#’9 洗礼、試合。


「試合開始は約一時間後。場所はそこそこ広い室内修練場。あの子の事だから万一の場合に備えてギャラリーが結構いるかもだけど、あんまり気にしないでね」


 ヒルデの説明を受けながら、僕は背中を押してもらっていた。

 開始時間などの詳細をどうやって決めたのかは、おそらく魔術なのだろう、小さな動物に何かを言っていたからそう予想した。


「そだそだ、あたしヒルデ・シャーレ。よろしくねー」

「っ、シューユですぅー……」

「うん、マギーから聞いてるよ。よろ~」


 体を押されながらの為、息を吐いてー…体の力を抜いてー…答えた。

 寝てばっかりだったので有り難い。しかも絶妙に体重を掛けてくれるい加減。


「ストレッチはこれで良いかな。まだまだ時間あるけど、あ、お腹空いてない? てか起き抜けは食べない派だったかな? とりあえずどっちでもいっか、食堂行こっ! 」

「……、 はい」


 取り付く島もないとはこの事だ。

 食堂か……。空腹と言う訳でもないが、とりあえず糖分やなにがしかは摂った方がいいだろう。


 建物自体は結構な広さらしい。すれ違う人から侮蔑的な目で見られる事は少ないが、漂流者と言う珍しさからか、多少数奇な目で見られる事が有った。


 食堂へ着くとヒルデはカウンター近くの席へ座り、手招きをされ僕は向いに座る。


「料理長はリーちゃんって言ってね~、各地を練り歩いて色んな料理を研究してて、もう、ホントに美味しいの!」

「あの、」

「なぁに? お腹すいてなかった」

「どうして信用してくれるんですか?」

「友達の為だったんでしょ?」

「え…?」


 即答だ。


「あの夜 キミが戦ってたの、あたしも見てたもん。自分でどうにかしようと頑張って、頑張って、どうにもなんなかったけど、でもマギーに正直だった。あの人は家族みたいなもんだから、マギーが君に手を差し伸べるなら、あたしは信用できるかな。」

