#’6 Fortes fortuna adjuvat 6/6
#6。意訳、『
ふわふわ
ふわふわと、
躰が軽い。だけど地を蹴る感触は確かにある。
顔の横を過ぎる剣が起こす風。
自覚する体幹の流々動々。
そのコンマ先に起こる、僅かな隙に掌手や拳を当てていく。
そんなやりとりの間にも、ぎゃあぎゃあと外野は騒ぐ。
だんだんと相手の剣速が早くなっていく。
「いい動きだ……!!」
「……。」
男が吠える間に、肘を突き出し鎖骨に当て骨折を狙う。
……硬いか。
敵の得物は目視で確認できる物で、腰周りに納めた短剣が三本、手にしている三尺足らずの
「ならば!」
男は短剣を取り出すと、後ろに下がりつつ、それを僕の足元へ投げ突き立てた。
「
突き立てられた短剣から、光円が地面に広がった。何かが起こると、そう思っても冷静に肉体は駆動した。
円の外側へ出た瞬間、光円と同じ幅の炎が立ち上る。
「……ッつ」
瞬間、身を焼く様な高熱に舌打ちをする。
「……どうだ少年? 魔力とはこうやって使うのだ」
奴は僕との戦いを愉しむだけの冷静さはあるようだった。
しかしダメージは少なからず入っている筈だ。決定打の不足に得物が欲しい。
「いやはや驚いた。この村には最早 骨のある奴は居ないと思ったが、お前は例外のようだ。魔力の扱いは稚拙だが、体術はそれを差し置いて評価に値する」
「……饒舌ですね。」
「喜ばしいのだ。さぁ、身体強化以外も見せてくれ。その溢れ出る禍々しい魔力………!」
訳が、解らない。魔力? 魔術? 使った覚えなど無ければ使い方すらわからない。
……いや、これを思考するに意味は無い。奴が僕の動きに対応してくる前に戦闘能力の剥奪をしなければ、そうじゃなければ3人を探せない。
風が炎を揺らし、影もまた揺れ動く。
互いに間合いの外。だが落ちた剣を拾いに行く隙などない。
おもむろに、男が剣を地面に突き立てた。
そして、両の手に拳を作る。そして、
「行くぞ、少年。楽しませてくれよ?」
構えた拳が、メキメキと鱗の様なモノで覆われ行って、
そいつは不敵に笑みを浮かべた。
……戦いの第二幕だ。
撃ち合う拳は数十を超えた。
散り往く出血は、僕の拳からが殆どだ。
「痛々しいな。大丈夫か、少年?」
至って、余裕か。
どんどん不利になっていくと云う実感からか、焦りのような感覚が涌いてくるようだ。
いや、そんなものは振り払え。
横の大振りを潜り躱し、
開いた胴に、左足を地に踏み込みその力を体の芯に伝えた右半身を捩じ込む様に突き出す。
──ま、
だダ……!!
(追撃ヲ。)
鶏を締めるような金切り声に、追撃せんとする手を止める。
見れば叫んでいるのは、地に伏せ、周りの賊に拘束されている怪鳥からだ。そして、羽毛の合間から見える皮膚は、まるで鱗の様な見た目だ。
「許容を越え始めたか……。
楽しみたい所だが、ここからは獲りに往かねばならん。」
男は例の怪鳥を一瞥すると悲しそうにいった。
怪鳥は何かに苦しみもがき、血を吐いている。
「…魔術か。」
「如何にも。私が編み出した名も無き魔術だ。使役する魔物と己の魔力を同調させ、己が肉体にそれの特徴を反映させる。最たる特徴は、術者が受けたダメージを対象へと移し与える事だ。
……だが誉めてやろう。君の攻撃に
男が歓喜に震える。気色の悪い。
………………………?
どうして、僕はこんなにも憎悪を燃やしているのだろう? 殺サなくちゃ。違う。自分が、自分?
いや、 これは……?
