異世界DJバトル!〜詠唱ラップと盾スクラッチで闘技場(ハコ)をブチアゲろ!〜

篤永ぎゃ丸

disc①『チート・エクスコージョン』

DJ 嵐(ARASI)【whetherz】

 世界はパンデミックに見舞われた。人と世界は隔離された。密集するライブ会場は、感染拡大を恐れて、誰も来なくなった。フルボリュームだった俺らの音楽が、聴かれなくなっていく。

8:42・2020/3/29 ツブヤイターinスマホ


DJ 嵐(ARASI)【whetherz】

 ライブに誰も来てくれない。イベントもクラブも、自粛モードで全然仕事が入って来ない。客が来なきゃ、商売が成り立たない。開催しようとすると、蔓延させるなと罵声を浴びせられる。どうしたらいい?

15:23・2020/8/16 ツブヤイターinスマホ


DJ 嵐(ARASI)【whetherz】

 俺らのコバコが、経営悪化で閉店する事になった。こんな悲しい正月は、生まれて初めてだ。去年の今頃、こんな事になるなんて想像出来なかった。居場所がない、音楽が作れない、お金がない。もう生きていけない。

10:01・2021/01/02 ツブヤイターinスマホ



「本番前に、また見てるのか、それ」


 薄暗い空間の中で、大きな盾を背負う銀髪の青年が、ブロック岩に腰掛けながら、控えめな声でそう言った。彼の目の前にいる赤毛魔導士の少女は、電子タブレットをスワイプさせながら、ニヤニヤ顔で返す。


って、なんつーか悲観的ってやつ? 歌う前に見ておくと、ラップに熱入るんだよねぇ〜」


 盾持ちの青年はクモリ、魔導士はアカリ。二人は血の繋がった兄妹である。戦士と魔法使いと、ファンタジーな見た目だが、共にファンキーな装飾品が目立つ。


「いくぞ、今日は、満員御礼」

「よっしゃ。たんまり稼いじゃるぞ〜」


 クモリとアカリは並んで歩き始め、ほんのり光が差す出入り口に向かっていく。そこを抜けていくと、薄暗い場所から一転。魔法松明が会場を灯す三日月夜みかづきよのコロッセオが、二人を囲んだ。


 兄妹が姿を現すと、ワアァアアと歓声が上がる。闘技場の観客席にいる人々は一斉に立ち上がり、熱気と歓喜で二人を出迎える。


 四方八方から注目を集めながら、クモリとアカリは闘技場中央に向かっていく。二人は定位置に着くと、クモリは背負っていた盾を展開させる。先程の薄暗い中では、ただの防具に見えたが、ガコンッと音を立て、DJ機材へと形を変えていく。その瞬間、魔法松明はフッと消え、辺りは暗闇に包まれた。


「ヤーッヤーッヤーッ! 今夜も俺らが、戦闘不能にしてやるからなぁーッ!」


 俺っ娘属性を持つアカリの声が、スピーカーを通った様に炸裂すると、再び火の明かりがブワァと広がり、クモリの盾から響く重低音が、デエェンと後を追った。


「今、この時の為に、剣と杖を振れ! パーティを組め! 詠唱を上げろ! 行くゾォオオォオ——ッ!」


 一帯に拡声させる魔法陣をアカリはステージに展開させると、クモリはデュクデュクと盾の円盤をスクラッチさせて、止まらない歓声を遮る。そして、ファンタジー世界をぶち壊すデジタルミュージックが、闘技場を震わせた。


「ヘイヘイヘーッ! 一曲目は『チート・エクスコージョン』だ——ッ!」


 ステージの前線にいるアカリが、観客のボルテージを最高潮に引っ張り上げると、裏にいるクモリは盾の機材を駆使して、ミドルテンポのハードコア・ヒップホップをリアルタイムでミックスしていく。耳鳴りがする程の大音量に合わせて、アカリはラップをさし込む。



都合積んだ デコトラを

加速させて 思考停止


親不孝・遺品整理・黒歴史すらも白紙に

転生先生! 起立! 例! 着席の美意識

無計画しおり持った遠足のき先


バナナはおやつの中に入りますか?

自宅に帰るまでが遠足は本当マジですか?

御託ゴタク語るオタク共の戯言たわごとで耳鳴り


願望の印刷 おっ広げるレジャーシート

設定の重箱 中身全てジャンクフード


過食症の佳作賞! 桃源郷に逃避行!

ご自慢の手前味噌で持て成してく低姿勢

チヤホヤとモテモテとムラムラは讃美歌さんびか

イカサマ・ごまかし・不正行為のアク抜き

無自かくと勝ちかく、惚け顔で恥 Yeah!



 何かを風刺した歌詞で韻を踏みながら、アカリはラップを歌い上げた。ここで間奏が入り、クモリのターンである。


 盾で回転する二枚のレコードを擦り、小刻みの良いスクラッチテクニックを披露していく。歓声が湧き上がると、曲のテンポが上がり、再びアカリは自由にステージを行き来しながら、長ったらしい歌詞を唱えていく。



根もなきゃ葉もねぇ、お上品な花摘み

無愛想に大無双の可哀想な醍醐味だいごみ

胸糞と下手糞を排除してく外連味けれんみ


よく出来まちたと成り上がるゲス顔の下剋上

困難ってこんなん? スカッとした空振り

最強の受け売りならハズレこそが大当たり?

孤独感のお得感 長すぎんだよ肩書きぃ!



 息継ぎほぼ無しで、アカリはラップを歌い上げる。この世界で通用しないであろう言葉が羅列されているが、クモリの楽曲とアカリのラップによるグルーヴが魔法に作用して、聴いている観客に快感だけを与えていく。意味を理解する必要すら、ないのだ。



Hello言えりゃ博識はくしき? 三度目の正直しょうじき

無礼講ぶれいこう常識じょうしき? トレンドって金色こんじき

そんな問いに、ハテナ顔のモブ達が心地いい

為せば成るってなんだよ?

運・根・鈍ってなんなの?

成功の毎日なら努力なんてファンタジー

主人公が勝ち組のお遊戯会ゆうぎかいでハングリー

世界が味方すればそれだけでエクスタシー



 ヤヤーッという、アカリ特有の感嘆詞で一曲目が終了し、拍手喝采が沸き起こる。今、このファンタジー世界を熱狂させている音楽ユニット名は『whetherz《ウェザーズ》』


 寡黙な兄、クモリはDJと作詞・作曲を担当し、破天荒な妹アカリはMCを担当している。何かの文化を風刺する歌詞、五臓六腑ごぞうろっぷをブルブル震わせるのダンスミュージック。幻想を破壊しにいく二人のスタイルは、魔法を、剣を、この闘技場に、新たな戦い方バトルを叩き込もうとしていた。

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