英雄食堂 ~勇者が美味しい料理を作ります!~
天坂つばさ
プロローグ
俺の名前はレオ・ハーモニー。勇者っていう栄誉ある職に就かせてもらっている。
ついこのあいだまで四人の仲間と長い旅をして、ようやく世界最恐の魔王を倒したところだ。
王都へと凱旋した俺たちにはすげー歓待が待っていた。褒美もいっぱいもらえたんだぜ。
そしてちょうど今、ひざまづいて王のありがたいお言葉を聞いているところだ。
「勇者レオよ、よくぞ魔王を倒してくれた。大変な苦労があったことだろう」
「いえ、そんな。俺は国のために当然のことをしたまでですから」
「うむ。よくぞ言った。私が国を代表して感謝しよう。ありがとう」
「もったいないお言葉です」
「うむ。……レオよ、これからのそなたには戦う必要のないごく普通の人生が待っているわけだ。今まで苦労してきた分、これからは自分の人生を思うがままに歩んでいって欲しいと願っている」
「ははーっ」
「では、これにて勇者の任を解く。さらばだ。勇者レオよ」
「ははーっ。って、えっ?」
俺は首を傾げた。王が怪訝そうにする。
「どうかしたか、レオよ」
「あの、できれば次の仕事をいただきたいなーっと思いまして……」
「そんなものはない」
「え?」
「そなたはろくに学校にすら行っておらんではないか」
「しかし、俺は剣と魔法は誰よりも得意ですよ。ですからたとえば、兵士の仕事なんてできそうですが」
「なるほどな。だが、もはや魔王は倒れたのだ。兵は不要になっていくだろう。この国はこれから軍縮を行う予定なのだ。それなのに、そなたのような給料の高そうな者を雇うことは決してできぬ」
「そ、そんな……」
「というわけで、さあ、行くがよい。そなたは自由を得たのだ。好きな仕事をやり、大いにこの世界へと羽ばたいていってよいのだぞ」
「就職サポートとかは……」
「何も心配せんでいい。そなたはなんにでもなれるのだ。なにせ魔王を倒したという立派な経歴があるのだからな。というわけで、さあ、行くがよい。この自由な世界へと!」
「せ、せめて王のお知り合いのコネで就職とか」
「さあ、行くがよい! 何もためらうことはない。世界はきみを待っている!」
「で、ですが」
「さあ、行くがよい。さあ! さあ! 元勇者レオよ! 新しい冒険がきみを待っているぞ! きっと楽しいぞ! 新しい仲間にも出会えるぞ! ああ、羨ましいなー!」
「そ、そんな。そんなーっ」
魔王を倒したとはいえ、一生暮らしていけるような大金はもらっていない。
いったいどうなるんだ、俺の人生。
なんとかなるんだろうか。
不安な気持ちを抱えながら、なかば追い出されるようなかたちで俺は城を出ることになってしまった。
……やっぱり俺の人生、どうにもならなかった。
『残念ながら採用というご縁にはなりませんでした。今後のご活躍を心よりお祈り致します』
こんな手紙を今日までどれほど受け取ってきただろうか。百? 二百? とにかくたくさんだ。
俺、いまだに再就職先が見つかっていないんだよな。
平和になった世の中じゃあ、剣と魔法しか扱えない俺に働き口なんてなかった。
ギルドとか傭兵とかにも働き口はない。平和な世の中だし新規採用をしばらく見送るって話ばかりだ。
ならばと一般企業への就職へと舵をきったんだが、「今後のご活躍をお祈り」されるばかりだ。
「はあ……、俺、働く熱意はちゃんとあるんだけどな……」
公園のベンチで空を仰ぎながらため息をつく。
俺のお腹が情けない音を鳴らした。
「一週間もなんも食べてねえー。根性で我慢するのもさすがに限界がきたな」
むしろよく一週間も我慢できたもんだ。
「どうすっかな。もう貯金がないんだよな。住む家も追い出されたし」
ちなみに、魔王を倒したときのパーティーはとっくに解散している。俺以外のみんなは新しい人生へととっくに羽ばたいているんだよな。
「進路が何も決まっていないのは俺だけ。ああ……、俺は二年間もいったい何をしていたんだろうな……」
就活をやりまくって落ちまくっただけで二年も経ってしまった。
ああ、悲しい気持ちで心がいっぱいだ。二年前までは勇者業をやっていて華やかだったのに。
「ああ、ダメだ。本当に腹が減った。とりあえずなんか食べよう。じゃないとマジで死ぬ。ひさしぶりに魔獣でも狩って食べればいいんだよ。あれ、美味いんだし、それでじゅうぶんだ」
旅をしていた頃が懐かしいぜ。
俺、旅の仲間に魔獣料理をふるまっていたんだよな。みんな美味しいって言ってたくさん食べてくれていた。
