disc⑥『DJ BATTLE』

 クモリとケットシーによる、DJバトル第二試合。両者共に、全力のパフォーマンスとテクニックを披露した為、消耗した機材の調整を行わなければならない。


 ステージの前線にいるアカリは、場を繋ぐ役割がある。それも彼女は十分承知していて、この後の勝負内容の解説を、身振り手振りで再度行う。


「ヤーッヤーッヤーッ! 第一試合で、神曲にイかされてボケ〜ッとしてる、雑魚共に言い聞かせてやるけどよ! 第二試合は、先攻・後攻と交互に争うDJテクのガチンコバトルだぁ!」


 あれ程叫び、身体を動かし、ハイクオリティの楽曲パフォーマンスを堪能した観客のHPは有り余っていて、イエェエエイと返事が上がった。無理矢理にでもステージを盛り上げる、アカリのテンションに付いてくる。


「ルールを説明するぜェ! 陰気アニキとケットシーには、15秒程の『ブレイクビーツ』を二曲、事前に用意してもらった! それで最高のジャグリングとルーティンを雑魚共、そしてに、披露してみせろや——ッ!」


 わぁああと歓声が上がる。次に対決するDJバトルは、自作したブレイクビーツ二曲を駆使して、楽曲構成力とDJのテクニックを競った上で、お互いにアンサーを返すという、熾烈な戦いだ。


「勝敗は、この闘技場ハコにいる、観客達オーディエンスによって決まるぞォ! テメェらDJが持ってるルーティンを交互に出し合い、上がってくる歓声が相手より下回った瞬間、このスポットライトがブゥンって消えっからなぁッ!」


 第二試合も、この会場の特性を活かしたものとなるようだ。先程は楽曲と結界魔法を使ったパフォーマンス勝負で、両者引き分けという結果だったが、次は観客達の盛り上がりが前のターンより劣った瞬間、即終了のルール。これでDJの勝者が、完全に決まるだろう。


「さぁ、先攻はDJ KTCケットシーからだ! ヤヤーッ、アー・ユー・レディ? 挑戦者ァ!」


「準備オッケーだよ!」


 ケットシーが元気良く右手を上げ、左手の肉球でスイッチを押すと、左の回転ディスクから音楽が再生された。BPM150の落ち着いた曲調のブレイクビーツが3秒流れると、キュキュッ、キュッ、キュッキュッと刻みの良いスクラッチを入れる。


 デュ————ッン……!


 その後すぐ、ディスクをバックスピンさせて、曲の逆再生を加えると、スイッチを傾けて、右側の音楽に切り替える。見事なカットインで、違和感なくBPM130の明るいブレイクビーツに繋ぐ。


「♪ッ!」


 ケットシーは、猫じゃらしや、ネズミおもちゃで遊ぶように、スクラッチをデュクデュク挟んでいく。その間に、何度も右と左と曲を入れ替えるが、自然に混ざり合い、バラバラな形の積み木が、上手く重なっていくような楽しさを、観客達に聴かせてあげながら、15秒は終了した。あっという間だ。


 イェアアアッ、フォーッ!


 スタートダッシュに相応しい、観客達の歓声。それを感じながら、アカリは再びステージの中心に立って、DJバトルの進行を務めていく。


「ヘェイ! ナイスプレー、ニャンコ! ケットシーの無邪気なルーティンを魅せてくれましたなぁ! 後攻、クソ陰気アニキの一本目ッ! ヤヤーッ、アー・ユー・レディ?」


 クモリは掛け声に、静かに頷くと左側の曲を再生させて、いきなりキュッキュッキュッと、歓声全て横取りする勢いのスクラッチを挟んできた。その後しばらく、BPM150のサンバ調の楽器を聴かせると、ノブを操作しながら、裏にある右側の楽曲を丁寧に混ぜ合わせマッシュアップさせる。


「……♪、……、……ッ!」


 そして、絶妙なタイミングで左側の音楽を再生させた。BPM140の典型的ブレイクビーツを主張させながら、クモリは全ての指を使って、エフェクトを丁寧に混ぜ込んでいく。


 1、2、3、4、5、6、Do it!


 クモリは、子供を叱る様なサンプリングボイスを混ぜ込むと、DJ盾のツマミを回して、左側のBPMをグイィィと加速させていく。バラバラだったはずのキック音が上手く混ざり合い、調和し合う。大人の余裕を感じさせた後、デュクデュクッデュンと高難易度のスクラッチテクニックを混ぜ込み、丁寧に曲は終了した。


 イェアアアアア————ッッ!


