#’12 Fast order 3


「僕が行きます。ミコトさんは馬を」

「この子たちは止められない。気を付けて!」

「はい」


 馬車の天井へ上ったゴブリンの迎撃の為、僕も馬車を登った。


 接敵。

 僕は、腰に差していた一振りの剣を引き抜いた。




「その剣の銘は『苛立たせる獣腑イリテータ

 いわゆる『魔剣』だ。」


 出発の際、マギーから剣をうけとった。

 彼女は僕に剣を届け、魔術の基礎を見るため、使い魔で無く、本人がギルドに戻ったのだという。


「性質は事。どう喰らうかはこいつの気まぐれだったが、少し調節を施してある」

「調節……?」

「坊やに封をした時に拝借した呪いを覚えさせてる。

普段は大人しいが、仮に坊やに暴走の兆しがあった時、それまで植物の息だったこいつは大量の魔力を喰らうようになる。

 つまりはセーフティさ。こいつを持つ限り、思う存分使できるだろうさ」




(……簡易的な魔術しか使えないですけど)


 振動と足の悪さの影響で、敵との距離はいまだ変わらない。


 この足場では踏み込みがおのずと浅くなる。

 野生に身を置く魔物は有利だろう。

 そも、人と魔物では基本的な身体能力で差があった。


 ─── 使うか。


 無論、先のは生身での話だ。


魔術起源アクア起動ヴァーク


 体内に熱を感じ心臓の鼓動が加速し、

 それとは裏腹に、脳は冷静に思考する。


 血液を介し、魔力が全身へ巡ったのだ。




『地』『水』『火』『風』

 魔術には人それぞれ『起源』がある。


 僕に顕現した魔術起源は『水』。


 付け焼刃で覚えた魔術では、水の弾を飛ばしたりなんかは出来ない。

 だが、魔力とは力。

 だったら身体へのアプローチは今までと変わらないのではと考えた。

 かくして、

 単純な身体能力の強化を 水の魔術で行った結果、

 大量に水分を含んだ『躰』に対する影響は顕著であった。



「来い。」


 僕の狙いは単純。

 返り討ちカウンターだ。

 足場が悪いなら己は動かなければいい。


『肉を切らせて、髄を断つ』 心得の一つだ。



「━━ッ!」


 痺れを切らしたゴブリンが、無骨な木の棒を振り下ろす。

 脇構えにした苛立たせる獣腑を一線に薙ぐ。


 刃が太い木の繊維に喰い込み、互いの得物が噛み合った。


「っ!!」


 そのまま剣を薙ぎ払い

 木の棒が両断された。


(これが魔力の恩恵……)


 例えば薪割りは、刃をかませた後に何度か打ち付ける必要がある。

 しかし、魔力を以った一薙ぎはそんな固定観念ごと両断した。


 ノックバックする敵の体に、

 剣を振るった遠心力をそのまま乗せた 後ろ回し蹴りを喰らわせる。

 

(まだ!)


 着撃の瞬間、後背の筋肉から腰回りの筋肉を伝い、

 魔力の補助を受けた力を波として伝えるよう、

 蹴り足を伸ばす ───


 水の波紋が如く衝撃が、ゴブリンの肉体を突き飛ばした。


 地面に落ち、砂煙を上げて転がるゴブリンに、ブルーに捨てられたらしき もう一体がぶつかり、一緒になって転がっていった。






 僕らが乗った馬車は、襲撃から逃げたこともあり、予想よりも早く目的地の村へ到着した。


 村を囲っている柵は低く、内部が簡単に見て取れた。

 質素な農村である。


 村へ入るための手続きは、鷹旺の劍を名乗るとスムーズに進んだ。事前に連絡が言っていたである事はもちろん、知名度の高さも有るのだろう。


 そして、

 数人の衛兵を除いて外に出ている人影は殆どなく、極めて静謐だった。来訪した何者かを除く顔が、稀にちらちらとこちらを見てる程度だった。


 ひとまず現状の確認だ。

 支援物資を下ろすためにも、駐屯兵用の宿舎へ向った。



「被害者の数は、確認せれているだけでも九人。柵を越えて村に侵入した例もあります。………あぁ失礼、被害者は十人。昨日、行方不明者が見つかりまして。欠損部分から、動物の仕業だと断定しました」


