第13話 廃墟探索
早速当日の夜、オカルト研究部としての活動が行われた。
本日の予定は廃墟の探索、いわば肝試しのようなモノだった。
現場は学校からそう遠くない場所にあり、移動は草加先生の車に乗るだけ。
そして色々な物資の準備は黒家さんが行う事になった。
新入部員で初参加の私は、どうしてもこういう場合何をしたらいいのかわからない。
元々肝試しなど友達に誘われても行かないし、そういった場所には極力近づかないように生活していたのだ。
何が必要で、どんなものを揃えていけばいいのかなど分かり様もない。
ミーティングで黒家さんは「とにかく離れないで付いてくる様に」と言っていた。
カレらの住処に近い場所に自ら入るのだ、当然一人になどなりたくない。
意地でも草加先生に引っ付いて離れないでやる、なんて心に決めて現場に到着した訳なのだが。
「なんでこうなるかなぁ……」
目の前を歩く黒家さんの背中に尋ねる。
「なんで、と言われましても。致し方ないとしか」
何でもない様子でスタスタと歩いていく彼女。
その手にライトを持っているとはいえ、足元には様々な物や瓦礫が点々と転がっているし、人が住んでいないんだから当たり前だが室内は真っ暗だ。
屋外から建物を見た時に分かった事だが、この建物はほとんどの窓が板や机、タンスといったもので塞がれていた。
まるで屋内に立て籠もったか、中のナニカを外に逃がさないようにしているかの様で、とてつもなく不気味な雰囲気が漂っている。
「あの……どこまで行くの? もう随分歩いた気がするんだけど」
震えそうな声で尋ねるも、彼女からは「さぁ? とりあえず見て回りましょう」なんて気のない台詞が返ってくるばかり。
本当に帰りたくなってきた……暗いし臭いし足元は危ないし、何よりも気味が悪い。
そして一番の問題は、この場に草加先生が居ない事である。
いざという時、私達だけでは何も対抗できる手段が無い気がするんだが。
その質問でさえ「後で教えてあげますから」なんて言われてしまう始末。
ちなみに彼は、廃墟入り口に止めた車の中で現在お留守番である。
あぁ、もう……帰りたい。
泣きそうになりながらも、必死で黒家さんの後に続く。
目の前の彼女は、まるでキャンプでもするんだろうかという程の大荷物を背負い、危なげもなく建物の奥へ奥へと進んでいた。
流石に経験した数が違うのか、こちらとしては付いていくのがやっとの状態である。
「それにしても……」
「なんですか、さっきから。それだけ喋る元気があるならもう少し早く歩きます?」
そんな意地悪を言いながら黒家さんが振り返る。
片手には高そうな光の強いライト、背中には大荷物。
だというのに。
「何その恰好、荷物は別として……まるでデートにでも行くみたいじゃない?」
とてもじゃないが廃墟を探索しに来た恰好とは思えなかった。
真っ白なブラウスに、コルセットが一体となった様な黒めのスカート。
その中に見えるのはロングブーツという、どこかで何とかを殺す服とか呼ばれそうな恰好だ。
どう考えたってこの場所には合わない気がするんだが。
「別にどんな格好だっていいじゃないですか。そういう早瀬さんこそ、随分とお洒落しているように見えますが?」
ジトッとした眼差しを向けられ、思わずうなり声を返してしまう。
彼女の言う通り、私もあまり人の事を言えた恰好はしていない。
肩が出るほど大きく開いたTシャツに、ふともものほとんどが露わになるようなショートパンツ。
動きやすい方が良いだろうと思ってハイカットのスニーカーを履いてきたが、今の彼女の恰好を見るとちょっと負けた気分になるから不思議だ。
「いくら夏とはいえ、こんな場所であまり肌を露出するのはお勧めしませんよ? 虫の類も多いですから」
しれっとそんな事をいう彼女に、どの口が……と思わなくもない。
確かに向こうの恰好は長袖ではあるけど、それスカートじゃん。
めっちゃスカートじゃん!
