#’ 11 Fast order 2


「ミコトの依頼に付いて行かないかい?」


 マギーの台詞が意味することは単純明快だ。


 だが、僕はこの世界の事は知らなければ、に関しては素人なのだ。

 鷹旺の劍ギルドの皆が魔術がどうのと言っていても全くついていけない僕が? 仮に足を引っ張って、その後に訪れる結果など想像するに容易い。


「当然、即戦力と見越してでもある。ミコト、あんたはどう思う?」

「私は構いません。彼とは手合せをしていますし、それに……」

「それに?」

「………いえ、彼には負かされましたので。見込みは有るんじゃないかと」


 節目がちに、ボリュームを抑えた声で言った。耳が少し赤くなっているのは、気のせいでは、なさそうだ。


「……ぷふっ」


 そして、マギーは。どういう原理で通信してるかは分からないが、きっと端末の向こうではお腹を押さえて、なんなら音を聞くに机か何かを叩いているかもだ。


 えっと、僕の隣に立つ人は、顔を抑えて、耳は真っ赤である。


「あの、マギーさん?」

「ひ、ふひひ、え、なんだい?」


 笑ってらっしゃる。

 ツボから抜けるのには、更に数秒を有した。


「はー、笑った。ヒルデの突っ込み役になることは多いが、あんたも大概うちの子だねぇ」

「当たり前です! 猛獣使いビースト・テイマーとしてはそこそこ名が知れていることは自覚しています!」


「ふはっ、あー、いやはや、ちょっと安心したよ。

 で、どうだい坊や? ウチで指折りの実力者からは、聞いた通りさ。 さっきも言ったが坊やは使える。

 もし、知識の無い人間が森に放り出されたら、その末路は解るはずだ。そういう意味でも、この世界生きる手段を増やすには悪い話じゃないだろう? 」


 敢えてこの世界と言うマギーに、その通りだと思った。

 脳裏を過ぎったのはアーブルの村で会った僕と同じ漂流者たちの中、

 帰りたいと願う人が居たこと。受け入れると言った人も、もしかしたらそう思うことで心を守ってる可能性もある。


 知識を増やせばこの世界を知れば助けになれるかもしれない。


 ……ほんの少し、冒険心をくすぐられた事もあって。


「やります。」


 僕は決断した。

 未知の世界に踏み出すことを。





***





 依頼主はカスタフ・サルトゥスと言う貴族。つまり、国に従事する騎士団『軍』を保有する、土地の管理者だ。

 彼らの管理するサルトゥス領の特徴は、一言で言えば。広大な土地は殆どが人間の領域では無い。手つかずの自然に点在する農村は、国境の山岳にまで及ぶらしい。アーブル村も、サルトゥス領の一部だという。


 依頼内容は、ウヴド山岳地帯の麓の村に出現した『人食い虎』の討伐だった。

 神出鬼没の獣に対し、機動力において軍は不利であることを

 数回討伐を試みた軍は悟った。


 こうして若く実力のある猛獣使いに白羽の矢が立ったのだ。

 




「日が暮れるまでには、近隣の村に付く筈だよ」


 馬車の中には、馬を見るミコトと僕の二人に動物一頭。

 景色はギルドのあった市街地から、平原へ、そして木々が増え、自然豊かなものに変わっていた。

 大小さまざまな荷物には、村への食糧が入っている。


 食糧を運んでいる理由は、人食い虎のことを村人が恐れ、狩りは論外として、ちょっとした外出でさえもままならないと言う。



「でも、村の外って魔物もいるんですよね? どうして動物を警戒するんです?」


「そうねぇ、村や街には普通、柵や壁に魔除けの結界が施されているんだ。結界は魔物が嫌がる気配を放ってて村に近づくことは無い。野生動物は人間の群れに近寄ることは多くない」


「なるほど、多くはない、なんですね」

「そう。」


 多くない、と言う事は当然例外もある。鳥なんかは普通に村にいたし、僕のいた世界でも、度々人里に野生動物が降りてきて問題になっていた。



 馬車は山に差し掛り、進んで暫らく。寝ていたブルーの耳がぴくりと動き立ち上がった。ミコトも顔つきが瞬時に変わり。

 

「どうしたんです?」


「静かに。人じゃない。ブルー、だよ」


 明らかな警戒だ。素人目には山道を進んでいるだけだが、危険が迫っていることは彼女らを見ていれば明らかだ。


「拙い……」


 ミコトが呟き、


「風上だ」


 馬を走らせる。

 荷車の振動が大きくなり、張っている幕が震える。


「あの…!?」

「出てくるよ! 備えて!」

「…はい!」


 先程まで馬車が居たであろう箇所に複数の影が躍り出た。


 大きさは小柄な人間程度。

 肌は織部の様な深い緑色。

 その凹凸ある体躯。

 この魔物って ───



「ゴブリン…!?」


 僕のいた世界でもそこそこ名を聞くそれは、解釈によって概要に違いは有れど、冒険小説なんかに出で来るそのものだ


「伏せて!」


 積み荷の木箱に何かが跳ねる。

 ふがふがと鳴きながら、ゴブリン達が木の枝や石を投げていた。だが、襲ってきた割には追いかける素振りは無い。


「連中よりこっちの方が足が速い。石は…当たったら痛いけど、この分なら問題は無さそう」

「な、なるほど」

「ああやって集団で狩りをするんだ。道具なんかも使うから、まともに相手をするのはちょっと面倒なんだよね」


 無理に戦わず距離を取るのがセオリーとミコトはそのまま馬を走らせる。

 だが、

 投擲される石の量が減ったかと言う時、


 ミコトは前方の木々の上に、


「───!?」


 ひと際大きい衝撃に木製の馬車が軋んだ。


「今のは!?」

「は? 乗った……!?」


 動揺を落ち着かせる間もなく、天幕より、侵入者が荷台後方に降り乗った。


 だが、


 動揺せず、戦闘本能を滾らせる者がこちらのはいた。


『━━━━!!』


 跳躍したブルーの牙が、先に降りたゴブリンに喰らいつく。

 狩りに特化した獣に組み付かれ、石のような体の筋肉が僅かに弛緩を繰り返す。


 やや遅れて降りようとしたもう一匹が即座に上へ返り登った。

 天幕の骨組みがいななく。

 そのは前方へ移動している。


「まさか、馬を狙うつもり?」

「僕が行きます。」


 ミコトは馬を操っている。

 ならば、僕にできることは迎撃だ。


 先回りし、幕の骨組みの部分へ足を付ける。


 接敵にゴブリンが僅かな動揺を見せ、


 僕は、


 マギーから譲り受けた、一振りの剣を引き抜いた。

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