第14話 黒い制服の女
「あぁぁ……暇だ」
誰も聞いていない事もあって、わざわざ言葉に出しながら呟く。
本日の活動、廃墟探索! なんて台詞を聞いてから嫌な予感はしていたが、まさかこういう形で不幸な出来事が起こるとは思ってもみなかった。
ポツンと一人残された車内。
当然ながら喋る相手も居なければ、やる事も無い。
ただただ待ち続けるばかりだ。
何かあれば連絡するとは言われてるが、若い女の子二人を見るからに怪しい廃墟に送り出すというのは、流石にちょっと引け目を感じる行為だった。
黒家と早瀬が廃墟に足を踏み入れてからしばらく経つが……今の所これといって連絡は無い、連絡が無いのは無事だと言う事だーなんて昔の人は言うけれども、やはりそれなりに心配にはなるのが教師という職業なのだ。
それこそ他の肝試し客? のような連中がいたり、この廃墟に住み着いているホームレスなんかが居た場合は……なんて、不安の種は尽きない。
とはいえ、待っていろと言われた俺に出来る事がないのは確かなのだが。
「しかし、暇だ」
スマホの画面を見ても、どちらからも着信履歴はない。
それこそ無料通話なんてものがある時代だ、ビデオ通話でもしてくれればいいものを。
そこはアレか、女子二人が集まったのだ。
姦しいお話にでも花を咲かせているのかもしれない。
出来ればそっと通話で聞かせて欲しい気がしないでもないが、流石にお断りされてしまうだろう。
何はともあれ、何もしないで待っているというのはやはり耐え難いものがある。
「よし、十連でも引いちゃおうかな」
声に出す事により自分を肯定するような浅ましい考えと共に丁度! 偶然にも! それこそ運命的と思われる瞬間に! 手に持っていたスマホを操作してソーシャルゲームを起動した。
言わばガチャと呼ばれる課金要素。
普段なら敬遠するソレを、暇だからという無理やりな理由で回し始めた。
「はい十連ガチャ一発目~……うん、知ってた」
ゲーム内で活躍するであろうレアなキャラクターを引けなかったので、勢いにのって二度三度と回し始めた。
自慢ではないが、こういった類で大当たりというものを引いた事がない。
更にこういうものは止め時が分からなくなるとても危険な物である。
「くっそ……今回もダメか。もう一回、もう一回だけ回すからどうか……!」
三度目の正直、世の中にはそんな言葉がある。
お金を叩き込んで欲しいゲーム会社としては、出なかったね? じゃあもっかい課金しな! ってのが向こうの『正直』な部分に入る気がするが、まぁそんなものは誘惑に負けたほうが負けなのである。
「お、お……お? それなりに良さそうなのが……」
レア度としてはそれなりだが、見た目が自分の好みにあっているキャラクターがチラホラ。
一人は清純そうなブラウスにロングスカートを履いた、可愛らしいショートカットのキャラクターが。
もう一人はなかなか露出の多い恰好をした、ポニーテールの女の子が。
ゲーム内としては外れと言ってもいいくらいのレアリティではあるが、これは俺の中では当たりである。
「ふむ、なかなかいい乳とふともも……悪くない」
お前は廃墟の前で何を言っているんだと言われそうな状況ではあるが、これといってツッコミを入れる人間は周りに居ない。
だからいいのだ。
それこそ今日連れてきた二人の前でそんな事を口にすれば、極めて冷たい視線に晒される事態になる事は分かり切っている。
でも今は、今だけは……自由なのである!
なので遠慮する必要などないとばかりに、今さっき手に入れたキャラクターをガン見するおっさんが一名。
「そういや、今日のアイツらこんな感じだったなぁ」
送り出した二人の恰好を思い出し、何気なしに呟く。
両方とも悪くない格好だった。
どちらも違う意味で男心をくすぐるというか、その辺を歩いていたら思わず目で追ってしまいそうな、それくらいに魅力的な服装だったと思う。
まぁ問題があるとすれば、どちらも若すぎて俺なんぞ相手にさえしてもらえない事だろう。
なんとも悲しい現実である。
それこそ邪な気持ちがなかったとしても、服装について感想など述べればセクハラと言われそうな時代である。
自分の様な中年は、迂闊な発言が出来ない。
褒めるくらい誰が言ったって別にいいじゃないか……そんな風に思う訳だが、世間はそう認めてくれないご様子だ。
今日の服可愛いね! なんて言った日には、相手が不快感を覚えれば即通報という恐ろしい社会なのだ。
ならば危ない橋を渡るべきではないというのが、この歳になった俺の持論である。
触らぬ女子に、祟りなし。
それが今、この高校教師としてできる全てなのである。
なんとも悲しい格言を生み出したながら、再び手元のスマホを眺めた。
そこに映し出されるのは相も変わらず……良い乳とふとももである。
そんな画像をガン見している俺の耳、コンコンッとノックの様な音が響く。
自分のアパートに居る状態なら「こんな時間に誰だよ」と文句の一つでも言いたくなるところだが、生憎とここは室内ではなく車内なのである。
あの二人が帰って来たのかと思い、急いでゲームを終了させた後に視線を向けると。
そこには俺の想像した人物達は立っていなかった。
代わりに……と言ったら失礼なのかもしれないが、そこに居たのは黒いセーラー服を着た女の子。