「……信頼してるんですね、マギーさんのこと」

「あと、あたし君の事けっこう気になるんだ」


 そう言うと、わざとらしく熱っぽく見つめ、頬杖を付いた。

 ……あぁ、なるほど、


「からかうの好きなんですね」

「ええー、本当なのに。いい動きだったんだもーん。

 戦士として、キミのこと気になんのは必定でしょ?」


 後半、彼女の眼は決して悪ふざけのそれでは無かった。

 しかし、いったい何を勘違いしているんだ。僕は戦士なんか崇高なものではない。……ただの学生だ。

 いったい何を期待しているんだ。

 木々がぶつかり音を立てた

 テーブルの上に木製のジョッキが2つ置かれていた。


「お二人さん飯は? 食べるの?」


 運んで来たのは髪を後で邪魔にならないように一つに結んだ女性ひとだ。服装から見ても、食堂の人なのだろう。ジョッキを取ったヒルデとにぎやかにしている。


「で、この子がマギーが拾ってきた子ね?」


 やはり話題は、すぐによそ者ぼくに移った。


「ミコトから何となく聞いてるよ。あの子、珍しく感情的になってたね。

 まぁ、食堂ここはウチの名の下に平和は約束されてるから。なんか食べたいのある?」

「リーちゃん、あたしサンドイッチ」

「お前さっき食ったろう。ええっと、シューユ君、だっけ。食欲は有る?」

「そんなに……」

「あいよ~」


 料理を待っている間いろいろと話を振られたが、そんな賑やかにお喋りをする気分なんかではなかった。

 食堂の人はすぐに雑穀の入ったスープと果物を挟んだサンドイッチを運んでテーブルに置いた。結構な量のサンドイッチは僕の分合わせ、二人分作ってきてくれたからだった。


「……頂きます」


 静かに口に運んだサンドイッチは思いのほか柔らかく、果物の優しい甘みがした。





 第一修練場に入ると何人ものギャラリーがあった。ただの見物と言うだけでなく、危険分子ぼくが暴走した際、それを止めるための戦力らしい。


「……。」


 小広い枠の内に、ミコトが立っている。


「ブルー…、剣豹パンテラは特別な檻に入れたからあなたが暴走しない限りは来ない。それまでだから、安心して。」


 嫌に静かだ。だが、いろんな眼がこちらを見ている。


「武器は金属可、研がれていないものまで。それ以外は無制限。魔術も下級まで使っても良し。ただ、本気で来なさい。じゃなきゃ無意味だから」


 了承に頷く。

 ミコトの前、中央にある線を境に対峙する。

 彼女は刃の付いていない短剣を抜き、腰を低く構えた。


「……構えなさい。」


 ……。見覚えの無い構えだ。ここが異世界だと云う事を再認識させられる。

 息を吐いた。


「あぁ、そう。ただ立ってるそれが……?」


 特定の構えでは想定していない動きには弱い。

 筋肉は力まず、先ずは出方を窺う。

 

魔術起源ヴェント・」


(詠唱…!)


放出リベラ。」


 舞い上がった砂塵は目くらましとして起こされたもの、


   では

    無い。


 眼前に迫るきっさき

 その正体は、身体に風を纏い、もはや突風そのものといっても過言ではないだ。


「……っ!」


 脱力していたたいを駆動する。

 正中線を逸らし腕を上げつつ円を描く。

 伸びた相手の腕をいなし ───


「なめるな。」


  死ぬよ?

    一瞬見えた冷静な眼はそう言っているようだった。


 顎を下から突き上げられる。

 前転で宙を返った踵が顎を狙っていた。


「……!?」

「あんたも」


 身体は正常に反射し、ぎりぎりで滑り込んだ左手の平が直撃を防いだ。

 が、

 ミコトは接地した掌を軸に独楽の如く回転し、蹴りを繰り出す。なんとか躱した時には既に次の挙動。蹴りの勢い殺さず体を集約し、


 何か来る

 予感に乗り間合いを ───


「───!」 


 咆えた!?

 体制はまるで四足獣のそれだ。風圧、いや音圧に身体を持っていかれ、

 身体が…浮く……!


 滞空僅か数秒、隙として十分。

 足が触れるか否かの刹那、

 獣の如く跳躍が刃を煌めかせた。


(く……!)


 試合前、ヒルデが借してくれた短剣を抜く。

 すれ違いざま二、三度の火花が散り咲き、

 ミコトの四肢が地に跡を付けた。


(仕留め損ねた? 今だって身体強化すら使ってる様子はない……!

 いや、

    焦るな狩るのは私。)


(迅い……! それに軽いのに重い)


 得物を握る手に僅かな痺れを感じた。

 軍用ナイフ程度かモノによってはこれが長いか。ヒルデの身長には合うのだろうが、自身に当てはめるとやや余る。


 相手の術理、魔術、自身の得物、全てが未知で手探りとあまんじなければならない。


 準手に持ち、腕で軽く円を作り、刃を隠すよう構えを取る。

 と、

 呼応するようにミコトが跳躍の構えを解いた。

 彼女の直感は突進は危険と、

 まま接近した場合、紙一重で刺し違える可能性があると判断した。


 短い得物は暗殺に多く使われる傾向にある。勝敗が一瞬のうちに決まるそれは剣を幾度も合わせるものでは無い。やり取りが有ろうと数手。凝縮された時間の中でのそれは、思考よりも反射がものを言う。


 つまり、。もしもがあれば、マギーの意思にそむいてしまう。


 ミコトは短剣を逆手に、低い位置に構えた。

 互いに間合いを詰め合う緊張感は重く、身体そのものの重量が増えたと錯覚してもおかしくはないだろう。


 距離、五メートル。腕を伸ばそうがこの得物では絶対に届かない。


 四メートル。踏み込み方によっては鋩が届くか。


 三メートル。互いに腕を伸ばせば或いは…。


 二メートル───


 刃の閃きが二つ。



 光線に似た軌道はミコトの短剣が描き、うねる剣線は僕のモノだ。


 拳をいなし合い、火花が散り、互いの体術の応酬であった。


 目を離すことなど出来ない遣り取りの中、

 僕は

 それは回転し、放射状に動き、やがて地に───


 付くところを見ていない。僕は視界の端で回転を見とめた。

 視ていたのは、

 反射で剣を追うミコトの眼。


 突く腕を掴み、地を踏みしめる脚を刈り、単純な力でなく道理を以って地面に倒し込む。

 そして仰向けになった顔を……


  打つ、のか?

