第15話 廃墟探索 2


 「一旦この辺りで休憩しましょうか、無駄に歩き回っても仕方ありませんし」


 その一言と共に振り返ると、後ろを歩いていた彼女が大きくため息を漏らす。

 いつものペースで探索してしまったが、初めて付いてくる身としては少し大変だっただろうか?

 新入部員という事と、こういう場所は初めてだという意味合いも含めて、目の前の彼女はどこか気を張っているように見える。

 なのであまり時間を掛けないように、サクサクと探索を済ませようと思ったのだが……どうやら逆効果だったようだ。


 「えっと、大丈夫ですか? 早瀬さん」


 聞くまでもなく大丈夫そうには見えない。

 その場で座り込み、瞳は疲れ切ったように明後日の方向を向いている。


 「あのさ……黒家さんって普段からこんな事してる訳?」


 相当疲労が溜まっているのか、覇気のない声で呟く彼女。

 失敗したな……と、心の中で自分に対して舌打ちする。

 これくらいのペース、先生なら余裕で付いてくる上に雑談だって始めるくらいだ。

 普段からあの人を連れ回している感覚で他の人を連れて歩くと、こういった事態に陥るのだと改めて再認識する。


 「まぁ普段からって訳ではありませんが……心霊スポットの探索は大体こんな感じですかね。先生が一緒の時は、下手するともっと早いです」


 あくまでも事実だけを告げるように返す。

 自分でも分かっているが、これはあまりいい返答ではないと思う。

 というかむしろ「普段はもっと早いけど、今日は貴女が居るからちょっと遅いです」みたいに聞こえてしまうのではないだろうか?

 あまりこういった時の気遣い、というか空気を読むような発言は得意じゃない。

 普段の私生活でもそうなのだから、こんな状態で気の利いた台詞が思いつかないのも当然だろう。

 まぁなんというか、私は言葉選びが上手くないのは重々承知している。


 「アハハ、黒家さんって意外と体力あるよね。凄いな、ちょっと憧れちゃう。でも確かに草加先生が一緒だったら、もっとガンガン進んでいきそう。ごめんね、足引っ張っちゃって」