確かに私の方が圧倒的に露出している部分は多いが、なんかこう一言言ってやりたくなるというものだ。
「ちなみにこういう場所を歩くときは、スニーカーよりブーツなんかの頑丈で厚底の物を履いた方がいいですよ? ガラスやら釘やら色々落ちてますから」
一応そういう理由もあったのか、てっきりお洒落で履いてきたのかと思っていた。
そうなると動きやすさという理由だけでスニーカーを履いてきたのは、些か軽率だったみたいだ。
なんとも、気を付けた部分が仇となる残念な結果になってしまった。
「そもそもここに居るのが私だけとは限りません。もちろん生きている人間、という意味で。その場合貴女の恰好だと、その……色々面倒ですよ?」
そこだけはお前もな! って全力で言ってやりたい。
でもまぁ、彼女の言いたいことは分かる。
それでもこの服を選んだ理由なんて、一つしかないじゃないか。
「だって、草加先生も居るのに変な恰好出来ないじゃん……」
要はその一点だけ、その為の選択だ。
こんな風に思ったのは、正直人生で初めての経験だが。
とはいえ今回ばかりはそう思ってしまったのだ、せめて黒家さんに見劣りしない格好を……なんて、そんな考えの上での選択だった。
だからこそ普段は絶対着ないような服でも、少しでも可愛いと思ってもらえるように勇気を出して着てきたんだ。
友達と買い物に行った時に進められる勢いで購入した服ではあったが、今回ばかりはこのお陰で助かったと言えよう。
「まぁいいです。私だって普段はもう少し普通の服で来ますが……今回はお互い様という訳ですか」
そんな台詞を吐きながら、彼女はプイッと前方に視線を向けてしまった。
少しだけ頬が赤かった気がしたが……あぁ、なるほど。
「つまり……黒家さんも、私が居る事に対して対抗意識燃やしちゃったって事でいいのかな?」
ニヤニヤと笑いながら口元を手で押さえる。
彼女がこっちを見ていれば相当面白い反応が見れると思ったのだが、結果は思い通りにはならなかった。
黒家さんはこちらチラリと見る事もなく、真っすぐ前だけを見てスタスタと今まで以上の速度で歩き始めてしまったのだ。
「ちょ、ごめん! ごめんって! お願いだから置いていかないで!」
慌てて追いかけてその肩を掴むと、彼女はこちらを振り返りもせず言い放つ。
「次言ったら本当に置いていきますからね……」
言葉だけなら冷たく言い放ったように聞こえるソレだったが、ちょっと声が震えているのと、後ろから見ただけでも分かるほど真っ赤に染まった耳を見れば、彼女なりの照れ隠しであった事は明らかだった。
「うん、ごめんごめん」
私の謝罪はちゃんと受け入れられたらしく、黒家さんの歩調が元に戻る。
なんだかんだ言っても、彼女も私も一緒なんだ。
好きになった人がいて、その人には良く見られたい。
だからこんな風に頑張ってお洒落してみたり、空回りしたりするのだ。
なんて考えてみたりする訳だが、如何せん場所が場所だけに……あまりほんわかした気分にならないのは仕方がない事なのだろう。
「しかし、妙ですね」
普段の口調に戻った彼女が、周りを見回しながら呟いた。
「何が? 黒家さんがそんな服持ってた事?」
「マジで置いていきますよ?」
「ごめん、嘘です似合ってます。それで、何が意外だって?」
黒家さんが本気で置いていこうとする雰囲気が漂ってきて、慌てて真面目な会話に戻してみれば。
「貴女なら分かると思ったんですけど、気づかないですか? さっきからカレらがまるで見当たりません」
「えっ……」
言われて気づいたが、いくら周りを見渡してもヤツらの姿はどこにもない。
気味の悪い場所というだけの理由で臆病風に吹かれ、私の役目を今まで忘れていた事が情けない。
言葉にはしていないけど彼女が私を部活に誘ったのは多分、皆より見える『眼』があるからだろうと想像に難くない。
それが無かったら、多分私はこの場に居ない。
立ち向かうと決めたのだ、今更見る事を投げ出したりはしないが……。
「確かに……さっきから全然見てない。やっぱり私が見えなくなった……とかじゃないよね?」
必死で建物の隅から隅まで視線を動かす。
言われなければ気にしなかったかもしれないが、ここに来る間も一人……一匹? たりとも見た記憶がない。
場所に関わらずその辺に居るカレら。
それこそ自販機の下だったり、用水路の中。
はたまたロッカーの中にだって、カレらは潜んでいたりするのだ。
それを探すような行為なんて一度もした事が無かったが、ここまで見当たらないのは余りにも不自然だ。
「多分それは望み薄……でしょうね。私もまるで見えない訳ではありませんが、さっきから影の一つも見当たりません。でも気配、というか『感覚』ではここに居るのは間違いないようです」
では一体どういう事なのだろうか。
どこかに隠れている? 草加先生が近づくと『雑魚』は逃げていくという話だし、それもあり得るかもしれないが、ならば彼女の発言に説明がつかない。
普段からこんな距離でも逃走しているカレらだとすれば、黒家さんが疑問に思う事などないだろう。
ならば何故……。
「とにかく、もう少し進んでみましょう。どこかに集まっている可能性だってあります。その場合はわざと視線を逸らす様な真似はせず、私の方を見ながら異変を伝えて下さい。決してカレらの質問には答えないでくださいね?」
どこか警戒した様子で、再び黒家さんは歩き出す。
この先に何が居るのか、それを確かめる為に。
せめて彼女が感じるという何かが、まるで罠に掛かる私達を待ち受けている事態だけはない様に願うばかりである。
「分かってるけど……やっぱり進むんだね」
当然だと言わんばかりに頷く彼女。
その後を追いかけながら、底知れぬ不安が胸の中に渦巻いていた。
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