  自分と同い歳くらいの、女の子を。


 一息の間も無く、

 襟首をミコトの手が掴み、引き寄せられる。


「甘い。」


 囁きが、


本気で殺しに来なさい。あの夜みたいに」


 脳に響く。


「僕は……!」

「当事者なのよ。既に」


 腹部を蹴り上げられ、体制が崩される。


「特別扱いされると思っているなら、その感覚は捨て置きなさい」


 口内を切ったか、口の端からは血が垂れ、それを拭った。






「正直ね、あたしの方が少数派なんだ」

「…………。」


 修練場に入る前、そこへ向かう廊下で、だ。


「一方的にしゃべるね。

 先ず一つ。やっぱ危険だし、キミの事知らないから。漂流者って珍しいし、異世界から来たら合わないこともいっぱいあるのかな、死んじゃうことが多いんだって。で、キミはそんな珍しい漂流者で、更に、マギーが本気で止めなきゃ行けなくなった。

 これ、凄いことだよ~。

 次に、キミがあの夜の事をあんまり覚えていないようだったから。」


 確かに、あの夜の事は今思い出しても奇妙な感覚になる。

 本当に殆ど第三者の視点でしか記憶が無く、その癖、自身がやったことを鮮明に覚えている。それこそ、


  視覚で、

  嗅覚で、

  触覚で。


「覚えてないって言うかさ、キミが気を失った後の話なんだよね。」

「え…?」

「倒れて気を失った後ね、キミからヒトの形をした影が出てきたの。たぶん、知らずの内にキミがあの影のストッパーになってたんだろうって。そこは失敗って言ってたな。

 結構強かったよ~。ケガしちゃった人もいて、その影をキミと勘違いしてる人もいるんだよね」

「じゃあ……、こんなことしたら逆効果じゃないですか……?」

「違うよ」


 まただ。柔らかい口調から、時々こうに鋭くなる。


あれはキミじゃないって説明は受けてる。だから、あと一歩なの。キミが本気でり合って、それで暴走しなければ封印の安全性の証明にもなる。」

「……証明。」

「個人的には、キミの戦いを見たらみんなも気に入るだろうな~って思ってるけど」


 そう言って、彼女は日差しのように笑って、


「そうだ! 暗い話ばっかだったからいいこと教えたげる。キミの友達、みんな無事だよ」


 寝耳に水だ。ずっと気になっていた。でも聞けなかった。だって……、怖くて。


「本当、ですか?」

「本当だよ。アーブル村には副団長たちが行ってるから安全だしね」

「……、よかった。」


 心労が一つ、消えた。


 だから、


 今度は僕の問題だ。

 信用を得るには示された道を進むしか今は無い。

 そしてもし、もしあの陰が出てきたら、


 その時は───。



 分かってる。


「……本気でやれば、いいんですね」

「何を今さら。」

「だから、ケガしても文句を言わないでください」

「……は?」


 芯を意識しろ。力の根源を。

 下腹部より凡そ三寸下、丹田は古くから重要とされる部分。概念の起源。


 手を抜いていたつもりはない。だが甘さは有った。この人達はそんな世界では生きていない。


下位詠唱プリエ・スキル……!」


 僅かだが見てきた中で、魔術発動の引き金は、恐らく名称を唱える事。


 ならば、唱える前に潰す。


「!?」


 滑るように間合いを詰めた歩方は、重心を前にずらし、同時に足を抜き、入れ替える事の繰り返し。

 そうだな、

 仮に、『縮地しゅくち』と。


「く……!」


 反応速度は想定通り。

 僕の進路を先んじて刃を置いている。


 突き出された腕を今度は


 掴み、力を波として伝えるようにこちらへ引き伸ばす。

 強制的に加えられた力によりつんのめり、

 瞬間の無防備が現れる。


風よヴェント…!」


 踏み込む脚に合わせ重心下げ、一撃の下に敵を沈める武を、


(我流……!)

