第2話 暗殺者アリスはモテモテだ
嬉しいことに英雄食堂は夜になっても客足が途絶えなかった。
昼との違いは、お酒を飲むお客さんが多いことかな。仕事終わりに来店してくれているみたいで、仕事のストレスを発散するように楽しそうに料理とお酒を味わってくれている。
ただ、お酒のラインナップは少し物足りなかったようだ。俺がチョイスしただけあって若い人向けのお酒ばかりになっていたらしい。
お客さんに色々と聞いて今後に活かしていこうと思う。
「アリスちゃーん、生おかわりー、ジョッキでー」
「はーい!」
アリスはニコニコしながらよく働いてくれている。
お酒の入れ方がやたらと上手なんだよな。アリスが俺と一緒に冒険していたときは、たしかお酒の入れ方は知らなかったはず。きっと俺と離れていた二年間で覚えたんだろうな。
「はい、おまちどーさまっ」
笑顔でお客さんのテーブルにジョッキを置く。
ドンッ、と豪快にテーブルに置いたせいか、アリスの大きな胸がポヨンと弾んでいた。
お客さんの視線が一斉にアリスの胸元に向かったのは面白かったな。
「アリスちゃーん、俺の横に座ってお酒をついでよー」
「ごめんなさい。ここはそういうお店じゃないから」
「そんなー」
笑いが飛び交った。アリスは大人気だな。
あ、会話中にアリスのお尻に手が伸びてきた。お酒を出す店だとそういうこともあるか。
ただ、俺のパーティーメンバーでアリスは最も気配に敏感だ。
アリスは何事もなかったかのようにその場を離れた。お客さんの手は虚空を切って大きくバランスを崩していた。また笑いが飛び交う。
ふふっ、勇者のパーティーメンバーは伊達じゃないんだぜ。
しかしまあ、アリスの格好はもう少し考えた方がいいかもしれないな。スタイルがよすぎて普通に歩いているだけでお客さんの注目を浴びまくっているし。
「アリスさーん」
真面目な好青年っぽいお客さんに呼ばれている。
「はーい」
「アリスさんって恋人はいるんですか?」
「え、いないけど……」
ポッと恥ずかしそうにした。アリスのああいう表情は子供のときのままかもしれない。
「じゃあ、恋人がいたことはあるんですか?」
「それもないけど……」
「じゃあ、だし巻き卵をください」
「え? う、うん」
好青年なお客さん、アリスを口説くんじゃないんかーい。
聞き耳を立てていた俺とお客さんたちが一斉にガクッとなってしまった。ちょっとコントみたいになってしまったな。この連帯感は嫌いじゃないかもしれない。
「レオー。だし巻き卵だってー」
「ういーっす!」
このお店、アリスを中心に盛り上がっていきそうだな。
俺の料理も楽しみにしてもらえるように頑張らないとな。腕によりをかけて作るぞ。
だし巻き卵を丁寧に作りあげる。
「アリスー、だし巻き卵、できたぞー」
「はーい」
アリスがだし巻き卵を好青年なお兄さんの前に置いた。ついでにニコッとスマイルをプレゼント。
好青年なお兄さんが見るからに赤くなってしまった。火照った顔を冷ましたいのか、冷たいお酒を喉に流し込んでいる。飲みすぎるなよー。
「アリスちゃーん」
「はーい」
冒険者っぽい筋肉質なお客さんがアリスの手を両手でしっかりとつかんだ。
そのお客さん、キメ顔っぽいのを作ってると思う。アリスを口説くみたいだな。
「アリスちゃん、今、フリーなら俺の嫁に来ないか?」
空気が変わった。お客さんたちがジロリとそのお客さんをにらみつける。
アリスの表情も変わった。あれは仕事をするときの顔だな。この店の仕事じゃなくて、暗殺者をしていたときの顔だ。
目を鋭利な刃物のように細めて相手を見下すように睨みつける。氷点下一〇度くらいの冷たい視線がお客さんに突き刺さっている。
「はあ? 調子に乗らないでくれる?」
空気が冷たく張り詰めていく。
酔っ払った全てのお客さんを覚まさせるのにじゅうぶんな冷酷さだ。
アリスはガチの暗殺者だからな。もう少し怒らせると虚空から毒を塗り込んだ短剣を取り出して、口説いてきたお客さんの首元に突きつけるだろう。
お客さんは口を開けたまま何も言わない。
アリスは興味をなくしてカウンターに戻ってきた。
少しの静寂があって。
お客さんたちが一斉に爆発したような明るい声をあげた。
「ヒューーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「アリスちゃん、かっこいいーーーーーーーーーーー!」
「俺にも、俺にも今のやってーーーーー!」
「アリスちゃん、可愛いのにドSかよ。マジ最高じゃねーか!」
「いいね、このお店気に入ったよ。大将ー、お酒おわかりー」
「ういーっす!」
アリスはポカーンとしていた。お客さんたちの反応を理解できないらしい。
「男の人ってバカなの?」
「なんだ。そんなことも知らなかったのか。間違いなくバカだぞ?」
お酒を用意したらアリスが持っていてくれた。
そのときにさっきアリスを口説いたお客さんの横を通った。
「アリスちゃん」
謝罪でもするのだろうか。アリスが足を止めた。
「今のすっげー、ぞくぞくした。さっきみたいなドSなセリフ、もう一回言ってみてくれる?」
あ、お客さんがドMな顔をしている。あのお客さんは何かに目覚めてしまったようだ。
アリスが冷酷な顔を作った。冷たい冷たい、氷よりも冷たい顔だ。
「さっさと死ねばいいのに」
「ウヒョーーーーーーーーーーーーー! 最高ーーーーーーーーーーーーーー!」
もだえてもだえてもだえまくって大いに喜んでいる。
あのお客さん、もうダメかもしれない。ドMの世界への扉が完全に開いてしまったみたいだ。
ここは新しい性癖を目覚めさせる店になったかもな。
「ちょ、お前ばっかりずるいっ、アリスちゃん、俺にもやってよー」
「そうだそうだー。お金だすからさー」
「アリスちゃーん、からあげ追加でー。あと俺を言葉でいたぶってくれー」
「俺もののしってー」
「俺は踏んづけてー」
アリスが戸惑っている。どうしようか迷って迷って、だんだん困ってしまって顔が赤くなっていく。
そもそもアリスって、小さい頃は大人しくて目立つのが苦手な静かな子だったもんな。
「……男の人って本当にバカばっかり」
なんだ。やっぱり知らなかったのか。俺をさんざん見てきただろうに気が付かなかったんだな。
アリスの困り顔も、お客さんたちにとっては酒の肴になったみたいだ。お酒が飛ぶように注文されまくった。
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