だけど、その仲間たちはもう俺の傍にはいない……。
「料理をふるまう相手がいないっていうのは寂しいもんだな」
また腹の音が鳴った。けっこう恥ずかしい音だった。
「分かった。分かった。すぐに瞬間移動魔法でダンジョンに行くから。もうちょっとだけ我慢しろよ、俺の腹」
なるべく手軽に美味しい魔獣をゲットできるダンジョンにしよう。
えーと、ここからだと一番近いのは――。
「レオ!」
少女と大人の中間くらいの声が横から聞こえてきた。
俺の知っている声じゃなかったな。
声の主を見てみた。そこにいたのは、やたら露出度の高い服を着たスタイル抜群すぎる美しい女性だった。
「ようやく見つけた。ずっと会いたかったよ!」
その女性、大きな胸をたゆんたゆん大きく揺らしながら駆けてきた。そして、幸せそうに俺の胸に抱きついてくる。
柔らかで幸せな感触だった。こんなぬくもりはひさしぶりだ。
しかし、誰だろうか。むかし別れた恋人とか。いや、恋人なんて俺はできたことなんてないぞ。
「えーと……、どちら様でしたっけ?」
軽い殺意を感じた。頬を膨らませながら女性が俺を見上げてくる。
「むー。私だよ、私。たった二年でもう忘れちゃったの? 昔とほとんど変わってないと思うんだけど?」
「二年? 二年っていうと、俺がまだ勇者をやってたときの知り合いですか?」
「うわ、本当に分からないんだ。悲しいなー。私、一方的にレオのことを想っていただけだったんだね。レオにとって私ってその程度の女だったんだ」
何やら俺は失礼なことをしているっぽい。しかし、分からん。
この女性は十代なかばくらいだろうか。まだ少女と呼びたいが、いかんせんスタイルが良すぎるしフェロモンも強すぎる。
胸はぼいんぼいんだし、腰はくびれている。ヒップは柔らかそうだ。そして、足はすらりと長くて瞳は男を誘ってくるような甘いタレ目で……。
そんな絵に描いたような理想的な美女に俺は心当たりが一つもなかった。
痺れを切らしたのか、その女性は自ら名乗ってくれた。
「私、アリスだよ。アリス・ファントム。レオに命を救ってもらった女の子の。本当に覚えてないの?」
一瞬、俺の思考が停止した。予想外すぎる自己紹介だったからだ。
「はあ? え? アリス? ちっちゃい子供だったあのアリス?」
「うん。そのアリスだよ。たいして変わってないでしょ?」
「いや、アリスってこんくらいの背の……」
俺は自分の胸の下あたりに手をやった。アリスっていえばこのくらいの背の小さい女の子だった。
「私、そんなに小さかったっけ? とにかく、私はアリスだよ?」
二年前のアリスは一三歳だ。控えめにいってもお子様体型な女の子だったし、背もかなり小さかった。
「いやいや、思い出のアリスときみはぜんぜん違うんだが……」
「そんなことないよー」
俺はもう一度アリスのスタイルを見てみた。
ぼいーんぼいーんだ。
服装は、胸の谷間も下乳も露わにしている大胆なビキニみたいなトップスで、アンダーはショートパンツだ。とにかく露出が多くて、美しいお腹と太ももを見せつけてきている。あまりにもサービス精神が旺盛すぎる格好だな。
昔はもっと色々と慎ましい子だったんだが……。いったい何をどうやったら、たった二年でこんなにも色っぽい女性になれてしまうんだろうか。
でもまあ――、成長には驚いたけど、たしかにこの女性はアリスだった。ちょっと拗ねてる顔は昔と同じだな。
「びっくりした。でも、本当にアリスだな。ごめんな。すぐに分からなくて」
アリスがぱあっと明るい笑顔になった。
「うん。いいよ。思い出してくれて嬉しいから。私ね、レオを捜してたんだよ」
「どういう理由で?」
「理由がないとレオに会いに来ちゃダメなの?」
「そういうわけじゃないんだが……」
アリスがいたずらっぽく笑った。
「いじわる言ってごめんね。私、レオを呼びに来たんだよ。レオのために素敵なお店を用意したから」
「店? 俺のために?」
「うん。レオのために。レオ、これから私と一緒にお料理屋さんを始めて欲しいな。きっと、すっごく楽しいよ」
アリスが俺に手を差し出してきた。
俺は運命に導かれた気がした。アリスの手をしっかりとつかみ取る。アリスは俺の手を嬉しそうにつかみ返してくれた。
二年間も止まっていた俺の人生が、今、再び動き出した気がした。
こうして俺は、アリスと一緒に食堂を始めることになった。店の名前は英雄食堂にした。勇者レオとその仲間の
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