第7話 芋酒
俺は青キノコのダンジョンの最下層まで来た。
ダッシュで最奥へと駆け抜けて行く。普通のパーティーなら二、三時間は余裕でかかる難易度だろうが、俺は強いから数秒でたどり着くことができた。
目の前には鮮やかな青い色の水面だ。
青キノコの色でも水面ににじみ出ているんだろう。かなり綺麗な水景色だと思う。
これ、地底湖に見えて実は海水だ。こことずっと遠くにある海とが地面の中で繋がっているんだよな。
俺、ここの暗い海水をナワバリにする美味しい魔獣がいることを知っているんだぜ。
というわけで、おいっちにー、さんっしー。
よし、準備運動完了。俺は海水にためらいなく飛び込んだ。身体に海中用のシールドを張ってあるから濡れることはない。
おー、来た来た。
ダンジョンマグロだ。俺を食べようと口を開けて猛スピードで迫ってくる。サメみたいな牙だな。見た目は少し暗い色のマグロだが、すげー迫力があるぜ。
だがな――。
「元勇者に喧嘩を売るとはいい度胸だぜ!」
俺は力を込めたアッパーをダンジョンマグロにぶちかましてやった。
ダンジョンマグロが打ち上げられて地面へと落っこちる。ふっ、弱いな。一撃で絶命させてやったぜ。
「よし、こいつを持ってすぐに店に帰るぞ」
俺は【ダンジョンテレポート】と【テレポートダッシュ】で英雄食堂へと戻った。
ピザの注文から一五分で帰ってくることまでできたな。さすが俺だ。
店の裏口を開ける。
もあーっといやーな感じがした。何かが腐ったようなイヤな匂いが漂ってきた気がする。
「な、なんだこの香りは」
まさか魔王軍の襲撃か何かか。いや、あいつらはもう滅んだはず。じゃあ、なんなんだ。
「だ、大丈夫ですか!」
俺は店の中へと駆け込んだ。
「うわ、なんだよこりゃ」
お客さんがみんなぐったりとテーブルに突っ伏していた。
何人かの顔を覗き込んでみたが、みんな目がぐるぐるになっていた。
いったいなぜみんなダウンしているんだ。
「お客様、お客様ーっ。生きてますかーっ。何があったんですか。誰か、受け答えのできる人はいませんかーっ」
馴染み客であるおじさんに聞いてみた。
「ア、アリス……ちゃ……ん」
その必死な声は、まるでダイイングメッセージを思い起こさせた。
「え、アリスがやったんですか? そんなことが……。ハッ、そういえばアリスは?」
「レ、レオ……、おかえりなさい……」
アリスがすみっこもすみっこの影のところで酷く申し訳なさそうにしていた。気落ちしているのか一回り小さくなったように見える。
「よかった。アリスは無事なんだな。いったいここで何が起きたんだ」
「え、えとね、そのね」
アリスが目をパチパチして、あっちを見たりこっちを見たりしている。何かいけないことをやってしまったときのアリスだ。最終的に、アリスは髪で顔を隠しながら白状した。
「お客さんがね、みんなね、私の手料理を食べたいって言うからね」
「ハッ――」
そうだった。俺が配達に行く前に、たしかにそんな話をしていた。
「腕によりをかけてふるまってあげたの」
「腕によりをかけてしまったのか……」
アリスは料理の腕が壊滅的だ。
見た目はけっこう美味そうに作れてしまうからこそ余計にたちが悪い。それを美味しそうだと思ってうっかりぱくりとしてしまうと、とんでもない味が押し寄せてくるんだ。それで泡を吹いたり目を回したりしてしまう。
昔、それで俺のパーティーが何回か全滅しかけてるんだよな……。
「なるほどな。これはまた派手にやったもんだな」
「で、でも、少ししたらみんな元気になると思うから」
お客さんたちがゾンビのようにゆらーりと身体を起こした。
でも、みんなげっそりしている。お腹に甚大な被害がありそうだ。
だけど、不思議とみんなの表情は笑顔だ。めっちゃ引きつっている笑顔だけどな。
「だ、大丈夫……だぜ……アリスちゃん……」
「そうそう、俺ら……元気だから……よ」
「何も……気にしちゃ……ダメだぜ……ベイベー」
「お、俺……、ちゃんと完食するからさ……」
完食? それはダメだ。命に関わるぞ。ここはかっこつけるところと違うんだ。必死になって止めないといけない。
「お、お客様っ。完食はっ、完食は危険すぎますっ」
「と、止めないで……くれる……かい……。男にはね、やらないと……いけないときがあるんだよ……」
「かっこいいことを言ってますけど、今はそれを言うタイミングと違いますからっ」
「いや……そんなことは決して……ない」
「いえ、ありますっ。無理に命を張らないでくださいっ。それよりもっと美味しいものを食べましょうよ。皆さんへのお詫びに俺が無料で振る舞いますよ」
「いったい……何を……だい……?」
俺はダンジョンでゲットしてきたダンジョンマグロの尾ひれをつかんで持ち上げた。
「こいつです。これから解体ショーをお見せますよ」
「「「「「おおっ!」」」」」
ちなみに、ダンジョンマグロは食べると体力を思いっきり回復してくれる効果がある。これを食べさえすれば、お客さんたちはきっと元気になってくれるだろう。
俺はキッチンの定位置についた。そして、ダンジョンマグロをまな板の上に置く。
ダンジョンマグロは大きいから、まな板からかなりはみ出てしまった。
「では、ダンジョンマグロの解体ショーを始めますねっ。とくとご覧くださいっ」
「レオ、待って。そんな硬そうなウロコの大っきい魚をさばく包丁がないよ」