 「え、あ……いえ。気にしないでください、私のペース配分の問題もありましたし」


 申し訳なさそうな顔をする彼女が、私にとっては意外……というか信じられなかった。

 学校生活の間にもしも似たような事があれば、普段なら間違いなく相手が嫌な顔をする出来事だ。

 というかいつもなら私も周りに合わせる気がない上、もしも相手が私に合わせて不都合を感じる事があったりすれば、大体の人は不機嫌になる事が多かった。

 場合によっては、私を叱咤する人だって多かった記憶がある。

 『なんで周りに合わせられないの?』とか『自分だけ勝手にやって、迷惑かけてるとか思わない?』なんて台詞は、今まで散々言われて来た。

 それなのに彼女はどうだ。

 申し訳なさそうに笑いながらも、こちらを非難する事も無ければ、出来ない自分を正当化する事もない。

 思った以上にリアリスト……とは違うのかもしれないが、根性はあるように思える。

 間違いなく、今まで私が関わってきた同世代の人間とは違う反応だった。


 「ごめんね、少し休んだらまた付いていくから。思った以上に足場悪くて疲れちゃったみたい」


 こればかりは仕方のない事。

 実際物が散乱していて歩きにくいし、遊びで肝試しに来ている連中と違い、徹底的調べる形で動き回っているので移動距離も長い。

 しかもこの暗闇の中、カレらがすぐ近くに待ち受けているかもしれない薄気味悪い空間に閉じ込められての探索なのだ。

 そんな中を泣き言一つ言わず付いてきた彼女は、相当に無理をしていたのではないだろうか。

 更に言えば、彼女は私以上に『見える』人なのだ。

 精神的な負担も、私なんかよりずっと大きいと思われる。

 こればかりは……流石に私がもう少し気を付けるべきだったと反省する他ない。


 「いえ、幸いひらけた場所に出ましたし、このまま休憩するにはもってこいの場所ですから、お気になさらず」


 今更気を使っても遅いかもしれないが、それでも彼女に無理をさせるよりよっぽど良い。

 こちらに気を使ったままでは休まるものも休まらないだろうし、ここはお互いきっちりと休んだ方が今後の為だ。

 いざという時、体力が残っていないなんて事態は避けなければならない。

 私達にとって『いざという時』というのが、下手をすれば命に関わる可能性だってあるのだ。

 ならなおの事もっと早くに休憩を挟むべきだったとも思うが、もはや悔やんでも仕方のない事だ。


 「とりあえず、一度ちゃんと腰を下ろして休みましょう。今準備するので、ちょっと待っててください」


 背中に背負っていた荷物を下ろし、中からビニールシートや水筒などなど。

 それなりにリラックス出来そうな物を一通り出していく。


 「ちょ、ちょっとちょっと……どれだけ出てくるのさ。ていうか何か遠足の荷物みたいなバリエーションだけど、もしかしてお菓子とかまで出てきたりする?」


 「緊急時の保存食、という意味でチョコくらいならありますけど……食べます?」


 唖然とする早瀬さんを尻目に、そこら中に転がっている瓦礫を蹴飛ばしながらスペースを作る。

 ビニールシートと敷いてから、小さいクッションを二つ置いてどうぞとばかりに休憩を促した。


 「なんか……いろんな意味で凄いね。あ、お茶貰うね」


 唖然とした雰囲気のまま、彼女は大人しく腰を下ろし目の前の水筒に手を伸ばした。

 心霊スポットで何やってるんだと言われそうな光景ではあるが、まぁこれも必要な事なのだ。


 「お? 夏なのに温かいお茶なんだ? なんか意外」


 「カレらの居る場所は、何故か無駄に冷えますからね。冷たいものがいいなら、スポーツドリンクで良ければありますよ?」


 鞄の中身を再び漁ろうとした私を、早瀬さんが手を振って止める。


 「ううん、こっちがいい。ありがと、なんか凄い冷えちゃって」


 そう言いながら一口お茶を啜って、ふあぁみたいな声を上げている彼女。

 でも気持ちは分かる。

 多分緊張状態が続くせいもあるんだろうが、どんどんと体温が奪われていくのだ。

 私が知る限り、こういった場所で冷たいものをがぶ飲みするのは、後にも先にも先生だけだと思う。

 先生は体が冷えたなんて言い始めた次の瞬間には、そこら辺で筋トレを始めるという奇行を平気でやってのける人だ。

 その後スポーツドリンクをがぶ飲みするもんだから、もはや準備するのが当たり前になってしまった一品である。


 「でも本当に意外、こんな場所ならアイツらがウヨウヨしてるのかなって思ったけど……全然居ないね? 黒家さんの『感覚』でも見つからないの?」


 お茶を飲みながらまったりとしていた早瀬さんが、唐突にそんな事を言ってきた。

 その言葉はさっきから私が思っていた疑問と……そして何か嫌な予感を後押しするようにも聞こえる。


 「いえ、本来ここまでヤツらが居ない事はほとんどありませんね。私の感じる範囲内には結構な数が居るんですけど……何故だか一匹も見当たりません」


 部室では偉そうに私の『感覚』の話をしたが、実際そこまで正確な物ではない。

 何となくこの場所には居る、こっちに居るのが分かる、そういった程度。

 場所が絞り込めるのはいいが、精密なレーダーの様に数値化できるほど確かな距離や数、そういった事が分かるほど正確ではない。

 それでも今までは、こっちの方で大体これくらいの距離、くらいには把握できていた。

 しかし今回はソレがない。

 なんというか……この建物内にこれくらいの数が居る。

 というのは分かるのだが、今回ばかりはカレらの距離や方角がまるで掴めないのだ。

 まるでこの一帯がカレらに埋め尽くされているような、そんな不思議な印象を受けるのに実際はその片鱗さえ見えない。

 何と言うか、妙だとしか言えない状況なのである。


 「一匹って……まぁいいけど。結局歩いて探さないといけないのかぁ」


 やれやれといった雰囲気で、彼女は背中を伸ばす様に腕を上げる。

 多少は休めたのか、先ほどまでの様な疲れ切った雰囲気はなく、おもむろにお菓子の類をつまみ始めた。


 「妙な事って言えばさ、黒家さんの事でも不思議に思ってたのがあったんだけど……聞いてもいい?」


 チョコを頬張りながら話す内容なのかとも思うが、彼女の表情を見る限り真剣な話なのだろう。

 ただどうしても今の状況的にただの雑談のように聞こえてしまって、緊張感の欠片もないのが何とも言えないが。


 「構いませんけど、チョコを食べ終わってから話しましょう。ハムスターみたいにモグモグしながら真剣な顔をされても、正直反応に困りますので」


 その言葉に思う所があったのか、口の中のチョコを急いでかみ砕き、お茶で流し込んでから赤い顔を向けてくる。


 「た、食べ終わりました……」


 「では、どうぞ」


 ちょっと不満そうな顔をしながらジッと睨まれるが、こればかりは私は悪くない。


 「私達みたいな『見える人』……って言ったらいいのかな? 私や黒家さんには、アイツらの危険性が良く分かってる訳じゃない? それこそ一歩間違えれば命に関わるっていう程に」


