チョコの毎日【夏の部】
緋雪
第1話 チョコとミント
外でチュンチュンって声がする。木の窓の隙間から覗くと、白くて眩しい光。まあるいふわふわの奴らが、屋根をピョンピョン跳ねてチュンチュン言ってる。
「あいつ、美味しいらしいよ」
兄ちゃんが教えてくれた。兄ちゃんの名前は、ミントっていう。カッコいい、シュッとした身体に、シュッとした長いしっぽ。頭だって凄くいいんだ。時々、ちょっと大きい子たちとも一緒に出かけてしまう。
「ミントは食べたことあるの? あのふわふわ」
「ううん。まだない。でも、大きい兄ちゃんたちが言ってた」
「ふうん」
「チョコは、まだまだ捕まえられそうにないけどな」
「もう! ぼくだって、すぐだからね!」
そう言って、ミントにピョンって乗っかろうとして、逆に乗っかられた。ホントに、ぼくは、まだまだ弱っちい。
ぼくの名前は「チョコ」っていう。おかあさんがつけてくれたのさ。ぼくがおかあさんって呼んでいるのは「ニンゲン」っていって、ちょっと怖いやつらなんだって、大きい兄ちゃんたちが言ってた。だけど、おかあさんを怖いと思ったことは一回もないんだよなあ。
おかあさんは、ぼくの名前をつけるとき、
「チョロにしようかチョコにしようか迷ってるのよね」
って、おとうさんに言っていた。おとうさんもニンゲンだ。
「足元、チョロチョロするからか? 任せるよ。好きにしたらいい」
って、おとうさんが言って、おかあさんは、おともだちに相談して、「チョコ」ってつけてくれたのさ。兄ちゃんの名前も一緒につけてくれた。「ミント」って、スースーしてクールな名前だよって、おかあさんが笑ってた。ふうん。ミントみたいにカッコいいのを、ニンゲンの世界ではスースーしてクールっていうのかな。
ぼくたちが、(今でも小さいけど)もっともっと小さかったときの話をするね。
ぼくとミントのママ(おかあさんじゃややこしいからママで説明するね)は、ぼくらが、とてもとても小さいときに、出ていったんだって。ちょっと大きい兄ちゃんや姉ちゃんが話してくれたんだ。
大きい兄ちゃんたちのママは、ここのボスの奥さんなんだって。だから、他の子のママたちは、みんな追い出されちゃうんだって。なんでだろうね? みんな一緒に仲良く暮せばいいとぼくは思うんだけどな。
ちょっと前に大きい兄ちゃんに言ったら、
「チョコはいつまでも甘えん坊だな」
って言われた。
「まあ、お前はニンゲンなんかに懐いてるバカなやつだから仕方ないか」
そう言って、兄ちゃん、姉ちゃんたちは、ぼくを一人放っといて、遊びに出かけてしまうんだ。
ぼくらのママがいなくなって(パパのことは全然誰も知らないんだ)のことなんだけど。ぼくの兄弟は、ホントは4人いたんだよ? だけど、ある日、階段を落ちちゃって、おとうさんが慌てて助けてくれたみたいなんだけど、2人死んじゃった。
ママが、怖いボスから守るために、ぼくたちを隠したんだけど、誰にもみつからなかったから、誰もおっぱいをくれなかったんだよね。
おとうさんが、おかあさんに相談してた。
「こいつら、どうしよう?」
「こまったね〜。他のメス猫じゃ育てないよねえ」
「このまま放っとくしかないのかなぁ」
ふぅ。と、おとうさんはため息をついた。おかあさんも困った顔をしてた。
「とりあえず、牛乳と水だけ置いてみる?」
おかあさんがそう言って、置いていってくれたんだ。
だけど、ぼくは、まだお皿から飲むやり方がわかんなかったんだ。それに、最初はおとうさんもおかあさんも怖いヤツかもしれないと思って、出ていけなかったんだよ。全然言葉もわかんないしさ。
そしたら、おかあさんが来て、鳴いた。
「ニャオゥ、ニャオゥ、ニャオゥ……ほら、出ておいで」
おかあさんの声は、ぼくらの声と、びっくりするくらい似てたんだ。何回も何回も、ぼくたちを呼ぶ。ぼくは、そうっと、おかあさんの方へ歩いていってみた。
「あっ!!」
しまった!!捕まった!!
と思った次の瞬間、僕の口に硬いストローが入ってきて、そこから、おっぱいが出てくるんだよ! これには、もうぼくもびっくりさ。おかあさんの手に掴まれたまま、一生懸命吸い付いたんだ。おかあさんは、おっぱいの入ったやつを「ちゅうしゃき」って呼んでた。
ミントもそうやって飲ませてもらっていたけど、毎回、おかあさんが、おっぱいの入ったお皿に、ちょんっと僕らの鼻先をつけるから、ミントは早くに飲み方をおぼえたんだ。おかあさんが来ても、出てこなくなった。
ぼくはさ、なかなかお皿からは飲めなかったし、何よりも、おかあさんに飲ませてもらうのが大好きだったからさ、ホントはもう一人で飲めるようになっても、おかあさんに飲ませてもらってたんだけどね。エヘヘ。
「食べないかもよ?」
下からおとうさんの声がする。
「食べなかったら、下に持って降りるからいいよ」
おかあさんがそう言って、白いトレイに乗せた、凄くいい匂いのするものを持ってきた。なんだかわからなかったけど、ミントもすぐ気付いて、走って出てきた。
「ごはんだよ〜」
って、おかあさんが言ってる。
「ごはん」! 美味しい! なんだこれ?! でもおいしい。おっぱいも美味しいけど、この「ごはん」っていうの、すごい美味しい。ぼくは、ミントと一緒にガツガツ食べたんだ。
お腹いっぱいになって、空にお月様も出てて、眠くなったから、ミントと一緒にいつもの板の下の隙間で、ピタッと体をくっつけて眠った。
明日も楽しいことがありますように。そう、お月様にお願いしながらね。
※↓に、当時のチョコの写真があります。
https://kakuyomu.jp/users/hiyuki0714/news/16817330647512724587
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