disc④『drum and bass VS drumstep』1st

 闇夜の空に、嘲り笑う様な半円の月。それらが見下げるのは、明かりが消えた超満員の闘技場である。観客達は、真っ暗な会場の中で、剣と杖を片手にアーティスト達の登場を待ち侘びていた。


 期待が、誰も姿を見せないステージに集まる中、闘技場に張られた結界が、月明かりを屈折させて、ふわりと二つのスポットライトを作り出す。それで照らされるのは、対面するようにDJ盾を展開させるクモリとケットシーである。姿が見えたと同時に、観客席から、わあぁあと歓声が上がる。


「ヤヤーッ! 今晩も、戦闘不能にしてやるぜぇ!」


 全ての歓声を黙らせるつもりで、アカリがステージ横からバタバタ登場して、スポットライトを独占する。そして、右に左にちょこまか動きながら、観客席に向かってミドルフィンガーを立てる。


「今宵は、お集まり頂きありがとうございます。——なんて、言葉はいらねぇよなぁ! ここにいる奴ら全員、貧弱な鼓膜ブチ破りに来たんだろ、そうだよなぁ!」


 イエェエイと、観客達から返事が来る。アカリは喝采を吸い込むと、一旦停止して闘技場全体を見た。座席は超満員で、各自持っている剣や杖に魔法が灯って、様々な色の光が、暗闇の中でゆらゆら揺れている。


「てなわけでぇ、司会進行を任されたMCアカリなんすけどぉ、早速一曲唱えちゃっていいすか! いいかなぁ——ッ⁉︎」


 わあぁと期待の声が上がる。しかし、デュクデュクとクモリが、スクラッチでアカリの独壇場に音を挟む。彼は、DJ盾の調整をしながら、観客達に聞こえない声量で話しかける。


「お前の出番は、後半だろ、でしゃばるな」


陰気アニキは、黙って曲流せーッ! いくぞ、追+how 素+lowライフーッ!」


 アカリが曲名を叫んだ後に、天に指を突き上げると、クモリはやれやれ顔で盾のディスクを回して楽曲を再生させる。BPM100前後の落ち着いたヒップホップだが、観客達の興奮を加速させるには十分だ。ワァアアと歓声が上がる。


「クビだとか、抜けますとか、適当な追悼。報われたり、落ちぶれたりの、瀬戸際な生きざまぁ! 『もう遅い』、も労災? 報・連・相は好物、高・齢・層は堅物——」


 アカリは気持ち良くラップを歌い上げるが、クモリはギュイイ……ンンと、ディスクを逆に回して無理矢理、曲を終わらせた。アカリが棒立ちで、なにこれ。と、クモリを見つめると、観客席からドッッッと笑いが起こる。


「……、……、……」


「うわーッ! 無言の圧力だるッ! へいへい、わぁったよ。 雑魚共聞けーッ! 今日は、音楽と音楽がぶつかり合う、この闘技場ハコに相応しいアーティストを決める祭典だぁ!」


 浮き沈みが激しいアカリの進行にも、観客達は好意的に付いてくる。アドリブだらけの適当にお互い合わせてしまうのは、観客と出演者が一体となる、音楽ライブならではだろう。


「トップバッターはこの二人ィ、まずはぁ〜、俺のクソ陰気アニキのぉ〜……Dィ——Jェ——クモーッリッ!」


 アカリが右手で後ろを示すと、クモリにスポットライトが当たり、彼は無愛想に手を振る。流石whetherzの本拠地なだけあるのか、ステージを揺るがす程の声援が送られる。


「そして、今回の特別ゲストであり、DJバトルの挑戦者ぁ〜……その愛くるしさと、独自ジャンル『ダブステップ』のうねりで、ファンの心をわしゃわしゃ掴みにするぅ、Dィ——Jェ——ケットシィ——ッ!」


 スポットライトが当たると、暗闇に潜んでいた付き人の大男が、ケットシーをグンッと抱き上げて、存在を強くアピールする。ふにゃあぁあああという、ケットシー特有の歓声を受けながら、小さな身丈で、精一杯観客に手を振った。


「じゃあ、早速『DJバトル』のルール説明をするぜ! 雑魚共も知っての通り、この闘技場ハコは熱狂する客から魔力を吸い取って、音楽魔法が爆上がりする特別仕様だ!」


 アカリはステージの土台となっている石材を、軽く蹴飛ばした。此処は、月明かりをスポットライトにしたり、観客の盛り上がりとアーティストの力量次第で、光や魔法による演出を可能とする建造物のようだ。


「ド派手なDJテクニックを使って、会場をブチアゲ続け、客のMPを独占しまくった方の勝ちだァ! 試合は、持ち曲のTRIM(トリム)とEQ(イコライザー)技術で競う第一試合と、楽曲MIXのテクニックで対戦する第二試合で分かれる! 雑魚共、準備はいいかーッ⁉︎」


