第10話 オカルト研究部へようこそ!
放課後、早瀬はある扉の前に立っていた。
「オカルト研究部(超常現象同好会)……って、ここだよね?」
旧校舎の一番奥、やけに夕日が強く当たるこの場所にその扉はあった。
最初この場所を聞いた時は、そんな部活がある訳ないだろうと耳を疑ったが、実際扉の前にはオカルト研究部の札が吊るしてあった。
何といっても普段使わない旧校舎。
当然の様に他の部活は部室替わりとしても使っていないし、何となく気味が悪いと普通の生徒なら近づいてさえ来ない場所だ。
そんな建物の一角に、確かにそれは存在していた。
「草加先生……本当にこんな所にいるのかな……?」
早くも不安になりながらも、その扉をノックする。
中から「どうぞ」と小さい声が聞こえ、少し戸惑った後に扉を開いた。
「失礼しま~す……」
中から聞こえた声はどう考えても女の子だったし、こんな場所に草加先生が居るとも思えない。
ヤバかったらさっさと撤退しようと心に決めて、中の様子を伺う。
恐る恐る覗き込むような形で、頭だけ先に室内へと覗き込ませてみれば、視線の先にあったのは……。
「わぁ……」
何とも言えない、狭い空間。
視界の左右に当たる壁は本棚で埋め尽くされ、自身の部屋よりも狭そうな部室内。
そしてその先に、少し大きめなソファに腰を下ろした女子生徒の姿があった。
「え、あれ? 黒家……さん?」
確かそうだったはず、話した事はないが同じクラスにいる同級生だ。
いつも静かで、徹底しているとも言える真面目な様子から、誰も近づいていかない不思議な雰囲気を持った女の子。
その彼女が、目の前のソファに腰掛けながら何かの書類に目を通していた。
「はい、私は黒家ですが。何か御用ですか?」
まるで何かの電子音声を聞いている様だった。
あくまで事務的に、必要最低限の事しか喋らない彼女に少しだけたじろぐ。
「えっと、ここに草加先生が居るって聞いて来たんだけど……」
ならばとばかりに強気で要件を伝えようと思ったのだが、私の言葉を聞いても彼女は眉一つ動かさず作業を続けながら言葉を紡ぐ。
「先生ならもう少ししたら来ると思いますよ? 早めに来るように伝えたんですが、全くどこで油を売っているのやら。いつもながら困ったものです」
視線を書類に向けたままそんな事を言い放つ彼女に、少しだけカチンと来た。
その勢いに任せ、室内に体滑り込ませる。
「草加先生はそんないい加減な人じゃないです。もう少しで来るっていうなら、ここで待たせて頂いてもいいですかね?」
まるで喧嘩を売るような口調だったが、これに対して彼女は意外そうな顔をする。
「へぇ、普通の生徒ならしない発言ですね……というか何か関わりがあったような言い方、といったほうがいいですかね? 先生が来る前に詳しく聞かせて頂けますか?」
今まで読んでいた書類を机に置いて、どうぞとばかりに目の前の彼女がテーブルへ掌を向ける。
まるで彼女のペースに合わせているような空気は癪に障るが、この場合は致し方ないだろう。
促された席に腰かけ、不機嫌ですとばかりに彼女を睨みつける。
「そう怖い顔をしないで下さい、早瀬夏美さん……で良いんですよね? それで、どういった要件ですか?」
普段話したこともない彼女が、私の名前を憶えている事自体が意外であったが、落ち着き払った態度が妙に頭に来る。
別に貴女には用は無いなんて言ってやろうかと思ったが、流石にそれはどうなんだと自分自身でツッコミを入れて頭を落ち着かせた。
別に私は黒家さんが好きでも嫌いでもないんだ、ならそこまで捻くれなくたっていいじゃないか。
それに彼女はこのオカルト研究部の部員なのだ、その彼女に悪い態度を取れば草加先生にそのまま私の印象が伝わる事になる。
それだけは何としても避けなければ。
「別に……草加先生に昨日の夜のお礼をしようかと思っただけです」
それでも少し不機嫌な様子が表に出てしまうのは、致し方ないものとしよう。
なんて言い訳と共に、プイッと部屋の隅に視界を向ける。
「そう邪険にしないでください、多分私達は同じようなモノですから」
少しだけ微笑む彼女の言葉に、再び顔を歪める。
「同じって、何が? 私と黒家さん、何か共通点ってある? 今まで話した事もないけど」
それでも分かる、私と彼女の共通点。
やけに親しそうな雰囲気を見せる彼女は、多分私と同じように彼の事を悪くは思っていない筈。
