第3話 ああ、懐かしき冒険者焼き
アリスが看板娘として注目を浴びてくれたおかげで、英雄食堂は順風満帆にスタートを切ることができた。
開店からもう三日が経っているが、おかげさまで繁盛している。開店した日こそお客さんは働き盛りの男性ばかりだったが、次第に女性や家族連れもちらほら来てくれるようになってきた。
「いらっしゃいませー」
アリスの声を聞いて、俺も「っしゃいませー」と元気に続いた。
店の入口に立っているのは白い眉毛が特徴的な高齢の男性だった。
「お好きな席へどうぞー」
アリスの言葉を聞いて白い眉毛の男性は空いている席を探した。
「お客さん、カウンター席はどうです?」
ちょうど俺の目の前の席が空いていたから笑顔で提案してみた。お一人様のお客さんだし、話相手には俺がなろうと思う。
「ああ、そこにしようかのう」
思ったよりも静かなお客さんのようだ。声がゆっくりとして落ち着いている。
白い眉毛の男性がゆっくりと歩いて来る。どっこいせと時間をかけて椅子に座った。俺の正面の席に座ってくれた。
「メニューはこちらになります」
「ああ、どうもありがとう」
「お水とお通しですー」
アリスがにこやかにお水とお通しを置いてくれた。
「さて、何を食べようかのう」
白い眉毛の男性がじっくりとメニューを見た。一つ一つしっかりとチェックしていく。
「のう、大将さん」
「お決まりですか?」
「いや、ちょっとした話をしたいだけじゃ。ワシ、もう良い年のせいかここのところ趣味が乏しくなってきてのう。もはや飲食店めぐりだけが唯一の趣味なんじゃ」
「いいですね。素敵なご趣味だと思いますよ」
「うむ。さあて、そこで大将さんに問いたい。この店には、他では食べられないようなおすすめの美味しい料理はあるかのう?」
ジロッとかなり強めの眼光に見つめられた気がした。あまり目の開いていない人だけど、かなりの迫力があった気がする。
かなり舌のこえたお客さんかもしれない。
こういう人にこそ美味しいと言わせることができれば、俺は自分の料理に自信がもてそうだ。
だからこそ俺は、自分の一番とっておきの料理を提案してみることにした。
「実は、あるんですよ。この店には他には絶対にない、とっておきのメニューが」
「ほお」
「でも、この街の人たちにはイメージが悪いのかぜんぜん注文してもらえないんです」
「そいつはいいのう。して、その料理とは」
「こちらのメニューを見てもらえます?」
俺は先ほどとは別のメニューを白い眉毛の男性に差し出した。そのメニューを読んだ瞬間、白い眉毛の男性の目がくわっと見開かれた。
「こ、これは――」
「マジでおすすめですよ」
「ま、まさかの魔獣料理じゃと?」
「ですね」
「肉に魚に。おお、おおお、おおおお、こいつはいいわい。懐かしい味がよりどりみどりじゃないかい」
「え、お客さんってまさか」
「うむ。ワシはその昔、仲間と共に数々のダンジョンに潜ってはスリル満点の冒険をしていた戦士じゃわい」
「なるほど。俺と同業だったんですね」
「同業? 風の噂で大将は元勇者じゃと聞いたが……」
「ええ。勇者レオ・ハーモニーは俺のことです。この店で再出発したんですよ」
「ほー、そいつは面白い人生を歩んでおるのう」
「ということで、お客さんは俺の大先輩にあたりますね」
「いやいや、ワシなんぞは勇者様の足元にも及ばぬ無名の冒険者じゃったよ。だが――、冒険した先で食べた魔獣料理の数だけはワシの方が圧倒的に上じゃろうのう」
俺は嬉しくなった。
なにがって? 魔獣料理を楽しんでいた同志が目の前にいることがだ。
素材を現地調達してその場で食べる魔獣料理ってすげー美味しいんだよな。
でも、料理に特別な技術や知識が必要なせいか、たいていの冒険者は魔獣を食べたことがなかったりする。一般人にいたっては「魔獣って食べられるの?」って認識なんだよな。
だからこそ、これまで一般のお客さんには魔獣料理を注文してもらえなかったんだが……。ここに、理解者がいる。魔獣料理を売り込むチャンスだ。
「これは腕が鳴りますね」
「ふぇっふぇっふぇっ、楽しみじゃわい。では、注文させてもらおうか。オーソドックスな魔獣料理にしよう。冒険者焼きをお願いできるかのう」
「ういっす。何の肉にしますか?」