 遂にバトル開始が宣言され、ワァアアと観客のボルテージは最高潮に達した。アカリが腕を下げると、声のボリュームも下がり、注目はスポットライトを浴びるクモリに集まる。


「猫は、水が、苦手」


 クモリがそう言うと、盾のスイッチを入れて持ち曲を再生させた。滴り、落下していく水玉が弾けるような高音域のピアノ伴奏バッキングが、会場に切なさを反響させていく。その曲に対して、観客は歓声ではなく、拍手で応えた。


「ここで、僕が好きな『light mirror stop water』をかけてくるなんて……!」


 神懸かみがかった選曲に、ステージ反対側の薄暗さの中にいるケットシーは、ぶわぁと毛並みが逆立った。先攻のクモリが、挑戦者にぶつけてきた勝負曲は『light mirror stop water』である。


 落ち着いたメロディーラインに、静寂の水面を蹴飛ばすキック音、のし掛かる深海のような重低音。波の強さと弱さが混ざり合うシンコペーションが、聴く者を虜にするだ。


 水を印象付ける音楽のイントロダクション。その曲に意識を全て向ける為に、アカリは静かにステージの暗闇に姿を溶かす。クモリはDJ盾のツマミを回し、スイッチを切り替えて、ステージを水浸しにするに相応しいイコライザーに合わせると、全身でリズムを刻みながら、曲のブレイクに合わせて右腕をグンッと振った。


 バシャアンと、ステージを中心に水飛沫が上がった。闘技場を照らしていた月光は、夜の海を際立たせる『青』へと変化する。魔法によって生み出された波は、水紋となって観客席に広がっていく。会場はあっという間に、みずうみと化した。


「……! ……、……」


 クモリは首でリズムを取りながら、曲の流れに合わせて、高音HIGH中音MID低音LOWを随時調整していく。切なさ、激しさを見え隠れさせながら、曲はAメロへ突入する。


 ドッとキック音を響かせた後に、パンッとスネアが主張する。追い越し、追い越される二つの音に、ハイハットが絡み複雑化していく。しかし、一定のリズムを継続するダンッダンッ、ダダンッの重低音の攻防戦は、それがドラムンベースである事を、耳に確信させる。


 そこに、涙を誘う物語を想起させるピアノのメロディーライン。優しい肌触りに、容赦ない息苦しさ。耳から身体に染み込ませる、クモリの音楽は観客達の魔力を洗い出し、闘技場の水深を上げていく。しかしそれは、特殊仕様の会場とDJテクニックによる演出に過ぎない。


 それは本物の水ではない。しかし、息が止まる。溺れそうになる。曲が『水』として、あまりにも完成されているからだ。


「……ッ、……ッ、……ッ!」


 クモリがブレイクに合わせて、FX(エフェクト)のノブをギュッと回すと、残響音が付加されて、サビに向かって拍車が掛かる。ピアノのメロディーがトップに躍り出て、静かな水の中に観客を浸らせる。このまま漂いたいと、思わせた所で、裏に潜む重低音とキック音がドドドドドッと押し寄せてきた。


 ギュイッ、デュギュギュギュッ!


 サビ前に、クモリがスクラッチをうねらせる様に回した。すると、静かだった水面が渦を巻く。真っ青だった水に、波の白が混ざっていく。その演出に、観客達の口から叫びの泡が噴き出た。


「……ッ! ……ッ! ……ッ!」


 荒波の中、クモリはツマミとスイッチを何度も操作して、音楽の舵を切る。冷静に航路を見極めながらも、全身は波に翻弄される船の様に、リズムに合わせて上下に揺れる。


「すっごいや……!」


 曲に溺れていく目の前の観客達を、ケットシーは目を輝かせながら見つめる。そして真横から炸裂するクモリのドラムンベースに、身体の自由が奪われていく。何百年もトップアーティストとして、世界を賑わせてきたwhetherzの音楽と、最高峰のパフォーマンス。これが、なのだ。


「……ッ、……ッ、……」


 観客からありったけの魔力を音楽に溶かして、最高のテクニックを見せつけながら、『light mirror stop water』は、アウトロに向かった。あれ程、荒れ狂って自由に形を変えていた水は、徐々に大人しくなっていく。ザバンと白く波打つ水は、スー……と、水紋に変化していき、静かな水面から浮かぶ水玉は、蒸発するように空に飛んでいく。


「……、……、……」


 一つ一つ消えゆく音を見送るように、クモリは目を閉じて、両手を天に向かって広げた。静寂へ向かっていく曲の中で打ち付ける雨足の音は、明鏡止水の終わりに相応しい。闘技場を浸していた水が、全て無くなると、観客達からワァアアアアと歓声が上がる。拍手喝采が止まらない。


「これが、whetherzの、起源ルーツだ」


 クモリは、人々の興奮を受けながらステージ反対側にいるケットシーに、ニヤリと微笑んだ。看板を賭けた戦いに『ドラムンベース』という、定番音楽ジャンルを叩き付けてきたクモリ。新たな流行を作り出し、原点を超えようとするケットシーが、遂に反撃を始める。


「さすがです、クモリさん……! でも、僕の曲も凄いからッ!」

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