なんて思っていたのだが。
「私たちはどちらも、あの先生に助けられたという共通点があります。昨日の夜……というと、怪異関係の。そういう事でしょう?」
あ、そっちか。
違うの? とばかりに彼女が首を傾げるが、私は急いで首を縦に振った。
「そ、そうだね。昨日私はそういうモノから助けてもらった……って、え? 黒家さん、なんで昨日の事知ってるの?」
「あー……そこから話さないとかぁ」
少し砕けた口調で、彼女はわざとらしく頭を抱える。
なんでそこまで煽る様な行動をするかなぁ……なんて思わなくもないが、これが彼女のスタイルなのだろう。
ここは我慢我慢。
「簡単に言うと……私が先生にひとりかくれんぼやってねって言って、その結果ヤバめなモノが出てきちゃって、ソイツを先生が追い回した。って感じですかね?」
「元凶はお前か! っていうか草加先生に何やらせてんの!?」
思わず全力で突っ込んでしまった。
反省の色も無くケラケラと笑う黒家さんを見て、再び怒りが込み上げてくる。
「そもそも何でそんな事したの? いくらオカルト研究部って言ったって、普段からそんな活動ばっかりしてる訳じゃないよね? それに、聞いてる感じ……黒家さん、見えてるよね?」
ここぞとばかりに文句と疑問を一辺にぶつけた。
何故あんな危険な真似をしたのか、見えている人間ならそれがどれほど危険なものか分かるだろうに。
そして何故草加先生にその役を押し付けたのか、もしも興味本位なんていうなら自分でやればいいものを。
それこそこっちは、その降霊術のせいで被害に会い掛けたのだ。
文句を言うくらいの筋合いはあるだろう。
「まぁ順に質問に答えると……何故? というのは私にとって必要だったから。普段からの活動という質問については……まぁいつもこんな感じかな? そして最後、見えているのかっていうのは、半分はイエス」
律儀に全ての疑問に答えてくれた訳だが、最後に釈然としない回答が返ってきた。
半分だけイエス? どういうことだろう、彼らの姿なんて見えるか見えないかの二択ではないのだろうか。
「最後……半分だけってどういうこと? 草加先生と黒家さんにも見えてるんじゃないの?」
少しだけ声が強張った気がした。
こればかりは私の中でも一番と言ってもいい程、苦しめられてきた悩みの種なのだから仕方がない。
とはいえ昨日の時点で私の部屋から、アレは居なくなった訳だし。
今日は街中でも学校でも見ていない。
それこそ、私は彼らが見えなくなったのではないかと期待していたわけだが。
「あーなんというか、私と先生は見えているモノが真逆……って訳ではないけど、それに近い状態ですかね? ちなみに早瀬さんは、アレがどう見えているんですか?」
アレ、と表現した彼女。
間違いなく私が普段から見ていた彼らの事を指しているのだろうが、少し返答に困ってしまう。
なんせ私にとっては見えて当然なモノであり、他に見える人が居る場合、他者にどう映るかなど考えたことも無かったのだから。
「いや、どうもこうも……黒い霧の中に、その……多分死んだ時の姿で現れて。 昨日みたいなヤバイのは、一層霧が濃いんだけどそれでも姿形がはっきり見えるっていうか……まぁそんな感じ」
私の話した内容で、彼女の問いに答えられたかどうなのか。
それは正直わからないが、黒家さんは少し考えこむように顔を伏せた。
「死んだ時の姿……一層濃い霧の中にはっきりと、ですか」
ふむ、と黒家さんは腕を組んで、ある程度考えがまとまったのかこちらをしっかりと見返してくる。
「多分貴女は私や先生以上に、カレらの事が見える『眼』を持っているんですね」
そんな事を自信満々に言い放ち、大きな胸を突き出しながらドヤァと踏ん反り返る彼女。
なんというか、今までの真面目な彼女のイメージが音を立てて崩れていきそうなテンションだ。
というか現在進行形で崩れてる。
「いや……なんの事かさっぱりなんだけど……」
若干引き気味にそう答えるのが精一杯な私と違って、彼女はイキイキとしながらその質問に答えた。
「私の場合、彼らは黒い霧の中に蠢くナニか、程度にしか見えません。そして昨日貴女も遭遇したアレ、言わば都市伝説級というか……まぁ妖怪みたいなモノですかね?」
「はぁ……」
なんと返していいか分からず、適当な返事をしてしまうが。
彼女は気にした様子もなく、そのままの勢いで話を続けた。