 その言葉に黙って頷く。

 私には早瀬さん程の『眼』は無いが、それでも危険な物だと認識出来る程度には見えているつもりだ。


 「それが分かっている黒家さんが、そもそもどうしてこういう場所に近こうって思ったのかなって。アレのヤバさが分かってるなら、そもそも自分から近づこうなんて考えないんじゃないかって思ってさ」


 「あぁ、なるほど」


 彼女の疑問はもっともだ。

 私の事情や目的といったモノは一切話していないのだから、当然疑問を抱かれても不思議ではない。

 私だって興味本位や趣味の類でこういった事をしている訳ではないのだ。


 「そうですね、何から話しましょうか……」


 口元に手を当て、何を話そうか、どこまで話していいかを考える。


 「早瀬さんはホラー映画で、何とかVS何とか~っていう、ふざけたタイトルの映画を見た事ありますか?」


 「は? え、いや。ホラー映画とか好きじゃないから、あんまり見た事はないけど……あまりにもB級臭漂うタイトルが出てきたね。とはいえまぁ、どういうモノかくらいは知ってるよ?」


 まぁそういう反応になりますよね。

 その手の映画はホラーやアクション、特撮に至るまで微妙な評価を受ける事が多い。

 主人公VS主人公とか、ホラーで言えば呪いの元凶VS元凶という訳の分からない物が多いから仕方がないとも言えるのだろうが。


 「確かに映画の内容的には、はぁ? って感じだったりするんですけど、意外とアレって発想としては核心を突いてたりするんですよ。本来出会わない筈の二人、もしくは二体が出会ったらっていう構図……内容に至ってはハッキリ言ってどうでもいいです」


 「はぁ??」


 ですよね、急に言われも返しようがないですもんね。

 わかるわかる。

 一人でうんうん頷いている私を見て、早瀬さんは余計に首を傾げた。


 「映画なんかでは派手に戦ったり、そもそもVSって書いてあるのに二体が別々で襲ってきたり、正直あり得ないだろうって思う事が満載で……訳が分かりません」


 「えぇと……はぁ」


 「とまぁ映画の様な事は本来起こらないんですけど、設定……って言ったらいいんですかね? 実際カレらの『上位種』も映画と似たような習性があるんですよ。流石に争ったりはしませんが、別の『上位種』が二体同じ場所に共存するという事はまず在りえません。つまりは縄張り……みたいなものですかね? そう言ったモノを持っているんですよ」


 「縄張り……獣みたいな?」


 その言葉に、黙って頷く。

 簡単に言えば、彼女の思った通り獣と一緒だ。

 特定の一か所に住み着いたカレらは、ソコが自分の住処だとでも言わんばかりに、他の『上位種』を寄せ付けない。

 先生とスポットを回っている内に気づいた事ではあるが、どうやらより強い『上位種』がその地に残り、追い出された側は新しい住処を探して徘徊を続ける。

 カレら同士戦うような場面は見た事が無いので、どうやって勝ち負けが決まっているのかは未だに分からないが。


 「そう考えていいと思います。つまりはその縄張りを持っている『上位種』の元へ行き、先生に追い払ってもらう。その結果自分の周りには危険だとされる『上位種』がとりあえずは居なくなる。それが私が活動している内容であり、目的の一つです」


 自分で言ってても他力本願で情けない話だとは思うが、こればかりは仕方がない。

 だって私では触る事さえ出来ないのだ。


 「なるほどねぇ……確かにそういう事なら納得。でもそれなら今草加先生を連れて来てないのは何で?」


 「前にも話した通り、先生がそこに居るだけで周りの霊が逃げていきますからね。その場合『上位種』までもが逃げ出さないと決まった訳ではないので、更に言うなら逃亡まではしなかったとしても、隠れたりするくらいは可能性があります。それで見つからないなんて事があったら、元も子もありませんから」


