disc②『闘技場《ハコ》』

「いやいやいやいやぁ、御二方お疲れ様でした! 本日も大盛況でしたねぇ」


 闘技場の管理人である年老いた山羊ヤギの獣人が、控えめに揉み手をしながら、会場内にあるwhetherzの楽屋に顔を出した。


 ライブを終えてのんびりするクモリと、アカリの背後には、溢れ出る程の宝石と、金貨がギッッシリ詰め込まれた宝箱が、山の様に連なっている。


「ヤヤー! 今日もブチアゲで最高だったーッ! なー? 陰気アニキ〜!」


「機材トラブルなし、それだけで、十分」


 クモリは愛用のDJ盾のメンテナンスに集中し、アカリは今日の報酬と思われる宝の山から、指輪やアクセサリーを探しては身に付ける。各々自由にしている裏で、山羊ヤギはビクビクしながら話を続ける。


「それにしても……御二方の音楽魔法や、その盾は、どういう仕組みになってるのでしょうか——?」


 この世界に存在する素材や物質で、作れなくは無さそうだが、デジタル音源を備えるDJ盾のオーパーツ感は否めない。クモリはツマミを調整しながら、必要最低限の言葉を、三つに区切って話していく。


「先祖代々、伝わる、技術」


「は、はあ……? 今となっては、然程珍しいものでもなくなりましたがね」


 そこに、アカリが割って入ってきた。落ち着いた魔導服の彼女には、ジャラジャラと首飾りや指輪、ピアスが身に付いている。こちらも、世界観に合ったファッションとは言い難い。


「それよりさぁ、こんなんじゃライブの刺激足りないってハナシだよ。『詠唱ラップ』また解禁しろや〜」


「ギャメエェッ、それは困ります! アカリ様の場合、爆破やら落雷やらで観客席や外壁まで破壊するでしょう! いくらそれが、と言っても、修繕が追い付きません!」


 山羊ヤギは困り果てた顔をしながら、両手を広げてそれを拒否する。アカリが求めているのは、詠唱魔法による、派手なパフォーマンスというものなのだろう。山羊ヤギの角を掴み、不満顔を接近させた。


「んだよ。つまんなッ! 俺らは、曲垂れ流しながら、棒立ちしてりゃあいいって、言ってんのかあ? テメェ、角へし折ってタケノコ栽培すっぞゴラァッ!」


「ギャメエェエッ! 実は、公演に関して御二方には、お伝えしたい事が二つありまして!」


 タケノコ栽培という、謎ワードの威圧感に負けた山羊ヤギは、後退りしながらアカリの拘束を解くと、揉み手をしながら焦り顔で言った。


「まず一つ。最近、ライブ公演の収益が下がっていまして……」


「ンな訳ねぇーッしょ! 今日は、超満員だったじゃん!」


「で、ですが……飲料ドリンク代と入場料とは別に頂く、お客様からの成果チップが、著しく減っているんです……」


「なんでなんだーッ! テメェらの接客サービスが、悪いんじゃねぇのかァ!」


 再び角に掴みかかり、ギャアアアと叫びながら、山羊ヤギのツノを両方引っこ抜こうとするアカリ。そこにクモリが、盾いじりをしながら冷静に分析する。


「他の闘技場ハコで、音楽のトレンド、奪われてるんだろ?」


「は、はい……正に、その通りで御座います」


「はぁーッ? 何でそうなるんだよ陰気アニキ、俺らの曲は、唯一無二の音楽エンタメだろ?」


「確かにそうだが、影響受けた奴ら、新しい派生音楽ジャンル確立してる」


 クモリはDJ盾の調整を一旦止めると、レコードを一枚回転させて、一曲再生させる。キャッチーなフレーズを繰り返す、エレクトロニック・ダンス・ミュージック。そこからビリビリと、楽曲属性と思われる電気が、盾から流れ出ている。


「whetherzの音楽、起源ルーツの域を出ない、飽きられてる」


「なんじゃそりゃあー! ご先祖様達が築き上げてきた、独自の音楽路線が、何で他人パクリの後追いに負けるのさ!」


「仕方ない、流行楽曲は、その時によって変わる」


「クモリ様の言う通りで御座います。whetherzの作曲技術や、音楽性もこの数百年の間に研究を重ねられ、再現可能となってしまいました。今や、観客を惹きつけられる曲を作った者こそが、音楽界を引っ張っていく時代なのです」


 山羊ヤギの言っている通り、技術や娯楽というのは知られ、真似され、アレンジされていくもの。いつの時代も、人々を魅了するのは『目新しさ』なのだ。


「そしてもう一つ。御二方に、共同公演のご依頼がありました。この闘技場の、看板を賭けて——DJバトル及び、ラップバトルをしましょう——と」


「な、なんだよそれ!」

「……、そう言ってきたのは、誰だ?」


「DJ KTCケットシー様と、カラ+マワリ様で御座います」


「最近、話題になってる、新人ルーキーか」


 クモリが顎に手を添える様子から見るに、既に把握しているアーティストなのだろう。そこに、納得のいかないアカリが間に入る。


「そんな奴等、放っておこうよ陰気アニキ。この闘技場ハコは、ご先祖様が代々ずーッと大事にしてきた仕事場クラブだ。賭け事に使う事すら、いけねぇって!」


「だが、誘いを断れば、whetherzの負けが決まる」


「だから、勝ちとか負けとかどうでもいいだろ! 今の俺らには、たくさんのファンがいるしさ……ッ!」


闘技場ハコは、魅力的な曲をかけるアーティストに、味方する」


 クモリの一言に、騒がしいがモットーのアカリが、スッと大人しくなってしまった。彼女も、いつまでも同じステージで栄光が続かない事を、薄々分かっているのだろう。闘技場ハコの奪い合いは、DJユニットのさがなのだ。


「じゃあ……どうすんのさ。誰にも負けない曲と、歌詞を作るのか?」


「そんな時間はない、アイツらはすぐに、勝負仕掛ける」


「御言葉ですが……御二方には、十分な名声と稼ぎが御座います。この規模の闘技場でしたら、他にいくらでも——」


「バキャッロー! 俺らが守らなきゃならねーのは、この闘技場ハコなんだよ! 人気とか金で作ったナワバリなんていらねぇよッ!」


「ギャメエェッ⁉︎ 大変失礼致しましたぁ!」


 兄妹にとって一番大切なのは、代々受け継いできた闘技場ハコなのである。背にある宝石や金貨の山が崩れる事はない、今日の歓声や熱狂も嘘ではない。しかしステージが求めるのは、より客を盛り上げる事の出来るプレーヤーなのだ。


「良い曲なら、今時誰だって、作れる」

陰気アニキ……」



「なら、圧倒的で、ねじ伏せるだけだ」

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