「いわばヤバい奴、出会ったら殺されそうなカレらを『上位種』として、その辺に居るのを『雑魚』としましょう」
「ざっくばらんにも程があると言いたいんだけど……言うに事欠いて雑魚って」
その雑魚に今まで散々苦しめられてきた私は、一体何になってしまうのだろう。
ミジンコとか呼ばれないといいなぁ。
「簡単にいうと、私には『上位種』の姿は見えません。というか、正確には『雑魚』すら見えていないんですけどね」
「え? どういうこと?」
カレらが見えない、それは至って普通の事だ。
でも彼女の場合、それはあり得ない気がする。
本当に全く見えていないのなら、こんな会話が成立する事自体がおかしいのだ。
「先ほども言った通り、私には黒い霧の中で蠢くナニカにしか見えない。つまりはどういう形をしているのか、どんな表情をしているのかまでは分からないんですよ。そして『上位種』については、とんでもなくドス黒い霧が動いている様に見えるんです。その姿形は『雑魚』よりも不鮮明です。彼らが私に姿を見せようとでも思わない限り、私の目には霧の様にしか映りません」
「つまり……黒家さんには、黒いモヤっとしたのがそこら中に居るように見える。って事でいいのかな?」
無言で頷く彼女を見ながら、頭を捻る。
見える見えないの他に、彼女が言うような違いがあるとするならそれは何が原因なのか。
視力の良し悪しのような違いではない事は確かだろうが、俗にいう霊能力的なヤツの強さ……なんて言っても説得力がない気がする。
彼女が言うには本人や草加先生以上に、私は『見えている』らしい。
でもそれならどうして草加先生はカレらに触れることが出来て、私には出来ないんだろう。
つまりは霊能力だ何だという、一種の括りではないという事になる。
「悩んでいるようなので、もう少しヒントを出しましょう。先生に関しては『雑魚』が一切見えていません、見えるのは『上位種』のみ。それもはっきりと見えているみたいですね」
「え、そんな事ってあるの?」
カレらは個体の違い、というか強さ? の違いは在れど……多分根っこの部分で言えば同じモノに部類されている気がする。
彼女が『上位種』と表現したソレだって、昨日見た感じでは間違いなく”元は人間であった”のだろう。
見た目はアレでも、ちゃんと人の姿形はしていたし。
怨念だかなんだか知らないが、そういったモノの強さ。
もしくはソレが集まって『上位種』という存在が出来上がる……とか?
今更確かめようも無いし、確かめたいとも思わないが、どうにも引っかかる。
「更に言うなら、私の場合カレらに触れる事も鮮明に見る事も出来ませんが、地図を見たり話を聞くだけで、そこにカレらが居るか居ないか。例え見えない場所に居ても、カレらの居る方向や距離、そういったものが私には分かります」
何でもないように呟いた彼女の言葉に、一瞬思考が停止する。
居場所が分かる、しかも地図や話を聞いただけでというのは尋常じゃない。
まるで幽霊を感知するレーダーとか、ソナーの様な能力じゃないか。
「探知機っていうか……何て言えばいいんだろう? 私を『眼』って言うなら、黒家さんは『感覚』とでも言えばいいのかな?」
「良いですねソレ。頂きです」
当然の如く、私にはそんな事出来ない。
ただただ目に映ったモノ以外は、私には認識する方法などないのだ。
「それって草加先生にも出来るの……?」
「出来ませんね。先生の場合『上位種』だけしか見る事が出来ない、その代わりと言ったら変な話ですが、先生はカレらに触れる事が出来ます。いわば私達にはない”体”……はちょっと言い方が悪いので、カレらに触れる『腕』とでも言っておきましょうか」
私の『眼』と、黒家さんの『感覚』。
そして草加先生の『腕』
それぞれが突起した能力の様なモノがあって、同時に出来ない事も多く存在する。
何故そんなモノがなんて思わなくもないが、とてもじゃないけど普通の状況ではない。
何これ超能力集団みたいになって来てる。
「あっ、でも私……昨日草加先生に助けてもらってから、アイツら全然見てないよ? これって見えなくなったって事じゃないかな?」
そうだ、自分で言ってて思い出したが私は今日カレらを見ていない。
家の中はもちろん、通学路のどこにもカレらは居なかった。
私の『眼』とやらは、もう既に存在しないのではないだろうか?