 多いな……。ミコトが呟いた。


「内訳は?」

「おや、依頼書にありませんでしたか? この件は被害者と死亡者の数はイコールです」


「………あなたたちは、その間何を?」


 冷たく問うたミコトの声。

 その問いに、兵士の男は溜息を一つつき、答えた。


「我々駐屯兵も、哨戒などの任務には赴いてましたよ。警戒に穴は有りません。だがね、末端の兵士は上からの指示無くして好き勝手は出来んのですよ。」

「………そうですか」


「とにかく、我々は我々の仕事をしております。物資の輸送ごくろうでした。小さな宿舎で部屋数に余裕も有りませんが、本日は適当に休んでください」


 そろそろと、兵士たちは僕らがいる部屋を後にした。


 足音が遠ざかり、

 どう、と木の床が鳴いた。


「……舐めやがって。」


 ミコトが床を殴っていた。


「人間の味を覚えた動物はまた人間を襲う。こんなの常識でしょ………!」


 確かに先の態度は僕も気に入らないところだ。


「兵士って、こんな奴ばっかりなんです?」

「アーブルの人たちは違った?」

「はい。少なくともあんな態度ではありませんでした。村の為につくす。そんな気概があったように思います」


「兵士って国が集めた税から給与がでるから、腐る奴も少なくないんだ。その上、田舎に派遣されて、へそ曲げてるんでしょう。

 速攻で終わらせるよ、この仕事。」


 決意を以ってそう締め、僕は頷いて返した。

 これ以上足踏みをして被害を出したくはない。その決意だった。

 

 僕らは手短に食事を終え、

 魔術式を施されたランプを消し、早々に就寝についた。



 ランプの明かりを消ししばらく、

 毛布にくるまっていたが、山林だけあって少し肌寒かった。

 床からも体温が抜けていくようだ。


 毛布を手繰り寄せ、より体を縮こめた。

 


「ね、」


 暗闇のなか、冷たい空気に声がよく通る。


「なんですか?」

「寒くない? こっちはブルーがいるけど…」

「……寒いですね。山って感じです」


 隠す必要もなく正直に答えた。


「そっか。……そうだよね」


 返答の後、布がすれる音が僕の鼓膜を振るわせた。

 ……布?


 微睡みつつあった思考に疑問符が浮かび、

 それは柔い温もりに触れたことで吹き飛んだ。


「え、」

「そっち向いてて。」

「あ、はい」


 思わず振り向こうとし、咎められる。


「あったかいでしょ?」

「…はい。……とても」

「そ、なら良し」


 背中に、ミコトの背中がくっついていた。

 聞こえてくる息の音的に、ブルーもそっちに居るのだろう。


 少し、ほんの少しだけ心臓の音が大きくなる。

 でも、人の温もりは、

 僕を深い眠りに誘っていった。





 翌日、早朝。

 日が昇らぬうちに僕らは出発した。


 行動の痕跡が消える前に対象を見つけるためだ。

 当然ではあるが、ブルーは人間よりも鼻が利く。

 夜間に人食い虎が行動すれば、その臭いをブルーが追えるのだ。


「どう?」


 時折ブルーに尋ねると、ふんすっ、と鼻息で応えた。

 まだ見つからない。そう言っているのだろうか?


「そっか。もう少し歩こうか」


 ふすっ。ブルーはまた返事をした。



 静かで、

 薄ら暗い道を行く。



 薄っすらと空に色が付き始めた時、


「グウゥ」


 ブルーが短く唸った。


 見つけたのだ。

 人食い虎の臭い痕跡を。



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