「包丁はなくても、俺たちには立派な刃物があるじゃないか」
「あ、そうか」
アリスが虚空から短剣を取り出した。アリス愛用の短剣だ。
短剣って言っても普通の剣よりも少し短いくらいだけどな。あれは暗殺者用の剣なんだ。
「じゃあ、私がさばくね」
「ダメダメ。アリスの剣は毒が塗ってあるだろ?」
「そうだった……」
しょんぼりしてしまった。
「というわけで、俺の持っている料理用の聖剣を使うぜ」
俺は虚空から聖剣を取り出した。国の姫からもらって教会で祝福を受けた美しい剣だ。魔獣料理に使える剣が欲しいって言ったらパーティーメンバーが気をきかせて用意してくれたんだよな。
俺はこの聖剣で数えきれないくらいの魔獣を切ってきた。普通に攻撃力がとんでもなく高い剣だから料理専用にするのはもったいない使い方かもしれない。だけど、俺はこの使い方で満足しているぜ。
お客さんたちが聖剣の美しさに見とれているみたいだ。初めて見ると目を奪われてしまうかもしれないな。芸術的な価値が高い剣だと思うし。
目の前のお客様の瞳が輝いている。
「あ、あれが、世界最強の勇者が使う聖剣――」
「その通りです」
「聞く人が聞いたら怒りそうな使い方だ……」
「もう世界を救いましたので、聖剣なんて持っていても宝の持ち腐れなんですよね」
「たしかにそうだけど」
「この聖剣も喜んでいます。素晴らしい役目を勇者からもらえたぞーって」
「いや、言ってないんじゃないかな」
「言ってます。きっと言ってるんです」
「そ、そうかな……」
「というわけでいきますよ。とりゃーっ、とりゃーっ、とりゃーっ」
気合を込めて声をあげているが、これはパフォーマンスのためだ。盛り上がってくれればいいなって思っている。
聖剣のおかげでダンジョンマグロが豆腐のようにスパスパ切れていく。
綺麗に三枚に下ろして大トロ、中トロ、赤身に切り分けていく。骨はあとでダシをとって夜にお出ししようかな。
俺は
アリスの用意してくれた皿に均等に刺身をよそっていく。俺は笑顔で皿を持った。
「できました。どうぞ召し上がってください。ダンジョンマグロの刺身盛り合わせですっ」
「「「「「すげー美味そうーーー!」」」」」
舌なめずりするように、みんな俺から皿を受け取った。
「醤油とわさびで食べてくださいね」
お客さんたちが席に戻ってダンジョンマグロを食べる。みんな同時だったな。そして、みんな同時に目を輝かせた。
「「「「「デリシャスダイナマイトーーーーーーーーー!」」」」」
よかった。みんな満足してくれたみたいだ。
アリスの料理でこの店に悪い印象がついたかもしれなかったからな。挽回しようと必死になったぜ。この反応ならまた来店してもらえるはず。
カウンター席の端に座っていた渋いおじさんが俺を見ていた。
「店主よ、分かってるじゃねーか。ダンジョンマグロはやっぱ刺身よな」
剣豪といった感じの風貌だ。机に立てかけている武器は東の地方の武人が好む刀。この渋いおじさんは東の地方出身の剣豪なんだろう。
ダンジョンマグロって東の地方が有名な産地なんだよな。だから、この剣豪の方が俺よりも食べ方に詳しいかもしれない。
「ですよね。鮮度がかなりシビアなんで、狩ったらすぐに店に持ってこないといけないのがつらいところですけど」
「うむ。それをこの内陸の土地でやってのけるとは、若いのにたいしたものだな。がっはっはっは。ひさしぶりに故郷を思い出したぞ。愉快、愉快だ」
喜んでもらえてよかった。
ただの直感でダンジョンマグロを狩ってきたんだが、大正解だったみたいだな。アリスもホッと大きな胸をなでおろしている。
「あー、美味い。これで芋酒があれば最高よ」
剣豪の言葉にアリスが反応した。
「芋酒、あるよ」
「なんと。そんな渋い酒を入れているとは。大人の好みが分かっているではないか」
あるんだよなー。開店してすぐにお酒のラインアップが課題にあがったから、酒店に行って相談したんだ。高齢の人とか、お酒にうるさいタイプの人を満足させられるお酒は何ですかって。
そのなかの一つに芋酒があった。
東の地方の人にはこれを出しておけばいいよって、酒店の人のお墨付きだった。
アリスが丁寧に注いでくれる。
「くあーっ、美味いっ」
剣豪の頬が幸せそうにゆるんでいる。
「今日はもう仕事はいいか。せっかくのダンジョンマグロだ。存分に楽しもう」
剣豪が俺を見た。
「店主よ、ダンジョンマグロのほほ肉を頂いてもいいか」
「いいですよ。ほほ肉はステー――」
「ステーキで頼む。ニンニクをたっぷりときかせてな」
「うわ、嬉しいな。お客さん、分かってますね。ほほ肉はやっぱりステーキですよね」
「うむ。楽しみにしているぞ」
他のお客さんも二人ほど食べたいと言ってくれた。
でも、残念ながらほほ肉は二つしかない。じゃあ半分ずつにしようぜと二人で仲良く調節してくれた。
ステーキを焼き始める。にんにくの香りが食欲をそそってくる。
このダンジョンマグロの料理と解体ショーはけっこうな話題になったみたいで、次はいつやるんだと次の日からしょっちゅう聞かれることになった。
一ヶ月に一、二回くらいはやってもいいかもしれないな。恒例イベントにしようと思う。ますます英雄食堂が盛り上がりそうで俺は嬉しかった。
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