#’5 Fortes fortuna adjuvat 5/6


 #5。振り下し、ん廻す




 おかしい……!!


 その男は自身が今現実に体験している事を信じられずにいた。


 何故だ…!? オレは、さっきまで!


 狩る側にいた筈だったのだ。

 そんな思考をする間にまた、拳が男を捉えた。

 既に鼻から出たのかもわからない血が衝撃によって飛ぶ。

 なんとか突き出す剣先も、ただの木剣によっていなされ、再び拳が飛んでくる。

 息のあった猛攻に、全く歯が立たないでいる。


 ただの、ガキ2匹に……!!


 殴打によってよろけた身体が、木製の板に背から衝突した。


「歯ァ、喰いしばれェ!」


 怒号と共に跳躍した影は、渾身を以って蹴り放った。




「ッし。トドメだ、ぶっコロす」

「おい!」


 壁ごと盗賊を蹴り飛ばして、未だ追撃の意思を見せるヤストキに、イサミは寧ろ冷静に彼を止めた。


「ぁあ? に、止めんだコラ」


 彼の戦意は尚も鋭利なままだ。


「俺たちの目的はヒロコの救助。敵が多勢な以上、本来、無用な戦闘は避けるべきだ」

「この程度の雑魚なら、何人いようが変わんねェよ! りたくねんなら俺が全部ブチのめすから安心しろや。」

「そう言う話じゃない。」

「おぇは!」


 胸ぐらを掴み、ヤスが凄む。


「身内やられてダンマリ決めんのか、なァ!」

「あ! あのぅ……」


 一触即発の空気を察し、物陰から そろ〜…っと、当のヒロコが顔を出した。


「私は怪我とかしてないんで、早く、安全な所に行きませんかー、なんて……」


 しん…とした間が一瞬過ぎて行くと、ヤスは掴んでいたイサミの胸ぐらを離した。


「……俺は納得しねェからな。」

「そうしろなんて言っちゃいねえよ。優先順位はヒロコの安全。三下以外が来ても面倒だしな」

「しゃあねェ。…おい、立てるか?」

「あ、うん」


 ヒロコを見下ろし、ヤストキは手を差し伸べた。

 ぶっきらぼうに言うが、何となく、彼なりの優しさをヒロコは感じた気がして、ヒロコは手を取った。


 瞬間、ぐっと身体が引き上がられる。すると、至近距離にヤストキの顔が迫っていた。


 その目は、まじまじとヒロコを見つめている。


 ——!? うぇ?! 近い! 顔が近い!