「フレイムモーモー」
「ういーっす」
フレイムモーモーは火を吹く闘牛の魔獣だ。
一般的な牛肉よりも肉質的には少し硬いんだが、パワーがみなぎるようなジューシーさと心が熱くなるような旨味がたっぷりあるすげー良い肉だ。
これを選ぶとは、この白い眉毛の男性は分かっていると思う。
俺は冷蔵状態だったフレイムモーモーの肉を取ってきた。既に下ごしらえは完璧だ。
それを金属製の串に刺して肉焼き器にセットする。
下から火を起こして、直火で焼くんだぜ。
肉焼き器の取手を持ってゆっくりとくるくる回す。回すことで肉を全体的に焼き上げることができるんだ。
俺の調理する姿を白い眉毛の男性は目を細めるようにして見ていた。
「いやー、懐かしいのう。仲間と冒険した日々を思い出すわい」
「肉焼き器、よく使ってたんですか」
「うむ。勇者様と違ってワシのところは男ばかりのむさくるしいパーティーじゃったがのう。バカみたいな話で笑いながら、誰に気兼ねすることもなく肉焼き器を回してはワイルドな魔獣料理を食っておったわい」
肉焼き器を回す。火で肉を焦がさないように、そしてまんべんなく火が通るように。
だんだん香ばしい匂いが漂ってきた。その匂いを白い眉毛の男性もかいだようだ。
「うわー、楽しくなってきたわい。あの頃を思い出すのう。あ、そーれ、戦士よー、倒せ魔獣をー、撃てよ必殺技ー、いざゆけーっとな」
冒険者の間で知れ渡っている有名な曲だった。
きっと、この白い眉毛の男性は仲間と歌いながら肉焼き器を回して、肉を焼いていたんだろう。素敵な思い出だなって思った。
いつか俺も、仲間たちと過ごした日々を懐かしむときが来るんだろうか。
美女ばかりのパーティだったな。いつだって賑やかだった。……まあでも、懐かしむには二年はまだちょっと早すぎるかな。
「そろそろじゃぞ。大丈夫かのう」
「はい。腕には自信があります」
肉から肉汁が湧き出ている。素人ならここで焼くのを止めるだろう。だが、まだ早い。
もう少し、もう少し、最後の一回しだ。
もうちょい。今だ――。
このタイミングがベストだ。俺は肉を肉焼き器から取り外した。肉汁が火に落ちてじゅわーっと良い音を奏でた。
「うむ、分かっておるの。今のタイミングがベストじゃ」
「さあ、お召し上がりくださいっ。当店自慢のフレイムモーモーの冒険者焼きですっ!」
「くあー、もうよだれがとまらんわい」
串ごと肉を手渡しする。白い眉毛の男性は奪い取るようにがっしりと串をつかんだ。
そして、流れるように肉に歯を立ててかぶりつく。
「ぐはーーーーーーーーーーーっ。デリシャスダイナマーーーーーーーイト!」
美味しさのあまり笑顔になって目が輝いている。ご満足いただけたみたいだ。よかったよかった。
「これこれ、これじゃよ。ワシが長年求めていたものはこれじゃっ。どの飲食店にもなかったワシの求めていた究極の味。ついにこの店で見つけることができたわい」
白い眉毛の男性にエネルギーが満ち溢れていく。
食べれば食べるほど顔色がよくなって目に力がみなぎっていくようだった。まるで一口ごとに年齢が若返っているようだな。
むしゃむしゃと豪快に、そして美味しそうに食べてくれる。
「ああ、美味いっ。大将さん、こんな量じゃ足りんわい。追加を頼む」
「ういーっす」
「酒も飲むぞ。強いやつを頼む。銘柄は、そうじゃのう――」
本当に強いお酒だった。
この白い眉毛の男性、きっと昔は筋骨隆々な人で、ダンジョンで仲間と豪快に笑いながらお酒と魔獣料理を楽しんでいたんだろうな。そんな印象が俺の脳裏に浮かんできた。
「うほーーーーー。デリシャスダイナマーーーーーイト!」
また言ってる。それだけ求めていた美味しさだったってことだろう。
「まったく、年金生活なのにこんな美味いもの食べさせおって。嬉しくてたまらんわい!」
それはよかった。
このあと、色々なお客さんが魔獣料理を注文してくれた。白い眉毛の男性が美味しそうに食べてくれたのが最高の宣伝になってくれたみたいだな。
凄く安心した。魔獣料理はこの店の名物にするつもりだったから。
この店はちゃんとやっていける。今日このときにはっきりとそう思えた。
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