が居るからこそ出来る事であり、私一人なら今でも見えないフリを続けていたのだろうが。


 「まあ雑談はここまでにして、そろそろ動きましょうか。流石に先生も痺れを切らしてきた頃でしょうから」


 ちょっと今更感もあるが、私達が廃墟に侵入してから随分時間が経過しているはずだ。

 先生の事だから、下手すると車で寝ている可能性も捨てきれないのが怖い所だ。

 いざという時連絡しても彼が来てくれないのでは、元も子もない。

 そうなるとこの探索自体が、私達にとって単純な自殺行為になりかねないのだ。


 「一応先生に一度連絡を取っておきましょう。寝ている場合には起こす意味でも」


 早瀬さんに説明しながら、スマホを取り出した。


 「あっ、私にも草加先生の番号とか教えて」


 本人から聞けばいいのに、なんて思わなくもないが丁度いい。

 この先もしも逸れてしまった場合には必要になるだろう、むしろここへ踏み込む前に気づくべきだったと少しだけ後悔してしまうが。


 「えぇ、先生と私のも教えますから、いざという時の為に登録しておいて……って、あれ?」


 ふと違和感に気づいた。

 別に何かを感じたとか、何かが見えた訳ではない。

 むしろ未だ何も現れず、『感覚』ではここにいると分かる気味の悪い状況が続いてる。

 しかし小さな変化が、今目の前で起きた。


 「ここって……スマホが使えないなんて事無かったですよね? 圏外になってる……早瀬さんの方はどうですか?」


 はて、と首を傾げた彼女だったが、すぐに自分のスマホを取り出して確認してくれた。

 おかしい、ここは別段深い山奥という訳でもないし、入り口付近では普通に電波は届いていた筈なのだが。


 「こっちも駄目っぽい、圏外だ……でも、あれっ? ここに入る前まで皆普通に使ってたよね?」


 彼女も異変に気付き始めたのか、徐々に表情が曇ってゆく。

 とにかく何か良くない事が起こっているのかもしれない。

 そう考えて、急いで休憩に使った物資を片付け始める。


 「早瀬さん、少し周りを見渡して下さい。何か見えたりしますか?」


 見張りという意味でも、彼女以上の適任者はいない。

 私では見落とす可能性があるナニカだって、彼女の『眼』ならば捉える事が出来るだろう。

 早瀬さんに指示を出しながら、荷物をバッグに詰め込んで再び背負う。

 この先何があるかわからないのなら、余計に水分や食料は捨て置いたりなど出来ない。


 「ねぇ……黒家さん」


 ボソッと不安そうな声が響いた。

 何か居たのかと焦り、私も一緒になって周りを確認してしまったが。


 「何も……居ないようですけど。どうしました?」


 コレと言って何も見えなかった私は、改めて早瀬さんの顔を覗く。

 休んだばかりだというのに、少しだけ顔色が悪いように見えるのは気のせいだろうか?

 彼女は通ってきた方角に視線を向けたまま固まっている。

 何か見えたのだろうか?


 「あのさ……私達がここに入ってきたのって、どこからだっけ?」


 震える声で、訳の分からない事を言い始めた。

 そもそも今自分で視線を向けているというのに、何を言っているんだろうか。


 「休みすぎて方角も分からなくなりましたか? 今ご自身で見ている扉がそうですよ、そっちから私達は入ってきました」


 「だよね? 私達、そこから入ってきたよね?」


 本当にどうしたのだろうか?

 もしかしたらその先に何か見えているのかも……なんて予想もしたが、どうにもそういう雰囲気ではない。

 ただただ混乱し、怯えているように見えた。


 「さっきからどうしたんですか? 何か見えるんですか?」


 少しだけ苛立った口調で問いただすと、彼女は視線の先にある扉を指さした。

 今しがた通ってきた方角にある扉、それこそなんの変哲もないただの扉に見えるが……。


 「黒家さんにも見えてるよね? 扉って言ってたし……私達がここに入るとき、扉なんてあったっけ?」


 そう言われた瞬間に、ゾッと背筋が冷えた気がした。

 確かに彼女が言う通り、この部屋に入った時扉なんて開けた記憶はない。

 ただ通路の先にある空間に踏み込み、その瓦礫を退けただけだ。

 それなのに、今私たちの目の前には両開きの扉があり、しかも完全に閉ざされていた。

 休憩で警戒心が薄れていたのは私の方だったと、思わず舌打ちする。


 「これは……ちょっとまずいかもしれませんね」


 口に出した途端、私の『感覚』が捉える気配が部屋中に溢れ出した。

 壁の向こう、窓の外。

 そして扉の向こうどころか、天井や床の下からも。

 とにかくそこら中から、カレらの気配が漂ってくる。

 さっきまではあんなにも不鮮明に感じられていたのに、今では間違いなくそこにいると分かるほどに。


 「逃げますよ! カレらの少ない方向へ案内しますから、とにかく走ってください!」


 叫んでから彼女の手を引いて走り始める。

 せめてもの救いだったのが、休んでいた部屋は行き止まりという訳ではなく、豪邸の応接室のようにいくつかの出入り口があった事だ。

 その中でヤツらの気配が薄い場所を選び、扉を押しのけるようにして身を乗り出した。

 だが廊下に出た途端、思わずウッと呻いてしまう。


 「黒家さん! そこら中に居る! 上下左右全部!」


 「言わないでください! とにかく走って!」


 真っすぐに伸びる廊下には、まるで火災現場かと言いたくなるほど黒い霧で覆われていた。

 私からしたら霧や靄のように見えるソレだが、早瀬さんからすれば全て……ちょっと考えたくないが、そこら中の全てにヤツらの姿が見えるんだろう。

 そして私が選んだこの通路。

 これでもまだ、他の道よりカレらの数が少ないのである。

 明らかに異常事態だ。


 「これ……おかしいよ! 皆こっち見てる! 最初から見えてる事に気づいてるみたいに!」


 更にカレら全てが、私達の方へ視線を送っているらしい。

 今ばかりは『眼』を持っていなくて本当に良かったと思うが、早瀬さんにとっては地獄だろう。


 「だとしても極力視線を合わせないで下さい! カレらが反応しそうな言葉も行動も禁止です!」


 「無理だってば! 360度全部埋まってるんだから!」


 彼女が見えているだろう光景を想像し、思わず嫌悪感が滲む。

 だが立ち止まる訳にはいかなかった。

 ここで足を止めてしまえば、それこそどうなるか分からない。

 カレらを『雑魚』なんて表現してはいたが、それは先生が共にいる場合だけなのだ。

 私達だけではどうしようもない。


 「とにかく走って! 見られているだけなら、逃げ切ってしまえばいいだけです!」


 まるで自分に言い聞かせるように叫ぶが、本当にそうだろうか? 追っては来ていないだろうか?

 私には靄にしか見えないので判断に迷う所だが、とにかくこの状況だ。

 掴んだ彼女の手を放してしまえば、私達は確実に逸れてしまうと断言できる。

 なんせ私の視界にだって、通路を埋め尽くすくらいの靄が見えているのだから。


 「とにかく出来るだけ少ない方へ走ります! 絶対に手を離さないで下さいね!」


 「死んでも絶対離すか! こんな所に置いていったらマジで怒るからね!」


 強気な台詞が聞こえてくるが、実際は涙声……というかほとんど泣き叫んでいるような声だった。

 絶対に離すもんかとばかりに、私は今一度彼女の手を強く握りしめて走り続けるのであった。


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