「少年、老婆心だが、君はこんな田舎に留まっていい器じゃない。元よりアーブルの人間ではなかろう。違うか?」
「……何が言いたい。」
「このヴァールーの元へと来い。 君には才能がある。敵を屠り、望むものを手にする為の才能だ。このままくすぶらすには惜しい……」
コロセ。
ソレハ、イラナイ。
誰かが呟いた。誰が?
話を聞いているのか何なのか、もはや頭が自分と分裂しているみたいで。
動く体は、やっぱり、自分であって自分で無いようで。
「………なこの村と、常に動き刺激と共に生きる俺たちの、どちらが人間らしいと君は思う?」
ああ、会話が続いていた……。
「このままでは君はどこか国や貴族に目を付けられるかもしれない。そうなれば結末は、その才能は殺される。或いは、未知の魔力を持つ者として飼殺されるだろう………!!
此処に居てはならない! 何処かの誰が決めた法に殺されぬよう、力のある母体へ頼らねばならない! 力を持たねばならんのだ! 如何に力を使うかを俺ならばお前に教えられる筈だ………!!」
興奮し荒げ、口調が変わっている。何が彼をそうさせているのか。いや、どうでもいいか。
「聞いてはダメだ!」
声に、
かすかに目線を送る。
彼は……、そう、ギラだ。半身は焦げ、折れた剣を杖にやっと身体を起こしている。
火柱を食らったのだろう。
「どんなに言葉を並べようがそいつは
聞かせてなるものか。そんな気概か、立ち上がり、僕の隣へ歩いた。
「済まない、シューユ君。我々が居ながら……。
重ねて済まないが、力を貸して欲しい。奴を倒すには、君の────」
君の…、
後の言葉は──
…………………………………………………………、
………………?
………………………………
ぁ、れ?
右の手が、赤く濡れていた。
流れの上流は隣に立つ男の側腹部。
手の正体は僕の右手で、手には
「な…んだこれ……?」
ギラが腰につけていたツール。を鞘から抜いて…、なんで。
邪魔。──頭の中で声が聞こえた。
手には黒い靄の様なものが纏わりついていて、
引き抜き、
モウ一度、
誰だ。
思えば、解っていたのかもしれない。
自分の死を自覚したその時から、
自分の中に何かがいる予感が。
あんたは誰だ?
頭の中に、文言が奔った。
誰だ!
文字列は続く。
「……どうした少年、まだ何を迷う?」
こっちはこっちで何を勘違いしている。
邪魔なんだ。
不要なものヲ排除せねばならぬのだ。
「さぁ、こちらへ来るんだ。その
「黙れ」
「………………なに?」
頭の中で声が響いて五月蠅いんだ。
黙ってくれ。
なんなんだよ。
会話と認識のずれなど解っている。でも、
ソレを
正す、
余
裕
など
は、
無い……!!
「……
響く文言が、口に漏れ出る。
覆う靄は、たちまち嬉しそうに、
僕の視界さえ奪い去った。
「………なんだ、それは?」
動揺は、ヴァールーと名乗った男以外にも、いたるところで起きているようだった。
あぁ、何なら悲鳴に近い声も聞こえてきた。
「…
言葉はちゃんと言えてただろうか。
解らない。
「魔力の暴走か。哀れな……」
知らない。
「主、よ、この身を…理に………!!」
黙れ。黙れ黙れ黙れ。
「その魔力量なら、本気の魔術でも死ぬことは無かろう……!」
水の中に沈んで、そこから僕が僕を見ている。
──理に捧ぐ。口はそう動いた。ら、そし
たら、靄は、
ぼくを、のみこみました。
「
ヴァールーが呪文を言い終える前に、
音は余りにも静かで、影の様に、それの背後へ。
(迅い……!?)
斬り付ける
「
「(後述詠唱による魔術の強化…?いや、違う!)
