第6話 保存食とはさよならだねー
瞬間移動魔法【テレポートダッシュ】は光の速度で駆け抜けて行く魔法だ。めっちゃ早く移動できるんだぜ。
俺はその魔法を使うことで、英雄食堂から青キノコのダンジョンまで三秒ほどで到着した。普通に歩いたら一時間の距離を三秒だ。超速いだろ。
「うわ、懐かしいな」
入り口からして青いキノコだらけのダンジョンだ。森の中にここだけ不思議と青がある感じ。昔、仲間と一緒に冒険に来たなー。
「おっと、感傷に浸っている時間はないぜ」
俺は走ってダンジョンの中へと入って行く。
中は洞窟だけどそれほど暗くはない。あと、青キノコがそこらじゅうに生えているから、視界に青色がいっぱいのダンジョンだ。
この青キノコって人間は食べられないんだよな。毒ってほどじゃないけど、食用には向かないとされている。
ただ、この青キノコを食べている魔獣って不思議と風味が豊かで美味いんだぜ。だから、このダンジョンのモンスターは良い食材になってくれる。
「この地下五階にお客さんがいるんだよな」
普通に地下五階まで行こうと思ったら四、五時間はかかるだろうか。
だが、俺はこのダンジョンを踏破したことがあるから、一瞬で行ける。
「ダンジョン内移動魔法【ダンジョンテレポート】!」
行ったことのあるダンジョン内でなら、一瞬で次のエリアへと行ける魔法だ。今、一階から一瞬で地下一階に来たわけだな。
ちなみに、帰るときは何階にいようとも一瞬でダンジョンの外に出られる便利な魔法だぞ。
「【ダンジョンテレポート】【ダンジョンテレポート】【ダンジョンテレポート】【ダンジョンテレポート】。よし、地下五階に到着だ」
この階の聖なる結界のところにお客さんがいるんだったな。
聖なる結界は教会が冒険者たちのために用意してくれた安全地帯だ。女神の加護を強く受けた場所だから、魔獣は絶対に入って来られない。
冒険者たちはここで休息をとったり、傷の手当てをしたりできる。
シスターやら司祭が仲間にいれば、その結界まで一瞬で移動できる魔法があるんだぜ。でも、今はいないから俺は走らないとな。
「俺の妹、元気にしてっかな」
世界一可愛い妹だ。俺のパーティーメンバーだった。
妹はシスターだったんだが、魔王討伐の功績が認められて聖女へと昇進した。教会のトップだな。だから、今は別々に暮らしている。
店がもっと人気になって稼ぎが貯まったら、胸を張って堂々と会いに行きたいもんだな。
よし、ひさしぶりに全力ダッシュするか。
まあ、たいしたダンジョンじゃない。一分もあれば聖なる結界まで行けるだろ。
「うおおおおおおおお。そこをどけええええええええええ!」
俺はダンジョンを駆け抜けた。クマの魔獣とかコウモリの魔獣とかキノコの魔獣が俺の迫力にビクッとする。
俺はその脇を軽やかにすり抜けて駆け抜けていった。
本当なら襲いかかってくるんだろうけど、俺は魔獣に襲われにくくなる魔法を使っているし、足がめちゃくちゃ速くなる魔法も使っている。
だから余裕で魔獣の横を走り抜けることができた。
「見えた。聖なる結界だ」
ここまで三〇秒くらいだろうか。ぜんぜん余裕だったな。ピザのお届けまで一五分は余裕を持ちすぎだったか。
ずざーっと足の裏でブレーキをかけて聖なる結界へと入って行く。
四人組の冒険者が一斉にビクッとしていた。
「え、なに? なに?」
座っていた女性冒険者が怯えるような声を出した。
「大変お待たせしましたー」
俺はニコッと営業スマイルを見せた。
「英雄食堂です。ピザのお届けにあがりました」
俺は両手でピザの箱を二つ差し出した。
四人ともポカーンとしている。俺が急にやって来たから驚いたんだろうか。
「えと、ご注文されたルーベンさんは……」
お、ハーレムパーティーだ。昔の俺みたいだな。
赤い髪の男性がいたんで俺は声をかけてみた。この人が注文者のルーベンさんだろう。年齢は一六歳くらいかな。
「英雄食堂です。お届けにあがりました。ルーベンさんですよね」
「はい。俺がルーベンです。え、もう来たんですか。まだ一〇分しか経ってませんけど」
「はい。こちらのピザでお間違いないでしょうか」
俺は箱を開けてピザを見せた。チーズのいい香りがダンジョン内に広がっていく。
「わあ、温かい料理だ!」
パーティーの一人の女の子が喜んでくれた。
「しかも、柔らかいお料理!」
別の女の子も喜んでくれた。
「……。……」
もう一人の女の子は静かだ。足にけっこうな怪我をしている。包帯を巻いていた。
「焼き立てなんですね。凄いな。お代を支払いますね。いくらですか」
「ありがとうございます」
お金をもらってピザを手渡した。
「いただきまーす」
一人の女の子が早速、食べてくれた。ほっぺをおさえて可愛く喜んでくれる。
「うわー、チーズの旨味がデリシャスダイナマイトー。これ、美味しさの暴力だよ。魔獣のお肉もすっごく美味しいよ」
「ありがとうございます!」
めっちゃ嬉しいぜ。
「これはもう保存食とはさよならだねー」
俺は静かにしている女の子の傍にかがみ込んだ。女の子が警戒した表情になる。
「……なに?」
「ただのサービスです」
俺は女の子の負傷した足に手をかざした。そこに柔らかで優しくて温かみのある魔法をかけた。
「治癒魔法【キュア】」
「え? わあ、あったかい。ふあああああああああっ」
包帯があるから分かりづらいけど、俺の治癒魔法で女の子の負傷した足がみるみる治っていっているはずだ。
治癒魔法って優しい母親に抱きしめられているみたいな温かさがあるんだよな。けっこう気持ちいいんだぜ。だから、女の子の顔がほてっていた。
「ありがとう。回復薬がなくなっていたの。あなたのおかげでもう少しだけダンジョン攻略ができそうだよ」
「回復薬って高いですもんね。道中、お気をつけて」
俺は聖なる結界を出た。お客さんを振り返る。
「それでは俺はこれで。よかったらまた注文してください」
ルーベンさんが代表して立ち上がってくれた。
「色々とありがとうございます。また注文させてもらいますね!」
高い評価をもらえたみたいだ。ルーベンさんの表情を見れば分かる。
ダンジョンって食べるものに困るもんな。保存食は重いし持ち運ぶのが大変だし。いざ食べてみると冷たいし、水分を含ませないと固すぎて食べられないものばかりだし。何より味が美味しくないんだよな。
そこでうちのピザだ。
柔らかいし温かいし、運ぶ手間いらず。そして、美味しい。
この商売、いけると思うんだよな。俺みたいに魔獣の肉を現地調達して料理する冒険者はそう多くないから、需要は絶対にあるはずだ。
ダンジョン内移動魔法【ダンジョンテレポート】でダンジョンの出口へと移動す――いや、待てよ。俺は踏みとどまった。
思い切ってダンジョンの最下層まで下りていくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます