第5話 オマガリさん

 ぼくとミントが、いつもの通り、ご飯を食べに行って驚いた。そこには黒い大きな猫がいたから。最初、ボスかと思って大急ぎで逃げたんだよ。


そしたら、

「お。オマガリ、来てたのか」

っておとうさんが言って、よーく見ると白黒の猫だったんだよね。(ボスは、『オッサン』と呼ばれてて、真っ黒なんだよ。)



 オマガリさんは、オスの猫だった。餌の置いてあるところの机の下の影に隠れてるようにして、ご飯を食べていた。最初怖かったけど、そ〜っと近付くと、攻撃はしてこなかったから、一緒にご飯を食べた。「オマガリ」って名前は、しっぽが曲がっているからなんだってさ。


「オマガリさんは、なんで隠れて食べてるの?」

ぼくが聞くと、

「ボスに追い出されるからに決まってるだろ」

と言う。

「なんで? なんでオマガリさんは、ボスに追い出されるの? 悪いことしたの?」

ぼくが聞くと、オマガリさんは、ちょっと笑って言った。

「ボウズはなんにも知らないんだな」


 オマガリさんは説明してくれた。


 オス猫は、メス猫を取り合って戦う。それでも最初のうちは、メス猫も他に何匹かいるからいいらしい。でも、メスのボス猫が、他のメスを追い出すんだって。そしたら、その、他のメス猫の子はおっぱいが当たらなくて死んでしまう。そしたら、結局、そのメスのボス猫を手にしたオス猫がボスになるんだって。それで、それまで沢山いたオス猫も追い出されてしまうらしい。


「まあ、実際は、雪が溶ける頃からは、外でも餌がれるから、出ていっても構わないんだがな」

外でエサをトル? 何それ? と思ったけど、続けてオマガリさんの話を聞いた。

「冬場になるとな、外で餌を捕るのが大変になるんだ。そうしたら、外に出てた奴らが帰ってくる。ここに帰ってくると人間から餌が貰えるからな」

「誰か、ボスをやっつけるってことはないの?」

ぼくは聞いてみた。

「やっつけたとしても、今度はそいつがボスになるだけのことさ。メスのボスも滅多なことでは入れ替わらない。今は、『ピャーコ』が何代もボスをやってる」

兄ちゃんたちのママの名前は「ピャーコ」っていうのか。強いんだな、ピャーコさんは。


「だから、俺たちボスになれない奴らは、こうやって隙を見て餌を食べたり、ボスたちに狙われないような所で眠るしかないんだよ」

ぼくは、誰かと戦うなんてことしたくないから、追いかけ回られたら、逃げ回るしかないんだろうなあ……と思った。


 それにしても、「エサをトル」? どういうことだろうな?


 大きい兄ちゃんたちに聞いてみた。

「ホントにお前はノンキだなあ。『餌を捕る』っていうのはな、自分が食べるものを、自分で捕まえるってことさ」

「食べるもの? ご飯だよね? おかあさんがくれてるよ?」

「違うよ。外で捕まえるやつさ」

外でごはんを捕まえる? チンプンカンプンだ。

「兄ちゃんたちは自分で捕まえてるの? その餌ってやつ」

「い、いや……」

兄ちゃんは他の兄弟をグルっと見回すと、

「れ、練習中だ! その……今は、ママが捕ってくれてる。でも、もうすぐ俺らも……なっ?」

周りの兄ちゃん姉ちゃんも慌ててうなずいた。



「ねぇ、チョコさぁ、獲物捕れるようになるかなぁ?」

「なんで?」

「だって、動くものとか狙わせたことないじゃない?」

「そうだなぁ……そういうのは普通、親が教えるもんなんだが……」

「家で飼うわけにはいかないからね。半野良で生きる以上さ、狩りは必須でしょ?」

「追い出される可能性を考えたら、そうだなあ……」


 おとうさんとおかあさんが、そんな感じの話をしてたのが、二階のぼくにも聞こえてたけど、わかんなかったし、眠かったから、そのまま寝ちゃったんだよね。



 次の日のことだった。


「ほら、チョコ、『ねずねず』だよ」  

って、小さなおもちゃをくれたんだ。そいつは、つかめそうでつかめない。にげまくって、でも凄く美味しそうなニオイがするんだよ。ぼくは、もう夢中で前足で持ち上げて追っかけたり、くわえたり、グルグル回ったりした。

「『ねずねずタイム』は、5分だけだからね」

こいつ、「ねずねず」っていうのか!それにしても、めちゃくちゃ面白い。楽しい!!



「ねずみのおもちゃ、どうだった?」

「うーん。遊んでるねえ。ウサギの皮でできてるからニオイもついてて、すーぐ食いついたわ」

「よかったじゃん」

「狙ってるとかじゃないのよね。ただ、遊んでるの」

「最初は、そんなもんだよ」

「こうさ、狙って、お尻振って飛びつく、とかまでいかないと、狩りなんてできないよねえ」

「そうだなぁ。でも焦ることないよ。まだ夏も終わってないしさ」

「できるようになるかなあ」



 昼間出かけてたミントにさ、この、「ねずねず」のことを話して聞かせたの。

「取ろうとしても取ろうとしても逃げてっちゃうんだ! ちょっといいニオイがしてさ、ガブガブ噛んだりして、楽しいよ〜! ミントも今度は一緒に遊ぼうよ!!」

そしたら、ミントは、ちょっと困ったような顔をした。


「ぼくね、この前、兄ちゃんたちと一緒に、兄ちゃんたちのママの狩りを見たの」

「ピャーコさんと? へえ〜、凄いじゃん!!」

「うん。凄かった。ピャーコさんは、そおっとそおっと足音を全くさせないで、エモノに近付いて行ってね、ピクピクってお尻をふったな、と思ったら、次の瞬間、もうエモノを捕まえてるの。バサバサバサバサ動いてるやつに噛み付いて、動けなくして、それを、兄ちゃんたちに食べさせてた」

「えっ!! ええ〜っ!! ミントは? ミントも食べたの?!」

「ううん、僕が食べようと近寄ったら、ピャーコさんにカーッって怒られて、食べさせてもらえなかった」

「そうなんだ……」


「それがね、『狩り』っていうものなんだって」

「オマガリさんが言ってたやつ?」

「そうみたい。それができないと、追い出されたときに生きていけないみたい」

「えっ? えっ? 待って?! ぼくたちも追い出されるの?」

「わかんないじゃん。だから、『狩り』は練習しないといけないのかも」

「えーっ! そんなのできないよ、ぼく」

「できなさそうだよなぁ。そんなオモチャで遊んでるようじゃ」


 ぼくは困った。大いに困った。だけど「ねずねずタイム」は楽しいんだ。ぼくはどうしたらいいのかわかんなかった。



※近況ノートに、「ねずねずタイム」のチョコの写真を載せてあります。

https://kakuyomu.jp/users/hiyuki0714/news/16817330647690466832

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