 まぁその場合は私が探せばいいんじゃないかと思わなくもないが、それではいたちごっこにしかならない。

 どうせならきっちり痛めつけて、戻ってくるという選択肢を潰しておきたいのだ。


 「つまり私たちが調査兼、餌。みたいな? 釣れたところで先生が叩き潰す、と」


 「ですね」


 なるほどとばかりに彼女は頷く。

 知っている限り、思っている限りの全てを正直に説明した訳ではないのだが……彼女が納得したなら良しとしよう。

 それこそ全てを話している時間はないだろうし、そんな事をするつもりもない。


 「はぁ……色々考えてるんだねぇ。あっ、ついでにもう一つ聞いていい?」


 ここぞとばかりに、明るい笑顔で彼女は質問を続けた。

 もう既に体力は十分回復しているような気がしないでもないが、まぁこの際別に構わないだろう。


 「黒家さんと草加先生の繋がりというか、初めて会った時ってどんな感じだったの? まさか適当に顧問にスカウトしたら、とんでもない能力の持ち主でしたーなんて事は無いんでしょ?」


 今までの質問以上に、キラキラと輝いた眼差しで問いかけてくる。

 なんというか……昨日の出来事だけで、彼女は先生に想いを寄せすぎな気がする。

 部室に居る時から思っていたが、ちょっと行動が積極的過ぎて反応に困ってしまう。

 早瀬夏美という少女に対して、それ程までに影響を及ぼす行為だったというのは納得できる。

 私だって『見える人』の一人なのだから、どれだけ彼の行動に救われたのか想像に難くない。

 でもちょっと行き過ぎなくらいなアピールというか、好き好きオーラが漂っているというか……そのせいで私は一時も気が休まらない。

 ……いや別に私が困る訳ではないが。

 先生がピンク色の思考回路になっては活動に支障が出る。

 そうだ、それは困るのだ。

 無理やりモヤモヤする思考に決着をつけて、うんうんと一人頷く。


 「別に、貴方とそう変わらない事があっただけですよ」


 幾分か今までよりも冷たく答えた。

 仕方がない、彼女の思い通りに事が進んだら先生は彼女のモノに……いや、だからそうじゃない。

 先生が彼女に夢中になって、活動に支障が出ては困るからだ。


 「というと、やっぱり黒家さんも草加先生に助けられた……みたいな?」


 興味半分、嫉妬半分といった表情で話の続きを所望する彼女。

 その表情はどこか脅迫じみているというか、喋らない限りはここから動かないぞ! みたいな雰囲気を醸し出している。

 秘密にしたまま「そろそろ行きましょうか」なんて言ったら、この先の道中ずっとその話を振ってきそうな様子だ。

 はぁ……と、思わずため息が零れてしまう。

 なんでこの部活に居る人間は、皆して我が強いんだろう。

 私も人の事が言える立場では無い事は分かっているが、それにしたって扱いづらいったらない。

 そして皆悪い人たちではないというのが、余計にやりづらい。

 目の前の早瀬さんに至っては、同年代の中では珍しいとも言えるくらい物分かりが良いし、私の様な存在に対しても普通に接してくる。

 彼女からすれば恋敵の様に見えているだろう私に対して、まるで友達の様に接してくるのだ。

 何を考えているのかいまいち把握できないが、それでも彼女の人柄の良さが伝わってくる。

 そして先生だって何だかんだ言いつつも、結局いつも最後まで付き合ってくれるし。

 普段ブツブツと文句を言っていても、いざという時は絶対に駆けつけてくるとんでも超人だ。

 そんな人が側に居るからこそ、こうして危ない橋も渡れるというものだろう。

 まぁ……本人達には絶対に言わない事情ではあるのだが。

 こればかりは、流石に私のキャラじゃない。

 というか、言葉に出して伝えるなんて恥ずかしくて死んでしまう。

 自分でも面倒くさい奴だとは思うが、これが私なのである。


 「仕方ないですね……少しだけお話しましょうか」


 そう前置きして、口を開いた。

 少しだけ、早瀬さんの体力が回復するくらいの間だけ。

 その短い間だけ、話をしよう。

 決して自分と先生の話を自慢したかった訳じゃない。

 これは彼女が求めたから話すだけ、だから別に話したくて話す訳じゃないんだ。

 なんて、ちょっと自分でもどうかと思ういい訳を考えてから、咳払いをして語り出した。

 私と先生が出会ったあの日の事を。


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