第1話 英雄食堂、開店!
アリスと合流してから二日が経過している。
俺とアリスは王都から少し離れたところの街へと来ている。アリスが俺のために用意してくれた店がその街にあるからだ。
ここは大きな湖のほとりにあって景観が良い。温泉が湧くのもあってか人気の観光地になっているようだ。
店は木造二階建て。けっこう広いぞ。
「ここ、めちゃくちゃ良い店なんだよな」
窓が大きくて店内が明るいし清潔感がある。
内装だっておしゃれだ。木目を上品に使った壁や調度品はセンスが良いと思う。
「あと、立地が良いんだよな」
観光名所へと続く道に建てられているから人通りが多い。それでいて地元の人たちも来やすい場所にあるっていうね。
ここは本当に良い店だと思う。アリスは俺のためにこんなに良い店を一生懸命に探してくれたんだな。感謝が尽きないぜ。
「レオー、オカウニはどう処理したらいいんだっけー?」
俺のいるキッチンの後方からアリスの声が聞こえてきた。そこは厨房だ。
オカウニっていうのは水辺付近にいるウニの魔獣のことだな。海にいる食材のウニを活発にしてもっと攻撃性をもたせたような魔獣だ。
あいつ、黒いトゲトゲの中にオレンジ色の身が入っているんだが、それが超美味いんだぜ。
「オカウニは、トゲを剥いて身に塩を振っておいてくれ。終わったら瓶に入れて冷蔵なー」
「分かったー。あ、お塩はどのくらい? ガバッと?」
「さらっとだ。さらっと」
心配になったから厨房を覗いてみた。
アリスは楽しそうに塩を振っていた。
「大丈夫だ。そのくらいでOK」
アリスが顔をあげてニコッとしてくれた。俺も笑顔を返した。
さて、俺も開店準備を続けるか。アリスだけに下ごしらえをしてもらうわけにはいかないからな。
「この店の店長は俺なんだ。頑張るぞ」
俺、料理の修行はしっかりと積んでいる。
修行してくれたのは剣の師匠なんだよな。あの人、剣だけじゃなくて料理も厳しく教えてくれたんだ。あの師匠は母親が一流料理人だったらしく、その関係で剣だけじゃなくて料理もプロ級だった。だから、俺は本当に厳しく料理を教えてもらったんだ。
正直、料理の修行は俺には不満だったけど、それがまさかこうして仕事にできるとは思ってもみなかった。世の中、何が人生の役に立つか分からないな。師匠、さまさまだぜ。
手際よく料理の準備を進めていく。開店まであと一時間。集中してやるぞ。
△
準備を終えてドキドキしながら開店した。
けっこう心配していたんだが、お客さんはどんどん来てくれた。
どうも地元の人たちの間で話題になっていたらしい。とんでもなく綺麗な人が食堂を始めるっていううわさが。
そのとんでもなく綺麗な人は、もちろんアリスのことだ。
ナイスなバディを惜しげもなく披露した衣服でニコニコしながら働いている。
男性客たちの視線に気がついているのかいないのか。ちょっと心配ではある。当店はナンパお断りですなんて言うときがそのうちきそうだぞ。
「レオー、アジの塩焼きとコロッケだってー」
「ういーっす」
俺はパパッと料理に着手した。
うーむ、しかし、注文が入るのはありがたいんだが、オーダーは普通の料理ばかりなんだよな。そこに俺はちょっとばかりの寂しさを感じていたりする。
こちらから提案してみた方がいいんだろうか。この店のウリを。
ちょうど正面のカウンター席にメニュー選びに悩んでいるお客さんがいる。四五歳くらいの丸っこいおじさんだ。優しそうな人だっていう印象だ。
その人にちょっと普通とは違う料理を提案してみようと思う。
「お客さん、お客さん」
顔を上げてくれた。
「当店の自慢は魔獣の食材を使った料理なんですよ。すげーおすすめなんですが、よかったらどうでしょうか?」
そう、魔獣の食材を使った料理だ。それを俺はこの店の自慢にしようと思っている。
今朝、俺がダンジョンまで行って狩ってきたばかりの新鮮食材なんだぜ。
「え、いや、美味しそうだけどね……。今日は普通のにするよ」
うぐ……。提案失敗か。
まあそうだよな。冒険者でもなければ、なかなか魔獣の食材を食べたいとは思わないよな。
「その他だと今日は何がおすすめだい?」
「そっすねー。今日だと
「刺身? って、海の魚の?」
「はい。海の魚のですね」
「海ってここからだいぶ遠いよね?」
「俺、瞬間移動魔法を使えるんですよ。それでパッと行って買ってきました」
おじさんの目がキラッと輝いた。
「瞬間移動魔法? それって勇者くらいしか使えない特別な魔法なんじゃないの?」
「そうなんです。実は俺、元勇者なんですよ」
俺の顔をジーッと見つめてくる。思い当たることがあったようだ。
「あー、言われてみれば確かにそうだ。新聞で見たことのある顔だね。なるほどなー。勇者がやってる店だから英雄食堂なんだね」
「はい、そうです」
「じゃあ、せっかくだし刺身盛り合わせを頼もうかな。いやー、まさかこの街で刺身を食べられるとは思わなかったよ。あ、定食があるんだね。それをお願いできる?」
「ありがとうございます」
おじさんがちらりと後ろを見た。小声で俺に話しかける。
「もしかしてなんだけど、あの綺麗な人がお姫様かい?」
「確かにお姫様は俺のパーティーにいましたけど、あの人は違いますよ。お姫様はとっくにお城に帰ちゃったんですよ」
「ということは、他のパーティーメンバー?」
「ですね。誰だと思います?」
「あの恰好だし魔法使い……いや、髪の色が違うな。もしかして
「はい、その子ですね」
「本当? あの子、魔王を倒したときは確かまだ子供だったよね」
「俺も再会してびっくりしたんですけど、二年経ったらああなってました」
「うわ、それはびっくりだね。新聞であの子の写真を見たことがあるけどね、まさかあんなに綺麗になるとは思わなかったな。けっこう小柄だったよね」
「そうなんですよ。あっという間に綺麗に育ちましたね」
「はあー、凄いな。きみの料理が良かったんじゃないの?」
「あはは、だと良いですね。アリスは人気者みたいですし、このまま看板娘になってくれたら嬉しいですね」
「ははは、もうとっくに街で評判になってるよ」
会話をしながら刺身定食を作り終えた。火を使わないからあっさり用意できる。
白米に味噌汁、漬物にほうれん草のおひたし、そして山盛りの刺身だ。
「お待たせしました」
カウンター越しにおじさんに直接トレーを手渡した。
おじさんがマグロの刺身を一口食べてくれた。目がめちゃくちゃ輝いたぞ。
「うわ、デリシャスダイナマイトだ。お勧めするだけあるよ。凄く美味しい」
良い笑顔で言ってくれた。
単純かもしれないけど、今のおじさんの表情を見てこの店はやっていけそうだなって思えた。
ちなみに、デリシャスダイナマイトはめっちゃ美味しいって意味の褒め言葉だな。
「レオー、刺身盛り合わせ、三つ入ったよー」
「ういーっす!」
俺たちの会話をみんな聞いていたようだ。どんどん刺身盛り合わせが注文される。
これは夜まで刺身がもたなそうだ。明日はもっと仕入れてこないとな。
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