あいつらより少し年上か? と思うような顔立ちの、黒髪ストレートの美女が立っていた。
なんで高校生が? と思わないでもないが、まぁ俺たち三人というメンバーも人の事を言える状況じゃない。
「あの、すみません」
この時間に、こんな場所でとは思うが、事実目の前……といか車の窓の外に立っている女の子が声を上げる。
「はいはい、どうしました?」
あくまでも自然に、警戒されないように声を上げながら窓を開けた。
これも中年になったからこそ出来る技である。
いかにも普通に、無害そうな笑顔と声で相手に対応する。
これが出来なければ、世のおっさん達は酷い目に合うのだ。
「あの、貴方は何故ここに残っているんですか?」
心配そう、というか不安そうな顔で彼女はそんな質問を投げかけてくる。
ちょっと意味が分からないが、言葉的には「お前ここで何やってんの?」っていう訳ではなさそうだ。
女子高生に職質されているような妙な感覚ではあるが、まぁそれはいいか。
「さっき二人女の子が入って行くのを見ていたんですけど、貴方は付いていかないんですか?」
あぁ、なるほど。
この子は随分前から俺たちの事を見ていて、あいつらが廃墟に入っていったのに、男の俺は何でこんな所で休んでいるのかと問いただしている訳だ。
「あぁー、なんと言えばいいか。私高校の教師やってまして、今部活の合宿……みたいなものの最中なんですけど、私だけここで待てと言われてしまって。いやはや困ったものです」
ハハハと乾いた笑い声を漏らしながら、なんとか状況を説明する。
一応この説明なら、若い女の子二人を連れた変態とは思われないはずだ……多分。
普段使わない言葉使いで自分でも微妙に気持ち悪いんだが、下手な事言って警戒されでもしたら事だ。
「あぁ、あえて残って二人で呼ぼうとしてる……って事なのかな……」
「え? 今なんて?」
ボソッと呟いた彼女の囁きを、全て聞き取る事はできなかった。
しかし何やら不吉な事を口走っていた気がするのは気のせいだろうか。
「いえ、とにかくこんな場所ですし……早めに迎えに行ったほうが良いのではないかと思いまして」
「あぁーまぁ、そうかもしれませんが……」
彼女に言われて気づいたが、時計に表示された時間を見る限り、なかなか良い時間が経過していた。
未だ二人からは連絡がないが、些か時間が掛かりすぎている気もしてくる。
「いえ、そうですね。ちょっと迎えに行ってきます。ご忠告痛み入ります」
黒家に関しては割といつもの事という気がしないでも無いが、今日は早瀬も居るのだ。
ここは素直に従っておいた方がいいだろう。
女子高生を心霊スポットに放り込んだまま放置しているおっさんがいます! なんて通報されでもしたら、言い訳のしようがないしな。
「ふふっ、生徒さん達を大事にしてるんですね」
窓の外に居る彼女は、優しげな表情で笑っている。
本当に大事にしている教師というのであれば、本来こんな場所に連れてくるべきではないんだがな……なんて思いながら適当に笑って誤魔化した。
ちょっと会話中で申し訳ない気もするが、断ってから窓を閉め車のエンジンを止める。
さてそれでは迎えに行ってやりますかと、車のドアを開けた瞬間に耳元から声が聞こえた。
「巡の事、よろしくお願いしますね。草加先生……」
「え?」
あまりにも自然に、しかしよく考えればあり得ない距離から、その声は聞こえた気がした。
だが車の外に体を出した瞬間、周辺には人の気配など感じられない静寂が広がっていた。
「は? あれ?」
そんな意味のない言葉を上げながら周辺を見渡すが、つい先ほどまで話していた彼女の姿がどこにもない。
一体どこへ行ってしまったのか、そして彼女の残した言葉が引っかかる。
「巡って、そう言ったよな……黒家の知り合いって事か?」
しかしその疑問に答えてくれる人物は、もはや周辺には存在しない。
どこかに隠れている、とかなら多少気配なり何なりしそうなものだが……周りには月明りに照らされる廃墟と、俺の車くらいしかない。
近くの木々から風に揺られる葉音が聞こえる以外、特に目立った音さえも聞こえてこないのだ。
これは……何とも奇妙な体験をした。
まるで彼女が、目の前から突如として消えてしまったかのような現状。
ここから導かれる答えはただ一つ……それは。
「俺……初めて
現実には存在しないとされるその職業。
男の子なら誰でも一度は憧れるソレが、さっきまで目の前に居たのではないか?
そして最近やったゲームにも登場した為、俺の中で非常にホットな存在。
そんな思考が頭の中を埋め尽くすが、この疑問に答えてくれる人が居ないのもまた事実。
だが、彼女は黒家の名前を口にした。
もしかしら黒家にお願いすれば、そういう就職先も見つかるのかも知れない。
「なんてこった……早いとこ黒家を見つけて転職しないと……」
たくましい妄想と共に、俺は動き出した。
目の前にそびえ立つ、無駄にデカい廃墟の玄関へと。
結果的にこの情熱が彼女ら二人の運命を左右する事になるとは、おっさんはまだ知らない。
というかこの先も知らない。
草加浬という男にとって、それはいつもの事なのであった。
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