9/20 旅路

 9月18日。私は15年住んだ街を出た。


 小学校、中学校、高校、大学、就職先まで地元だった。うまく受験や就職に乗じて外に出れなかった私だが、やっと、DVクソ親父のお膝元から離れられるのだ。時々は友人たちに会いに帰るかもしれないけれど、ここを生活の拠点にすることは、たぶんもうないだろう。


 地元は北関東にあり、離島は九州の端っこにあった。なにぶん離島では引っ越しに莫大な費用がかかる。そこで、母の再婚相手のおじさんがハイエースで迎えにきてくれ、最低限の引っ越しの荷物(8割が本)とともに車で離島に向かうことになった。


 その頃離島は大型台風が接近しており、停電にも見舞われていた。母の近況報告を時折聞きながら、ひたすら車で南下を試みる。


 寝ていても「俺は運転してるのに」と怒られない旅路は快適だった。


 18日、日付が変わった頃、岡山にて。台風をやり過ごすために急いで宿をとる。宿をはしごしてやっと見つけた一部屋に、私だけが泊まることになった。一部屋だけ残っていたというデラックスシングルの部屋は、今まで私が泊まったことのないグレードの部屋だった。風呂トイレが別で、シングルのはずなのにベッドがダブルサイズだった。どこか落ち着かない気持ちだったが、その日は旅の疲れが出たのか、ゆっくり眠ることができた。


 翌朝、おじさんと合流し、昼間はイオンモールで時間を潰す。久しぶりに映画を見た。ブレッド・トレイン。伊坂幸太郎の「マリアビートル」の映画化。面白かったが、映画館はトイレ近い族にとっては修行だった。映画館にいくといつもこうなる。

 それから本屋に寄り、4冊ほど本を買う。本屋でほしい本を買ったのはすごく久しぶりだった。これから離島に行ってしまえばこれもなかなかできなくなる。偶然のめぐりあわせで出会う本が少なくなるのは寂しい。


 お昼ご飯を食べ、午後3時ごろ出発。それからおじさんは徹夜で運転。タフなものだ。

 台風は近くなっていたが、山脈のおかげか風雨はそれほど強くない。とはいえ、台風の影響はすさまじく、高速道路はあちこちが通行止めになっていた。下道で岡山と広島を抜ける。そのうち寝入ってしまって、気づくと下関を超えて九州に入っていた。次に目が覚めた時は桜島パーキングだった。


 20日。鹿児島港についたのは午前6時半ごろ。朝食を買いにコンビニに寄ると、おにぎりや弁当・パンの棚がからっぽだった。台風のせいで流通がストップしているらしい。


 フェリーは無事運航していたが、一便目のフェリーは満席でキャンセル待ち状態だった。仕方なく、別の島を経由する二便目に乗り、11時頃離島の港に着く。母が迎えに来ていた。

 私が近づくと、母はすぐさま私を抱きしめた。「よくがんばったね」と言われて、泣きそうになった。

 1時間かけて家に着くと、母と折の悪い祖母も、奇しくも同じ反応をした。


 夕方、チビたちが帰ってきてからは「お姉ちゃんお姉ちゃん」攻撃が始まったが、「お姉ちゃんは今日船酔いとかして疲れてるから」とすぐさま母に引き剥がされていた。


 帰った頃にはまだ停電が続いており、復旧もいつになるかわからない状態だったが、夕方ごろに電気が復旧した。2日ほど停電に見舞われていた他の家族らは、明るい中で食事ができることを心から喜んでいた。

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