今まで散々悩まされた事情だったので、無くなったのであれば万々歳なのだが。
「あぁ、嬉しそうな所申し訳ありませんが……多分それ、まるで解決していませんよ?」
「え……?」
何を馬鹿な事を、とでも言いたげな表情で彼女は私の期待を否定した。
「見えなくなったのは、単純に貴女の視界に映る場所に居ないからです。『雑魚』に関しては先生が近づくだけで逃げていきますが、昨日の時点で『上位種』にも逃げられてしまいましたから。先生が街中走り回ったので、少し大人しくなった……というだけですね。恐らく2~3日もすれば、カレらも戻ってくるでしょう」
彼女の言葉に、目の前が真っ暗になった気がした。
昨日で終わったと期待していたソレは、まるで解決などしていなかった。
その恐怖は再び目の前に戻ってくると、彼女は言っている。
そして昨日見たアレは、まだこの街の何処かに潜んでいるらしい。
「じゃあ……どうすればいいの? 私はもう、アイツらなんか見たくない……」
涙が溢れてきそうだった。
今後は普通に生きていけるかもと期待した。
それなのに、カレらはまだ私を苦しめるのだという。
私の様子を見て、一つため息を零しながら黒家さんは立ち上がった。
「見たくない、と言われても貴女の『眼』でも潰さない限りは不可能です。これからもカレらは現れます、その力を持った貴女に纏わり付くでしょうね」
非情な言葉に、心が抉られていく。
私はこの苦しみからは逃れられないのだと、彼女は死刑宣告の様な言葉を伝えてくる。
でも、彼女の言葉はそれで終わらなかった。
私の前まで歩いて来て、見た事もない微笑みを浮かべてから。
「ですから、抗ってみませんか?」
「は?」
満面の笑みで、彼女は告げる。
今まで考えたことも無かった言葉と共に。
とてもじゃないが思考が追い付かない、どうしたらそんな考えになるのか。
「いくら逃げ回ったって、アイツらはそこら中から集まってきます。ならいっその事こちらから出向いて、端からブッ飛ばしていけばいいんですよ」
さも当然と言わんばかりに、目の前の彼女はそんな事を口にする。
確かに逃げ回って駄目なら端から潰してしまえ、というのは納得できる。
けど、そんな事って……。
「え、いや。それが出来れば何の問題もないかもしれないけど、出来るの? そんな事」
「出来ますよ? だって私達には姿を正確に確かめられる『眼』と、どこに逃げたって分かる『感覚』と、それをブッ飛ばせる『腕』があるんですよ? ならやるべき事は一つでしょう」
自信に満ちた様子でうんうんと一人頷く彼女の姿は、どこか違う世界の人間に思えてきてしまう。
彼らに対抗……というより、こちらから攻め入るようなその発言。
彼女のそれ程までの自信は、一体どこから来るのか。
でも確かに昨日の草加先生の姿を思い出せば、それは不可能ではない提案にも思えてくる。
「本当に、出来るの? そんな事が……」
あくまでも警戒した態度で、彼女の反応を伺った。
その返答なのか、彼女は再び満面の笑みで返してくる。
「絶対とは言いません、けど問題にならないくらいに沈静化はできると思いますよ? 先生の協力が要になるのは間違いない状況ではありますが、どうですか? 入部してみませんか? このオカルト研究部に」
そう言って差し出されるその手に、少しだけ戸惑う。
もしもこの手を握れば、私はある意味救われるのかもしれない。
でももしかしたら、後戻りできないほどの恐怖に放り込まれる可能性だってある。
なんせ昨日あんなモノを降霊術で呼び出しているような部活だ、到底信用は出来ない。
私が迷っているのを見かねたのか、彼女はため息を溢しながら言葉を続けた。
「昨日の事で血迷っているとしか思えませんが、どうやら貴女は先生に対して好意を抱いている様子……ならこの部に入ればなお都合がいい、放課後は先生とずっと一緒に居られますよ?」
その一言に、反射的に体が動いた。
彼女の手をガシッと握ると同時に、上下に振り回す。
「べ、別に好意とかそういうのじゃないけど……よろしく」
何やってんだ私、と自分で色々突っ込みたくなる状況ではあったが、まぁここまで来たら仕方ない。
実際問題、草加先生と放課後に一緒に居られるのは悪くない……というかとても良い。
何か怪異関係で問題があれば彼にお願いすればいい訳だし? 一緒に居られる訳だし?
むしろ何が問題なのかという事態だ。
そんなこんなでこの瞬間、私はなし崩しに『オカルト研究部』への入部が決まった。
「あっ、ちなみに先生には幽霊だとか怪異っていう存在を説明したり、見えているソレが幽霊そのものだっていう話は絶対にしないでくださいね?」
「はい?」
彼女から、またおかしな注文が飛び出てきた。
そもそも昨日の時点で、見るだけでも危険と思われる『上位種』を蹴り飛ばしていた彼に対して、何故そんな気遣いが必要なのだろうか?
