第22話 グラスは2つ


転生35日目の朝。



「メリーさんこれ取っておいて。最近お世話になっているし、食費の足しにしてくれ。」


俺は銀貨10枚をメリーさんへ渡す。


「っぇえ!こんなには受け取れないわ。」


メリーさんはそのお金をそのまま俺に返そうとしてくる。俺はその手を軽く握って、押し返す。


「ねえメリーさん。俺はここまで育ててもらって本当に感謝しているんだ。(エドがだけどね。)そして今、この孤児院が大変な時期だと聞いてる・・・。この前大きな収入が入って、このくらいの金額なら寄付できるくらいに俺は稼いでる。勿論、変な事をして得たお金じゃないよ。真っ当に冒険者として稼いだお金。だから、これはメリーさんに貰って欲しいんだ・・・。」


「・・・うん。ありがとう。」


メリーさんが俺にもたれ掛かるように頭を俺の肩辺りに倒してきた。しかも、メリーさんの手を握ったままだ。


これは、ちょっとチャンスかな。ちょっと離れて、互いに見つめ合う・・・。(おぉ〜チャンス。)俺が顔をメリーさんの方へ近づけていく・・・。


ガチャ。


メリーさんが「っは。」となり、俺から距離を取る。俺も反射的に一歩下がるのだった。


ダイニングに入って来たのは、トリートと子供が2人いた。


「・・・おはよう。」


「「おはよう。」」


トリートの顔は笑顔だが、目が全く笑っていなかった。子供がいるから、飛びかかってこないが、いなければ・・・。


その時片方の子供が口を開いた。


「ねえ。なんでさっき院長先生とエド兄ちゃんが抱き合ってたの?」


「・・・抱き合ってなんて無いよ。」


「っえ?手も握ってたよ。」


「いやいや、見間違いだって。」俺は必死になって返事してしまった。


「そうよ。変なこと言ってないで、顔でも洗って来なさい。エドも一緒に顔でも洗ってきたらどう?」


「メリーさんそうですね。俺も顔洗ってくるよ。」


ささっと、俺もこの場を去るのだった。ただ、絶対にトリートにも見られただろうな・・・。





朝食を取ったあと、トリートとメリーさんに今日の夕食がいらないと伝えてある。トリートは何か言いたげだが、渋々頷いてくれた。


昼間は東の森で冒険者シキと一緒にモンスターの討伐を行っている。ゴブリン狩りで、対人戦へ向けての練習相手だ。それに、お金にも成るし、一石二鳥である。



そして、夕方久しぶりにスゥリールを訪れた。5〜6日ぶりである。


「こんばんは。ご無沙汰してます。」


たたたと、1人の見慣れた女性従業員が走ってやって来た。


「よ、よかった。無事だったんだね。毎日、朝昼晩と来てたエドくんが、急に来なくなっちゃって、心配したんだよ。怪我とか・・・している訳じゃ無さそうね。」


マリアさんは俺の方へ近寄ってきて、俺の肩を掴んで、俺の全身を見回しながら怪我が無いかチェックしている。


「心配掛けてごめんなさい。ちょっと色々とあってね・・・。」


「まあ、冒険者だから、危険は付きものかもしれないけど、命を粗末にしちゃ駄目よ。無理はせず、身の丈にあった事を行うのが、冒険者の長生きの秘訣よ・・・。」


マリアさんには珍しく、少ししんみりしている感じだ。


「・・・マリアさん? 何かあったんですか?」


「あぁ〜〜、まあ昔の話よ。知り合いの冒険者の話。 まあ、気にしないで!ところで、今日は何にする?」


そういうと、いつもの元気なマリアさんに戻っていた。


「じゃあ、今日は、エールとソーセージセットとステーキ下さい。席は、テーブルじゃ無くてカウンターで良いですか?」


「この店ではエールを頼むなんて初めてじゃない!? 席は空いてるカウンターに据わっちゃてぇ〜。」


「了解です。」


結構な収入があったので、今日は30日以上ぶりの酒を飲む。こっちの酒は正直、日本みたいには期待してないが、果たしてどうか。ちょっと楽しみである。


日本でもそうだったが、1人で飲むならカウンターと俺は決めている。


ブラック企業に努めて3年。同僚と一緒に帰宅することなど、皆無な状況だったので、常に飲み屋行くのは1人でカウンターだった。



「はい、おまちどう様エールです。あと、これサービスね。」


マリアさんが小声でサービス品のトマトのサラダをくれた。周りの客に聞かれないようにしたのだろう。


瑞々しい新鮮なトマトにちょっと酸っぱ目のドレッシングが掛かっている。「うん、うまい。」


そして、エールを胃袋へと注ぎ入れる。味自体はまあ良さそうだが、温いのが俺には駄目だ・・・。冷えてれば、まだ飲めるかも。今後、氷魔法を手に入れたら、キンキンに冷やして飲みたい。こればっかりは、ガチャ運に掛けるしか無い・・・。


「マリアさ〜ん。」


「ちょっと待って。」


マリアさんが他のお客さんの注文を取ってから、こっちに来てくれた。


「トマトありがとう。酸味が効いたドレッシングとマッチしてとても美味しかったです。トマトの甘味が際立ってましたよ。」


「・・・本当にエドくんは、気が聞いたこと言うね。15歳って本当?私より年上何じゃない?」


まあ、25歳だからね。それと、学生時代はそれなりに女性の扱いには慣れてたし、これくらいは普通ですよ。


「やだなぁ〜15歳に決まってますよ。そうそう、ワインありますか?」


「ワインはあるけど、エールの4倍ほどするけど大丈夫?」


「大丈夫ですよ。じゃあ、ボトルで1本下さい。グラスは2つ貰って良いですか?」


「っえ、ボトルで?グラスは・・・2つね。」


「そうです。お願いしますね。」



マリアさんがワインボトルとグラスを2つ持って来て戻っていった。


「また何かあったらいってね。」


「はーい。」


中身は赤ワインだった。グラスにワインを注ぐ。少しグラスを回して、ワインに空気を入れる。そして、グラスのワインの匂いを嗅ぐ。


うん。いい香りだ。これは、良さそうだな。一口飲むと美味かった。エールと比べると雲泥の差だ。俺にはもうちょっと渋い感じでも良いかもしれない。


ステーキを食べながら、赤ワインを飲む。中々の組み合わせだ。やっぱり、肉には赤ワインだ。


そうこうする間に客もボチボチいなくたって、だいぶ落ち着いてきた。



手を上げて、マリアさんを呼ぶ。


「まだ、何か頼むの?」


「いや、店も落ち着いて来てるし、これどうぞ。」


俺は、頼んでおいたグラスのうち未使用のグラスにワインを注いで、マリアさんに渡した。


「っえ!」


これにはちょっと驚いているようだった。


「一旦、客も落ち着いて来てますし、1杯どうですか?」


「も〜お、君は本当に15歳かい?ちょっと待ってて。」


そう言って、後ろに引っ込んだ。マリアさんが出てきた時には、「ちょっとだけなら」ということで、付き合ってくれた。



そこからちょっと長い夜が続く。



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