第12話 ミーティング
「えっと……それでは改めて、ミーティングを始めましょうか」
ゴホンとわざとらしい咳払いと共に、そんな台詞を吐いて黒家が周囲の注目を集めた。
未だに頬が赤い気がするが、きっとそこに触れてはいけないんだろう。
俺だってまた右ストレートを喰らいたくはない。
「はーい」
「……おう」
部屋を左右で分ける形で置かれた会議用のテーブルに、向かい合って座っている俺と早瀬がそれぞれ返事をする。
興味深々といった雰囲気の早瀬に対し、やや不機嫌そうに左の頬を摩るおっさんという異様な光景ではあるが、後で今の状況を黒家から説明を頂けるのだろうと信じる。
さっきの右ストレートの謝罪と共に。
ちなみに当の黒家は、部屋の一番奥のソファにちょこんと座っていた。
姿勢を正し、ソファの真ん中に座る彼女は普段よりずっと小さく見えるが。
「それで……えっと、色々と話はあるんですけど……まず最初に、先生……さっきはすみませんでした。取り乱しました」
しっかりと頭を下げてくる黒家。
ちゃんと謝れる子は好きだよ? 大丈夫、先生は大人だから。これくらい許してやろうではないか。
なんて事を考えたりしなくもないが、そのまま口にすればもう一発貰いそうなので自重しておこう。
「おう、もう気にすんな。んで、そっちはもういいから、こっちの説明をしてくれないか?」
適当に手を振って黒家に答えてから、改めて目の前で鎮座している早瀬を指さす。
あまり人を指さす行為は褒められたものではないが、この場合はもはや仕方ないのではないか。
だってここに誰か客が居る、という事自体が異常事態な訳だし。
そんな気遣い……というか奇妙な者を見るような視線に対し、早瀬は気にした様子もなく満面の笑みを浮かべた。
「草加先生にお礼がしたくて参りました。何なりとお申し付け下さい!」
軽い雰囲気で、ビシッと敬礼を繰り出す早瀬。
なんというか……普段なら喜ばしい状況なのかもしれないが、こんな所……というかオカ研の部室でその行動は、どちらかというと警戒心が増す以外の何物でも無いのだが。
「えっと、彼女は早瀬夏美さん。ってそれは知ってますよね? 私と同じクラスですし。簡単に言えば彼女は、このオカ研の新入部員です」
「は?」
今、俺の耳は幻聴を捉えた気がした。
黒家は何を言ってるんだ? こんな部活に好き好んで入部する奴なんて、お前以外居ないだろうに。
「先生、今物凄く失礼な事考えてるでしょう」
何を察したのか、黒家がジトッとした半眼で俺を睨んでくる。
その視線を適当にかわしながら、早瀬と改めて向き合った。
普通の精神状態を持ってすれば、この部活に入ろうなどというおかしな生徒には見えない。
では何故彼女はそんな奇行を行なっているのか、正直不思議で仕方がないというのが本心である。
「早瀬、いくつか質問させてくれ」
「はい、なんでもお答えしますよ!」
いい笑顔でいい返事、そして『何でも』なんて男にとっては嬉しいワードをまき散らしながら、早瀬は真正面から俺と向き合う。
「お前……お化けとか心霊現象とか好きな訳?」
「いえ、大っ嫌いですね」
即答。そうとしか言えない速度で、彼女の答えは返ってきた。
一瞬耳を疑いたくなるほどの清々しいぶった切りっぷりに、いささか返答に困ってしまう程。
「いや、え? じゃあなんでこの部活に? ここは早瀬が嫌いだっていうオカルトを研究しようっていう部活だぞ? 大丈夫なのか?」
「はい! 草加先生が居るので問題ありません」
なかなか嬉しい事を言ってくれるじゃないか……そんな事を言われると、男冥利に尽きるってもんだぜ。
「ゴホンッ」
隣からわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
今はそれどころではない、無視だ無視。
「それにしたって、えっと……なんだ。本当に大丈夫か? だって昨日みたいな事だってあるかもしれないし、夜遅くに活動する事だってあるんだぞ?」
言ってて気づくというのもどうかと思うが、実際その通りだ。
夜遅くに活動する事の方が多いこの部活、本来なら未成年の活動時間外ということで、グレーどころかアウトな状況だって有り得る。
今までは学校から合宿許可など、免罪符のような物を受け取って活動していた訳だが。
それだって親御さんは心配するだろうし、社会的には到底受け入れられるものではないだろうと今更ながら思う。
「一人での活動というのなら到底お断りですけど、まぁ草加先生が一緒なら別に構いませんよ?」
なんだ、なんだこの生き物……全てを肯定してくれそうなこの勢い、おじさんちょっと癖になるかも。
「ゴホンッ! ゴホンッ!」
再び脳内にお花畑が地域拡大してきた辺りで、隣からわざとらしい咳が聞こえてくる。
大丈夫、わかっているさ黒家。
お前も会話に加わりたいんだろう?