「先生はあぁ見えてビビリですので。それこそ『上位種』を蹴り飛ばすくらいの事が出来るのに、未だに幽霊という存在を認めようとしません。彼が抵抗できるのはソレが不審者だとか、奇妙な恰好をしている『生きている人間』だと思っているからこそ出来る芸当だと思って下さい」
とてもいい笑顔で、彼女はそんな事を告げる。
それはもう綺麗な笑顔で、こちらの否定など許さないという勢いで。
「え……あの、昨日みたいな奴は? 明らかに人間ではなかったよね?」
「雰囲気としては、でしょう? 実際刃物を持っていようが、やけに身体的におかしいところがあろうが、先生にとってはその場に居た気持ち悪い危ないヤツ、という認識でしかないみたいですから」
やれやれと言った雰囲気で彼女は首を振る。
いいのか? それでいいのか?
そもそも昨日のアレを普通に人間として受け入れられる草加先生の感性って一体……。
「草加先生って、一体何者?」
「確か空手、柔道と剣道……それ以外はなんだったかな? まぁその辺りは全て段持ちな上、アサシンが街中を縦横無尽に走り回るゲームをやってから、パルクールにも目覚めて修行中みたいですね。簡単に言えば高機動型の変態さんです。脳筋の極みです」
何とも凄いのかどうなのか良く分からない評価だが、まぁとにかく身体能力はとんでもない人なのだろう。
ちょっとだけ昨日の格好良いイメージが崩れ始める。
「あ、もう一つ重要な情報がありました。貴女にも関わる事ですが、聞きますか?」
崩れ落ちそうな気持ちを奮い立たせて、彼女の言葉に頷く。
ここまで来たのなら、全てを聞くべきだ。
何を聞こうと、私の覚悟は変わらない。
あの人と一緒に居るためには、何だってやるつもりだし、どんな努力だって惜しまないつもりだ。
「先生はおっぱい星人です、理想の女性はEカップだそうです」
その一言に、全てが崩れ落ちた気がした。
自身の胸に手を当て、自らの掌から伝わってくる感触に再び絶望する。
私では草加先生の理想に届かない……その実感がありありと伝わるほどの小さな感触。
私の掌からは、それくらいの反発しか返ってこないのだ。
「うそ……だ。そんな事って……でもまだ成長期だし……」
ブツブツと呟く事しか出来ない私に、勝ち誇ったような顔の黒家さんが笑う。
「頑張ってください、きな粉牛乳とかいいらしいですよ? まぁ私のサイズはEですけど」
まさに嘲笑うかのように、彼女は自分の胸を反り返しながら高笑いを上げる。
ちくしょう! なんて思わず叫びたくなる。
友達にはCだよ! なんて言っている私だが、実際は届くかどうか微妙なラインをうろうろしているようなサイズである。
到底目の前にあるスイカのようなサイズには敵う筈がない、というかこいつは成長しすぎだ。
身長は私より低い癖に、なんだそのスイカは。
何食べたらそんなに大きくなるんだ、遺伝か? 遺伝なのか?
そんな妬ましい視線を送りつつ、にやけ顔の彼女を睨む。
「希望を捨てたらお終いですよ? まぁ現実を見るというのも大切ですけど、頑張って下さい」
ニコッと今日一番の表情で笑う黒家さん。
肩にそっと置かれた手が、余計に腹立たしい。
「多分私、黒家さん好きになれないわ……このスイカップめ」
「えぇ、多分私もですのでお気になさらず」
普段から何を考えているのか分からない彼女だったが、今だけは手に取るように分かる気がする。
コイツ……草加先生の事大好きだわ。
まず間違いない。
そして私みたいなのが現れて、ここぞとばかりに威嚇してきているんだ。
「まぁとにかく、入部はさせてもらうからね?」
「えぇ、それは構いませんよ? 新入部員は大歓迎です」
やけに威圧し合った会話と共に、作り物の様な笑顔を浮かべる私達は握手を交わす。
片方は口元が痙攣したように度々吊り上がり、もう片方は勝ち誇った笑みを浮かべるどうしようもない状況ではあったが。
ともかく、この選択は私の人生の分岐点だったとも言えるだろう。
なんせ今までは逃げる事しか考えていなかった私が、カレらに反撃する事を覚悟したその日なのだから。
実際何が変わるのかもわからない、何が出来るのかもわからない。
でもこの日この瞬間から、私はカレらから逃げるのを止めた事だけは確かだった。
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