何者だ、貴様……!」
「五月蠅ぇぇぇぇぇぇぇぇぇァァ!!!!」
「何に憑かれている……!」
僕の身体は、実に合理ヲ以って動いています。
身体の芯を常に用いて、筋肉で力の波を産むンです。お父さんハそう言っていまシた。たあ。
し こう
が、まば……ら
だ。
「………………!!」
膝を付イた彼は、
剣を腕ごと落としていました。
その前に、オオきな
「まだ、だ……!!!
布石よ、弾けッ『
落ちた剣から、
まるで西洋騎士の持つ馬上槍の様に重厚な焔が突きあがり、
僕は、それに飲み込まれて、
──また死ぬんだ。
────────……。
だが、身体を包んだのは冷気だった。
天を突く筈だった焔の柱は、一瞬のうちに氷の柱と化していた。
何
故 ?
氷は、一部を残して砕け消えた。
僕の脚を拘束する氷と、ヴァールーの傷を凍らせ、流血を止める氷。
「やれやれ。とんでもないモンを見ちまったねぇ」
「知ってんの、マギー?」
「知らないよ。いくら天才でも未知なる『魔』って奴は有るもんさ」
幾本もの剣を背負う
「残党どうするー? アタシもの足んなーい!」
「いや、問題はこの
華麗に槍術を舞う
身の丈はある大きな盾を振り回す
いずれもが、
手練れだと分かる。
うち一人が前へ出た。煙管の
「ギルド『
「「応ッ!!」」
蹂躙だった。劣勢だった衛兵たちは何だったのか。
いや、
「何なんだこいつら……!?」
「馬鹿野郎、鷹旺ったら有名な『
ああ、この人達は、次元が違う。
きっと、常に戦いの中にあるんだ。
生き方の根本から、この人達は捕食者なんだ。
「さぁて坊や。その魔術を解除してくれないかい? 」
短剣を逆手に、
自分の意志とは関係なく。
「………!」
違う、身体が、勝手に……
「全く…。ヤクトの小僧は何を拾ったんだ?」
「漂流者じゃん? ミコちゃんと顔付き似てるし」
「んなこたぁ、解ってんだよフレイ。漂流者の資料自体が少ないからねぇ。どうしたもんか」
「邪魔を……するらァァ…!!」
氷を砕き、
割り込んだ刃 一つ。
まるで四足獣の
「診療所らしき施設近くで
鍔迫り、斬り合いながら見たその顔は、
「分からん。が、この村じゃ荷が重い。
……連れてくよ。」
───思えば、このひと言によって、この世界の、真の意味での『生』は始まったのだ。
「売人捕縛の際、三人を保護してミカと
さん、にん………?
そうだ。見つけなきゃ駄目なんだ。
──陰がまた揺らぐ。
ぼくが、
きっとみんなあぶないめにあっているホん当に ?
助け、ぼくが? コロす、ちが、他、けけ、ぇ?
まただ。陰にノマレル。抵抗モデキヌママ。
「あア、ァ………!」
「こわ。ミコちゃん、マギーに丸投げして避難所見つけない?」
「お一人でどうぞ」
「ええー、つめたーい! じゃ、非戦闘員は退散するかぁ」
「はいはい。」
何ヲ吞気に
僕が、
「ボクガぁ!」
が、くん、と、
身体に衝撃が走った。
手と足だけが動かない。
「ミコト。あんたは下がんな。」
「マギー?」
「いいから。あの坊や、あんたより強いよ」
「……は?」
動けナい。体の内は動くのに。動け。動け動け動ケ動ケ動ケ……、何の為に?