 観客の歓声ボリュームが上がる。遊具で自由に遊ぶケットシーに対して、大人の決めたルールに従えという、強い威厳を示すアンサーを返したクモリ。流石に一本目で、バトル決着はつかないだろう。


「ヤヤーッ! だな、オイオイオイーッ! ニャンコも陰気アニキも、おもしれぇルーティンを魅せてくれたがなぁ、もっともっとネタはあるだろ——ッ! てなわけで、先攻二本目……ケットシーいったれやぁ、アー・ユー・レディ?」


 ケットシーはニコッと笑うと、次は右手の肉球でスイッチを押した。そして、クモリのスクラッチテクニックに対抗してか、暇な尻尾を左側のディスクに添えると、それで高速スクラッチを刻み始めた。


 デュクデュクデュクデュクデュクッ!


 インパクト抜群のパフォーマンスをしながら、縦横無尽に見えて確実な操作で、ノブやスイッチを切り替えてBPM150と130の楽曲をミックスしていく。その間にも、スクラッチを混ぜ込んでいるにも関わらず、音楽にドタりがない。


 加速させて・加速させて・加速させて


 ここで、ケットシーはwhetherzの『チート・エクスコージョン』内にある、アカリのラップをサンプリングボイスとして、差し込んで来た。そして、左右の楽曲のBPMを30上げる。今、原点を超える時というメッセージだろうか。耳から尻尾まで全身を使ったパフォーマンスと、楽曲ミックステクニックを見せ付けて、15秒は過ぎ去った。


 ワアァアアッ————ッッにゃあああ———ァアアアァア————ッッ!


 ケットシーの強い挑戦者姿勢に、もの凄い歓声が上がる。愛くるしい見た目の内に秘めた、原点を超えたいという思い。この闘技場ハコで、whetherzの楽曲を、自身の曲に混ぜ込む行為は、下手すれば反感を買ってもおかしくない。相当の覚悟が無いと、できない芸当だ。


「ヤヤーッ! やってくれたね? やってくれちゃったよこのニャンコ——ッ! さぁ、売られた喧嘩にどう、反撃する? 後攻、クソ陰気アニキの二本目ッ! アー・ユー・レディ?」


 クモリは組んでいた腕を伸ばして、両方の楽曲を同時再生させた。BPM140のサンバリズムをメインに、華麗な右手の指捌きでイコライザーを調整すると、左手でケットシーの仕掛けてきたスクラッチに対抗した。


 デュクデュクデュクデュクデュクッ!


 こんな事、造作もないという返しだろうか。技術だけみれば、全てにおいて余裕が見えるクモリが上だと誰もが今、確信した。そしてツマミを回し、二曲のBPMを100加速させる。もはや、スピードコアと化したが、マッシュアップさせても崩す事無く、楽曲を左右でミックスさせていく。


「……ッ、……、……ッ!」


 曲が早くなったのに合わせ、クモリのDJテクニックも加速する。圧倒的手捌きと、高速スクラッチで絶対に追い越されないという、メッセージを叩き返す。王者の風格を示す、15秒のルーティンは、いつの間にか終了した。


 イエェアァアアッ————ッッフォォッ———————ッッ!


 ハイレベルのDJテクニックに、大歓声が上がる。しかし、フッ……とクモリを照らしていた月光のスポットライトが消えてしまった。先攻のケットシーに対して、観客の声量が僅かに一歩、及ばなかったのだ。勝者が決まった瞬間である。


「ヤッ……ヤヤヤーッ! ニャンコの煽りに、アニキも対抗したけど、雑魚共からの声援が熱かったのはニャンコだった——ッ! 勝者はぁ〜Dィ——Jェ——ケットシィ——ッ!」


 まさかの結果に、アカリも動揺してしまうが、司会進行として、ステージを盛り上げなくてはいけない。耳鳴りがする程の歓声に身を任せ、無理矢理ハイテンションで誤魔化す。影に包まれるクモリは、驚きながらも勝負の結果を受け止め、ケットシーに拍手を送る。音楽仲間の誕生を祝うように、彼の顔は清々しい。


「ヤーッ、ヤーッ、ヤーッ! どうっすか、ケットシーさん! クソ陰気アニキに、DJバトルで勝った感想は!」


「まさか勝てるとは思ってなかったッ! でも——DJのテクニックは、まだまだクモリさんの方が上だし、勝負も僅差で決まったようなものだけど……すごい嬉しいです!」


 アカリのインタビューに、感激の表情で答えた。勝者が決まり、付き人の大男はケットシーを抱き上げて、その存在を強く観客達に示す。は王者よりも、挑戦者がまさったのだ。


「ヤヤーッ! さあ、激アツのDJバトルの次はぁ〜、お待ちかね、俺バーサス、カラ+マワリのラップバトルだぁ〜ッ!」


 ワアァアアと、観客の興奮が高まる。裏では、クモリとケットシーが握手を交わして、健闘を称える中、アカリは観客達へのアナウンスを続ける。


「このままの熱気で、バトルを開始したい所だがぁ……休・憩・時・間だ——ッ! 雑魚共——ッ、喉潤しとけよ、体力回復しとけよ——ッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る