第8話 言わないと分からない?

「「いただきまーす」」


 アリスと向かい合って晩ごはんを食べ始めた。

 今日はマグロの解体ショーが盛況で、昼から夜までずっと店の味を楽しんでくれたお客さんがたくさんいたから、休憩時間をぜんぜん取れなかったんだよな。


 間食くらいはしたけど、晩ごはんは閉店後の今になってしまった。けっこうな深夜だ。

 俺はともかくアリスはまだ一五歳なんだから、もっと規則正しい生活をさせてあげないとだよな。大人の俺がもう少ししっかりしないとだ。


「うわー、ダンジョンマグロの塩焼きって美味しいねー」


 アリスが子供のときと同じ笑顔で美味しそうにしている。


「だろ? ダンジョンマグロってどの部位も美味しいし、何の料理にも合うんだぜ」

「ダンジョンマグロのダシで作ったスープも美味しいよ」

「ああ、良い味が出てるよな」


 夜にお客さんにお出ししたら、すげー盛況だった。

 またそのうち作って欲しいって言われたくらいだ。ダンジョンマグロはこの店の名物になっていきそうだぜ。


「ダンジョンマグロって食べれば食べるほど元気がいっぱいになっちゃうんだね」

「体力回復の強い効果があるからな」


 たとえヘトヘトな状態でも、ダンジョンマグロを食べたら本当に元気いっぱいになるんだぜ。


「夜なのに元気いっぱいになっちゃうって。私、運動しないと寝られないかも」

「そうかもなー。ほどよい疲れがないとぜんぜん眠くならないもんなー」


 って、うおおおお。アリスがトップスに指を入れて胸の位置を調節した。

 ビキニみたいな露出過多な服だから、胸がぜんぶ見えそうで見えなくてドキドキした。

 胸の位置って気になるものなんだろうか。俺の目の前でやるとは思わなかった。


 気のせいか、アリスのフェロモンが俺に向かってどんどん漂ってきている気がする。俺は思い切りアリスの胸元を見てしまった。

 肌が艷やかでめちゃくちゃ綺麗だと思う。


 アリスは俺の視線になんて気がつく素振りもなく、美味しそうにダンジョンマグロを食べている。

 本当に幸せそうに食べている。

 ふう、アリスが食べる様子を見ていたら心が落ち着いてきた。


 危うくアリスが俺をいやらしい方面で誘っているのかもしれないって思ってしまったぜ。

 夜に体力を使うことっていったら、男子の俺としてはいやらしいことを思い浮かべてしまうからな。

 アリスのスタイルと格好的にもそれはしょうがない。いやー、危なかったぜ。勘違いしなくてよかった。


「ねえ、レオ」


 俺は白米を食べた。水が美味しい土地柄のおかげか、すげー上手に炊けるんだよな。ダンジョンマグロともよく合うんだこれが。


「けっこう軌道に乗ってきたよね、英雄食堂」

「そうだな。アリスのおかげだ」

「レオのおかげだよ。私、料理はできないもん」


 それなのに今日、お客さんに料理を振る舞ったのか。まあ、いいけどな。おかげでダンジョンマグロっていう人気メニューができたんだし。


「私、嬉しいな。このお店にレオが来てくれただけでも嬉しいのに、そのお店が上手くいきそうで」


 アリスが幸せそうにしてくれている。その顔を見ていると俺も幸福感が湧き出てきた。


「昔だったら仲間たちが邪魔をしてくるから、ぜったいにレオを独占できなかったもんね」

「懐かしいな。あの頃は本当に毎日が賑やかだった」


 あの仲間たちは正妻戦争という名の俺の奪い合いを毎日さんざんやっていた。いやー、懐かしい。


「そうだね。レオ、私を選んでくれてありがとう」


 あれ? 正妻戦争についに決着が?

 アリスが色っぽい表情になっている。正妻感ありありだ。まだ一五歳だから結婚できる年齢じゃないのに。

 結婚できるのは一八歳からなんだよな。アリスが結婚できるまであと三年ある。


「ははは……、他の仲間たちが知ったらうるさそうだな」

「うん。でも、絶対に渡さないから大丈夫だよ」

「なるべく穏便にな」


 世界最強の仲間たちが激しくぶつかりあったらおおごとだし。


「ねえ、レオは……、私が正妻じゃイヤ?」

「そんなことぜんぜんないぞ。アリスは可愛いからな」

「可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど、そろそろ綺麗だねって言ってほしいな」


 アリスの瞳が湿り気をおびている気がする。とろんととろけるようになって、まるで俺を誘惑するような表情を見せる。頬が少し上気しているだろうか。

 綺麗どころじゃない。綺麗すぎるぞ。

 ごくり、と俺は喉をならしてしまった。


 俺の仲間たちは揃いも揃って美人ばかりだけど、アリスはそのなかでも頭一つ抜けているかもしれない。

 このアリスを目の前にして褒めない理由は俺には思いつかなかった。


「ああ、綺麗になったな。ちょっとやそっとじゃない。アリスはもの凄く綺麗になった」

「ありがと。凄く嬉しいよ」


 アリスが心の底から嬉しそうにしてくれた。よかったよかった。上機嫌みたいだ。

 しばらく黙々と食べ進めていく。


 アリスの言う通り、ダンジョンマグロは美味しいけど本当に元気がいっぱいになってしまう。食べ終わったらちょっと剣の稽古でもした方がいいかもしれない。明日も早朝から仕入れや仕込みで忙しいから寝れなかったら困る。

 アリスがせっかく俺のために用意してくれた店なんだ。毎日めいっぱい働いてたくさん稼いで、アリスに恩返しをしたいぜ。


「……そういえばさ」


 アリスがもぐもぐしながら俺を見た。


「アリスはなんで俺のために店を用意してくれたんだっけ。こんなにすげー良い店を。用意するの大変だっただろ。その理由をちゃんと聞いてないなって思ってさ」

「それ、言わないと分からない?」

「当たり前だろ?」


 アリスがもぐもぐしている。もぐもぐしながら遠くを見ているようだ。

 なんだろう。アリスは昔のことでも思い出しているのだろうか。たとえば、アリスと俺の出会った頃のことを。あれは、けっこう印象的な出会いだったな。

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