 な、なんだろうこれ、この状況、まるで、


 ……少女漫画、みたいな


「泣きっ面○スだなお前。」

ころしますよ?」


 前言撤回。乙女の微かな キュン…を返せこの不良ヤンキー高身長体力バカ!かっこ口には出せないけど(早口)かっことじ


「なんだよ。元気じゃん」


 そんな心境など露知らず、ヤストキは平然だ。腑に落ちない。



「油断すんな。此処は死地だぞ」



 緊張の途切れから、ヒロコはイサミのこれを軽口かと聞いていた。


「えぇぇ…。私は遊んで無いんだけど」

「下がってろ。」

「へ?」


 ……だが、その認識は誤りであった。ここは戦場と呼べぬ略奪の地。イサミも言っていた通り、害なす者は1人では無い。

 イサミは得物の木剣を体の中心から鋒を下に向け構えている。

 鋒の向く方向に、音もなくそれは居た。


「君ら、1人、伸しただけで、油断しちゃあ、いけないよ」


 細身の長身の男が、殴り倒された男の側に佇んでいる。その異様な空気は、見る者をある種の緊張状態に誘った。

 魔術では無い。唯の空気感、と言うモノだ。独特の喋り方と声質もその空気の要因だろう。


「ねえ、コイツやったの、君ら?」


 伏した男を足で突きながら、見向きをせずに問を持ち掛けるそれに対し、イサミは一層 体の重心を深くした。


「誰だテメェ?」


 低く返す声色から、警戒はヤストキも同じようだとわかる。

 その問いに、ゆ…たりと首を振り向かせた。


「オレは、ぁ、ラドゥラ。ただの行商人だよぉ。コイツ、はあ、オレが、ヴァールーに売った、んだ。」


 かたかたと歯を鳴らし、震えながらそう言った。

 この震えは、笑っているからだ。


「その男を伸したのは俺たちだ。只の商人と言うが、お前の売り物は人か? 他にも薬でも売ってそうな風体だが。」


 イサミの問いにラドゥラの表情は更に歪み、気味の悪い笑い顔へと変形させた。


「えヘッ。ヘへヘ、オレは、売れる物なら何で、も売るぜェぇえ。今日は仕入れ、此処は珍しい物が、いっぱいだ」

「残念だがお前に渡せる物は無い。警告だが、危害を加えようなら、防衛に手段は選ばない。」


 ラドゥラの笑みは張り付いた様に変わらぬまま、だらりと下ろした手は、揺れ動くや否や害意を引き抜いた。

 細腕とは不釣り合いに見える幅広の刀身。重量を利用して物体を叩き切るフォーション剣。所謂、ファルシオンだ。


「そんな事は無い。欲しいのは、売れる、珍し…い人間。例えば……


 …………漂流者とかなァ。」


「ヤス! ヒロコを連れて……!」


 背筋が凍る様な感覚に、叫びは半ば反射的だった。

 実戦などとはほぼ無縁の環境の彼ですら感じる程に、笑みを浮かべた治外賊ラプトルは明らかな殺意を抱いていた。


「殺さないぃ、よ?」


 眼前に迫る危険に、イサミの身体は瞬間に緊張する。


(この距離が、間合いだと!?)


 ラドゥラは猿臂えんぴ(又は猿手)である。つまり、腕が通常よりも長いのだ。付随して長身。身体の造りがイサミらとは俄然、違った。

 咄嗟にファルシオンの刀身の側面にかち当て起動を逸らし、自らの身体を後ろへ下げる。


「良イっ! コレが漂流者、か! 」


 圧倒的に間合いが違う。数歩引いても、ラドゥラの一歩で詰められる。

 何より、


(強い…!)


 肩を刃が掠め、神経の正常な反応にイサミは顔を歪めた。


「イサミ!」

「来るな!」

「あァ?」


 互いの刀剣が触れた刹那、イサミは木剣を翻し強引に鍔迫りへ持ちこんだ。


「……さっきも言ったろ。目的を違えるな!」

「お前…」

「俺はどうにかなる! だから行け!」



「……ぁはっ…!」


 イサミの気概に、ラドゥラの笑みは更に邪悪に歪む。


「強くて! 優しくって! カっコ良イ! まァるで英雄ヒーローだねぇ!」


 少しづつ、弄ぶように込められていく力に、堅い材質の木剣がミシリ…と悲鳴を上げ始めた。


「ヒーロぉ…は! どれくらい、で売れる、かなァ…!」

「売られねえよ、下郎!」


 吐き捨てると共に、眼前の歪んだ顔面の中央に向け、額を思い切り打ち当てた。

 鈍い音……頭蓋骨を伝い、慣れぬ感触が臓腑まで響くようだ。

 だが、今はそんなものに気を取られてやれはしない。

 僅かに力が緩んだ隙に木剣を袈裟の軌道で振り上げファルシオンを打ち払い、頭上で剣を半回転させ、逆の袈裟の軌道で打ち付ける。


(躱すか…! だが……‼)


 ラドゥラの体捌きにより、紙一重の軌道となると見るや、振り下ろす剣をそのまま腰に構えなおす。吐く息短く、半身と共に木剣の切っ先を敵喉元へ突く。

 追撃を。

 この突きは当たらない。イサミはそう読み、更に二度と三度と踏み込み、剣を振るう。


(……躱す、か)


 のらりくらり。擬音を付けるならばその様な動きだった。…それでもイサミの攻撃の悉くを、細長身の盗賊はかわしてのけた。


 互いの間合いから外れ、ラドゥラは口から赤色と白い固形の混ざった唾を吐いた。


「…あ~歯ぁ? ……ったいな。痛いよ? ねェ、痛いよォ?」


 けたけたと血を吐きながら笑うソレをイサミは人間とは思えなかった。


「弁償ぉ…! 君はぁ、高く売るよォ‼」


 肉厚の刃を振り上げ高く吠えたラドゥラの視界を、

 風切り音を連れた何かが横切り、横切ったそれは、木製の壁に高く音を上げて突き刺さった。


 やや距離が有ったが故に飛来物を認めたイサミは、飛んできた物の正体を認識できた。


(矢…!?)