「友…ち……何処ダ……」
「殺すのかい?」
「違ァア!」
「んじゃ、横に倒れてる男は?」
…………。
「知ラん」 僕が、 「邪魔、だナぁんだ、ァか」
「坊やが
───そう、だ。僕が。
違う。だって、黒い靄が。
でも、
だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、
でも、
「……僕は、どうすればいいんだ」
分からない、何もかも。
この影の正体。何で僕なんだ。頭に響く声。自分が自分じゃなくなるようで。本当に、どうすればいいのかわからないんだ。
辛うじて、頬を何かが伝う感覚を今の僕にも感じ取れた。
「順番が違うだろ阿呆!」
覇気に、炎が揺れた。既に消火されたそれも、また息を吹き返すかと思うほどに。
「んで、坊やは何がしたかった?」
何ガ? ……ふざけるな。陰に呟く。
決まっているじゃないか。
「助け、なきゃ……友達を………」
すんなりと、声が出た気がする。
この言葉に彼女は慈愛を以って答えた。
「今、坊やの身体を支配してるのは、概念に近い魔力に見える。この世界に流れてきた時に後天的に貰っちまったのかもねぇ。まるで呪いだ。」
概念? 呪い……?
「全く不条理なもんだ。ともあれ、そんな状態じゃあ、冷静になんか出来ないだろ。
さあ、坊や。 どうしてほしい?」
ど、う。
自分ではどうにも出来ない現実がある。
僕は、弱かったのだ。だから不条理に吞まれたのだ。
───この世は、強い人間しか運命には抗えない。だから強くなりなさい。
(…………記憶だ。)
もし、まだまだ自分じゃどうにもならない事が有れば、その時は、
そのときは?
助けてと、素直に言えるようになりなさい。
でも、いいの?
(幼心に心配だった。何となく、頼らない方が強くいられる気がして)
そうだな、それが言えるって事は、自分の弱さを認めるってことなんだ。弱さを知ればまた強くなる。
それに、覚えておきなさい。強さには沢山種類がある。
人を頼る、これも強さの一つに成りうるんだ。
───今なら、解る気がした。
「た……
たす、けて………」
「ああ。………んじゃ手始めに、
かかってこい。軽く潰してやる」
そして、剣を抜いた。そこから溢れ出る何か。それがきっと魔力なんだと、そう思わせるに充分だった。
魔力に当てられた者が一つ。
「ゥ、ァアア……!!」
一層厚くなった靄に、空気が震える。
「ほう。指定空間凍結が破られちまいそうだ。二人は……よーし、逃げてるね」
「私は、止めたん、ですけどね!」
「あー…、調子狂うったら。力抜けていいか。
待たせたね。さ、おいで。」
「━━━━━━━━━!!」
陰が叫び、破壊音と共に駆動した。
「やるじゃないか。」
最初に打ち合った時、その狙いを理解した。
溢れ出る力をどんどん使わせる気だ。僕が制御できない分を全部。
この人ならそれを出来る。
だって、こんなにも、
強い!!
「良い術理だね。魔力すら追いついてない。さぁ、もっと出してきな! そんなもんじゃないだろう?」
鍔迫り、弾かれ、宙で
足から接地した感触を感じ、構える。
「
───陰が羽ばたく。
その羽はあらゆる不吉を具現化しているようで。
「良い魔力放出だ。
かの者は不吉の羽に臆する事無く、尚も剣を構え続ける。
「痛くするよ、我慢しな。」
「━━━━!!」
陰の叫びと滑空に、応えたのは一つの魔術。
「『
『
刃が飛んできた訳ではない。風が吹き渡った訳でも無い。
ただ。
空間が断たれた。
羽が散り、もはや僕には力など残っていなかった。
墜ちていく。風を受け、墜ちる。
最初の衝突は屋根の上。
身体を打ち付けながら、屋根でよかったと遠巻きに意識した。
落下の勢いがそれにより勢いが和らぎ、地面に落ちる時は無様な受け身を取った。
…………身体の隅から隅までが隈なく痛い。
「気分はどうだい?」
「……最悪です」
「はは、骨があるじゃないか。後は任せな。坊やはよく頑張った。」
「ありがとう…ございます」
「……普通、あれを食らって受け身なんか取れねぇよ。
漂流者………。私らが思ってるよりも、
危険な存在かも知れないね。」
『
~ 第一幕:
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