disc③『DJ KTCとカラ+マワリ』

 翌々日。whetherzの本拠地になっている闘技場は、立ち見席が出来る程に客が押し寄せた。それもそのはず、この世界を賑わせる音楽家アーティストが、一堂に会して、バトルを繰り広げるのだ。


 来場客がソワソワする裏で、闘技場の楽屋では、出演するDJとMC達が顔合わせをしていた。まず、兄妹の目の前に現れたのはDJ KTCケットシーである。


「ハローハロー、エブリワン。こうして話すのは初めてだね! 君達が、あのwhetherzの14代目かぁ〜!」

「…………」


 アカリとクモリを見下げるのは、全身鎧に包まれた体長3メートルはあるであろう、大男。しかし、少年声の元はそこからではない。兄妹は、ゆーっくり視点を落とすと、体格が大人の膝下程度のキジトラ猫獣人が、腕を組んでドヤ顔していた。


「僕がDJ KTCケットシーさ。whetherzの音楽に憧れて、作曲を覚えた。DJテクニックを磨いてきた。今日は、それを証明しにきたよ!」


「はぁ〜ん? ただの二番煎じが、俺らに勝てると思ってんのかぁ〜?」


「よせアカリ、DJバトル、お前の出る幕じゃない」


 威圧的に睨み付けるアカリを押し退けると、クモリはケットシーを見下げて、出で立ちを見る。ファッションは、アカリに近い形式で、猫耳にはピアス、首にはアクセサリー。ブカブカの上着が特徴だ。


「…………」


 そこにヒョイと、後ろにいた鎧の大男がケットシーを抱き上げて、クモリと目線が合うように気を利かせる。相変わらず、彼は何も語らない。


「僕はwhetherzの大ファンだよ。でも——DJとして、クモリさんに勝ってみたい」


「構わない、ケットシーのテク、見せてもらおう」


 好敵手として迎え入れるクモリを見て、アカリはむぅと頬を膨らませる。今日のライブで仮にバトルに負けてしまえば、この闘技場ハコの看板を、譲らなければならない。


「おい陰気アニキ! DJバトルに勝つ見込みは、ちゃんとあるんだろうなぁ?」


「負ける気はないが、絶対勝てるとも言えん、勝負は分からない」


「あぁン⁉︎ 適当な事言ってんじゃねぇよッ!」


「お前は、お前の、出来る事をしろ」


 クモリは文句を無視して、目の前にいるケットシーと握手を交わした。除け者にされたアカリは、不服を隠せない。そんな彼女に、男性二人組が近付いてくる。



「ヤヤーッ! ヤヤーッ!」

「アカリちゃんやっほ〜ッ!」


「コラーッ! ヤヤーは、俺の専売特許だーッ!」


 自身を象徴する感嘆詞を奪われ、アカリがムキーッと怒る先に、吟遊詩人の様な見た目の若い男性達が、並んで笑顔を振りまいてきた。二人共、端正な顔立ちをしていて、女性人気が高そうだ。


「ヤヤーッ! えへんッ!」


「この語彙が感嘆詞イケメンが、DJカラクサで——更にイケメンのボクが、MCマワリさ。あのアカリちゃんと、ラップバトルが出来るなんて、感激だなぁ〜」


「あぁ〜ん? キレイキレイなテメェらの面に、とびっきりの泥を塗りだくってやるよぉ! 詠唱ラップバトルで勝負だッ!」


 丁寧に挨拶するイケメンと、謎の語彙で話すイケメンに対して、勢い任せで喧嘩を売るアカリ。そんな妹の姿に、後ろからクモリが呆れ顔で肩を掴んだ。


「おい詠唱ラップは、山羊ヤギから、禁止されてる」


「関係ねぇーッ! 俺のラップで、心も身体も物理的にボッコボコにしてやらぁーッ!」


「威勢はいいが、お前即興ラップ、出来るのか?」


 アカリは一瞬、目が点になった。というのも、whetherzの作詞は、基本クモリの役割。彼女はそれを思い出して、一旦は固まる。しかし、この世界に君臨するトップ音楽ユニットとして、醜態を晒せないのか、いいねサインでクモリに返した。


「見よう見まねなら、できるッ!」

「お前が、一番、適当言ってる」


 クモリはやれやれ顔で、この楽屋に集まってる音楽家アーティスト達を見た。長年に渡り、whetherzが独占してきた、唯一無二という看板を奪いに来た新人ルーキー達。どんな曲を引っ提げてくるのか、予想もつかない。この後の公演は、ケットシーとの対決から始まる。


「さて、準備するぞ、アカリ」


 ライブの時間が迫っている。プレイリストの最終確認と、DJ盾の調整がしたいのか、クモリは顎で行き先を示すと、アカリを連れ出した。


「大丈夫かよ、陰気アニキ。アイツら、全然ビビってねーぜ?」


「当然、あいつらの話題性、本物だ」


「おいおい、実力認めてどーすんだよ! 今日、客の前で完全勝利しなきゃいけねーのに!」


「今までwhetherzとして、この闘技場ハコ仕切ってきた、他人の曲を聴いた事ない」


「……。まあ、確かに……」


 ファンタジー世界に、EDMの一大ムーブメントを巻き起こし、何百年もの間、人々を音楽で魅了してきたwhetherz。しかし、新しい音楽によって、その風向きが変わろうとしている。


 独自路線で流行を作り出そうとしているアーティスト達の楽曲を、間近で聴くのは、兄妹にとって初めての事だった。


「こっちの音楽、揺るがない起源ルーツ、でも負けるつもりはない」


「……だよな! 初っ端から、あの猫ヤローに分からせてやれ!」


 アカリはバァンッと、クモリの背中を叩いて気合いを入れた。電子音楽が染み付いたこの闘技場ハコで、ファンタジー世界を揺るがす、新たな音と音のぶつかり合いが今、始まる。

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