(間に合わない ───)


 丹田に置いていた意識を吐く息とともに解放す。


冲垂ちゅうすい


 開いた腹部に掌手を ──────。



「僕の、勝ちだ」


 崩れ落ちそうになったミコトの肩を支えながら、僕は言った。


「……、なんで」

「詠唱を変えた気がして、タイミングを踏み込みとずらしました」

「そう。……あなたの勝ちね。」




 迎撃不可能を悟ったミコトは、自身の魔力を攻撃が来るであろうポイントに集めようとした。だが、踏み込まれた瞬間は全くの無防備であった。

 収縮される時間の中で、二人は決着を察した。理屈ではなく、両者による本能がそう感知した。


 『冲垂』命中の前、瞬きよりも短い時間で起きた

 試合の結末である。




「なんだ、今のは」

「ミコトが負けた……?」

「あぁ、魔力の暴走もなく、魔術を使わずにな」


 意識が戦闘から離れ、ギャラリーの声が聞こえはじめた。


「二人ともー! 大丈夫ー?」


 …この緊張感のない声は、


「大丈夫よヒルデ。この甘ちゃんのおかげで。」

「ええと、ホントに?」


 疑問はこの状況を見れば当然だろう。未だ彼女が倒れないように支えている。


「……でも腰抜けた。殺す気で来いて行ったの私だけど」

「へぇ、やっぱりスゴイねキミ! 次はアタシとらない? 武器ありで!」

「あ、えっ、と」


 怒涛の申し入れに、いよいよ肩にもつれかかったミコトとヒルデの顔を目線が右往左往した。


「その前に、この人が私を医務室まで連れて行ってくれるって。」

「ああ、ごめん。そうだよね~」


 どうやら第二回戦の勃発を今は免れたらしい。

 けど、、


「僕がです? あの、同性の方がいいのかな、なんて」

「嫌?」

「滅相もございません」


 睨む眼はやはり鋩のようだ。至近距離だとなおさら……こわい。


「うんうん。仲が良くなったようでなによりだよ~。試合すれば話し合えば分かり合えるってね」

「別に。まぁでも、こんな甘ちゃんじゃ、疑うのも馬鹿らしいかな。」

「そっか。」

「で、私はいつまでキミの肩に居なければいけないの?」

「すみません、目つきが怖くて固まっていました!」

「は?」

「……ぁ。」


 心の声が漏れたのは、きっと緊張が溶けたそのせいだ。たぶん。




「なん、だったんだ?」

「さあ……」

「強者か狂人にしか分からぬ世界だよ、諸君。」


 三人が修練場から出る背を見ながら、たった今あった圧巻の戦いの余韻に当てられていた。


「どういうことだルイ?」

「文字通りさ。強者と強者がぶつかって、わかりあった。いろいろ疑念はあるだろうが、そういう奴に証明したんだよ。下層に甘んじてる人間は従うより他はないさ」

「聞き捨てならねぇな。このクェン兄弟が弱いだと?」


 二人に凄まれ、ルイス・シャルハンクは整った顔にわざとらしい困り顔を作った。


「悔しいが、ミコトは鷹旺で団長マギー除き五本指に数えられる実力者だ。あの漂流者、シューユ君の動きが見えてなければ尚更黙るしかないぞ?」

「なんだと?」

「その反応は見えてないって告白だ。なんにせよ、俺は縁起がいいと思うぜ。」

「……漂流者だからか? ありゃお伽話だろ」

「そうとは限らないぜ。現に、漂流者が存在しているんだからな。

 俺も小さい頃よく母によんでもらったよ。


 堕ちし神々と戦った、漂流者えいゆう達のお噺を」



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