 誰が? 視界を僅かに動かすだけで疑問は搔き消えた。


「な……!?」

「伏せて! これ、なんか使いにくいから!」


 両の脚、山城の土台の如く。

 ヒロコは長弓ロングボウに矢を番え、頭上にて持ち、腕を開き、構え、


 ──放った。


 元来、この撃ち方は和弓のものである。手に持つ弓は洋弓のそれだ。和と洋の弓。同じ弓なれど、両者は決定的に違っていた。

 結果、

 放った弓は大きく反れ、イサミに向かってくうを引き裂いた。


「うおぉいッ!!」


 とっさにしゃがみ、浮き上がったイサミの髪を矢が掠め通過した。


「あれっ!? さっきは上手く行ったのに!?」


 ……使用者から見て、洋弓は矢を左側に番える。しかし、ヒロコは


(そう言えば、あいつ弓道部だとか、って言うか…!)


「あハぁっ! 逃げてェ、ない…!」

「馬鹿! 早く逃げろ!」

「逃ィがさない…!」


 ファルシオンを振りかぶったラドゥラが跳躍し、そして火花が散り金属音が響いた。


 イサミの足元に、重々しく刀剣が落下する。


「……!?」


 体が激しくノックバックし、それまでのラドゥラの表情は、得物を弾かれた事で以って気味の悪いにやけ顔から、嗜虐心を覗かせる笑みにシフトした。


「…………ガ、キ…が……!!!」


 弾いたのは、


「無視すんなハゲこら」


 ヤストキが手にした一振りの大剣である。

 激しく打ち付けられた剣激により

 狼狽したのはラドゥラと、寧ろイサミの方が度合いは大きかった。


「二人とも、なんで…」

「バカか。俺ぁだちは見捨てねぇ。それに、こいつ足遅ぇからどうせ追いつかれるぞ。だったら足の速え敵を潰すんが先だ。だろ?」

「は、は…、どうせ運動音痴です…」


 ヒロコは何とも言えない表情だ。


「いや、ここがメデイさんの診療所で助かったぜ。見ろよこの武器、ヤクトが予備置いてやがった」


 イサミの口角は自然と上がっていた。この世界に流れ着いてから今まで共に過ごした同郷の、それも武闘派の登場に、折れかけた心中に火種が蘇りつつあった。


「…ああ。ヤス、そんな大剣、使った事は?」

「ねぇな。けどギラが素振りしてんのは見たぞ。ああ、あと、工事中の看板ならぶん回した事あるぜ?」

「ははっ! 上等だな」

「ったり前ぇだ!」


 言うや否や、ヤストキは駆けた。

 体を軸に、大剣が半月の軌道を描く。

 通常、筋力だけでは有り得ない挙動を魔力による身体能力補強をすることで可能としていた。


「加減はしねぇ!」

「舐め、る、なぁア!」


 ヤストキの乾坤にラドゥラが吠え、隠し持っていた2本の短剣を取り出し、肩口に迫り唸る大剣を迎え撃った。


「身体強化、は! 初級の魔術…! お、前だけの、ものでは無い!」

「そうだな。」


 イサミによる一線が、直前に反応し間合いを取り直したラドゥラの頬をかすめ、赤色の線を傷付け《つく》った。

 当然、彼の得物は、真剣に非ず。


  しかし、


 その切っ先は、確かに人の皮膚を裂いていた。


「まあ、冷静さを欠いたら、それも初心者には厳しいけどな。魔術を習い始めて五日の俺らで、何処まで通じるか」


「(たったの、五日だと!?) 出たら眼を」


 切りかかるラドゥラだったが、ある種の本能の警戒か、足は砂煙を上げ踏みとどまった。

 イサミは木剣の持ち手を頬の側面に、高さを額まで持ち上げていた。八相の構えを更に上段まで突き上げた形である。


 しかと地を踏みしめ、芯はぐ。


薬丸自顕流やくまるじげんりゅう蜻蛉とんぼ

 試すか? ……死ぬより先に、その頭潰すがな」


 ブラフだ。そう言い聞かせようが、ラドゥラの足は動かない。踏み越えれば両者が、或いは片方は必死の間合い。そんな予感がして溜まらなかった。

 純正の盗賊とは違い、ラドゥラはあくまで人身売買等が本分の裏方だった。つまり、死を恐れないなどという


「…………!