「先生、その顔物凄い頭に来るので止めてください」
おかしいな、まるで聖人君子のような笑みを浮かべて黒家の方へ振り返ったつもりだったんだが。
どうやらこの顔はお気に召さないらしい。
「うん、そうか。すまん」
とりあえず謝っておくが、実際どんな顔だったのだろう。
ちょっと黒家がイラつくほどの自分の表情に興味が沸いてしまうではないか、鏡を見たところでいつもの顔が映っていそうだが。
あれ? つまり俺の顔がムカつくって事か?
「ゴ、ゴホン……」
物思いに耽っている内に、今度は早瀬から咳き込む声が。
なんだお前ら風邪か、風邪なのか?
頼むから移さないでくれよ? 俺風邪ひいた事ってあんまないけど。
「そ、それよりも草加先生。お昼どうでした? 嫌いな物とかありませんでした?」
ちょっと無理やりな話題変更な気がしないでもないが、それもそうだ……感想どころかまだ礼さえ言っていなかったのだった。
「おう、そうだった。サンキューな、旨かったぞ」
手荷物の中からピンク色の包みを取り出し、彼女に手渡す。
その光景を目撃し、黒家の目が一層険しくなった気がした。
「いえいえ、お口に合ったのなら良かったです。また作ってきますね」
微笑みを浮かべながら、早瀬が弁当箱を受け取る。
あぁ、これだ。これなのだ……俺が求めていた教師生か——
「いっだぁ!?」
ガッといい音と共に、ふくらはぎ辺りに衝撃を受けた。
ちょっと涙目になりながら、横目で原因を作ったソイツを睨む。
「何しやがる黒家ぁ……」
さっきからどうしたんだコイツは、こんな暴力的な性格では無かった筈なのだが。
しかし当の本人は、不機嫌そうで視線すら合わせないご様子。
ただただ何も無かったかのように、そっぽを向いてすぐ隣に立っている。
なんだお前は、反抗期か。なんて言いたくなる気持ちを押さえて、ジッと黒家を睨みつける。
「今度……」
「なんだ?」
ぽつりと、その口から言葉が零れ落ちる。
「今度、お夕飯作りに行ってあげます。先生普段まともな物食べてないし」
「……え、あ、うん。頼むわ」
なんだかよく分からないが、飯を作ってくれる事になった。
めでたしめでたし。
なんて事をやっていたら、今度は目の前の早瀬がプルプル震えているのが視界に入る。
ピンク色の弁当の包みが握り潰されんばかりに、ギリギリと音を立てているのが聞こえた。
一方黒家と言えば、再び真っ赤になって部室の壁を睨み続けている。
本当にどうしたお前ら、精神的に不安定なお年頃か? おじさんちょっと怖いよ。
「と、とにかく! そんな事はいいんです! それよりミーティング始めますよ!」
仕切り直しとばかりに、パチパチと手を鳴らしながら声を上げる黒家。
今までの騒動は一体なんだったのか、それを説明してくれる存在はこの場所には居ないようだ。
脳内妄想では「草加先生にお弁当作ってきました(ハート) お口に会いましたか?」みたいなのと、「私だって料理くらい……今度作って上げますからちゃんと食べてく下さいね!(ツンデレ)」みたいな会話だといいな、なんて想像してから首を横に振る。
無いな、うん、無い。
早瀬に関しては良く分からんが、黒家に関しては無いな。
一年以上も同じ部活で活動した仲ではあるが、そういうキャラじゃない。
どちらかと言えば飯を作りに来たついでに、部屋の中にミステリーサークルを描いて帰るくらいの方が、よっぽどコイツらしい。
そして早瀬に関しても、お礼という名目があったからこそなのだろう。
だって俺おっさんだし、一回りも年齢違うし。
ちょっと自分で言って悲しくなる気もするが、それが現実である。
妄想という夢は夢のまま胸にしまい、現実は現実として受け入れよう。
ちょっと男を勘違いさせる系女子と、今日は機嫌が悪くて暴力を振るう系女子に絡まれただけだ。
あるある、たまにはそんな日も。
脳内で繰り広げられる妄想に終止符を打ち、気持ちを切り替える。
さぁ、面倒くさいのはこれからだ。
今日もまた、オカルト研究部の活動が始まる。
部員が一人増え、無駄に賑やかになったこの場から、またおかしな活動が始まるのだ。
はてさて、今度は何をやらされるのか。
ため息を一つ溢しながら、部長様へと改めて視線を向けるおっさんなのであった。
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