(思えば初めから、おかしかったんだ…! いくら遊んでたとは言え、俺の剣を、あそこまで凌げるのは、素人じゃない!)」


「どうした? 足が止まってるぞ?」


 踏み込めない。先程まで劣勢で、体の数か所に傷を作った少年を前に。

 足が竦んでいる。その事実にラドゥラは歯嚙みし、そして苛立ちを感じ始めた頃、痺れを切らした者が一人。


「てめぇら、いつまで睨めっこしてんだコラぁ!」


 大剣による横薙ぎにラドゥラは更に距離をとった。


(くそ。もう一匹は短気、 ……ッ!!)


 だが直後、矢による追撃が放たれた。

 狙いはあんまりだが、肝をさらに冷やすには充分な牽制だった。


(さっきよりも上手く射った。後は2人が…!)


「…ッ! とォぁア!!」


 牽制よってできたその隙に、イサミが踏み込んだ。

 覇気と共に振り下ろされた一撃は、迎撃せんと突き出された短剣を、その腕ごと叩き砕いた。


「!! ……ぐ、ぅぅあ!」


 あらぬ方へと曲がった腕からは、痛みより異常そのものの恐怖がそぞろ出た。


 追撃は止まらず。


「く、た、ば、り! 晒せ!!」


 術理も何もない大振りは、鈍く風を切って唸り、

 翻った刀身の腹による強烈な殴打となった。


 硬い何かが砕ける音は鮮血と散り、ラドゥラの身体は宙へと飛ばされていた。


 短い浮遊の後、腹から落下した。



「……動かねぇな。死んだか?」

「えっ…!」

「いや、生きてるみたいだぞ。」


 地面に伏せたままのそれは、微妙に動いているようだった。

 生きてる。そのことにホッとした表情をヒロコが浮かべたことを二人は気が付いていなかった。だが、心の奥底では、人を殺さなかったにある種安心していたかもしれない。


「んじゃ、ずらかるか。」

「ああ。流石に、疲れたな」


 ゆらり、と、


 伏せていたラドゥラが起き上がった。

 口から、

     ぼたぼたと血を垂らしながら。


「……。…………!!‼」


 荒れた息の合間に塊のような血が落ちる。


「バケモンかよ…!」

「おおよそ似たもんかもな。魔力云々は俺らにとって未知が過ぎる」

「冷静かよ! ヒロコも凍ってんな! 逃げっぞ!!」


「逃ぃぃイがさないッッたぁあ!!」


 それは、人間とは思えぬ咆哮だった。


「締め! 縊り! 捩ぃ千切いい!!」


 余りの衝撃に、

 彼らの身は竦んだ。


参十参さんじゅうさんの回転、六十六ろくじゅうろく塵嚇じんかく、散りに重ねェ、細身たる空はァ陣容揃え!」


「お前ら、もう──!


 ───要らない…!」


 魔術詠唱。そう認識できた時には既に、魔力の奔流が風となってラドゥラの周りを渦巻いていた。


「『縊り渦巻くヴィエント……』!!」


「逃げ……」


 誰かが叫び、


 黒い影が躍り出て、それを消した。


 四肢を持つ黒は、魔術を発動せんとしていたラドゥラの喉元に喰らいついた。


「「!?」」


「高位魔術の詠唱か。治外賊ラプトルのくせに。

 だよ、ブルー。情報源だ」

「誰だ、てめぇ…!」


 ヤストキの警戒に、

 淡々と、少女は語る。


「ん…。有り体に言えば助けに来ました。あなた達の命は、今を以って私が預かります。まぁ、大丈夫ですよ。」



 そんな話の途中でさえ、盗賊の一人が空気を読まず切りかかり──


、強いので。」


 ──少女の短剣の冴えに、為す統べ無く沈んだ。



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